漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

殺す

2013年04月13日 | 読書録

「殺す」 J.G.バラード著
創元推理文庫 東京創元社刊

を読む。
 
 ロンドンの西にある高級住宅地、パンクボーン・ヴィレッジで発生した大量殺人事件。小さなコミュニティを形成しているその「ハイソサエティの人々だけで高生された村」の住民の、すべての大人たちが殺され、子供たちは一人残らず行方不明となったという不可解な事件の真相は、様々な憶測を生んだが、解明されないままである。事件を捜査するドクター・グレヴィルは、やがてある衝撃的な結論に到達する、というストーリー。
 物語の半ばで真相はあっさりと暴露されるので、書いてしまうが、子供たちこそが、大人たち(自分の親や使用人たち)を殺した犯人であり、その後逃亡して、どこかでひっそりとコミュニティを形成していることが示唆される。だが、その動機は、はっきりとは解明されないままだ。グレヴィルは、それを子供たちの「過保護になりすぎた社会に対する反乱」であると考えるのだ。
 1988年に発表された「running wild」の邦訳。一冊の本だが、薄いので、長編というよりは中編というべきだろう。印象としては、晩年の「コカイン・ナイト」から始まる長編三部作(といっていいのかな?)へと繋がる一冊(とはいっても、「スーパー・カンヌ」と「千年紀の民」は未読だけれども)。テクノロジーによって管理された、ぬるま湯のような快適な郊外型都市社会の平坦な大地に萌芽し、その大地に亀裂を入れ、伸びてゆく暴力の予感。野生の暴走。この作品の原題「running wild」はそうした作品群のテーマとしてぴったりで、晩年のバラードの心を占めていた新たなる破滅の予感だったのだろうか。

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