心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

秋の訪れに心和む~深い眠りと浅い眠り

2021-09-24 23:22:13 | Weblog

 数年前から格安スマートウォッチのお世話になっています。24時間健康管理を謳い文句に、心拍数、体温、血圧、血中酸素濃度、睡眠センサー、各種アウトドアスポーツ記録など多機能に及びます。取説には「医療用途に使うことはできません」との注釈がありますが、ひとつの傾向値を知るにはお手頃です。スマホと連携してデータの推移を日々チェックしています。
 その睡眠センサーで先日、睡眠時間7時間30分のうち、「深い眠り」が浅い眠り3時間30分を上回って3時間40分を記録していました。深い眠りと浅い眠りが逆転するなんて、スマートウォッチとお付き合いをしてから初めてのことです。秋の夜長、ゆったりまったりのお眠りだったのか、それとも小さなことにうろうろするような歳でもなくなったのか。理由は定かではありませんが、朝の目覚めのなんと清々しかったことか。贅沢な一日を過ごしました(笑)。
 それにしても、ほんとうに秋らしい季節になりました。この時季、七十二候では「雷乃収声」(かみなりすなわちこえをおさむ)と言い、雷が鳴らなくなる意味だそうです。残暑も落ち着き、秋晴れの爽やかな日々が心を和ませてくれます。でも南の海には台風16号が不気味な動きをしています。
 そんな初秋の街を歩いていると、公園では赤と白のヒガンバナが見ごろを迎えています。そういえば四国を歩いているとき、田圃の畦道に色鮮やかなヒガンバナを見つけて、しばし見入ったことがありました。
 我が家の庭では、そろそろキンモクセイの香りが漂う季節ですが、なんと季節外れのアケビの花が一輪咲いていました。その横で大きくなったアケビの実がぶら下がっています。このところの気温の変化に草木たちは右往左往しているのでしょうか。
 裏庭に回ってみると、レモンの樹に夏の名残がありました。蝉の抜け殻です。その横にはアゲハチョウの幼虫が葉っぱを食んでいます。昆虫の生態はよく知りませんが、秋を過ぎ冬を迎えるこの季節、これからどう生きて行くんでしょう。
 朝のお散歩で立ち寄るお不動さんの境内では、イチョウの木の下にたくさんの実(銀杏)が落ちていました。どんぐりの実も転がっています。線香の香りが秋風に運ばれて何とも言えない境内で、妙に季節の変化を感じたものでした。
 そんな季節の変化を目の当たりにしては、部屋の中でじっとしてはいられません。休日の昼下がり、自転車に乗ってお隣の街の公園に行ってみました。といっても自宅から片道40分もかかります。釣り人がのんびり糸を垂れ、広場では家族ずれでにぎわう園内を一周しながら気持ちよい汗を流しました。
(注)公園に向かう途中、大都市にはめずらしくきれいな川を見つけました。魚たちが嬉しそうに泳いでいました。

 さてさて、少しお疲れ気味で帰ってきて、長椅子に横たわりながらスマホで新潮社のWEBマガジン「考える人」を開きました。すると、第20回(2021年度)小林秀雄賞に岡田暁生先生の「音楽の危機《第九》が歌えなくなった日」(2020年9月/中央新書)に決定したとの記事がありました。
 コロナ禍という盛り上がれない日々の中での文化、芸術、とりわけ音楽の在り様を綴ったものでした。さっそくAmazon kindleでサンプルをダウンロード(立ち読み)、即ご購入と相成りました。当分、スマホが本替わりになります(笑)。
 こうして脈絡もなく初秋の風情を楽しんでおりますが、今週は週末にかけて来期の受講生募集のための広報活動が目白押しです。明日も朝から説明会があります。ボランティアとは言え踏ん張りどころです。そんな次第で今夜は一日早くブログを更新させていただだきました。皆さまには楽しい週末をお過ごしください。

