T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

1507話 [ 「闇の歯車」を読み終えて -15/19- ] 6/24・日曜(晴・曇)

2018-06-23 17:26:53 | 読書

「あらすじ」

「ちぎれた鎖」

 二 (おきぬが仙太郎に来てくれと強要するので、

   仙太郎は伊兵衛に別れ話の金・百両の前払いを哀願する)

 帳場に座った、算盤を入れていた仙太郎は、表におきぬが立っていることに気づいた。仙太郎はぞっとして店を見渡した。誰も気がついていないようなので、仙太郎は店を抜け出して油堀の岸まで出た。後からおきぬの足音がついてくるのはわかっている。

「ああいうことされちゃ困るんだよ、おきぬさん」

「でも、あんた。このごろ来てくれないじゃないの。だからどうしているかと思って、見に来たんじゃないか」

 おきぬは眼に媚を含ませ、身体をくねらせた。八ツ(午後二時)過ぎの明るい日射しが、厚化粧の下に隠してある無数の小じわを無残に浮かび上がらせている。仙太郎は眼をそむけた。

「今日来てくれる ? 」

「今日はだめだよ。ああして店を手伝っているんだから」

「今日来て」

 執拗な口調でおきぬは言った。仙太郎は抗うようにおきぬを見たが、すぐに力なく顔を伏せた。無理に抗ったりすれば、何をやりだすかわからない女なのだ。

「来てくれる ? 」

「………」

 仕方なく仙太郎はうなづいた。するとおきぬはぱっと笑顔になった。

「待っているわ。じゃあたし、邪魔しないで帰る」

 おきぬが遠ざかるのを、仙太郎はぼんやりと見送った。

 ………。

 ―――けりをつけなきゃ。

 焦燥感に駆られて仙太郎はそう思った。

 金がいる。女が眼をむくような金を積み上げて、その上で話を切り出すしかないのだ。

 ―――伊兵衛に会ってみよう。

 会って、伊兵衛に掛け合ってみよう、と仙太郎は思った。押し込みから二十日ほど経ったばかりで、掛け合っても伊兵衛がすぐに承知するとは思われないが、事情を打ち明けて頼めば、一人分ぐらいは何とかしてくれるかもしれないという気がした。

 ………。

「さて、何の用ですか」

 伊兵衛がやはり気むずかしい顔で言った。

 仙太郎は、おどおどした口調で、おきぬが店の前にまで来たことを打ち明け、自分のもらい分の百両を、いま何とかしてもらいたいと頼んだ。

「なんとも出来ません」

「それじゃ、百両貸してください」

「利息をつけてお払い頂ければ、文句はありませんが、担保はありますか」

「担保 ? あたしのもらい分を担保にしてくれたらいいじゃありませんか」

 だが伊兵衛は答えなかった。冷たい眼で仙太郎を眺めている。

 仙太郎は少し青白い顔になって言った。

「担保は、ほかにもありますよ、伊兵衛さん。あたしの口です。あたしが一言喋ったらどうします ? 」

 とどめを刺すように、伊兵衛が言った。

「言えば、一連托生ですよ。あんたも捕まり、あんたの家も潰れます」

「あたしは、どうしたらいいんですか」

 うつむいたまま、仙太郎はうちひしがれた声で言った。

 ………。

「そうだ。全部言ってしまいなさい。それがいい」

「……… ? 」

「女と別れるために、金がいるのであたしのところに借りに来たと言うんです。ほんとのことだから言えるでしょう。ただし、十両ですよ」

 仙太郎は立ちあがった。そのせに、伊兵衛の優しい声が響いた。

「くれぐれも忘れないでくださいよ。あんたは、もう仲間なんかじゃないんだ。ただ金を借りに来ただけです」

 

 三 (芝蔵の手先が仙太郎の後を付ける。

    仙太郎はおきぬの家に向かい、部屋の中で頸を斬られる)

「跟()けろ。奴(仙太郎)の素性を突きとめて来な。本人には何も言うんじゃねえぜ。後で俺が聞く。

 と言って、芝蔵は手先の背を押した。

 芝蔵は胡散臭い若い肥った男(仙太郎)が、半刻ほど前に伊兵衛の家に入るところも見ている。芝蔵が跟けたかったが、芝蔵は家に残っている伊兵衛を跟けるつもりでいた。このところ伊兵衛は連日外へ出ているのだが、何度もまかれているのだ。

 近江屋の押し込みが、新関が言うように伊兵衛の仕事なら、伊兵衛は本来なら今時分、家の中にじっととしているはずである。それが頻繁に外に出(顔を見られた女中のきえを刺すため)、それも跟けられているのを承知でそうしているからには、何かあると芝蔵は思っていた。

                         

 焔魔堂橋を対岸の一色町と黒江町のほうに渡る頃から、仙太郎の胸は、別の重苦しいもので占められてきた。無論自分を待っているに違いない、おきぬのことを考えているのである。会ってどうするとも心が決まっていなかった。ただ眼に見えない鎖に曳(ひ)かれているように、思い足を運んでいるだけだった。

 おきぬが部屋を借りている中島町の家に来たとき、あたりはもう暗くなっていた。裏口から二階の部屋に入ると、酒の用意がしてあった。

「遅かったじゃないか。もう来ないかと思ってた」

「あんなふうに、店をのぞきに来られたんじゃ来ないわけにはいかないよ」

 仙太郎は不機嫌に言った。

 ………。

「おきぬさん、話があるんだ。聞いてくれよ」

「後でもいいでしょう」と言いながら、おきぬは仙太郎の前に坐った。

 しどろもどろな口調で仙太郎は切り出した。

「あんたのことが、親爺に知れてしまったんだ。別れなきゃ、勘当だぞと言われてるんだ」

「………」

「むろん、ただで済まそうなんて、考えちゃいない。別れてくれれば百両、あんたにあげるつもりだよ」

「百両 ? 」

「そう、百両あげる。ただ、その金は、もう一月ぐらいしないと手に入らないんだ」

「ほんとに、百両くれるの ? 」

 おきぬは念を押した。仙太郎が、そうだと答えると、おきぬは突然笑い出した。

「いいわよ。百両くれるなら別れてあげる」

「ほんとかい ? 」

 仙太郎は思わず叫ぶように言った。

 ………。

「それじゃ、あたしはこれから店に行こうかしら。別れると言うあんたといてもつまんないものね」

 仙太郎は、女がもう一度化粧をなおし、着物を着替えるのを黙って見ていた。

「一緒に出る ?  それとも後で出る ? 」

 支度を整えて入口まで行ったおきぬが振り返った。

「後で出る」と仙太郎が言うと、おきぬが頷いた。

 不意におきぬはゆっくり戻ってきた。そして坐っている仙太郎の頸を背をかがめて抱くと耳に口をつけて囁いた。

「やっぱりよした。百両はいらないよ。別れてなんか、やるもんか」

 ひやりとしたものが、仙太郎の頸を撫でた。何が起こったのか、仙太郎にはわからなかった。ただ、頸に当てた手が、しぶきのようなもので濡れていた。

 女が叫んでいる。

「言ったでしょ ? 別れるって言ったら殺すって、言ったでしょ ? 」

 女は部屋の入口に立っていた。黒い影のように見えたが、女が手に握っているものが、ひどくまぶしく光っている。あれはいったいなんだ ? と思ったとき、部屋全体がぐらりと倒れかかってきて、次に仙太郎は暗黒を見た。

 

        「四」に続く

 

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