T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

1614話 [ 「ファーストラブ」のあらすじ 2/? ] 2/18・月曜(晴)

2019-02-16 15:49:14 | 読書

 「ファーストラブ」のあらすじ

第一章 始動

 [環菜から新文化社の辻を通じて本を書いてほしいとの手紙を受け取る]

 しばらくして、辻さんから次のようなメールが届いた。

「環菜さんのほうから、やはり真壁先生にご協力をいただいて、本を出したいという強い希望がありました。ご検討いただけないでしょうか。環菜さんからは先生宛のお手紙を受け取っていて、クリニックに郵送しました」

 月曜の朝、クリニックで環菜からの手紙を開いた。

【 真壁由紀先生

 ………。

 先日は言えなかったが、庵野先生が本を出すことに反対してたんです。

 だけど真壁先生に会って以来、私は、『私のことを知りたい』と思うようになりました。

 どうして私は親を殺すような人間に育ってしまったのだろう。

 ………。

 自分は頭がおかしいのかもしれない、と何度も思ったことがあります。お願いします。私を治してください。私をちゃんと罪悪感がある人間にしてください。

                      聖山 環菜 】

 [隠されている動機]

 辻さんの招きで、ある喫茶店に私と迦葉と迦葉の相方の北野先生が呼ばれた。

 辻さんから、環菜の意向を話して、裁判に支障がないように配慮し、刊行時期は判決が出てからにしますので、本の発刊について、よろしくと申し出る。

 迦葉は、「被告人の希望ですから最大限尊重したい」と応える。

 ………。

 私から、「ちなみに精神鑑定はもう出てますか」と尋ねる。

 北野先生が、はいと頷いて、「問題なしで責任能力は認められています」と答えた。

 そのとき、迦葉から驚いた発言があった。

問題は、彼女の母親なんですよ。迦葉に殺意があったことを覆すのは、ほぼ無理だから、少しでも情状酌量してもらうためには母親の証言が頼りだったんだけど、こっちの証人として出ることを拒否された。検察側の証人として出るらしい」

 私はしばらく言葉が出なかった。代わりに辻さんが、「母親と娘が対立する形になるってことですか」と質問した。

 迦葉が、「環菜ちゃんは父親を殺したことは認めてますけど、計画的犯行でなかったし、動機もいまいち曖昧なままなんですよ」と答え、北野先生が、「就職に反対されたからっていう動機だけじゃ、あまりに」と言ったあとを受けて迦葉が、「そう、短絡的ですよね。だからこそ、北野先生、なにか他に理由があったとは考えられませんか」と言う。

 そんな論議があって、私から仕事が入っているので゚失礼すると言うと、じゃーと自分たちもと、皆が散会した。

 車内で一人になると、私は急に頭が冷えて、本の執筆を本当に受けるべきなのか、と悩んだ。被害者ならまだしも、自分の名前を出して加害者側の本を出すことにリスクがある。また、下手に裁判の邪魔をしたくない。ただ、母親が検察側の証人にまわったという話だけが引っかかっていた。

 私がクリニックに向かう途中、迦葉からのスマートホンが鳴った。

「ちょっと伝えておきたいことがあるんだよ」と迦葉が先に切り出した。

「北野先生が言ってたように、現段階ではこっちが不利なんだ。そして、環菜ちゃんの証言にはやっぱり不自然なところが多い。俺も最初は正直、ただの父親殺しなら同情の余地はあまりないと思っていた。だけど母親が検察側にまわったことで、なにか隠されてる気したんだ」

「それは、私も思ったけど」と私は慎重に答えた。

「そう。だから俺らは本当に見つけなくちゃならないんですよ。あの家庭になにが起こっていたか。もしかしたら、由紀の立場からだったら、また違う手がかりが掴めるかもしれないと少し思ったんだ」

 

 [環菜に、母親の思い出の手紙を依頼する]

 拘置所の面会室で向かい合った環菜は、前回よりも心を開こうとしているように見えた。

 環菜は、私に嬉しそうな笑みをさえ滲ませて、『昨日も庵野先生と北野先生が来てくれて、それに友達がこれを差しいれしてくれたから』と着ている白いパーカーの裾を両手で掴んだ。

 私はちょっと気になって「友達?」と聞くと、『小学校からの友達で香子ちゃんといって、私のことを一番の友達だと思ってくれていて、大学は別れちゃったんですけど、毎月、買物したり食事に行ったりしていた』と知らされた。

