ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん51…高知・中村 『季節料理たにぐち』の、四万十川のゴリに川エビ

2006年12月10日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 宇和島を後にした予土線のトロッコ列車「四万十トロッコ」号は、松丸駅を過ぎると左手に四万十川の支流である吉野川を見ながら進んでいく。岩をかむような流れが、途中の江川崎を過ぎて四万十川の本流に沿うと一変。緑の山間に蒼い水を滔滔とたたえる、広々とした流れへと変わった。蛇行する川に沿ってくねくね進む列車の車窓、というかトロッコの柵越しには、四万十川名物の「沈下橋」もちらほら。増水時に橋が流されるのを防ぐため、欄干を設けないことで水の抵抗を抑えた独特の橋で、名の通り増水時には水面下に沈んでしまうのだとか。まさに「最後の清流」の名にふさわしい、手付かずの自然景観が展開している。終点の窪川駅で下車、徒歩10分ほどのところにある岩本寺へと足を伸ばす。四国八十八ヵ所第37番霊場で、参拝後持参した納経帳に朱印を頂き、この日の予定は終了。まだ15時過ぎと日が高いけれど、あとは四万十川の河口の町・中村の宿へと入るだけである。

 中村に泊まった理由は単に、明日訪れる予定のカツオの町・土佐久礼に行くのに都合がいいからで、ここではお魚関連の取材および食事はひと休みのつもりだった。ところがトロッコ列車から四万十の流れを眺めていると、瀬戸内や宇和海、土佐湾の魚に続き、ついでに四万十の川魚もいってみるか、という気分になってきた。手付かずの自然の中を流れる大河、とくれば、とれるお魚だって手付かずの自然の恵みの天然物であること請け合い、とばかり、日が傾いてきたところで駅で借りた自転車に乗っていざ出発だ。中村の繁華街は駅から少々離れていて、10分ほど走ったところで小ぢんまりした飲食店街に出くわした。ホテルのフロントに教えてもらった、四万十川の川魚料理の店をいくつか巡った上で、国道439号線に面した『季節料理たにぐち』の暖簾をくぐることに。やや年季の入った、小料理屋風の店構えの玄関をくぐると、まだ17時をまわったぐらいなのに店内はかなりの客で賑わっている。店の人もてんてこまいといった様子で、おばちゃんが盆にいっぱいの料理を運びながら、カウンターの奥の空いているところへどうぞ、と、慌しく中へと通された。

 四万十川は全長およそ196キロ、高知県内の不入山を水源に大きく蛇行して流れ、河口からおよそ10キロほどの四万十市中村を経て太平洋へと注ぐ。中村付近の河口域は川幅が300メートルを超え、高低差がほとんどない。おかげで流れが極端に緩やかになり川へ海水が逆流し、淡水と塩水が混じった「汽水域」が形成されている。プランクトンが豊富で栄養分豊富な水域のため、このあたりに棲息している魚介は実に種類豊富。四万十川には、こうした魚介を獲物とする川漁師が健在で、今でも昔ながらの伝統漁法を用いてアユやウナギ、川エビなどを漁獲、市街の料亭や料理旅館に卸しているそうである。「たにぐち」の現在の板前は3代目で、川魚料理は2代目の頃から専門的に扱っているとの事。旅行者にはもちろん、地元でも名が知られた川魚料理の名店なのである。

 と感心して、品書きや店内に掲げられたおすすめメニューを見たところ、川魚料理だけでなく海鮮料理も結構並んでいるよう。つくりの欄に「ヨコ」「シンコ」とあるのはカツオの幼魚のこと、「キリアイ」というのは足摺付近でとれる「ちゃんばら貝」という巻貝、ほかウメイロ、イサギ、ネイリ、ブリ子の煮物など、ひと通りおばちゃんに解説を聞いたけれどとても覚えられない。中村はカツオで有名な佐賀漁港や、「清水サバ」が名高い足摺岬の付け根に位置する清水漁港も近く、店ではこれらの漁港で水揚げされた魚介を使った料理にも定評があるという。カツオのつくりでビールを一杯、も惹かれるが、それは明日の土佐久礼の楽しみに回して、今日はあくまで「川魚デー」。お目当ての四万十川天然ウナギや、名物の青さ海苔を探しながら、品書きに目をやる。すると「四万十川定食」と、これまたそそられる名称のコースを発見。おばちゃんに内容を聞いたところ、料理の組み合わせによって数種あり、ウナギ蒲焼と青さ海苔の天ぷらはAのコースについているとのことだった。

