ライプツィヒの夏

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

浅野ゆう子の健全な写真を楽しもう(1)

2017-01-17 00:00:00 | 浅野ゆう子

 

拙ブログには、浅野ゆう子というタグがありまして、私がネット上で収集したさまざまな彼女の大胆な水着やセミヌード(といったって、ヘアがうっすら見えているようなものもあります)の写真をご紹介してきましたし、また買い集めたグッズの写真もご紹介してきました。こちらこちらです。が、しかし彼女は、1978年くらいまでは(つまり彼女が18歳以前は)それなりに清純(げ)というか、なかなか健全な写真もいろいろ発表してきました。それらの写真も捨てたものではないので発表します。しかしそれらを見ていると、え、こんな写真を撮っていた人が、数年後はああなっちゃうの、という気はします。芸能界というのもすごいところです。なお彼女は1960年7月9日生まれですので、誕生日の問題はありますが、原則西暦マイナス1960で以下年齢を換算します。

74年の写真。この写真を見て、私はこの記事を書くことを決意しました。けっこう本気で、この写真には惚れこんじゃいました。

1974年12月9日号。

1976年1月号。

1976年5月27日号。これは健全というより、メイク、表情ともに相当大人びた路線を狙っていますね。

1976年8月6日号。「セクシー」と書いていますが、まだおとなしい感じですよね。

1976年10月25日号。

1977年2月4日号。

1977年7月11日号。

1977年10月号。まだ17歳ですが、これは髪型といい表情といい、だいぶ大人びています。

1974年5月25日発売。ちょっと口にするのもはずかしい題名です。上のはアルバム?

77年4月発売。

同じく7月発売のアルバム。

順番が前後しますが、76年8月のアルバムより。でも16歳には見えないな。

続きは明日。

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アイルランド・英国紀行(2015年9月)(72)

2017-01-16 00:00:00 | 旅(欧州)

正面のホテルが、アイリッシュダンスの会場です。

やはり英国旗はありません。

やはりホテルの目玉のようですので、これでもかとばかりいろいろ宣伝しています。

レセプションでチケットを購入します。

当日が楽しみです。

またオコンネル通りを歩くことにします。

左のようなカラフルな建物もいいですね。

グレシャム・ホテルのような、ダブリンを代表する高級ホテルも、やはりアイルランドの国旗とEUの旗以外は掲げません。

観光案内所です。今日はスルー。

ちょっと横道(タルボット通り)にそれると、銅像のまわりに人がたむろっていますね。

ジェイムズ・ジョイスの銅像です。Wikipediaにも、この銅像の写真はあります。岩波文庫の「ダブリンの市民」(私も持っていきました)の表紙にも使われたりと、わりと有名です。

やはりダブリンといえばジョイス、といっていいかもしれません。

上とだいたい同じアングルですが、露出がわりときれいな写真なので、私の好みです。

 さらに歩きます。

(つづく)

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デヴィッド・ボウィの出演映画がまとめて公開される(あと回顧展も)

2017-01-15 00:00:00 | 映画

ミュージシャンのデヴィッド・ボウィが亡くなったのは、昨年1月です。昨年の記事ですが、あらためて。

>2016-01-11 16:39 1329
デヴィッド・ボウイさん、がんで死去 69歳になったばかり

 英ロック歌手で俳優としても活躍したデヴィッド・ボウイさんが10日、死去した。8日に69歳になったばかりだった。公式Facebookによると、18ヶ月にわたってがんと闘病し、最期は家族に見守られて息を引き取った。

 ボウイさんは、1967年にアルバム『デヴィッド・ボウイ』でデビュー。『ジギー・スターダスト』(72年)、『レッツ・ダンス』(83年)の大ヒットでポップスターに君臨し、奇抜な衣装、メイクなどでも注目された。

 一方で俳優としても活躍。故・大島渚監督映画『戦場のメリークリスマス』(1983年公開)にも出演し、坂本龍一、ビートたけしらと共演した。

 ボウイさんは今月8日の69歳の誕生日にニューアルバム『★』(ブラックスター)を発売。2013年に母国・イギリスで開催された大回顧展『David Bowie is』が来年春に日本で開かれることが決定したばかりだった。

