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湘南徒然草

湘南に生まれ、育ち、この土地を愛し、家庭を持ち、子育てに追われ、重税に耐える一人の男の呟き。

苦労は神の与えた試練と考える

2013-11-10 18:44:07 | Weblog
最近、体調が悪いので、遊びに行けません
私の遊びは、夜、お酒を飲みに行くことです
そんな、ささやかな(笑)遊びが、許されなくなっているのです
私の体を蝕む病魔のために・・・

体調の細々としたことは、さすがに、ここに報告したくはありません
私の気分を暗くするだけだからです
いっそ、遺書でも書いておこうかと思うほどの状況です
歳をとって、肉体の衰弱を自覚することは残酷です
若い時と違って、回復の見込みに希望を持つことができないからです

もちろん、私のことですから、簡単に諦めたりはしません
自分なりにできることは、何でも、試してみるつもりです
それに、禁欲的な努力はほどほどにします
人生を楽しむことは、私のイデオロギーです

これもきっと、神様が私に与えた試練なのでしょう
ある種の快楽を奪われた私は、別の快楽を探求することにより
この試練を乗り越えようと考えています
未来を明るく生き抜くためには、そう考えるのが一番だからです


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次男を剣道試合に送るため小田原へ早朝ドライブ

2013-11-09 17:08:59 | Weblog
なんとか、仕事に出てこれるようになりましたが
実際のところ、まだまだ本調子ではありません
本調子に戻れるのかどうか、それすら不安があるのです
もちろん、最大限の努力をして、健康を回復したいとは思います

ところで、今朝は、早起きをして
次男を小田原まで、クルマに乗せて届けました
剣道の試合があるのです
次男は、席を確保するために、競技場の入り口に並んで順番待ちをするのです

道路は空いていたため、早くに競技場に着き
誰もいない競技場の入口に、次男を一人残して帰ってきました
仕事の休みをとって、次男の試合を観戦したい気持ちもありますが
なんといっても、私の体力がもちません

愛車は乗り心地が良いですし、道路は空いています
早朝の小田原往復など、本来であれば、疲れはしません
私はまだまだ病み上がりで、体力の衰えも各所に及んでいます
こんな程度のドライブでも疲れてしまいます
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体調が戻り始めました

2013-11-08 15:04:53 | Weblog
今日も朝から事務所に出ています
昨日より、ちょっぴり調子がいいです
この調子で頑張ります

ところで・・
塩竃の件は保留にしました
復興支援事業というようなものは
こちらで考えているより、めんどくさいものでした
お金だけがぶらさがっていて
人々は、何をしていいのか分からくなっているのです
震災当時の民主党政権が初動を完全に間違えてしまい
現在の自民党政権も、その修正ができていません

私としては
自分が出来ることであれば
そして、事業として採算が合うことであれば
喜んで実行します
その気持ちだけは、まったく変わりません
東北のためにも、日本のためにも
復興事業が良い方向に動き始めることを
心の底から願っています

当分ヒマになりそうなので
体力を整えておこうと思います
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まだ駄目

2013-11-07 16:14:26 | Weblog
今日は午前中仕事に出ました
銀行に行ったり、いろいろ
でも、倦怠感がひどいので、午後は休み
先程、電話で起こされて、もう眠れません

このまま衰弱していくのでしょうか?
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風邪は少し良くなった

2013-11-06 19:24:34 | Weblog
体調はだいぶ良くなりました
このままなら、明日は仕事ができそうです
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風邪?インフルエンザ?

2013-11-05 16:40:22 | Weblog
早朝から10回もトイレに駆け込む激しい下痢
そして今は頭が締め付けられるようた頭痛
駄目だこりゃ
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終日就寝

2013-11-04 16:46:03 | Weblog
連休は終日寝て過ごしました
やることがなかったのではなく、体調が悪いからです
寝ているだけで体重を感じます
地球の中心に引っ張りこまれそうです
いつから、私は、こんなに弱くなってしまったのでしょう?
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コルビュジエは、やはり建築家

2013-11-03 16:55:50 | Weblog
コルビュジエの絵画や彫刻を観ると
私は、少し、困ってしまいます
それらの作品から受ける印象は、彼の建築から受けるインパクトに遠く及ばないからです

彼の絵画や彫刻には、それなりの独自性や面白さがあります
しかしながら、レジェやピカソの作品と較べると
表現の力強さや印象の強さという点で見劣りがします
画風にモダンアートとしての共通点があるだけに
作品それ自体の力の弱さが、はっきりしてしまいます

これは、一慨に才能の問題とは言えないでしょう
創作に向かう姿勢の問題のような気がします
つまり、コルビュジエは、やはり建築家だったのです

コルビュジエにとっては、絵画も彫刻も建築の一部だったのです
それ自体が単独で存在する芸術ではなく
建築物の一部として、装飾として、空間を彩るものとしての、絵画であり彫刻であったのです

