ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん25…鹿児島・鹿児島駅前朝市の定食屋と、『月乃家』の薩摩揚げ

2006年03月25日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 九州旅行の最終日の朝、帰京する前に鹿児島中央駅近くの『鹿児島駅前朝市』へと立ち寄った。特産の桜島大根やサツマイモ、キビナゴなど、露店の店先を眺めながら散歩しているうちに、空港へと向かうリムジンバスの出発時間まであと30分ほどとなった。まだ朝飯も食べていなければ、ここで買うつもりだった家族へのみやげも決めていない。のんびり気ままな旅気分はそろそろ切り替えて、あれこれと帰る準備にとりかからなければ。

 市場の中心にある、農産品を売る露店が集まる大きなテントの下に食堂があったのを思い出し、まずは朝食、と足を向けてみた。露店の並ぶ中に大きなテーブルがひとつと、調理場に隣接したカウンターだけの開放的かつ簡素な店で、品書きを見て定食を注文する。すると「すみません、混んでて20分ほどかかるんですが」。地元ではテレビや雑誌にも紹介されている「鶏飯」で有名な店で、大テーブルには観光客らしきグループが数組、料理が出てくるのを待っている。ごはんの上に鶏のささみほか錦糸玉子、紅ショウガ、のりなどをのせて地鶏のダシをかけた奄美大島の郷土料理で、ひかれるが待っていては買い物をする時間がなくなってしまう。またの機会に、とあきらめて退散。

 かわりの店を探そうにも、こぢんまりした市場に飲食店を見かけた記憶がほとんどなく、あきらめて空港の喫茶店で済ますかな、とテントを後にすると、すぐ隣に「うどん」の文字が書かれた暖簾がひるがえっているのを発見。古びたとても小さな店で、店頭にはのれん以外に看板や品書きなどはなく、朝から何度も前を通っているのに全然気が付かなかった。独特な雰囲気にちょっと迷ったが選択肢も時間もないので、思い切って戸をくぐる。中はまるで田舎の家の台所のような雑然とした雰囲気で、狭い店内に据えられた古びたテーブルには、客らしいおばちゃんがひとり座っているだけ。料理を注文しようにも店の人の姿がないので困っていたら、「ここで座って待ってな、ほらお茶と漬け物」と、なぜか客であるおばちゃんに勧められて席に着く。テーブルの上に置かれた漬け物をつまみながら茶をすすり、テレビを見ているうち、ややしてからようやく店のおばちゃんが、何か包みを持って戻ってきた。

 「寒いねえ、何か食べたいものは?」と聞かれたが、テーブルの上にも店内にも品書きが見あたらず、時間もないので魚料理を適当に、とお願い。するとおばちゃんは再び店から出ていってしまった。ガラス戸の外を目で追うと、何とさっき覗いていた鮮魚の露店で何か買っている様子。戻ってきて手にした物を見ると、さっきうまそうだな、と思いながら眺めていた高知の本サバと、トロ箱で売っていたキビナゴだ。丸々したサバを見せながら「市場から直送だからイキがいいよ」との言葉に、納得するほかない。どうやら客から注文を受けるたびに食材の買い出しをしているようで、これは市場食堂ならではだ。

 朝市の中程にあり、のれんが掛かっているだけというこの店、おばちゃんに店の名前を聞くと「お客さんはみんな『朝市のうどん屋さん』って呼んでるけどね、と笑っている。定食は700円で、ごはんと味噌汁にさっきのサバの味噌煮とキビナゴ刺し、さらにこれはサービス、と野菜の煮物までつけてくれた。キビナゴ刺は昨日、天文館の郷土料理の店「熊襲亭」でも食べたことを話すと、「キビナゴは夜に食べるのと朝に食べるのじゃ、味が全然違うよ」。酢味噌に漬けて頂くと身が確かに甘く、まるで香草のような香りが爽やか。くせはまったくなく、見た目と同じく透明感あふれる味で、比べてしまうと確かに昨晩のよりもおいしいかも知れない。キビナゴ漁は夕方から夜にかけて行うため、朝のこの時間は水揚げ後間もない鮮度バツグンのが食べられるのよ、とおばちゃん。なるほど、キビナゴは朝食べるのがうまい訳で、これまた市場食堂ならではの贅沢である。

 お店とお客の両おばちゃんとの話も弾み、ついつい長居をしてしまいたくなるが、空港へのバスが出発するまで残された時間はわずか。 急いで食べ終えて店を後に、サツマイモの露店とキビナゴの店のおばちゃんが勧めてくれた『月乃屋』へと急いだ。朝市の入口にあり、通りを挟んだ向かいはバスターミナルだから、ギリギリまでみやげの薩摩揚げを選べるのがありがたい。地元では「つけ揚げ」とも呼ばれる薩摩揚げは、薩摩半島の西岸の東シナ海に面した漁業の町・串木野がルーツ。近海でとれたハモやトビウオなど、地元の港で水揚げされた鮮魚をすりつぶして油で揚げたものだ。使うのはとれたての生魚のみ、出来合いのすり身などは使わない。この店では白身にエソを使い、さらに豆腐を混ぜてあるのがポイントで、昔ながらのふっくらとした食感に加え、柔らかく甘味が出るという。

 店頭には各種詰め合わせされた箱入りセットのほか、ひと袋380円のが5~6種類が並んでいて、「枚数はちょっと少ないけど、お好みで買うならこっちがおすすめ」とおばちゃん。人気の品を勧めてもらうと、豆腐入りとイワシ、白身など、シンプルなのが人気という。お勧めに従ってイワシと白身と豆腐の3品に、自分でゴボウもプラスした。ターミナルへとバスが入ってきたのが見えたので、急いで支払いを済ませて無事乗車。30分ほどで空港に到着して、これにて広島に始まった九州縦断の旅は、全行程終了… と思ったら、鹿児島空港の売店は森辛子レンコン、博多まるきたの明太子「あごおとし」など、九州の名産品コーナーが充実していて気になる。家に帰るまでが遠足、空港を出るまでが旅行、ということで、チェックインまでもうちょっとだけ、旅の余韻に浸らせてもらうとしよう。(2006年2月13日食記)