私個人は、ミュージシャンとしての彼にそんなに思い入れがあるというわけでもないのですが、俳優としての彼には、並々ならぬ興味があったというところです。日本人にとってはやはり、「戦場のメリークリスマス」でのセリアズ役の印象が強いかもですね。

そしてボウイの死から1年たち、追悼上映ということか、彼に関する映画が公開されていますので、今日はそれをご紹介。ボウィの役は、もともとロバート・レッドフォードへオファーがされていたのですが、大島渚によると、レッドフォード自身が大要「この映画は米国では受けない」みたいなことを言って出演するにいたらなかったというのです。レッドフォードの意見はたぶん正しいのでしょうが、そう考えるとボウィのようなどちらかというと役者としては特異な位置にあるというか、カルト的な映画への出演が目立つ人物のほうが、この映画にはふさわしかった(?)のかもしれません。

こちらは、ニコラス・ローグが1976年に製作した「地球に落ちて来た男」で、これが日本で現在公開中です。すでに上映が終わっちゃっているところが多いんですが、しかし京都や佐賀などは20日までやっているので、興味のある方はぜひご覧になってください。

内容は、説明してどうこうという映画でもないし、ご覧になる方はたぶんそういったことを超越して観るのでしょうからここでは特に触れませんが、ただかなり性描写が激しいので、いくらデヴィッド・ボウィとはいえよくここまでやったなという気はします。ところでキャンディ・クラークって、「アメリカン・グラフィティ」に出ている人というイメージしかなかったのですが、こういう映画にも出演していたんですね。

なお撮影のアンソニー・B・リッチモンドという人は、ゴダールの「ワン・プラス・ワン」やマイケル・リンゼイ=ホッグの「レット・イット・ビー」など、ミュージシャンのドキュメンタリー(ゴダールのほうは、ドキュメンタリーなのかな)をもこなす英国の撮影監督です。ミュージシャンつながりで起用されたわけでもないのでしょうが、ビートルズにローリング・ストーンズにデヴィッド・ボウィとは、すごいミュージシャンの映画の撮影に参加しているものです。

ほかにも彼のドキュメンタリー映画が巡回上映中です。これも終わっちゃっているところが多いのですが、東京や京都ではこれから上映があるので、これもぜひご覧になってください。HPはこちら

>ドキュメンタリー映画『デヴィッド・ボウイ・イズ』 回顧展の開幕に合わせ全国で17年1月より再上映

2016年1月に亡くなったデヴィッド・ボウイを追悼して上映されたドキュメンタリー 映画『デヴィッド・ボウイ・イズ』。今回、大回顧展「DAVID BOWIE is」の日本での開幕に合わせ、再上映されることが決定した。2017年1月7日(土)から全国で順次上映される。

イギリスのヴィクトリア&アルバート博物館(以下V&A)で開催された回顧展「デヴィッド・ボウイ・イズ」は、長い歴史をもつV&Aで開催された展示会の中で史上最もチケットが入手困難な展覧会となり、150万人を動員した。映画『デヴィッ ド・ボウイ・イズ』は、瞬く間にチケットが売り切れたV&Aでのクロージング・ナイトで撮影されたものだ。

司会進行役 には本展覧会のキュレーターでもあるヴィクトリア・ブロークスとジェフリー・マーシュが務め、ステージ衣装、歌詞などの創作活動に使われたメ モ、ストーリーボード、ダイアリーなど、珍しく貴重な資料や当時の衣装などにまつわるストーリーを明かす。監督はロンドン・オリンピックの生中継や第82回アカデミー賞の監督も手掛けたハミッシュ・ハミルトン。

11月にイタリアでの開催を終了し、ついに2017年1月に日本でも開幕を迎える大回顧展。本ドキュメンタリーを展覧会の予習、復習として合わせて観ると、よりリアルに「20世紀で最も影響力のあるアーティスト」デヴィッド・ボウイを感じることができるだろう。

さらに彼のライヴの映画も公開されます。記事を。

>デヴィッド・ボウイのライブ映画「ジギ-・スターダスト」が、約18年ぶりに劇場公開される。

本作は、ボウイが1973年7月にロンドンで行ったライブの模様を収録したコンサートフィルム。「ボブ・ディラン:ノー・ディレクション・ホーム」「ソウル・サヴァイヴァー」のD・A・ペネベイカーが監督を務め、山本寛斎が衣装を担当した。今回上映されるバージョンでは、全曲に新訳の歌詞字幕が挿入されている。

