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継父

2013-07-07 22:09:07 | マンガ
引用したツイッターの主からクレームが付き、日本幻景の2回目の記事は削除することになったのだが、そこで扱ったつげ義春さんの「無能の人」シリーズのマンガについて心に引っ掛かるものが。
同シリーズの少し前(1984年)に発表され、つげさんの全集でも同じ8巻に収められた「ある無名作家」のあらすじ。

教養があるばかりにプライドが邪魔をしてマンガのアシスタントなど下積みの仕事を要領よくこなすことができず、子持ちの売春婦のヒモ同然に落ちぶれる男。
そのアシスタント時代の同僚がつげさん本人とおぼしき主人公で、久しぶりに男と再会してみると、売春させていた女房には逃げられたものの、英語塾を始めたとかで、逃げた女房に置き去りにされた血のつながらない息子と父子家庭を営むまでに立ち直っていた。

ヒモ同然だった頃は、その子に対して虐待まがいの扱いをしていたのを目にしたこともあるつげさんは、父子の姿にほっとしたものを覚え、帰宅して我が子と菖蒲湯に入り、子どもの頃、義父からひどい仕打ちを受けた記憶がふとよみがえるというラストシーン。



その「義父」とは何者なのか、ひどい仕打ちを含め、その後のつげさんの人生にどんな影響を及ぼしたのかということが、全集の7巻に収められた自伝的作品群でつまびらかに。
実父は彼が5歳の時に亡くなり、親類から3人の子どもをどこか養子に出せと迫られるのを拒み通した母との極貧の暮らしが始まる。



しかしこの母は、まだ女としてイケていたと見え、周囲に男がたかってくるのだ。
まず↑画像で「ズロース脱いで裸踊りやれ」と命じる男。中耳炎の手術のため耳の後ろに穴が開いており、入籍はしてない様子だが母のもとに入り浸って、小1当時のつげさんにタバコの火を押し当てるなどの折檻をする(「やもり」 1986年)。

やがて母が再婚するのは、もう一人の、↑画像では「孫六さん」と呼ばれる男で、極めて陰気な性格の持ち主であり、ずっと後のエピソードである「義男の青春」に至るまでほぼ一貫して失業状態。
家計は母と長男、そして次男のつげさんも小さな頃から内職の手伝いや零細メッキ工場、やがては貸本マンガの執筆で支えることになる。

この継父も虐待とまではいかないが子どもにつらく当たり、妻にも日常的に暴力をふるうのだが、より大きな問題として、先の「中耳炎のおじさん」と継父の間で、母子家庭をいいことに介入して物のようにやり取りするというか「女を共有する」暗黙の了解が感じられ、そのことが後々のつげさんに影を投げかけている様子なのだ。



昭和30年代、20代の彼は実家を離れ、貸本マンガ界が縮小傾向で、先の見えない下宿暮らしを強いられる。
下宿の家主は生活力旺盛な男で、つげさんを手伝わせてヤミ米の買い出しで儲けたり、人の女に手を付けたり、付けた女をさらに若い衆に斡旋するなど、あつかましくもたくましい好色漢(「隣りの女」 1984年)。

ほか「池袋百点会」(1984年)という話に出てくる男も、山梨県の商家にムコ入りしておきながら、太宰にかぶれて東京で一花咲かす夢を捨てきれず、情婦をこしらえて貢がせたり、怪しげな広告代理業を立ち上げてつげさんを引き入れ、失敗して女をつげさんに押し付けて山梨に逃げ帰ったりとロクでもない。



まあ『闇金ウシジマくん』にも登場するような男たちなのだが、それ以上に日本の男たちが全く変わってないと痛感させられる、先のフィギュアスケート選手の出産騒動。

名前を書く気はない。
それは悪意というより、じゃあみなさんは彼女がオリンピックに選ばれないとしても、そのまま引退するとしても、彼女を話題にしてタレントとして持ち上げ続け、それによって母子家庭を経済的に支えてゆくつもりがあるんですかと。
彼女が矢面に立つことで、子どもを生ませた男が隠れおおせるとすれば、それはつげさんの母が複数の男を引き入れることでどうにか子どもを育て上げることができたのと本質的に変わらないではないか。

話変わるが私の母方の祖父は1896(明治29)年生まれとのことで、大戦中すでに40代後半だから赤紙が来ることはなかったというが、86歳まで生きた頑健な職人なので兵役には耐えられた筈である。
しかし、兵隊を使い、命令を下す立場で考えれば、やはり世間知に長けた年配者よりは何も知らぬ10代の少年兵が使いやすかったことだろう。

すなわち、戦争で惨敗して従軍した男たちが大勢死んだとしても、むしろ年配の男たちにとって、若い競争相手が減り、つげさんのマンガに出てくるように女を共有したり働かせたりして、父権社会の体面・メリトクラシーが強化される側面があったのではないかという。



7巻の最後に収められた「別離」(1987年)をもって、つげさんはマンガの執筆を止めることに。
若き日、マンガが売れないので同棲中の恋人を養えず、別居して住み込みで働いてもらうことになり、さらに恋人が浮気を告白して思い悩んだつげさんが自殺未遂するという内容。
女を共有し働かせる男社会の「暗黙の了解」が亡霊となって、現代日本を閉塞感ですっぽり覆っていることを暗示するようではないだろうか–
コメント
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