画家が魂を込めて、見る者へ訴えかける何ものかとしての絵画
後期印象派以降、もっとも重視された近代絵画の在り方
そのことへの理解が、コルビュジエには足りないように、私には思えるのです

絵画は、もともと、壁に掛ける飾りものでした
その絵画が、人間の根源的な苦悩や歓喜、希望や問いを表現する手段となりうること
その可能性を切り拓いたことが、近代絵画の最大の功績でした
近代絵画の多様な表現方法もまた、そのための手段として開発されてきました
表現様式の開発それ自体が目的ではなかったのです

ところが、やがて、自由な表現方法の開発それ自体によって、芸術家達が評価されるようになります
人々は、モダンアートが近代建築に似合うということを、発見しました
近代建築は、それに相応しい絵画や彫刻を求めるようになったのです
多くの前衛芸術家達が、苦闘の末に開発したモダンアートの手法は
商業美術へと、大きく流れを変えていきました

その流れの中に、意外にも
コルビュジエの考えた総合芸術としての、絵画や彫刻の位置付けがありました
近代建築の美にふさわしい、絵画であり、彫刻ということです

コルビュジエは、建築家としては、主導者でした
しかし、絵画や緒国では、追随者であったのです
その表現に独自性は認められても、主導者の持つ力強さは認められないのです
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国立西洋美術館でコルビュジエを観る

2013-11-02 18:55:59 | Weblog
今日は、上野の西洋美術館に行って、コルビュジエの展覧会を観てきました

西洋美術館自体がコルビュジエの作品ですから
これはなんとも、コルビュジェ尽くしとでもいう状況です
コルビュジェの建物は、デザインも素晴らしいのですけれど
中に入ってみると、なんともいえない快適さがあります
そこが建築家としてのコルビュジエの素晴らしさです

面白いことに
これほど機能主義を追求した建築家でありながら
コルビュジエ自身は、自分のことを画家だと考えていたらしいのです
画家としての才能もなかなかのものです
レジェやピカソとの交流もあります
さらに、たんなる作家にとどまらず
まだ無名だった作家を世に送り出すこともしています

コルビュジエは総合芸術、あるいは芸術の総合を提唱していました
建築家や画家や彫刻家が、それぞれの専門領域にとどまるのではなく
協力して、綜合的に美と空間を造り出すことを提唱していたわけです
そして、自分自身が、建築家であり、画家であり、彫刻家であったのです

ばらばらになった芸術を、一つのまとまった総合芸術とする
これがコルビュジエの主張であり
彼自身が、その実践者でした

私自身が、思想的には、建築プランナーとして、コルビュジエの弟子なのです
機能主義でありながら、機能を追求しつつ、美を表現したいのです
建築にとって、機能は最重要要素です・・・そして”美”もまた、重要な機能なのです

建物は、それ自体が高価なものであり財産です・・・美しくなくてはならないのです
それに、建物は不特定多数の人々の目にとまり、街の景観を形成します
私有財産であっても、公共財の性格があるのです
その意味でも”美”は重要なのです
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自己主張と自信

2013-11-01 19:17:33 | Weblog
何年も仕事をしていて、振り彼って思うことですが
何をやっても、完璧といことはありません
当たり前といえば当たり前ですが
本当に、努力しても、考え抜いても、まだまだ、やるべきことはあるのです

このことは、人生に希望をもたらせてくれます
どんなに、思い通りにできたと思えても
けして、完璧も、終わりも無いということになれば
未来は、生きる価値があるということになるからです

完璧だ、もう、これ以上やることが無い・・・などということになったら
これから先の人生はつまらなくなってしまいます
まだまだ、やることがある、やらなければならないことがある・・・となるから
未来へ向かう気持ち自体が生き甲斐となります

私は、世間の常識に疑問を感じることが多く
そのため、時に、他人から変わり者と思われてしまいます
友人を失うことすらあります
それでも私は、自分の思いや感じたことを否定しません

自分が、何が何でも正しいなどと、そんなことは考えません
自分が間違うことがあることくらい、当の本人が一番よく自覚しています
それでも尚、自分の感じ方に執着するのは、その方が当たっている場合が多いからです
自分の感覚に従って商売すると、成功するからです

他人の意見に従ったばかりに失敗した経験は何度もあります
もちろん、自分の意見だけで何かをするということではありません
仕事は、専門家や関係者の意見を聞きながらすすめるのです
そうした中で、自分なら、こうしようというアイデアが出て来るのです

そこから先は、専門家と討議することになりますが
専門家は、自分の経験にこだわるあまり
新しい創造的なアイデアは出てこないのが通例です
そこで、私は、自分のアイデアを通すのです

ところで、消費税増税に・・・私は反対です
私は、自分の意見に100%の自信があるとは言いません
99,99%の自信はあります・・・不況が来るでしょう
このことに関しては、私は、自分の主張が間違いであることを願う気持ちがあります
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