YouTubeにて公開された予告編には、当時グラムロックの象徴的な存在だったボウイが華やかで妖しいパフォーマンスを繰り広げる姿を収録。熱狂するオーディエンスに向かって「今日のショーは一生忘れないだろう。なぜならバンド最後のステージだからだ」と告げる場面も映し出される。

「ジギ-・スターダスト」は、2017年1月14日より東京・新宿K's cinemaほか全国にて順次公開。

いずれにせよこのような映画を劇場で観られるのは大きなチャンスです。読者の皆様におかれましても、ぜひご覧になってください。ミュージシャンの出る映画、ライヴ映画なども、やはり映画を語る上で外せないジャンルです。

さて、そうなると、彼の回顧展というのは、絶対見ないわけにはいきませんね。

DAVID BOWIE is | デヴィッド・ボウイ大回顧展

もちろん私も見に行きます。読者の皆様もぜひどうぞ。デヴィッド・ボウィの世界を堪能しようではありませんか。

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アイルランド・英国紀行(2015年9月)(71)

2017-01-14 00:00:00 | 旅(欧州)

おもわず左の女性に注目してしまいます。

なかなかかっこいい女性です。

オコンネル通りを歩きます。

ゲール語のほうが、アイルランドでは格が上の言語であることを占めている標識です。

掲げられている国旗に注目します。ユニオンジャックを見かけることはありません。

ダブリンでは、公共交通ではバスも使わないわけにいきません。

塔にあるハープに注目。ハープは、アイルランドの国章にもなっています。

英国旗がないことを確認します。

高校生ですかね。やはり非白人がいます。

こういう劇場もいいですね。

さらに歩きます。

(つづく)

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3月にシンガポールに行くことにした

2017-01-13 00:00:00 | 旅(東南アジア)

13日の金曜日ですが、楽しい話題を。

3月にシンガポールへ行くことにしました。昨年行きたかったのですが行けず、3月にミャンマーに行くつもりだったのですが、気分を変えてシンガポールに行くことにしました。

私も下川裕治氏と同様(?)シンガポールにあんまりいい印象を持っているわけでもないのですが、まあ初めての国なので、それなりに楽しい旅行になるかと思います。ジョホールバルへは行くつもりですが、インドネシアへは行けるかどうかわかりません。行けば、シンガポール、マレーシア、インドネシアと未体験の国3国へ行けることとなります。マレーシアは、トランジットで降りたことはありますが。

アイルランド紀行が滞っているのですが、記事にはしたいと思います。しかしいつになるか・・・。

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ウディ・アレンによく似ている

2017-01-12 00:00:00 | 映画

前にも記事にしたように、昔のスポーツの試合の動画をYouTubeとかで見たりしています。以前2004年のアテネ五輪の男子ハンドボール決勝ドイツ対クロアチア戦を見ていましたら、クロアチアの監督(ヘッドコーチ)を見て「おや」と思いました。

あれ、この人どっかで見たことあるなあとおもったら、思い出しました。この人によく似ています。

ウディ・アレンによく似ているじゃないですか。

より最近の写真を。

2010年の写真とのこと。

これは、写真の撮影年はわかりませんが、2013年の記事にあった写真です。2004年の写真のほうが似ていますね。1950年生まれだそうです。

ところで、この決勝ではクロアチアが勝って金メダルになったのですが、その直後にこんなものが映りました。

これドイツの選手がクロアチアの監督を突き飛ばしているんですかね。そうだとすると、かなりの不祥事のような気がします。いちおう下に動画を貼り付けておきます。1時間16分44秒あたりでその瞬間があります。

Handball гандбол HRVATSKA CROATIA GERMANY ATHENS OLYMPICS 2004

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やっぱり下川裕治氏は、そんな初心な旅行者ではなかった(笑)