 私は、小学生の時から交友のあった頭のよい親友なら、環菜の家庭環境もある程度、客観的に把握しているかもしれないと思ったが、私たちの信頼関係が浅いうちに、その親友にも会って聞きたい、と切り出せば拒否される可能性もあるので、まだ心の中にしまって置くことにした。(後日、由紀が迦葉に話すことで、迦葉から環菜に香子と会うことの了解をもらう)

 私から、「環菜さんからの手紙(本を書くことを了解した手紙)を読んで、私も色々と訊きたいことがあって。ただ面会ではどうしても時間が限られるから、どういう形にしたらいいかは難しいところだけど」と訊ねると、お任せするとのことで、「じゃあ良かったら次の面会までに、お母さんとの思い出を手紙にしてもらうっていうのはどう?」と提案すると(迦葉が動機を探るために依頼したこともあってだろう。家庭環境や母親への心理を探るために)、環菜は一瞬眉根を寄せて、え、という顔をした。

私が死なせたのは父なのに、どうして母のことを訊くんですか?』と答えたので、「もちろんお父さんのことが混ざってもいいから」と押し付けると、『いいけど、べつに母とは……普通だから』と告げられた。

 私は、「あなたがくれた手紙の中に、治してほしいって一文があったけど、これは具体的にどんな自分になることをイメージして書いたの?」と別のことを問いかけた。

『それは、他人の痛みがわかる、とか、そういう人間らしい心を持った』と答えた。

 この環菜の答えに、「他人の痛みの前に、あなた自身が、自分の痛みを感じられてる?」と問うと、環菜はなにを言われたのか分からないというふうにぼんやりとして、呟いた。

『いえ、でも、私が悪いから』

 その虚ろな目に魂を戻すように、今言ったことをちょっとよく考えてみて、と私は念を押した。

   第二章」に続く

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1613話 [ 「ファーストラブ」のあらすじ 1/? ] 2/16・土曜(曇・晴)

2019-02-16 10:59:07 | 読書

 『「ファーストラブ」のあらすじ

 ※ 「ポイントと思われる文章など」を薄緑色の蛍光ペンで彩色した。

 ※ 「気にとまった文章」を薄黄色の蛍光ペンで彩色した。

 ※ 「私が補足した文章など」を薄青色の蛍光ペンで彩色した。

  序章 刺殺

[父を刺殺したという娘が「動機はそちらで見つけてください」と告げる]

 臨床心理士の真壁由紀(以下。由紀は一人称の私で記述する)は、テレビ収録のため東京のあるテレビ局へ入って行く。

 スタジオまでの廊下は長くて白すぎる。

 踵を鳴らしているうちに、日常が床に塵のように振り落とされて、作られた顔になっていく。

 2時間の「子供が寝てから相談室」のテレビ収録を終えて、司会者の森屋敷さんとタクシーに同乗して送ってもらう。

 途中、森屋敷さんから、収録前に聖山環菜のあの事件のこと本に書かれるかもしれないと言われましたね、と話を持ちかけられた。

 私は、出版社の新文化社から環菜の半生を臨床心理士の視点からノンフィクションに纏めることを依頼されていたので、

「本を書くのは初めてですし、それに裁判に影響が出るといけないし、遺族の方の感情もありますから迷っているのです」と答える。

「あの事件は、アナウンサー志望の女子大生がキー局の2次面接の直後に、父親を刺殺して、夕方の多摩川沿いを血まみれで歩いてたっていう。しかも逮捕された後の台詞の〘動機はそちらで見つけてください〙が話題になっていましたよね」と森屋敷は言う。

 家へ帰ると、「主夫」の役目を果たしてくれている、10年前に結婚した主人の我聞が、茶漬けでも食べるかと言う。小学4年生の息子の正親が、僕もと言ってダイニングテーブルに向かった。

 茶漬けをいただいている私に、我聞から「昼休みに迦葉から電話がかかって来たよ」と告げられた。用件は、最近起きた事件のことで由紀の意見を聞きたいとのことだと言われた。

 庵野迦葉は、我聞の義理の弟で弁護士をしている。

 翌朝、私はテレビ収録で疲れたのでクリニックは休みをもらっていて、家事を済ませた後、迦葉のメールアドレス宛に昨日の返事を送信した。

 週明けお昼前に、私は迦葉の務める法律事務所を訪れた。

 迦葉から、お義姉さんをわざわざ呼び立てして恐縮だと挨拶され、私は「メールありがとう。聖山環菜の様子はどう?」と訊ねた。

「最初は軽そうな男が来たって目で見られたけどね。まあ、なんとか上手くやっているよ。国選弁護士だからチェンジできないしね」と、さらっと言ってから続けた。

「それに、この事件って裁判員裁判になるからさ。どれだけ同情を買えるかが重要なんですけどね。そんな時に、お義姉さんが彼女の本を書くと聞いて、びっくりしまして」

 私はなるほどと呟いた。

とりあえずお互いに状況は知っておいた方がいいかと思って。正直、俺は反対だけどね。裁判にも差支えるし、本人を含めた遺族の感情を考えると」

「それは、たしかにそうね」と私は同意し、「殺人の動機ははっきりしたの?」と訊き返した。

 迦葉はあっさりと、いや、と首を横に振った。

 

