ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

町で見つけたオモシロごはん94…銀座 『懐食みちば』の、鉄人道場六三郎の懐石料理

2007年07月16日 | ◆町で見つけたオモシロごはん


コース「懐」の前菜。手前右から反時計回りにハモの湯びき山椒、
アボガド艶焼、加賀太キュウリ昆布〆め、木の芽寿司、
チーズ
黄生焼、トコブシ磯焼、中央が豚足生姜

 料理人対決をコンセプトに、一世を風靡した異色の料理番組、「料理の鉄人」。和食・中華・フレンチの3鉄人といえば、番組が終了してかなりたった今でも、忘れられてはいまい。
 番組のおかげで料理人としての知名度が跳ね上がり、当時鉄人の店はひと月ふた月先まで予約でいっぱい、といった状況。本職のみならず、中には食品会社と協力してフードコーディネートに精を出したり、レストランのプロデュースに関わってみたりと、本職以外のジャンルにも積極的に進出する方も。現在ではよく耳にする、「○○料理の第一人者、○○シェフ」といったくだり、いわゆる有名料理人ブームを巻き起こした番組であり、彼らはその先駆者的料理人だった、といっても過言ではないだろう。
 自分が今まで遭遇した鉄人の味といえば、数千円で腹いっぱいになるバイキング主体のレストランに、コンビニの企画ものの鉄人弁当ぐらい。テレビのキッチンスタジアムで鉄人が描き出していた、繊細かつ優美な味の世界とはちょっとかけ離れているか。
 だがこのたび正真正銘の鉄人の居城の本丸にて、食事をする機会に恵まれた。銀座に店を構える、和の鉄人・道場六三郎氏の『懐食みちば』にて催される、北陸は山中温泉の観光懇親会に、ご招待いただくこととなったのである。ローカルごはん向け対応の舌が、鉄人の料理をいかに迎え撃つか、いざアレ!キュイジーヌ!

 店は和光から銀座通りに折れてすぐ、マツザカヤの向かいあたりにある。あまり目立たないビルの8階にあり、看板もよく探さないと見つからないほど。道場氏のあとを引き継いだ二代目・和の鉄人の店では、看板に自身の名前のロゴをあしらい、店内には自身の鉄人時代の写真を飾っているのとは、好対照である。迷わなかったのは、山中温泉協会の人が入り口で、派手なハッピを着て出迎えてくれたおかげかも。
 本格的な和食の店だけに、この日も座敷で膳が供される形かと思っていたら、エレベーターを降りて案内されたところは、モダンな雰囲気のダイニングスペースが広がっている。中央には華道、草月流家元だった勅使河原宏氏の意匠を汲んだ、山中温泉の自然をイメージした大きな生け花が鎮座。そのまわりにテーブル席が配され、暖かい中間照明が和みの空間を演出している。そして奥にはキッチンスタジアムならぬ、オープンキッチンが据えられ、若い料理人たちの動きがきびきびと気持ちいい。
 続々と招待客が席に着き、三味線奏者の本條秀太郎氏による俚奏楽「雪の山中」の艶っぽい唄が奏でられると、いよいよ開宴の時間。観光協会長の挨拶が半ばとなったところで、氏がおもむろに呼びかけた先の厨房を見てビックリ。


和懐石の店とは思えない、モダンな店内。
品書きや箸の留めにも「みちば」の銘が。

 おおむねこういった有名料理人の店は、主は「料理以外のことで多忙」なのが常であるため、今日も道場氏にお目にかかれるとは期待していなかった。ところが、オープンキッチンの空気がさっきと一変、ピンと張り詰めたと思ったら、何と、奥から道場六三郎氏が現れたではないか。若手にてきぱきと指示を出しながら、自身も厨房に立ち、一体となって調理に邁進している。テレビで見たまんま、ではなく、もっと着実、ていねいな仕事をしているような印象を受けるのは、テレビは時間制限(演出で実際は怪しいが)つきの対決だったからなのだろうか。
 そもそも山中温泉の観光懇親会を、この店で行うことには訳がある。道場氏が生まれ、幼少期から少年期を過ごしたのが、この山中温泉なのである。山中温泉は大聖寺川の渓谷である鶴仙峡沿いに宿が立ち並ぶ山間部の温泉で、山里の食材はもちろん、近隣の橋立漁港で水揚げされる日本海の魚介など、豊かな食材に恵まれている。そんな中で磨かれた感性が、「素材の持ち味を引き出す」という、氏の料理に対する姿勢として、ずっと息づいているという。
 道場氏は温泉協会長も古くからの友人とのことで、開会時の挨拶で披露された、能登沖地震の際のエピソードも興味深い。山中温泉は、能登沖地震の震源や被災地とはかなり距離があり、実際はほぼ被害はなかった。にもかかわらず、道場氏は地震発生から間をおかずに協会長へ様子伺いの連絡を入れ、義援金の寄付まで行ったというから、郷土への思いは半端ではない。この会が、氏の店で行われるのも、氏のたっての希望、ということもあるのだろう。

