「概要」
真保裕一著のサスペンス冬山山岳小説。
吉川栄治文学新人賞受賞作品で映画化、漫画化されている。
(裏表紙より)
日本最大の貯水量を誇るダムが武装グループに占拠された。
職員、麓の住民を人質に、要求は50億円。残された時間は24時間 !
荒れ狂う吹雪をついて、ひとりの男が敢然と立ちあがる。同僚と、かって自分の過失で亡くした友の婚約者を救うためにーーー。
圧倒的な描写力、緊迫感あふれるストーリー展開で話題をさらった、アクション・サスペンスの最高峰。
「読後感想」
本作品も同人著「灰色の北壁」のように、作品構成に何故か変な特徴(2章、3章には登場人物ー名前ーが伏せられている)をもたせていて、中心になる章(二月奥遠和)との関連性が理解しづらい。
またサスペンスであるので、読者が推理して読み進むところに面白味があるのだが、作品の背景になるダムの構造や内部設備がどうなっているのか、私にとっては記述不十分だったし、併せて冬山が背景なので、ダムと冬山関連の特別の用語が多く、登場人物の行動が理解しづらいところが多かった。
しかし、不明瞭な部分を飛ばしても、どんどん読みたくなるのだから、面白い小説だったと言えるのだろう。
「登場人物」
奥遠和ダム関係者
富樫輝男 主人公。
電気課所属ダム運転員。
石坂昌弘 富樫と吉岡の上司。電気課運転長。
吉岡和志 富樫の親友。電気課ダム運転員。
平川千昌 吉岡の婚約者。吉岡の職場・奥遠和ダムを訪ねて人質となる。
岩崎吉光 電気課課長。テロリストに射殺される。
村瀬勇治 事業部保安係長。リフト監視係責任者。テロリストに射殺される。
警察関係者
奥田 勲 新潟県長見警察署副署長。元県警捜査一課管理官。
洞察力が強く、テロリストの行動等を推測していた。
福井一正 長見警察署警邏課係長。警部。
望月邦昭 新潟県警刑事部長。現場本部対策本部長。
藤巻 警察庁刑事局長。 政府対策本部責任者。
テロリスト集団「赤い月」関係者
ウツギ(宇津木弘貴、頭髪の薄い男)
テロリストリーダー。部隊長と呼称。脱出時、雪崩に巻き込まれ死亡。
笠原(本名、小柴卓也、長身の男)
準主人公。
元東日本電力社員。「赤い月」が同社ロビーを爆破、巻き込まれた妻子が死亡。
退職後、復讐を図るため「赤い月」メンバーとなる。
ダム設備の知識豊富で、ダム制圧の中心人物。リーダーと対決して射殺される。
戸塚(細身で尖った顎と眉が薄い男)
「赤い月」メンバー、自称№2。ダム湖上で富樫に撃たれ、湖に沈んで死亡。
須山(髪を後ろで束ねた男)
「赤い月」メンバー。仲間に射殺される。
皆川(本名、中川研、角刈りの男)
「赤い月」メンバー。ダム内で富樫に射殺される。
金子(オールバックの男)
「赤い月」メンバー。村瀬を射殺した男。ダム内で富樫に撲殺される。
坂下(小太りの男)
「赤い月」メンバー。ダム湖上で富樫に射殺され、湖に沈む。
「あらすじ」
作品のストーリーは、事件前の事柄を四つの章(「十一月奥遠和」~「二月東京」)にわけて序章とし、最後の章(「二月奥遠和」「エピローグ」)で事件を展開している。
ストーリーを解りやすくするため、各章に私なりに短文の標題をつけた。
◇ 十一月 奥遠和(オクトウワ)
(不審な冬山登山者を救助に向かった2人のダム運転員の一人が死亡する)
雪に閉ざされた日本最大の貯水量を誇る新潟県奥遠和ダムの11月。その裏山を千丈ヶ岳に向かって登る2人の登山者を発見し、遭難を心配したダムの運転員富樫と吉岡は救助に出かけた。
