ブログ うつと酒と小説な日々

躁うつ病に悩み、酒を飲みながらも、小説を読み、書く、おじさんの日記

永遠の0

2015年05月09日 | 文学

  久しぶりに長い小説を読みました。 

  「永遠の0」です。
    

永遠の0 (講談社文庫)
百田 尚樹
講談社


   正直、私の言語感覚から言うと、美しい文章ではありませんでした。
   てにをはも変でしたし。

   それでも、読ませる力技は見事なものでした。
   これがエンターテイメントの力かと思いました。

   お話は、特攻隊で亡くなった祖父の人となりを追って、孫の姉と弟が当時の知りあいを訪ね歩き、祖父の零戦乗りとしての生活を知って行くという単純なものです。

 ある人は臆病者と罵り、ある人は海軍一の操縦士と誉めそやします。

 いずれにしろ、祖父は当時としては珍しく、軍国主義の風潮に染まることなく、堂々と、家族のために生きて帰りたい、と口にするのです。

 その一方、零戦は太平洋戦争当初、無敵の怪物でしたが、末期にいたって米国は零を凌駕する飛行機を作り、特攻を行う頃にはもはや老兵でした。

 しかし祖父は、あまたの同僚や部下を戦闘で失ううちに心が変わったのでしょうか、家族のために生きて帰ると露骨には言わなくなります。

 司令部において、特攻は多く、経験の浅い学生あがりが命じられてきましたが、ついに、日中戦争の頃から敵機と渡り合い、10年近くも生き延びた熟練の祖父までも、特攻に駆り出すのです。

 そして祖父は、多くの特攻機が撃ち落とされるなか、海面すれすれをとんで敵のレーダーをかわし、敵機が攻撃できないまでに高度を落とし、敵空母まで達するや、やにわに上空に飛び、ほとんど直角で敵に体当たりするのです。

 この物語は、1人の優秀な戦闘機乗りとその家族、さらには孫やかつての戦友までも巻き込んで、まるで大日本帝國の敗戦責任を問うがごとき迫力に満ちたものです。

 私はぐいぐいと引き込まれました。

 しかし悲しいかな、文章はプロのものとは言いがたい、稚拙なものでした。

 世の中にはうっとりするような美しい文章で、およそつまらない物を書くひとがいます。

 吉田健一なんかそうでしょう。

金沢・酒宴 (講談社文芸文庫)
四方田 犬彦
講談社
東京の昔 (ちくま学芸文庫)
吉田 健一
筑摩書房


 一方で、およそ下手な文章で素晴らしく面白い物語を紡ぐひとがいます。

 天は二物を与えずとは、こういうことを指すのでしょうか。

 「永遠の0」の作者に筆力を与えたなら、怖ろしい作家になるでしょうねぇ。

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