漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

シャルル・バルバラ『蝶を飼う男』

2020年01月22日 | 読書録

シャルル・バルバラ『蝶を飼う男』(亀谷乃里訳/国書刊行会)読了。
リラダンが『未来のイヴ』を書くより20年も前にこんな作品が書かれていたということに本当に驚いた。もちろんヴェルヌやロニー兄よりもずっと早い。間違いなく最初期に書かれたSFと断言できる作品のひとつだろう。他でもない、この本の収録作『ウィティントン少佐』のことである。以下は簡単なあらすじ。
パリ郊外に3ヘクタールほどの、周囲を高い外壁に囲まれた秘密めいた地所がある。ある時期からその中から様々な騒音が聞こえるようになり、近所の住民たちの苦情に、交渉のため三人の役人がその敷地にある屋敷を訪れる。彼らはすんなりと中へと招き入れられるが、出迎えた召使はなんと歩くのではなくレールの上を滑ってくる。やがて案内された部屋は、ただ広いだけで、赤い服を来た屋敷の主とその椅子を除いて何もない部屋だった。だが主は、手元のボタン等を操作することで、部屋に仕掛けられた様々な驚異を見せてくれるのだった…
この小説でバルバラは、様々なSF的アイデアを次々と展開してみせる。もちろんロボットも出てくるのだが(さすがにアンドロイドとは呼ばれない)、『未来のイヴ』のハドリーほど完璧ではなく、外見は人間そっくりだが、自立した行動はとれず、言葉もたどたどしい。ただ、この小説の主人公がイカれてると思うのは、自分の妻のみならず子供や娘、その婚約者や家庭教師などといった存在まで作り上げていることである。ある意味でリラダンよりも狂ってる。その他にも驚くようなアイデアがいくつもあって、ひとつひとつはとても紹介しきれない。そこまで紹介してすっかりネタバレじゃないかと思われるかもしれないが、いや待って欲しい、最後にとびきりの驚きが待っている。今では新しくもなく普通に受け入れられるだろうアイデアだろうが、もしかしたらこれを小説に使ったのは、この作品が初めてではないだろうか?
他に収録されている作品もどれもが非常に素晴らしく、紹介したいが、文字数を費やしすぎた。ともあれバラエティにも文学性にも奇想性にも富んでおり、こんな本が150年近くも埋もれていたなんて信じられないくらいである。
そうなのだ、訳者によると、この邦訳の原書である『僕の小さなお家たち』は、フランスの国立図書館にも収蔵されておらず、古書店にさえ見つけられないという状態で、研究者にとってさえも長らく幻の本だったらしい。それを、機構本を多数所持しているというある先生のお宅におじゃまして、とてもコピーなんてとれる状態ではない当書の全ページをカメラで撮影するという方法で入手し、訳したものがこの本だという(ただし、同書に収録されていた中編は未収録)。それだけに思い入れも非常に強いようで、300ページ足らずのこの本のなんと80ページほどが、非常に詳細な訳注と解説に費やされている。

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