無事遭難していた登山者を発見したものの、吉岡が足を骨折したので、ひとりで救助を求めに山を降りた富樫は、途中、ホワイトアウト現象に見舞われて道を見失いビバークする。翌朝、助けに行くが余分な時間を要したたため、親友の吉岡を死なせてしまった。ただ、登山者2人は救助された。
(※ 2人の遭難者は現地下見のため登山していたテロリスト。「二月奥遠和 56章」に補記)
◇ 十二月 御殿場
(不審者が火薬工場に侵入し火薬等爆薬の材料を略奪する)
奥遠和の事故の翌月、御殿場の火薬工場の警備員の巡回時間の様子をうかがう5人の男と、その男達と共に行動を同じくする『1人の男』がいた。その男は仲間から警備員を殺せと言われたら、やってのける自信があった。警備員たちに何の含みも恨みもあるわけではない。憐れみや慈悲の心などは5年前に無くしていた。
その男は、5年前の夏に、彼が勤めていた会社のロビーで起こった爆弾破裂による無差別テロで、妻と独り息子を亡くしたのだ。変わり果てた妻子の姿を思い起こせば、彼はどんな冷酷なことさえできるのだ。
事件後のテロリストの裁判で、6人の被告たちは、リーダーは別にいて、自分たちは、ただ脅かされて犯行に関わっていただけなのだと責任回避をするばかりで、2年を超える裁判の結果、死刑になった犯人はなく、主犯格と目された2人の男が無期、他のメンバーは15年から20年の懲役刑だった。
しかも、彼等には一切の悔いや改悛の情もなく、犯した罪を罪とも思ってないことに彼は不満を抱いていた。
以来、彼の生きる心の支えは別のものへと姿を変えて、職も転々とした。
(※ 「1人の男」は笠原、本名は小柴卓也。 小柴は、テロ組織の構成員に偽装志願し内部に潜入したうえで組織を崩壊することを目論む。準構成員になった彼は火薬工場の倉庫を襲った時に警備員に重傷を負わす。「二月奥遠和 53章」に補記)
◇ 一月 羅臼沖(ラウスオキ)
(不審者が漁船を略奪し流氷がある羅臼沖で銃器を密輸取引で手に入れる)
一月、羅臼沖。操業灯に映し出された網船の狭いデッキに、5人の漁師姿の男達が集まっていた。50代の男が1人、あとの4人は30代前半で漁師らしくなく都会人特有の柔らかな白い肌をしている者たちばかりで、その男達は、そう離れていないロシア巡視船らしき船の明かりのほうを眺めていた。
暫くすると、小型の水中スクーターが姿を見せ、ダイバーがスクーターから旅行鞄を船上に渡し、漁師たちが鞄の中からカラシニコフ自動小銃とナガン短銃各々4丁を取り出した。代金は同様の方法で鞄に入れて海に落としていくといった、いわゆる密輸取引をして、船は立ち去った。
(※ 小柴も乗船していた。「二月奥遠和 51章」に補記)
◇ 二月 東京
(不審な冬山登山者を救助する途中で死亡したダム運転員の婚約者が、
遭難した現地行きを決意)
昨年11月に婚約者・吉岡を亡くした平川千昌は、悲しみで年内一杯を休職した。
1月から仕事に戻り、2月に入ったある日、いつまでも塞いでいては体に良くないと同僚たちが食事と映画に誘ってくれた。
帰りに地下鉄の階段を下りかけたところで、千昌は、スキー場へ若者を誘うポスターの写真が目に入り足が止まった。その写真は奥遠和の山々だった。千昌は、壁に寄って写真を眺めていると、懐かしい和志の声が甦ってきた。
「なあ、雪の降り積もる音を聞いたことがあるか? 耳を澄ますと、風音とは別に、かすかに聞こえてくる音がある。あの音を千昌にも聞かせたいな。」
千昌は、和志が愛した冬の奥遠和の山へ行こうと思った。雪の降り積もる音をこの耳で聞いてみるのだ。千昌は心の中で固く誓うと、駅の階段を駆け下りた。
(次章へ続く)
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