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「敬老の日」....時間軸が混線し始めています(^^♪

2021-09-18 10:19:06 | 旅行

  ノートPCのキーボード入力が変です。文字を入力したいのに妙に数字が表示されたりして漢字変換ができません。PCに詳しい東京の甥に聞いてみると、NumLockキーがかかっているのではと。言われるままに解除したら元通りになりました。使っているうちに変な操作をしてしまったようです。高齢者にとってPCは便利なツールですが、トラブってしまうと全く訳がわかりません。
 そんな甥も63歳になります。田舎から東京に嫁いだ一番上の姉(故人)の長男で、大学を出て大手IT企業に就職するも数年で独立して会社を立ち上げ、米国ボストンにいましたが、その後帰国して現在に至っています。私にとっては子供の頃のイメージが強すぎる甥、そんな彼も数年後には年金を受給する年代になります。
 その甥の家から京浜東北線で乗り換えなしで行ける横浜・本郷台に、次男君を訪ねて先週末2泊3日で出かけてきました。9月初めに孫娘を連れて帰る予定だったのにコロナ禍に配慮して急遽中止となった次男一家。放射線治療中の家内が寂しがっていたので、コロナを押しての小旅行です。
 朝一番の治療が終わると、いざ横浜へ。いつもはJALパックで行くのですが、今回は急なことだったので新幹線を利用しました。時節柄、車内は閑散としていて、あっという間に新横浜駅に到着です。
 この日は、定宿にしている三浦海岸のリゾートホテルで合流しました。このホテル、お部屋がマンション仕様なので、人数に応じて部屋の広さを選ぶことができます。東京の長男一家が加わったり大阪から長女一家が加わったりすると、人数に合わせて部屋のタイプを選ぶことができるので便利です。なによりも同じ部屋で家族が一緒に過ごせるのが気に入っています。今回は、少し小さめの「三世代Baby room」タイプを選びました。
 孫娘に会うのは1年ぶりです。1歳10カ月になり、ずいぶん大きくなりました。最初は遠慮がちでしたが徐々にお爺ちゃんお婆ちゃんに打ち溶けてくれました。
 翌日は、9月末で閉園になるという京急油壺マリンパークに向かいました。長男や長女の子供たちとも何度か訪れた思い入れのある水族館でしたから、閉園までにもう一度行っておきたいという家内の希望です。いるか・あしかパフォーマンスショーも見納めです。53年の歴史に幕を閉じることになりますが、ホームページには「動物類については、他の施設と受け入れに関する協議を進める一方で、閉館後も、飼育・施設管理に必要な要員・体制を維持し、すべての動物類の移譲を完了するまで、責任をもって対応してまいります」と記されていました。経営上残念なことですが、これも一つの歴史です。見守るしかありません。
 油壺マリンパークをあとに、葉山御用邸前、逗子の海岸、鶴岡八幡宮前(鎌倉市)を経由して横浜・本郷台に向かいました。海辺では夏の名残を惜しむかのようにサーファーの姿がちらほら。海水浴客が減ったので神奈川の感染者数も少なくなった、とは次男君の見立てですが、夏には東京から多くの人々が押し寄せたようでした。この日の夜は、次男君の家で親子水入らず、孫娘を囲んでのんびり穏やかに過ごしました。

◇   ◇   ◇

 ところで、20日の「敬老の日」を前に、今朝、町内会から敬老の日のお祝いとしてお赤飯が配られました。対象は70歳以上です。「青年の心」を引きずって歩いている私にとっては複雑な思いがしないではありませんが、71歳ともなれば、やはり「老人」の仲間入りでしょうか。ありがたく頂戴いたしました。
 老人と言えば子供の頃、近所にいたお爺さんのことを思い出します。松江藩の士族を名乗るそのお爺さんは、唐笠つくりを生業としていて(当時それが売られているところを見たことはありません)、時々子供たちを集めては怖い昔話(お化けの話か負け戦の話)をしてくれました。時には、お爺さんが足のすねにお灸をすえている姿を「熱くないの」と言いながら、じっと見つめていたこともありました。いつもキセル煙草をふかしていたお爺さん、私にとっては不思議な存在でした。でも、その後、どうなったのか記憶がありません。
 最近、昔の風景が急に目の前に広がることがあります。でも、すぐに消えてしまいます。歳をとると昔が懐かしくなる??。時間軸が混線し始めています。

