心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

玉岡かおる「帆神」を読む

2023-01-07 21:01:28 | Weblog

 第67候 小寒 初候 「芹乃栄」(せりすなわちさかう)。冷たい沢の水辺で芹が盛んに生える頃を言います。そんな季節を思いながら、きょうは七草粥をいただき今年1年の無病息災を願いました。ものの本によれば、お節料理で疲れた胃を休めるという意味合いもあるのだとか。そうかもしれません。

 お正月を終えてひと息ついたところで、年末に読み始めたあと机の上に置いていた玉岡かおるの小説「帆神~北前船を馳せた男 工楽松右衛門」を一気に読みました。さすがに玉岡さんの小説です。ぐいぐいと引き込まれてしまいます。
 播州高砂の漁師の子として生まれながら、大胆不敵な船乗りとして名を挙げた松右衛門の一生を綴った長編歴史小説です。玉岡さんのこれまでの作品は、女性の生き様を追うものが多かったのですが、今回初めて男性が主人公でした。久しぶりの玉岡作品だったことに加えて、去年「近世海運の隆盛と工楽松右衛門」をテーマにした歴史講座があったので、ついついのめり込んでしまいました。

 少年時代を綴った「金毘羅船 播磨高砂浦の巻」、番所の役人に逆らい高砂に居られなくなって兵庫津に向かった「唐船 兵庫津の巻」、唐船に憧れて大阪で千石船の造船に関わった「千石船 浪速の巻」、その船に乗って西廻り航路で東北、北陸に向かった「北前船 越後出雲崎の巻」、さらに北をめざし蝦夷地、択捉まで向かった「異国船 恵土呂府の巻」、そして晩年、命尽きるまで社会に尽くした「蒸気船 鞆の浦の巻」。

 「金毘羅船 播磨高砂浦の巻」では歩き遍路で琴平に行った時のことを、「千石船 浪速の巻」では川(堀)が都市交通の手段だった江戸大坂の街のことを思い浮かべ、「北前船 越後出雲崎の巻」では14年も前のことですが富山に出張したあとプライベートで糸魚川まで足を伸ばし相馬御風記念館を訪ね、そこで見た日本海を思い出したりもしました。(2009年5月24日付「相馬御風を尋ねて」)

 歴史講座のテキストをみると、当時の高砂は姫路藩の外港で人口八千人。一方の兵庫津は人口2万人の港湾都市で、工楽は20歳の頃、兵庫津の廻船問屋、御影屋兵衛に奉公し、のちに北前船の沖船頭になります。40歳の頃に独立し御影屋松右衛門として活躍、千石船で蝦夷地の松前から日本海沿岸、瀬戸内、江戸にかけて、米、材木、木綿、海産物の運送に奔走します。工楽の凄いのは、当時の船の帆を特別に太い木綿糸を使い丈夫でしなやかな画期的な帆布を発明したこと、そればかりか港湾の築造、修築など大規模な土木工事など幅広く手掛けます。ただし残念ながらその後、海外から蒸気船が入ってきて帆船はその任務を終えます。

 テキストの最後には「利益を得ること自体が目的ではなく、その利益を次世代のための発明に投資することこそが大切であるという、思想の持ち主」だったとあります。まさにそんな工楽像が描かれた玉岡さんの歴史小説でした。もちろん、工楽にとってみぢかな存在となる千鳥、小浪、津祢、八知という女性との心の触れ合いは、小説の醍醐味といってよいかもしれません。450頁もの大作を簡単に言い尽くすことはできませんが、史実に基づきながらお話しを大きく展開していく玉岡さんの世界にまたもや引きずりこまれてしまいました(笑)。

 さあて、明日はお待ちかねのウクライナ国立歌劇場(旧キエフ・オペラ)の歌劇「KARMEN」を観てきます。

コメント