メイン前のひと皿・信州サーモンと御代田アスパラの春巻き
軽井沢の視察会に参加するのはこれで3回目だけれど、いずれも宿泊するホテルが半端じゃなく豪華だ。1度目は軽井沢屈指の老舗リゾートホテルである万平ホテル、2回目は広大な敷地を誇る軽井沢プリンスホテルのコテージをひとり1棟用意され、今回はホテルマロウド軽井沢。旧軽井沢の森の中にある、閑静なたたずまいのホテルである。
だから、という訳でもないが、夜の地元の方との懇親会も、ひと味違う。普通、こういう視察会の懇親会といえば、畳敷きの大広間に卓が並び、参加は湯上りに気軽に浴衣で、乾杯ほどなく座がくだけて、あとは注しつ注されつ夜が更けていく、といった展開。軽井沢の場合は、円卓についたらまずはウェルカムドリンクのシャンパンで乾杯、次々にサーブされるフレンチの華やかな皿に舌鼓を打ち、逸品のワインを楽しむ、てな具合で、ハイソな軽井沢テイストにあふれている。自分としては、前者のほうが正直、身の丈にあっていて好きなのだが、リゾートホテルでフレンチ、なんてめったにない機会。場慣れしない席で粗相することのないよう、心して楽しむこととしよう。
懇親会にはお昼に案内していただいた観光協会の方々に加え、軽井沢町長も直々に参加して頂いた。お昼の視察で感じたことなど、ざっくばらんに意見を交換しましょう、とまずは乾杯。あまりお酒が回らないうちに、テーブルに同席した地元の方たちにあれこれ感想を話していると、ほどなく待望の料理の皿がサーブされ始めた。
ウェイターの方によると、本日のコースは軽井沢をはじめ、信州の地元食材を多用した趣向との事。信州といえば、りんごに代表される果物に山菜やきのこ、さらに漬物、味噌、酒といった加工品などが、ざっと特産品が挙げられる。一方、軽井沢産の食材といって、パッと思いつくものが意外にない。同席した地元の方も、果物狩りも小諸のほうがメインだし、せいぜいそばぐらいかな、と笑っている。
まず最初の一皿である前菜は、鴨の燻製と生ハムに、軽井沢高原レタスを盛り合わせたサラダ仕立てのもの。
「レタスやキャベツといえば、お隣の群馬の嬬恋とか、八ヶ岳とかが思い浮かぶでしょう。軽井沢も、南部の下発地あたりは高原野菜の産地で、レタスは特産品のひとつなんです」
さっきの方が、数少ない? 軽井沢産の食材を、ちょっと誇らしげに説明してくれる。下発地は、お昼に塩沢湖方面へ移動する途中、バスの車窓から眺めた場所で、浅間山を望む広々した土地。このあたりは高冷な気候のため、こうした葉物野菜の栽培に向いているという。瑞々しく甘みが出るのは、前述の他の産地と同じようで、しゃっきり、パリパリと前菜にはもってこいだ。
緑が鮮やかでほんのりした苦味がいい小諸アスパラのスープに、身にふっくらと脂がのった信州サーモンと御代田アスパラの春巻き。皿はどんどん進み、ついでにワインも赤も白も進んでいく。小諸も御代田も、軽井沢近郊に位置する土地で、ちょっと外れると地元名を冠する野菜が存在するのも、なんだか面白い。
緑鮮やかな小諸アスパラのスープ(左)、牛ヒレ肉ステーキ(右)はエリンギを添えて
口直しのシャーベットの後、メインディッシュである牛ヒレ肉ステーキのエリンギ添えを平らげたところで、同席の観光協会の方が、余興として追分節を披露してくれることになった。雛壇にのるやいなや、やにわにハッピを羽織り、どこからか合いの手に使う小道具まで持ち出し、何とも用意周到でやる気充分。地元の方も何人か加わって、これまでのしっとりムードの懇親会からにわかに盛り上がりを見せてきた。
追分もまた、軽井沢の西寄りに位置する町で、かつての中仙道と北国街道との分岐点として栄えた宿場町だった。もとはここに集う馬子たちが、普段の生活のささいなネタに節をつけて謡っていた、いわゆる馬子唄だったという。嫁とケンカしてどうしたとか、浮気で口説いた女郎がどうこうとか、今で言うきみまろの川柳のようなものだろうか。その中で出来がいいもの、というよりウケたもの? 百編ほどが伝承され、現存しているという。
ちなみに追分とは街道の分岐点を指す地名で、ここだけでなく全国各地に存在する。追分節もそれらの土地土地にあり、中で有名なのが北海道の江差追分だが、ルーツはここ、信濃追分とこの方は力説する。追分節はここから街道を経て各地へと伝播し、日本海側の港町へ、さらに北前舟で江差へ伝わったという説がある。江差追分の歌詞には、そのことを示す名残があるのだとか。
準備万端整ったところで、本日拝聴するのは正調・追分節だ。追分は宿場町だったため、追分節は後の時代になって女郎や飯盛り女が三味線やお囃子をつけてしゃれたアレンジにされたが、本来はアカペラ。それに、馬子唄らしく馬のひづめの音と馬鈴をあしらって、発祥当時に近いスタイルで謡ってくれるそうである。
ひづめの音は、将棋板に黒いカップのようなものを、4つ交互に叩きつけて出す。馬鈴は銅製のドーナツ状の鈴で、街道を往来する馬が提げたもの。地元の方がほかに2人加わってこの効果音を担当、即席ユニットで軽く打ち合わせをしたら、さあはじまりはじまり。カッポカッポ、シャランシャランとの効果音に、馬子唄らしいよく通るいい声が会場中に響き、なかなかの名調子だ。本格派軽井沢フレンチをリゾートホテルで賞味しながら、伝統芸能である追分の馬子唄を聞く、というのも何だか不思議な気分だが、一同お酒が程よく回った頃合ということもあり、座は大盛り上がり。宴たけなわになれば結局、座敷でやっている懇親会とノリは同じなようである。
彩り鮮やかな、信州りんごのムースとシャーベットで締め
締めくくりに信州りんごのムースとシャーベットでさっぱりして、これにておひらき。今日は「ペットと過ごす休日」と題して、ペットオーケーの宿やレストランなどを巡り、最後は馬子唄を聞いてと、何だか動物尽くしの1日となった。もちろん、人間様用の軽井沢や信州の食材を使ったフレンチも、言うことなしの満足度。まあ、もうちょっと軽井沢オリジナルの食材があったらいいな、という気もするけれど。
この後はホテル内のバーやカラオケで2次会、となだれこむのが視察会でよくあるケースだが、1次会でスパッと解散、あとは皆さん夜のリゾートホテルライフをくつろいで、というところが、また軽井沢流でいい。部屋に戻り、シャワーを浴びてさっぱりしたら、ワイドなベッドに転がって売店の缶ビールを寝酒にもう1本… と、これでは普段の夜と変わりゃしない。今宵の寝酒はせめて、フロント横の売店で売っていた、ワインのハーフボトルとホテルメイドのモカクッキーあたりでキメてみようか。(2007年6月28日食記)