2017-01-11 00:00:00 | 書評ほか書籍関係

以前こんな記事を書いたことがあります。

下川裕治氏はそんな初心な旅行者じゃないだろ

下川裕治氏とは、旅行関係に強いライター兼エディターです。で、その氏が、2001年にシンガポールを旅した際のエピソードを下の2002年に書いた本で紹介しています。

アジアほどほど旅行

シンガポールに詳しくない(?)下川氏は、空港のホテル案内所で紹介されたリーズナブルな宿へ、他のホテルへの客と一緒の送迎車両にて向かいます。すると氏が予約したホテルの所在地は、ゲイランという売春街だったわけです。

>ホテル名の先にCerryとかGeylangという名称で区別はされているが、どうもチェーンホテルのようだった。そこには住所も記されていて、すべてゲイラン地区だった。シンガポールはそれほど詳しくないから、そのエリアがどんな一体なのか想像もできなかった。(p.15~p.16)

>人生を四十七年もやっていると、ここがどんな街なのかは簡単に想像がつく。しかしここはシンガポールなのだ。これほど露骨に春を売る街があるのだろうか。疑問と驚きはやがて不安に変わっていく。

「ひょっとして・・・ここがゲイラン?」

(中略)

「このおじさん・・・」

冷たい視線が背中に痛い。

「いや、ぼ、僕は、そういう目的でここに泊まるわけじゃないの。たまたま空港のホテル予約オフィスでみつけただけなんですよ。これまで安宿ばかり泊ってきましてね。これじゃいかん、と中級ホテルを探そうとしてましてね。いや、ただそれだけなんです」

そんな弁解をしたところで、疑いが晴れるわけがなかった。(p.20~p.21)

これを読んだとき、私は面白いとは思いましたが、でもこれは作った話だと思いました。アジアを旅行し続け、アジアに詳しいたくさんの友人知人がいる下川氏が、「ゲイラン」なんていう有名なところを知らないとは考えにくいし、また万が一知らなくても、いまさらそんなことに困惑したり顔を赤らめるほど彼が純情な人間とは思えないということです。

私は当時の記事で、

>そういった経験豊富な人物が、いまさらその程度のことでショックを受けるというもちょっと無理な設定じゃないか、っていう気がします。

と書きました。

それで昨年1月こんな本が出版されました。

週末シンガポール・マレーシアでちょっと南国気分

私が本を読んだのは、昨年12月でしたが、いろいろ興味深いところがあります。

>第三章 【シンガポール】
三日目――ゲイランで不良になる

お、ゲイランについて章立てまでしているじゃないですか(喜)。これは面白そうです。

それで読んでみると、第二章に、2002年の本でのホテルの話が出てきます。

>二〇〇一年にこのチェーンホテルに泊まったことがあった。場所はやはりゲイランだった。チェーンホテルといっても、ゲイランに三軒ほどあるだけだったが(以下略)(p.41)

別に、ゲイランに困惑したなんて話は出てきません(笑)。

それで第三章に入りますと・・・

>チャンギ空港のホテル案内所に出向くと、そのリストの最下位、つまりいちばん安いホテルとしてHOTEL81があった。僕は迷わず予約を入れた記憶がある。(p.92)

まさにホテル手配の話です。さらに読みますと・・・

>はじめてゲイランを歩いたのは、二十年ほど前のように思う。(p.92)

この本が出版されたのは2016年1月で、実際には15年中に発売されたのかもですが、つまりは90年代半ばに初めて下川氏はゲイランに行ったってことですかね。ということは、やっぱり氏が01年の時点でゲイランを知らなかったなんて話は、まるっきりのフィクションだったってことですね(笑)。まあそんなことははじめっから予想がついていますが、でもこんなに堂々と過去の自分の本の記述はフィクションだったなんて書いちゃっていいのかなあという気はします。

ゲイランで困惑したエピソードを執筆したのは2002年の本で、その本はとっくに品切れ重版未定だからもう時効だっていうご判断なんですかね。過去自分が書いた記述が忘却の彼方であるなんてことでもないでしょう。

それにしてもゲイランの話なんてのは、あまりに作りであることが明々白々だとしても、正直下川さんの本にはこの種の作った話がいろいろあるんだろうなあという気はします。下川さんに、あれフィクションでしょ、あれ誇張しているんでしょ、なんて聞くわけにもいきませんが、それもどうかです。