 会の主題である「山中温泉を思って下さる方々の集い」は、まさにそんな氏の心意気を表した言葉なんです、との紹介とともに、道場氏も厨房から壇上へとやってきた。長々とかしこまった挨拶や、無駄な雑話は一切なし。「今日の料理はね、加賀や能登の食材を使え使えと、協会の連中がもうウルサイんですよ」と、苦笑しつついきなり食材の話から切り込んでくるところが、料理人らしい挨拶だ。
 テレビ出演時には「日本料理界の異端児」と称され、伝統や形式にとらわれない独自の料理観を持つ道場氏だけに、この店のコンセプトもまた、個性的だ。懐石を基軸におきつつも、料理が一部選択できるプリフィクススタイルを取り入れたり、食材も和のテイストにこだわることなく柔軟に対応するなど、今までにないスタイルの斬新な和食処である。会の趣旨や、挨拶の言葉の力強さから、道場氏も今日は気合充分といった感じ。これは楽しみである。

 この日供される「懐」コースは月替わりで、メインディッシュとご飯ものが選べる仕組み。テーブルにくるりと巻かれた品書きの、銘入りの朱印が押された留めをとくと、和紙に「文月の料理」とのお題で品々が書き記されている。テレビ番組で、氏が料理を仕上げた後で、和紙にサラサラと達筆で品書きをしたためていたパフォーマンスを思い出す。
 冒頭に書かれた前菜は、アボガドの艶焼き、チーズの黄生焼き、トコブシの磯焼き、木の芽寿司、加賀太キュウリの昆布締め、ハモの湯びき山椒、豚足生姜の7種盛りである。今日のための新作がいくつかあるとのことで、アボガド、チーズ、トコブシに、旬の加賀太キュウリが特におすすめ、と道場氏。
 そのおすすめであるアボガドからして、いきなり絶句。果物の味ではなく、ねっとり、こってりと、例えるならカニミソとかウニといった感じか。アボガドは、マグロのトロの味がするともいわれるが、それとは異なる海産珍味系の味わいである。チーズも同様に、奥行きと厚みがある多層的な風味。ともになんとか焼きとか品書きにはあるけれど、ただ焼いただけではとてもこんな味にはならない。
 加賀太キュウリは対照的にあふれるほど瑞々しく、生気あふれる青臭さこそ加賀野菜の真髄。そして磯にあるまんまの味にも思えるほど、全体が貝柱の旨みとやわらかさのトコブシ。濃厚な2品のあとにさっぱり、ふっくらものの2品で、緩急を楽しむ組み立てなのだろうか。新ショウガに漬けてあるから、酒が進むよ、と道場氏が話していた豚足は、ちょっと豚独特の香りに好き嫌いが分かれるよう。

 それにしてもアボガドにチーズと、のっけから形式にとらわれない、創作和食の妙味だな、と、山中温泉に蔵元がある地酒「獅子の里」で口を漱ぎながら、磯の香芳醇なトコブシの肝の余韻を楽しむ。すると、席のすぐ横を道場氏が料理の皿を手に横切っていった。厨房で調理、指示を出し、合間にはフロアの隅で調理の仕上げを自らやっていたり、招待客のテーブルまで料理を供したり。あれもこれも自ら手を下さないと気がすまない、という感じで精力的に動き回っているようだ。
 最初のうちは、あの和の鉄人直々に供してもらうとは、と多少恐縮したけれど、慣れてくると次第に、ごく普通の料理屋の親父が奮闘している、という風にも見えてきた。そこで次に通りかかった際に、
 「前菜のアボガドとチーズ、ただ焼いただけじゃないですよね。どんな下ごしらえをしたら、あんな味になるんですか?」
 呼び止めて声をかけたところ、道場氏、足を止めて我々のテーブルにだけ(?)、アボガドの味の秘訣を懇切丁寧に解説してくれた。味の決め手は、西京味噌。アボガドを5日間味噌の中に漬けて焼くと、あの濃厚で複雑な味わいになるとの事で、チーズも同様、酒かすに漬けて焼くのがポイントという。なるほどアボガドの西京漬けに、チーズの粕漬けか、とメモしてみたはいいけれど、こう書くと鉄人渾身の新作料理も、なんだか一杯飲み屋の肴みたいだ。

 その後も何度か、通りかかるところを呼び止めて料理の質問をしてみたら、聞くほどに氏もああだこうだと、ていねいに教えてくれる。そこには有名料理人様といった高慢さは、みじんもない。テレビでは神々しさこそ漂っていた和の鉄人だが、料理を介して直接接してみたら、ああこの人、普通に料理が好きな生粋の料理人なんだな、と親しみがわいてきた。これうまいですね、と感想を述べたときのリアクションがまたよく、「料理の鉄人」で審査員の試食の際に、岸朝子に好評価された時よりいい感じかも(笑)。

 …で、前菜の段階で紙面が尽きてしまいました。私の記憶が正しければ、次回はいよいよ、鉄人の本格的な技へと迫ることとなります。(2007年7月10日食記)



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