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或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「教団X」(著:中村 文則)

2019-03-17 19:41:20 | 【書物】1点集中型
 中村氏の著作は前々から「掏摸」とか気になってはいたものの手を出しそびれていたのだが、今回やっと。でも結局「掏摸」じゃなくこっちを選んだ理由はもう覚えてない(笑)。
 俗っぽいセクハラ的軽口を叩くも何か不思議なカリスマ性も持ったおじさん(おじいさん?)・松尾と、まさにカルトそのものの「教団X」の底知れぬ暗さを持ったカリスマ教祖・沢渡と。松尾は自らを「教祖」とは言わないけれども、その話はブッダやらリグ・ヴェーダやらがキーのひとつにもなっている。ただそれを信じるととかの話ではなくて、どう読み解くか、そこに人間というものの真理をどう見るかみたいな話に聞こえるので、宗教っぽさというよりはSFっぽさがある。素粒子物理論の話にも言及してるってのもあるけど。素粒子については個人的には科学系の本でけっこう読んだので割とさらっと流してしまったが、ひも理論とリグ・ヴェーダに事実として共通性があるという点は素直に面白かったな。

 で、物語の本筋ではまず「教団X」の謳う赤裸々な性の解放が延々と描写されていく。あえて下品な表現で人間の動物的な本性を浮き彫りにしたいってことなんだろうかなやっぱり、とは思うのだが、性の解放でなければならないという意味が、実は最後まであんまりよくわからなかった。ただ、終盤の沢渡の過去に登場する少女の「私に何もしてくれなかった人間達の同情などいらない」という言葉の意味は確かに理解できた。でもそれだけに、なんというか、全体的にちょっと底が浅いというか……もっと濃い(濃さが伝わる)物語にできたんじゃないかなあ、もったいないなぁ、という気がしてしまった。
 最後は希望というか、決意というか、それでも人は多様性を理解し思いやれる存在であるはずだ、ということなんだろうけど。それはもちろん否定するようなことではないんだけど。ただそこにたどり着くまでの登場人物たちの来し方が、部分部分ではなんとなく理解できる点もあるんだけど、全体としては微妙に納得いかない。どうやって信者がこんなに集まったのかが見えないので、沢渡にそこまで心酔する人がこんなたくさんいるかなあと思ってしまう。あと、公安の使い方もいまいち素人っぽいし、ぴんと来なかった。

 というわけで、重ねてにはなるが何かもったいない作品だなぁという印象だけが残った。やり方次第でもっと訴えかけてくれるものになったような気がするのにな。もっと細部を緻密にしてくれても良かったんじゃないかな、という感じです。そう考えると高村薫の、そこまでしっかり書き込みますか! というようなあらゆることへの取材の深さと微に入り細を穿つ描写の威力ってすごいんだなと思った次第。