だいたい下川氏は、特に双葉社とか徳間書店あたりから出している本の中では、非常にだらしないことが好きで優柔不断だったり小心者であるかのように自分を描写していますが、実際には彼は世界中を旅していて様々な危険な目に遭遇しているし、本の企画もこなすし、雑誌の編集長みたいなこともしたし、非常に危険な状況のアフガニスタンを取材したこともあるくらいの人間ですから、実際には相当なやり手なわけです。当然な話ですけどね。

すみません、こういう話は書かないほうがいいのかもですが、私は根性の悪い人間なので記事にしました。

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アイルランド・英国紀行(2015年9月)(70)

2017-01-10 00:00:00 | 旅(欧州)

オコンネル通りを歩いて、アイリッシュ・ダンスの会場へ向かいます。メールや電話でも予約できるのでしょうが、まあ観光がてら歩いてみようというわけです。

ダブリンの2階建てバスはカラフルです。

バーガーキングやスタバのような国際的チェーンもありますが、ダブリンではこの種の店には入らないことにします。

意外と非白人が多く(私ももちろんその1人)、また英語以外の言語もいろいろ聞こえてきます。スペイン語をわりと耳にしました。

ギリシア風の柱がある建物が、かの高名なダブリンの中央郵便局です。イースター蜂起の際反乱側の本拠になりました。まさにアイルランドにとって革命の聖地です。

高校生の集団(?)ですが、非白人が多いのが印象に残ります。他の都市では、このようなことはありませんでした。

では中央郵便局に入ります。観光のためと、絵葉書を投函するためです。

中央郵便局の中です。

切手を買ってポストに投函します。

こちらのポストに投函しました。今回の旅行では、ダブリンの中央郵便局(GPO)で投函することに決めていました。

このように観光ツアーもあるわけです。

説明版です。やはり上にゲール語、下に英語です。

 

郵便局を出ます。

(つづく)

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アイルランド・英国紀行(2015年9月)(69)

2017-01-09 00:00:00 | 旅(欧州)

観光用の車両ですかね、走り去りました。

リフィー川です。

カラフルな建物です。

ダブリンを象徴する建物である税関です。

バスの停留所には、いろいろな人たちがたむろっています。

向こうに見える高架鉄道は、DART(Dublin Area Rapid Transit)です。これで郊外に行くことができます。

電車が通るまで待って撮影します。

Tara Streetというのも、いかにもアイルランドっぽい名前です。

ひたすらひいひい歩きます。

これもアイルランドっぽいというかケルトっぽいというべきなのかもですが、街にあります。

オコンネル通りです。ダニエル・オコンネルにちなんで名づけられました。コノリー駅といい、この通りといい、ダブリンでは、革命家にちなんだ名前がついていることが多いのです。

ダブリンでは、もちろんギネスを飲みまくる所存です。

繁華街のすぐ近くにも、このような裏道があります。

いよいよ今日の宿にたどり着きました。

金がないので、本日はドミトリーです。6人部屋です。実はドミデビューです。シャワー、トイレ共同です。

部屋から見下ろした光景です。

アイルランドにちなんだ人の肖像画ありました。これは誰だっけな。

これはブレンダン・ビーハン(ビーアン)です。飲んだくれの劇作家です。彼の書いた「アイルランドの反逆者」という本は面白かったな。修論で彼をテーマにしてもよかったと思います。

ガンジーとか、アイルランドとは直接関係ない人の肖像もあります。

外に出ます。アイリッシュダンスのショーを予約するので、会場のホテルに行くのです。

こちらが本日の宿です。ダブリンでは、わりと有名なホステルとのこと。

 (つづく)

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アイルランド・英国紀行(2015年9月)(68)

2017-01-08 00:00:00 | 旅(欧州)

ようやく列車はコノリー駅に到着します。イースター蜂起で処刑されたジェームズ・コノリーからとられています。

プラットフォームを改札口に向かいます。

前に行ったヒューストン駅より駅の規模は小さく感じました。

出札口です。左にゲール語、右にアイルランド語です。

この標識は英語のほうが上ですね。

こちらはゲール語のほうが上です。

このような美女が歩いているとうれしくなってしまいます。

とりあえず本日予約した宿へ向かいます。

これはルアスという路面電車です。ライトレールともされます。

このスパーズで水を仕入れました。

スターバックスによってもいいですが、今は見送ります。

なかなかいい建物です。

(つづく)

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