 あれこれ単品で頼むよりかなり割安なのでこれに決定、ビールとともに最初に出てきたのはゴリの卵とじである。小鉢に持った炒り卵の中には、2~3センチほどの小魚がたっぷり。小魚は黒っぽいけれど、イメージはシラス入り卵焼き風でもある。ゴリとは淡水性のハゼ類の総称で、四万十川流域ではハゼ科のチチブ、ヌマチチブの稚魚を指す。小さいながら、大きな目に大口のユーモラスな表情が印象的だ。漁法は四万十川の伝統的川魚漁法のひとつである「ガラ曳き漁」。 サザエの貝殻を何百個も吊るしたロープを、川の中を上流から下流に向かって曳き回す。するとサザエの貝殻が反射する日の光と、漁法名の通り「ガラガラ」と鳴る貝殻の音にゴリはビックリ、逃げるところを網に追い込んで漁獲するという、仕掛けも捕らえ方も何だかのどかな漁法だ。ゴリは地元では卵とじのほか、甘辛く煮て佃煮にするのが一般的な料理法という。この店のゴリの卵とじには、切り干し大根が入っているのがオリジナル。おばちゃんによると、この大根は「桜干し」といって、ねじって細長く伸ばして干す独特のやり方という。最初から細い大根じゃないよ、覚えていきな、などと親父さんも笑っている。卵の甘味がほど良く、料理のスタートにはほっとする味だ。

 ゴリの卵とじのすぐ後に出てきた川エビは対照的に、パリパリになる位しっかり揚げてから、仕上げに塩を軽くしてある。川エビとは、四万十川に棲息するテナガエビのこと。年間漁獲高が30トンほどと、ウナギや藻類に次いで川漁師にとって重要な漁獲となっている。その川エビを漁獲する「柴漬け漁」は、四万十川の伝統的漁法の中でも代表的なもののひとつだ。木の枝をいっぱい束ねた「柴」を、一晩川の中に漬けておく。するとその間に、エビやカニ、ウナギなどが、この柴を住処として棲みついてしまう。そこで翌日、柴の下に大きな網をあてがいながら引き上げると、柴に安住していた獲物たちが網へとバラバラと落っこちるという仕組み。ガラ曳き漁と同様にどこかユニーク、また四万十の悠々たる流れを彷彿させる、どこかのんびりした漁法でもある。数匹箸でまとめてパリッ、香ばしい中にもエビの甘味がしっかり引き立ち、これはビールが進む味だ。熱々のうちは長いはさみがさっくり、口の中で触らなく食べやすいが、冷めてくるとはさみやひげや足が次第にトゲトゲしてくるので、後半はやや急いで食べる。エビの中には卵を持ったのもいて、味はしないがツブツブとした食感がなかなか心地よい。

 のっけから数品続いて、熱々のうちがうまい料理が出てきたため、冷めないうちに食べるのが何とも忙しい。そして続いても熱々の料理が登場、期待していた青さのりの天ぷらである。青さのりは四万十川の中流から河口の、汽水域でとれる藻類である。似た名前の「青のり」も同じ流域でとれるが、青さのりはヒトエグサ、青のりはスジアオノリと、種類は全く別のものだ。青さのりは食べておいしく、青のりは潮の香りが強いと、その特性も異なるという。青さのりは地元では佃煮にされるほか、中村周辺の料理屋では天ぷらが名物。見た感じはまるで苔玉のようなのを、熱々のうちにサクッとひと口。とたんに潮の香りが一気にで口の中に展開する。食べていると口の中で葉がばらけ、それをねぶると次第に味が出てくる。天つゆの中にもばらけてしまうが、それも頂いてしまうほど後を引く旨さだ。

 四万十川定食の序盤3品で、すっかり川の幸の恵みに魅せられ、この後続く天然物のアユやウナギに更なる期待がかかる。そろそろ地酒にシフトするのもいいかも、と、酒のほうもエンジンがかかってきた。川魚料理編の後編は、次回にて。(2006年8月6日食記)