非国民通信

ノーモア・コイズミ

じゃぁ矛盾に抗うことは何になるのかな?

2008-06-05 23:05:11 | ニュース

師匠は言った。「修業とは矛盾に耐えること」(日経BP)

――談志師匠が弟子たちに、とても覚えきれないほどの大量の用事を言いつける場面があります。しかも、その中には「家の塀を偉そうな顔して猫が通りやがる。不愉快だ、空気銃で撃て。ただし殺すな。重傷でいい」などと無茶な指示もある。当然、理不尽さや矛盾といったものを感じるはずで、それをどうやって処理したのですか。

談春 この人からものを教わらないと落語家になれないんですから、しょうがないですよ。

 弟子は全員、入門前に師匠から「修業とは矛盾に耐えることだ」と言われるんです。どういう意味かよく分からないまま、勢いで「はい、分かりました」と答えるでしょ。後になって、いくら師匠の言葉でもこれはおかしいぞという時に「でも師匠は、修業は矛盾に耐えることだと言ったよな。これは矛盾以外の何物でもないけど、イコール修業と立川談志が言っているなら仕方ない」と思うんです。「師匠は全部考えて言っているんだな」と面白く感じましたね。普通は「だとしてもおかしい」と反発するんでしょうが、僕は子供だったので、ああ面白いなと思いましたね。

 ともすると会社とは関係なさそうな業界の話ですが、これを取り上げているのは少なからぬサラリーマンが購読を強いられているであろう日経新聞系列のメディアです。当然、主たる読者として想定されているのはリーマンであるわけですが、その辺を頭に置いて読むと、財界のプロパガンダ誌たる日経がどのような世界観を刷り込みたがっているかが浮かび上がってくる気もします。

 この場合、「師匠」を上司や役員に「弟子」を新入社員に置き換えてみれば、誰もが心当たりのある一幕に見えてくるのではないでしょうか。そして理不尽さや矛盾に突き当たったとき、世間はこう囁くものです。「その人からものを教わらないと立派な社会人になれないんですから、しょうがないですよ」と。

 「修業とは矛盾に耐えることだ」とは立川談志の言だそうですが、そう強弁しているのは立川談志だけではなさそうです。少なくとも、古典的な日本の体育会系社会では当たり前のように聞かされる言葉ではないでしょうか。どういう意味かよく分からないまま、「はい、分かりました」と答えること、「これは矛盾以外の何物でもないけど、イコール修業と先輩が言っているなら仕方ない」と従うこと、一般企業でも運動部でも、体育会系の論理が幅を利かせている世界で求められているのはそういうものです。「だとしてもおかしい」と反発する精神を葬り去り、「師匠/先輩/上司は全部考えて言っているんだな」と面白く感じるように自らを矯正すること、矛盾を疑問に感じる心を捨てて、矛盾があっても無批判に信奉する心を身につけること、経団連の社内報が好意的に取り上げている事例はそういうものなのです。

――無茶な指示にも必死になって応えようとする弟子たちの姿に、師匠への尊敬と愛を感じました。また、師匠の方も、実によく弟子たちを見ていて、心にぐさりと刺さる言葉を発しますね。

 無茶な指示にも必死になって応えようとする若手社員たちの姿に、会社への尊敬と愛を感じ、経営者の方も、実によく弟子たちを見ていて、心にぐさりと刺さる言葉を発していた、と……日経新聞の世界観では、そういう「美しい過去」が存在したことになっているのかも知れません。戦前派は自分の理想とする「美しい世界」が戦前には存在したかのように語り、そこに郷愁を抱くものですが、それと似たようなものでしょう。

 落語家、立川談春の自伝的青春記『赤めだか』が売れている。17歳で立川談志に入門して始まった前座修業は「矛盾に耐えること」だった。師匠の言葉に振り回され、戸惑い、悩み、成長して行く物語はエッセイというよりビルドゥングスロマンの趣である。職場の人間関係がドライになる中、ここに描かれる濃密な師弟関係に、ある種のうらやましさを抱くビジネスマンは少なくないだろう。

(聞き手は、日経ビジネスアソシエ副編集長 三橋英之)

 

 ←応援よろしくお願いします


コメント (16)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 橋の下 | トップ | 日本から見るとどうだろう »
最新の画像もっと見る

16 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ノエルザブレイヴ)
2008-06-05 23:22:12
あまり上下関係が濃くなりすぎると思い余って殺されたりするリスクが上がる、とは考えないのでしょうかね?戦前は主殺しがかなり多かったとも聞きますし。
返信する
Unknown (非国民通信管理人)
2008-06-05 23:50:42
>ノエルザブレイヴさん

 関係が濃密であるほど、それが拗れたときは大変ですからね。師匠の寵愛を巡って弟子同士で対立することもあるでしょうし。でも日経はビジネスライクな関係を嫌いますから。
返信する
時代錯誤な感性 (Bill McCreary)
2008-06-06 00:07:32
>無茶な指示にも必死になって応えようとする弟子たちの姿に、師匠への尊敬と愛を感じました。

