ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

旅で出会ったローカルごはん59…修善寺 『禅風亭なな番』の、禅寺そばと天ざる

2006年08月27日 | ◆旅で出会ったローカルごはん
 修善寺温泉は伊豆長岡温泉と並び、中伊豆屈指の規模を誇る温泉街だ。清流・桂川を中心に老舗の和風旅館が立ち並び、温泉情緒あふれるゆったりとした風景が展開している。国道136号線を温泉街方面へ折れ、飲食店やみやげ物屋が立ち並ぶ町中の細い道をクルマで通過して、町の中心である修禅寺へ。源頼朝一族ゆかりの古刹で、ここの駐車場にクルマを停めて温泉街を散策することにした。桂川沿いの遊歩道へ入ってすぐのところに、川の中に立つ小さな東屋を見かけ、立ち寄ってみるとどうやら足湯の様子。「独鈷の湯」という名で、弘法大師が手にした独鈷で河原の岩を打ったら湧き出したという逸話がある温泉だ。昔は共同浴場だったが今は足湯として使われており、靴と靴下を脱いで足を浸してみる。すると「熱っ!」。何と60度もの源泉が流れ込んでおり、いく分冷めているとはいえ42、3度はありそうだ。ゆっくり浸し、徐々に熱さに慣らしていく。ビリビリしびれる熱さが、なじむとマッサージ効果があるようでなかなかいい。

 先に足湯に入ったおかげで、散策の用意は万全となり、桂川沿いの遊歩道をぶらりと歩いていく。川はところどころ早瀬で、岩をかむ白いせせらぎが見られ、釣り人の姿もちらほら。川に面した老舗旅館の部屋がこちらを向いており、宿泊すると景色がよさそうだ。こんな部屋に長期滞在して仕事をすれば、いい作品が書けるのかも? 赤い欄干の桂橋を渡ると、右手に見事な竹林に挟まれた小路が延びていて、橋の赤とのコントラストが鮮やかだ。入っていくと昼間なのに鬱蒼としていて静寂なたたずまい。中ほどにある縁台に腰掛けていると、一瞬自分がどこにいるのか分からなくなるようで、どこか現実離れした空間のように思えてしまう。

 お腹がグーとなった瞬間、そんな世界から現実に引き戻された。お目当てであるそばの名店はすぐ近くだが、行ってみると順番待ちの客が店の前まであふれているようだ。人気の店だし仕方ないか、と並ぶつもりで店の入口に入ってみると、お屋敷のような立派な玄関周りには店の人の姿が見えず、何だか殺風景だ。順番を待つ名前と人数を記入する紙があるほかは「ひとりで作っていますので時間がかかります」「グループ客は、分かれて座ってもらうことがあります」「子供は静かにしてください」との貼紙が目立つ。待っている客はたくさんいるのに、みんな黙って座っていて、中には一角に置かれている、この店が紹介されたグルメ雑誌の記事を眺めている人も。

 売り切れ仕舞いという名物の十割そばは気になるけれど、5分ほど待っても列が進む様子はまったくない。しかもこちらは子連れで人数も多く、さっきの貼紙が少々気になっていたので店を変更することに。手持ちのガイドで見つけた『禅風亭なな番』に電話をかけてみると、「どうぞ、お待ちしてます」とおばちゃんの愛想のいい声が返って来た。クルマを停めた修禅寺まで戻り、今来た道と逆方向へ、温泉饅頭やシイタケ、エビせんべいなどみやげもの屋を眺めながら歩くこと5分ほど。合掌造りの立派な店構えをくぐると、店頭に並んでいる客がいるにもかかわらずすぐに掘りごたつ式の大テーブルへと通された。電話の際に予約まではしていなかったのに、ご親切に予約扱いで席を確保してくれていたようである。

 品書きによると、店の名物は「禅寺そば」とある。禅修業を行った僧が断食明けに山野で食材を集め、そばを打って食べたことにちなんだもので、修禅寺参詣のあとにそばを頂くとより功徳があるという。家内はこの禅寺そば、自分は天ざるを頼み、待つ間も店の方が記念写真を撮ってくれにきたり、「お待たせしてすみませんね、この後出ますから」と気を使ってくれたりと、実に気さくな店だ。大人数、しかも子供連れでやってきたけれど、ホッとひと安心である。

 ここのそばの面白いところは、食べる前の準備を自分であれこれとするところである。運ばれてきた盆にはせいろにのったそばに天ぷら、そして中央には大きな生ワサビが1本のっている。葉もついていて、なかなか立派なものだ。この中伊豆産のワサビを、添えてあるわさびおろしで自分でおろして食べる仕組みなのだ。家内の頼んだ禅寺そばは、せいろのそばととろろそばがセットになっていて、ワサビのほかゴマも小鉢で自分ですっている。自分もワサビをおろし、そばにちょんとのせ軽くつゆに浸してひとすすり。すりたてのワサビは緑色が鮮やかで、柔らか目でほのかに甘味があるそばの後から、パンチの効いた辛味が刺激的だ。付け合わせのわさび漬けもなかなかのもので、山菜など具がいっぱいなのが珍しい。お昼は軽めに、とそばが少な目のを選んだため、するするとたぐりすぐにごちそう様。そばの味以上に、ワサビの風味というか辛さが、妙に印象に残ったそばである。

 余った生ワサビは、何とそのままおみやげにいただけるとのことで、袋に入れてもらって持っていくことにした。さらに子供たちは食後に飴まで頂いたようで、ご機嫌の様子である。家族旅行だとやはり、子連れでも安心してくつろげるお店が一番。でも頑固一徹といった感じの十割そばも、ちょっと気になるところだ。次回修善寺を訪れたときの宿題として、宿へと戻ることに。この後もレジャープールに夜のゲーム大会、夜店など、家族旅行はやはり子供が主役のイベントが目白押しである。(2006年8月20日食記)