T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

「月凍てる」を読み終えて!ー2/2ー

2012-11-17 10:46:14 | 読書

「秋つばめー逢坂・秋」 (愛する夫婦が行き違ったまま別れの時を迎えた話)

 清之助とお幸は親同士が決めた許婚だった。むろん結婚の意を固めたのは当人たちの気持だった。若い頃、紫苑の花占いから口づけしたこともあった。

 それなのに、結婚して一年経った今でも清之助はお幸の体に触れようともせず形ばかりの夫婦であり、船宿の店はお幸に任せきりで、毎日のように、口がきけず喋れない小僧の捨丸を連れて女がいると噂された逢坂を上る。

 この逢坂には恋の伝説があり、お幸もいつか恋した人とこの坂の上に立ってみたいと子供心に思っていた。しかし、お幸の頬にはそばかすが目立ち、鼻が天を向いている自分が、今、心の赴くままに清之助に女房としての感情をぶっつければ二人の中がどうなるのかは火を見るより明らかで、この坂に足を踏み入れることはできないと我慢している。

 舅の清兵衛が清之助を女の事で説教している最中に倒れ、医者だったお幸の養父の弟子の脩平に治療を願っているが、清之助は父親の症状を聞いたこともない。お幸は脩平を見送って家の前の堀の葦を呆然と見ていると燕たちは子育てを終えていた。

 高利貸しが、お幸の結婚前のものだと言いながら清之助への50両の借用証文を持ってきた。病人の清兵衛が途中から割って入り、倅の借金なんか知らない帰ってくれと言った時に再発し斃れた。

 清之助は49日が過ぎたら、また、坂を上って行ったきり帰ってこないで、度々、数両の生活費等の要求があり、留守を守るお幸には、清之助への借金取りが来るし、商いの仕入れ物の値上がりを要請してきたり、お得意様が闕所になったりと商いの苦労が続いた。

 ある時は、お幸は、清之助の金子の要求に、激しい怒りが膨れ上がり、風呂敷を広げ呉服物などを入れてきつく包んだこともあったが、捨丸が旦那さまはおかみさんを大切に思っているとの表情で畳を叩いてここに居てほしいとの訴えに我慢したこともあった。

 そんな中、清兵衛の遺言が出てきて、清之助にはお幸との結婚前から続いている岡場所に居た女が居て、いくら諌めても切れないので、番頭に託している300両を持って自分の幸せを考えてくれと書いてあった。

 舅の慫慂通りに身を処していいのか、夕闇に迫る堀瑞に向かうと、燕の一団が次々に葦の原から飛び立ち西の空に消えていき、寂寥感がお幸の胸を覆っていくのだ。

 お幸は離縁状をしたためて初めて坂を上る。女が住んでいる長屋が目に入った時、お幸は声も出せずに立ちつくした。清之助が女の下着を洗っている姿に怒りが一気に胸を襲った。

 胸を病んで寝ている女が苦しい息の中で語ったことは。

 「妹のおさよが清之助に惚れたが、私がやくざ者と繋がっているという噂から清之助は逃げてしまい、おさよは憔悴して死亡した。その後、偶然にも三田の女郎屋で私に会い、私の恨みに耐えられず離れなくなっていた。間もなく、私が胸を患い宿から追い出されたので、清之助を呼びつけて恨み続けたのだ。清さんにとって私は疫病神で、店とあんたを守るために逃げられないのさと言う。」

 清之助から、すまなかった幸せになってくれと言って渡された離縁状には爪印と署名が確かにあった。

 坂を下りつつ、ふと胸に当たる離縁状に包まれた固いものを感じた。祝言が決まったある日に清之助から上げたいものがあると言われていた紫苑の簪だった。紫苑の花言葉の「永遠に忘れない」がお幸の頭の中を駆け巡り、もう遅すぎると簪を胸に当てて今下りてきた坂を振り仰いだ。

 色づき始めた木々の葉が残照に照り映えているのが目に入った。それは先ほど前を睨んで坂を上ったひと時前には気付かなかった光景だった。

「月凍てるー九段坂・冬」 (兄の敵討ちの本懐を遂げたが大切なものを失った弟の話)