こんな話を「美談」ととらえる神経に(毎度おなじみですが)うんざりさせられます。こういった話を美談と考える感性は、明らかに時代錯誤だと思うのですが。

例えば、警察とかの労働組合さえない組織では、いまでも前近代的な上下関係の世界がありますけど、日経の人たちには、それこそが理想郷なんでしょうね。
返信する
Unknown (ニュースコープ)
2008-06-06 00:22:19
立川氏といえばその昔、あの戸塚宏氏との対談で「修学旅行は北朝鮮へ行け!」などとのたまっていたのを、某週刊Sのグラビアで読んだことがあります(もしかすると戸塚氏の弁だったかな?)。
彼やビートたけし氏(この人も「たけし軍団」など作っていますね)もそうですが、いわゆる「毒舌」を売りにしている芸能人や文化人と言うのは、何故かよくよく聞くとそのほとんどが強者・権力者の側に立ち、弱者やその味方をする人たちを「偽善者」とこき下ろす――という人々ばかりなんですよね。
昔は「偉そうなキレイゴトを言う奴に反発してやろうぜ」程度の気持ちでやっていたのが、いつしかそれが主流になり、大っぴらに多数の支持を得るようになって(実は自分たちに矛先を向けられているとも知らぬまま)、果ては政治まで動かしてしまうようになった時代――「モラルの崩壊」などと言うと管理人さんは異論があるでしょうが、何とも釈然としないものを感じます。
返信する
Unknown (JOHNNY)
2008-06-06 02:39:03
この古臭い忠誠心エピソード翼賛記事に、
ネオリベ路線を突っ走る今の日本国体護持を補完
する意図があるのはいうまでも無いですが、社員側に忠誠を求める一方で、会社は社員に対しドライ以外のなにものではありません。
待遇がいかに劣悪であろうとも、まずは正規雇用の身分獲得、維持に腐心せざるを得ない一般社会人の生き方において、心身ともに疲弊しつつも会社組織にしがみつくのはいわば必然であります。

今やこのような喧伝に啓蒙されずとも、十分に忠誠を誓ってますよ。

”思考停止”がストレスを和らげます。
返信する
ハラスメントは連鎖する (貝枝五郎)
2008-06-06 12:31:08
職場(生産過程)と家庭(再生産過程)におけるハラスメントに晒される我々は、無限の捏造された欲望の爆発に悩まされている。この鉛色の空がもたらす苦悩を誤魔化すために、莫大な量の消費と、無制限の刺激を必要としている。この捏造された欲望を満たすために、激烈な生産活動を必要とし、そこに生じるハラスメントによって、さらに空を鉛色にしている。これが更なる欲望の爆発を引き起こす。
この鉛色の悪循環を止めなければならない。そしてまた、止めることは可能である。この悪循環を止めたときに、我々は晴れ渡った空の下で、安心と安全に満たされた、調和の取れた暮らしを、子々孫々にわたって営むことが可能となる。
『ハラスメントは連鎖する』(光文社新書)
返信する
ページ数を書き忘れましたが (貝枝五郎)
2008-06-06 12:31:50
327ページです。
返信する
Unknown (kama)
2008-06-06 15:43:20
今はどうか知りませんが、企業が採用したい学生の上位に必ず体育会系クラブ出身者が上がっていますね。そりゃ何を言っても逆らうことなく丈夫な体で休まず働いてくれればそんな有り難い存在は無いですわな。
でも上司に絶対服従の関係が不正・不法行為発生やそれの隠蔽の温床の大きな要因となっていると思うんですが、最近は内部告発が増えて不正・不法行為が表面化することが多くなったんで、それに危機感を抱いた企業側の焦りがこの記事を書かせたんでしょうかね。
ところで絶対服従の師弟関係で育った芸人知事や先輩に絶対服従だった高校ラグビー部の経験を良いことだと言う弁護士知事が職員に厳しく大企業や中央の権力に弱いのもそこで培った思想の表れなんでしょうか
返信する
新人の様変わりが (単純な者)
2008-06-06 20:49:21
こんにちは。

落語の師弟関係とどうつながるかは判りませんが。

少し前は自分の希望する生き方と働き方との間に
大きな乖離を見つけて悩む新入社員が目立ちだして
それをチルチルミチルの青い鳥現象とかと名称を付けていました。
現在は経済情勢が悪化するし雇用の需給も制度も
大変化しているのでだいぶ変わったんでしょうね。
会社に従順垂れという前に、既に背広の色彩も昔の
ダークグレー一色になって久しいようなんでしょう。

では。
返信する
Unknown (GX)
2008-06-06 22:10:07
やはり、こういう考え方は未だに主流なんでしょうかね。上には絶対服従。下はどのような理不尽な扱いを受けても、文句はひとつも言わない。以前、こちらで読みました従業員を休ませたりしないことが、会社の成長につながると言った社長の話に、支配される側のはずである人々が賛同したことを見ても、こういう思想の支持は強いのではないかと考えてしまいます。
自分はまだ学生なのですが、将来、仕事先で求められるのはこんなものなのかと考えると、ひどくダウナーな気分になります。それと同時に「幸せになりたいなら、自分で企業を興し、社員を低賃金長時間労働させ、利益を独り占めしてもいいのじゃないか。多分、こんな世の中じゃ、社員を奴隷のようにこき使っても責められないどころか、そちら側から支持されるんだし。」と邪念を抱いてしまいます。今、会社を興すのも楽になっていますし。もちろん、その他にも社長としてやっていかなくてはならないことはたくさんありますし、本来こんなことはやってはいけないですから、実行はしませんけどね・・・。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

ニュース」カテゴリの最新記事