暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

消滅

2010-11-23 | -2010
わたしにとってとても大切なひとであるあなたが消滅することは、あなた以外の何か一つ、たとえばゴミ捨て場に放置された椅子一つが消滅することと、なんの変わりもないかもしれない。
価値はわたしが決めるというからわたしにとって何が価値のあるものでどれが無価値なのか考えてみたのだけれど、結局のところあなたが存在することでわたしの得られるものは楽しいだけのものだった。
それならば椅子は、わたしが見たこともない椅子は、わたしに不可解や想像を与えてくれるのだから、決して無価値なわけではなく、時にはあなたよりも楽しさを教えてくれるものでもある。

あなたはわたしにとって特別と言うのなら、どうして消滅してしまえたのか、再生して弁明をしてみなさい。
わたしは既に、それが真実かわたしの本心かには関係せず、あなたがその他大勢と同価値、つまり等しく無価値であると認識してしまった。
だからあなたはわたしの知覚あるいは世界から消滅してしまった。
けれどわたしはあなたのことを覚えているから、ほんとうは消滅していないのかもしれない。
現在のあなたが消滅したということは、現在のあなたは無価値ということになるのだろうか。
あなたはなぜわたしにとって無価値なのか、無価値と呼ばれ消滅させられたことに対する怒りすら消滅してしまったのか、そもそも消滅したということはあなた自身でさえわたしの世界が生んだ単なる椅子、想像の賜なのだろうか。
そのようなことを考えるのはわたしではなくあなたの仕事ではないのか。
わたしはわたしの世界が望むものになるよう努力をしている。
あなたは障害物にすぎなかったのか、それならばわたしはなぜこんなにもあなたの消滅を思い返しているのだろう。
わからない。

わからない。

あなたの世界でもしもわたしが消滅していないのなら、今頃のあなたはきっとわたしを殴っているだろう。
けれどわたしの世界ではあなたは消滅しているから、わたしの頬は決して痛くならないし、痣もできない。
だからわたしが泣いたところであなたがそれを見ることはないし、消滅してしまったものは再生することもない、あなたがわたしの涙を見ていたとしても。
椅子と同価値だというわたしの考えはまだ変わりはしないけれど、違和感に近い感覚が後悔ということは知っている。
わたしの世界はすべてを統括したものであるべきだから、あなたでさえ椅子でさえ消滅してはいけなかった。
そのようなわたしの思いに関係なく、あなたの立っていた位置にはまっしろな空白が残っている。
埋まらないそれを見ては、おそらくあなたの世界で存在しわたしの世界では消滅したあなたのことを思い出す。

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