 [容疑者・環菜本人の希望で、本の出版は延期となる]

 拘置所へ向かう電車内で、私は聖山環菜の資料を読み返した。

   聖山環菜、22歳。殺人容疑で今年の7月19日に逮捕される。

   被害者は環菜の実の父親である画家の聖山那雄人。

   事件当日の午前中、環菜は都内でキー局の2次面接を受けていた。

   しかし、具合が悪くなり、途中で辞退したという。

   数時間後には父親が務める双子玉川の美術学校を訪ねている。

   そして、女子トイレに呼び出した父親を刺した。

   ……その場から逃走した彼女は、自宅へ戻る。

   そこで母親と言い争った後、

   自宅を出て多摩川沿いに歩いているところを賃所に住む主婦が目撃。

   ………。

 私は疲労を覚えて、顔をあげ、首の後ろを片手で揉みほぐしながら考える。

 事件自体は複雑でない。一方で娘の父親殺しというのは相当の覚悟がない難しい。ごく普通に就活をしていた女子大生かせ、そこまでの暴力性を突然発揮するものだろうか。なにか本人も自覚していなかったような引き金があったのか。

 拘置所の面会室にやって来た環菜は痩せていて小柄だった。肩幅も狭く華奢だ。不自然に幼い、というのが第一印象だった。22歳のはずだが、目の前の環菜はまだ16、17歳くらいに見えた。童顔の女子大生というよりは、大人びいた少女顔というほうがしっくりくる

 私はできるだけ柔らかい声で、自己紹介をすると、環菜は初めましてと小声で言った。

 私は「本のことは新文化社の辻さんから聞いていると思うけど、無理強いするつもりはないから、いいでしょうか?」と訊ねた。

 うつむいていた環菜は、私はと囁くような声で切り出した。

『その方がいいなら、本にしても、いいと思ってます。でも、私の本心なんて、語る価値のあるものじゃないと思います』

 私は、「価値?」と訊ねると、環菜は強く頷いただけだったので、「環菜さん。もし答えられたらでいいんだけど、逮捕後に警察の取り調べに対して、動機はそちらで見つけてくださいて言った覚えはある?」と訊ねた。

 彼女は驚いたように首を横に振って、

『そんな、偉そうな言い方してないです』と答え、『ちょっと、違ういい方はしたけど』と言葉を続けた。

 私は、少し突っ込んで「良かったら、なんて言ったのか訊ねてもいい?」と訊くと、

『動機は何だって聞かれたときに、動機は自分でもわからないから見つけてほしいくらいですって。そういうふうに言いました』と彼女は言って、『私は分からない』と復唱した。そして続けた。

正直に言えば、私、嘘つきなんです。自分に都合が悪いことがあると、頭がぼうってなって、意識が飛んだり、嘘ついたりしてしまうことがあって。だから、そのときも、とっさに自分が殺したことを隠そうとしたんだと……』

 私はひと一言の中に、正直と嘘つきという単語が並んだのを興味深く感じた。さらに、「それなら、事件のあった日の、午後の記憶は明確にある? 話せる範囲でいいんだけど」と訊ねると、

『あの日は、試験会場に入ったときから心細くて、前日に両親に女子アナなんてやめろって反対されたのもあって……』

 環菜は思い出したくないとでもいうようにうつむいた。

 私は、そう、と頷いて、質問を重ねようとしたら、彼女が思い出したように、私のことについて、質問をしだした。

 弁護士の庵野先生に本の依頼の話をしたら吃驚してたが、知り合いですか? 先生は結婚されているんですか? と。

 私が適当に答えていると、環菜は突然なにかを諦めたように、

『やっぱり、今日はもう帰ってください。どうするかは出版社の辻さんにお手紙で返事しますから』と告げて、面会室を出て行ってしまった。

 私は、彼女の審査に不合格になったのだろうと思いながら拘置所を出た。

 翌週になって、新文化社から、環菜の希望で本の企画自体を延期するという旨の手紙が届いた。

     

    「第一章 始動」に続く

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする