今回の軽井沢の視察会、参加者は私を含めて全部で7人ほどで、男性は実質的に私だけ。軽井沢という場所柄、女性の方々の意見が参考になるのは分かるが、その中に囲まれて男性ひとりと実に大歓迎な… ではなく、ちょっと気恥ずかしい気もしてしまう。
ペットをテーマにした施設見学が中心だった1日目とはうって変わり、翌日の視察はアクティビティや体験ものが中心だ。そして最初の視察先は、乗馬ときた。もちろんそんなハイソな体験は今までやったことはなく、女性方を前にしてせめて恥をかかないようにキメなければ、と緊張と気負いが入り混じりつつやってきたのは、軽井沢駅からクルマで10分ほどのところにある「軽井沢乗馬倶楽部」。浅間山を望む、広々した馬場を持つ乗馬体験施設である。
この日は初心者向けの、曳き馬15分のコースを、全員がチャレンジすることになった。乗馬帽をかぶりすね当てをつけて、でも視察だからYシャツに革靴という、それらしいのからしくないのかよく分からない格好となり、勇躍、1番目に名乗りを上げていざ挑戦。相棒は10歳馬のジョイ君で、よろしく、と馬面を撫でてあいさつしてから、左手でたてがみ、右手で鞍の後部をつかんでよっ、とまたがる。が、グラグラ、ユラユラとちっとも安定しない。乗り物といってもやはり生き物、自転車やバイクよりも、はるかに難しそうだ。
「あぶみは足の指の骨の付け根あたりにかけ、頭と肩と腰とかかとの重心が、一直線になるような感覚で。そのまま垂直にストン、と地面に落ちたら、中腰になっている姿勢がベストです」
と講師のアドバイスに従うと、うまく安定してまたがることができた。ともあれ一安心だが、またがっただけでは馬はすすまない。最初は講師の方に曳いてもらいながら、馬の揺れに体の揺れを合わせるバランスを覚えたら、いよいよ自分だけで馬を操ることになる。
またがってみると、意外に馬の背は高い。揺れに合わせてのるのがポイント
馬の操作方法は、おなかをポンと蹴るとスタート、手綱を右横に軽く引くと右へ、左へも同様で、止まる時は手綱を軽く手前にクッと引く、といった具合。やってみると意外に簡単で面白く、操った方向へスーッと曲がってくれるのが気分いい。浅間山を眺めながら、馬の背に揺られてカッポカッポ。自分の顔の近くへ飛んできた虫を払った勢いで手綱を引いてしまい、柵へ向かって曲がってしまったのはご愛嬌だが。もっとも、
「この子はベテランなので、乗り手があまり上手じゃなくても、察して動いてくれるんですよ」
と講師の方が苦笑する。自分のつたない手綱さばきで曲がる際も、「ああ、こっちにまがるんだね、その指示の仕方はちょっと違うんだけど、まあいいか」という感じに思えなくもないか。まあ、ベテラン馬・ジョイ君のフォローあっての乗馬成功に、感謝しておこう。
15分だとあっという間のようにも感じるが、乗馬は終始腰でバランスを取るため、あとから結構体にくるそう。30分も乗った日には汗だくになり、なれない人は次の日に体中が痛くなるほどとか。
昼食前にいい運動をさせてもらって乗馬倶楽部を後に、お昼をいただく会場に向かう前にちょっと寄り道。やってきたのは、巨大な駐車場を擁する大型スーパーマーケットだ。各自昼食はここで買って、ではなく、別荘族御用達の地元スーパーを、ちょっと覗いてみよう、ということである。「つるや」は県内に12店の支店をもつチェーンで、特にこの軽井沢店は、避暑客に絶大な人気を誇っているという。滞在中の食事の買出しはもちろん、帰る前におみやげをここで買っていく人も多いとか。
スーパーでおみやげ、というのも不思議な気がするけれど、覗いてみるとローカルな品物が種々様々あるわあるわ。パンはプリンスホテルのホテルメイドのバケットや食パン、地元製造のハチミツやジャムにゼリー、ハムソーセージ、ジュースなど。山菜やキノコ、花豆など周辺で収穫された食材も揃い、ひょっとしたら観光客向けのみやげ物屋よりも、安くて品数が豊富かも。