 刈谷又四郎は、この九段坂を毎日二、三度は登っている。兄・清之進を斬り殺し、国元の藩を出奔した佐久間久蔵という男を追っているのだ。

 九段坂で久蔵を見たと知らせてくれたのは、刈谷家の下男の松平の一人娘で、松平の妹の美濃屋の女将おまさに請われて江戸に来ているお福である。

 三年前、清之進が提出した藩主の姫の婚礼費用の捻出施策を採り上げられ吟味改役に抜擢された。その祝いの席の三日後に、対の片方の根付が贈られたほどの友人の久蔵から、清之進の乱心から斬りつけられたので止むを得ず斬ったのだと藩に届けて久蔵は藩を出奔した。

 又四郎の道場仲間の永井定之助から、目撃者の話では、清之進は女房の色香で出世したと侮辱されたので斬り合いとなったのだと驚くべき話を持ってきた。

 嫂から刈谷家の存続が又四郎殿の役目だと言われたが、これは刈谷家の無念だと、藩の許しを得て敵討ちに出た。

 お福の知らせを受けて、この三月の間、九段坂の途中の甘酒屋から前の道を見張っていたが、そこの老婆から、旦那は仇を探しているのだろ、しかし、仇を討てば何もかも元に戻るのかといえば違う、恨みや憎しみが晴れてすっきりするのかというと、それはどんなものかねと思う、と暗に止めるように忠告された。

 敵討ちの旅も三年になると、又四郎は自身を世捨て人のように感じることがあり寂寥感を味わってているときに、江戸に出てきた定之助から、久蔵が年貢の横流しをしていたのを清之進に気付かれたので、殺したのではないかということを聞き、自分の不正を闇に葬るために兄夫婦を侮辱し犠牲にしてのかと、又四郎は怒りに満ちていた。

 そんな中、嫂の宇乃が自害したとの知らせがあり、宇乃が色香を使った相手は執政だったのではないかと噂が流れているとのことで、執政が江戸に来た機会をとらえて、又四郎はその真相を執政に聞いた。

 執政の話では、藩主の側室になろうと無謀な行動をする女が現れ、藩の恥部として寺に幽閉して、当時、奥に仕えていた宇乃がその監督を命ぜられていたが、その女が死亡したので、執政と共に弔いに出かけたところを見られただけのことだった。

 嫂の自害は殺されたも同然で、久蔵を討つことは二人の敵を討つことだと又四郎の胸には激しい怒りが渦巻いた。

 又四郎を慕っているお福は、又四郎の敵討ちのお役にたちたいと常に考えていて、取引先が多岐にわたる葉茶屋の跡取息子の仙太郎に見初められていることを知り、気軽に又四郎の敵討ちの相手を見つけてくれたら嫁に行ってもよいと言う。叔母から説諭されても、又四郎の役に立ちたいという、この気持だけのここでの今の暮らしが私には全てなんですと言う。

 仙太郎が久蔵の在り処を知らせてきた。九段坂の上にある旗本の隠居の用心棒になっているとのことだった。

 又四郎が張り込みを始めて二日目の夕方に久蔵が坂を下りてきた。

 又四郎は何故に親友であった兄を斬ったのかと問うと、親父は政治の具にされて減知され、俺たち家族がどんな暮らしをしていたか、それを知っていて、妹の薬代にとの思いからの不正だったのを訴えると言った。見逃すのが友ではないのかと許せなかったと言う。

 互いの剣が白く光り両者が斬り交わした後に、又四郎が、凍てた月の光に映える物言わぬ久蔵の顔を見入り暫くして、又四郎の脳裏には坂の上の甘酒屋の老婆の言葉がよぎった。

 又四郎は今夜も眠れそうになく寝返りを打った。その時、廊下の障子が静かに開いて甘い香りの女が又四郎の布団に滑り込んだ。又四郎はお福の女の魅力を覚え熱い血が騒いだ。人の女房になるのかと思うとなおさらだった。お別れは覚悟の上です。だから抱いて又四郎さまと、恥らいながら又四郎の胸に体を沈めた。又四郎はお福を力強く抱き寄せたが、暫しの後、俺にはできぬと愛するお福を身体から手を離した。

 俺は敵討ちは果たしたものの一番大切なものを失ったのだ。

 すまぬ、お福。又四郎は手を伸ばしてお福の頬に落ちる涙を拭いた。

                                            以上

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