案内の方によると、揃って買出しに訪れる中高年の夫婦が多く、ご主人が調理するのか、自らあれこれと選んで買っていくのだとか。みやげもなぜか、高いものほど良く売れるのだという。そのあたりがまた、軽井沢ならではの傾向なのかもしれない。
つるやで売っていたハチミツ。地元ならではのみやげ物
乗馬をしていたときはいい感じに晴れていたのが、昼食会場の『森下牧荘』に到着する頃には、バラバラと雨が降り出した。昼食はバーベキューの予定で心配していたところ、大きな屋根つきのスペースに会場が設置されていたのでひと安心。
席に着くとさっそく、ニジマスの塩焼きが丸一匹ずつ運ばれてきた。同時に飲み物はいかがしましょうか、と聞かれ、これはもちろんビール、と手を上げたのは私だけ。女性軍は皆、明るいうちからお酒は遠慮しているのか、ソフトドリンクをオーダーしており、ひとり昼酒にて恐縮しきりである。
昨日泊まった「ホテルマロウド軽井沢」の夕食は、軽井沢や信州の食材を多用したフレンチだった。この日の昼食のバーベキューも同様、食材はすべて軽井沢産です、とご主人が胸を張りつつ「でも車えびだけは軽井沢で獲れないからね」と笑わせてくれる。ニジマスの塩焼きに始まり、車えび、牛ロース、ソーセージ、野菜はレタスにキャベツ、タマネギ、エリンギ。仕上げに焼きそばと、締めにはデザートもついているからうれしい。
さっそくニジマスを頭から丸かじりすると、ホクホクした身にコッテリ、ほんのり苦味のあるワタが絶品。牛ロースも肉汁あふれる絶妙な焼き加減で、タレなしでそのままいくほうがうまいかも。これはハートランドビールが進む進む… とまわりを見ると、いつのまにか女性軍もほとんどみんな、ハートランドのジョッキを頼んでいるではないか。中には牛ロースを串ごといったり、骨付きソーセージを骨を手づかみでいったりと、ビールの注文の際の遠慮はどこへやら。でも、バーベキューはこの開放的、豪快な雰囲気でなくっちゃ。
食材の中でも特筆すべきは、野菜のおいしさ。どれもしゃっきりと瑞々しく、甘みがしっかり含まれ、高原の生気を感じさせる力強い味だ。昨日の軽井沢・信州食材のフレンチの時にも思ったのだが、こうした地場産の野菜を、軽井沢ブランド野菜として売り出したら、近隣の嬬恋や野辺山ブランドの野菜に負けないぐらいの人気が出るのではないだろうか。すると、
「軽井沢の食材は、昔から別荘に滞在する人たちが日常の食事に使っていた、『普段使い』の食材なんです。あえてブランドをわざわざつけなくても、いいものはいい。軽井沢ブランドだから買ってもらうのではなく、軽井沢にやってきて、軽井沢の魅力のひとつ、として味わってもらうほうが、おすすめです」
としみじみ話すご主人。音楽にも造詣が深く、iPODやCDが席巻している中、やはり生の音の良さは特別、軽井沢もそんな「本物」を売りにしていってほしい、と、音楽との例えに説得力を感じる。さらに、あちこちせわしなく観光するのではなく、何もしないで時間が流れるまま過ごすのが、軽井沢の本当の良さを感じられる、とも。普段、分刻みで取材、食べ歩きとせわしなく動き回る自分にとって、何とも耳の痛い、そして実にうらやましい話である。
丸ごと食べられるニジマスの塩焼きに、変わり寒天がおいしいデザート
ご主人と話し込んでいるうちに、料理は焼きそばから締めのデザートへと進んでいる。自分は野菜焼きあたりでかなり満腹になり、焼きそばはパスしてデザートへ。そば粉、ウーロン茶、緑茶を混ぜ込んだ寒天が個性的で、それぞれひとつずつ試食したところでおなかいっぱい。まわりを見ると、やきそばもどんどん平らげ、さらに甘いものは別腹、とデザートもペロリ、という感じ。いや、恐れ入りました。
ごちそうさま、の後は、次の視察先は「ソーセージ製造体験と試食」。これだけ食べて、直後にまたソーセージの試食とは、あまりにお腹にハード。さっきのご主人の話ではないが、この後1、2時間、せめてお腹が落ち着くまで、何もしないで時間が流れるまま過ごしたい気も…。(2007年6月29日食記)