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西国4番札所「施福寺」を訪ねて

2021-09-09 23:22:03 | 西国巡礼

 初秋の香りを求めて、先日、わずかに残る街はずれの田圃道を自転車で走ってきました。半世紀も前なら一面田園風景だったのでしょうが、今は視界の一部だけ。遠くには高速道路が見えます。赤とんぼと一緒に稲の香りを楽しみました。
 そんなゆったりまったりの昼下がり、長椅子に座って髙村薫の「空海」を読んでいました。.....遣唐使として唐の長安(西安)に赴いた空海は、2年間の研鑽を積んで806年の秋、九州博多津に帰着したのですが、お国の情勢の変化もあって3年余りの間大宰府に留め置かれたそうです。その空海が、いつ畿内に移動したのかについては歴史家の関心事でもあるようで、この本には「809年2月に空海が最澄に面会を求めた記録があるので、そのころまでには和泉の槇尾山寺(大阪府・施福寺)に移っていたという説もある」と書かれています。
 施福寺は西国三十三カ所の第4番札所になります。ひと山越えた和歌山には6月に訪ねた第3番札所「粉河寺」があります。ガイドブックによれば、「金色の諸仏を祀る施福寺」「葛城連峰を一望する西国巡礼難所のひとつ」などと記されています。私の悪い癖です。思い立ったら止まらない。翌日出かけました(笑)。
 大阪南部の泉州地区を歩くのは初めてです。大阪・天下茶屋から南海電車に乗って和泉中央駅、そこで南海バスに乗り換えて槇尾中学校前、そこから和泉市の路線維持運行バス「オレンジバス」に乗って12分、槇尾山のバス停に到着しました。大阪なのに四国遍路と同じような風景が目の前にあります。大阪も広いなあと改めて思いました。
 施福寺は、欣明天皇の命を受けて、行満上人が弥勒菩薩を本尊として建立したお寺で、役小角(役行者)、行基、空海が修行した道場でもあります。舗装されたなだらかな坂道を歩いて10分、仁王門の前に到着です。
 そこからは急な山道、石段を登って30分。途中、空海が剃髪し得度したという愛染堂や弘法大師髪堂などを巡って、やっと本堂が立つ境内に到着します。四国遍路でも思いましたが、お山のてっぺんに立派なお堂を建てた昔の人々の熱い思いに驚きます。そんなお寺も、過去には織田信長の焼き討ちで焼失、その後豊臣秀頼によって再興されますが山火事で伽藍を焼失するなど幾多の困難を乗り越えて、いまこの地にあります。
 拝観料500円で本堂内にあるご本尊にお会いすることができました。それも写真撮影可です。真ん中に行満上人が創建したという弥勒菩薩像が鎮座しています。その右には奈良時代の高僧・行基による文殊菩薩像、左側には行基の高弟・法海上人が祀る十一面千手観音像(札所本尊)。1500年もの間、じっと目線を下に人の世を思う。その前に座して、時の流れと人の心の在り様を思ったものでした。
 裏手後堂に回ると、長寿延命、身体健全の守護尊 方違大観音、花山法皇足守の馬頭観音坐像など多くの仏様が並んでいました。それぞれに独特の風貌があり、なんとなく見入ってしまいます。贅沢な時間を過ごさせていただきました。
 そのあと、遠くに高野山方面の山並みを眺めながら、ベンチに座ってコンビニで買ってきたおにぎり2個を食べて一服です(笑)。すると、初老の男性がやってきました。聞けば泉州33カ所巡りをしているのだそうです。地図を片手に熱い思いを語っていただきました。これもひとつの出会いです。

    いつの間にかこんな時間になってしまいました。............本来なら、毎週土曜日にブログを更新するのですが、明日から数日お出かけすることになりましたので、今夜少し早い目に更新をさせていただきました。次回は9月18日になります。

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秋の訪れにマイスキーのチェロを聴く

2021-09-04 10:25:04 | Weblog

 つい数日前まで茹だるような暑さだったのに、8月のカレンダーを捲った途端に気温も下がり何となく秋らしい空気が漂う今日この頃です。この時季、七十二候では「禾乃実」(こくものすなわちみのる)と言うのだそうです。稲が実り穂を垂らす意味です。都会地の片隅にある小さな田圃の横を歩いていると、かすかに稲の香りが漂ってきました。
 そんな季節の変わり目には、ミッシャ・マイスキーが演奏するバッハの「無伴奏チェロ組曲(全曲) 」がお似合いかも。実際にマイスキーのチェロを聴いたのはもう6年も前のことです。フェスティバルホールで。ヤクブ・フルシャが指揮するプラハ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏でスメタナの交響詩「モルダウ~わが祖国」を聴いたあと、マイスキーのチェロでドボルザークのチェロ協奏曲、アンコールでドボルザークの「森の静けさ」とバッハの無伴奏チェロ組曲の一節を聴きました。きょうはこの曲を聴きながら1週間を振り返ります。
 実は、本当ならこの土曜日、横浜の次男君が孫娘を連れてマイカーで帰省するはずでした。お嫁さんのご実家ともぎりぎりまで様子をみていましたが、ここ大阪で過去最高の3千人を超える感染者が出るとあっては、ワクチン接種が終わったとはいえ無謀な冒険はできません。またもお預けになりました。お国の方では、ワクチン接種証明を活用した行動制限の緩和について議論が始まったようですから、状況をみて秋の半ばにでもこちらから横浜に出かけることにいたします。

 さて、我が家では今、イチジクが最盛期です。毎朝、窓辺にあるイチジクの樹から2個ずつ採っていただいています。それでも追いつかず今朝は6個も収穫しました。
 一方では、いつの間にか伸び放題になっていた庭の草木のお手入れに汗を流しました。広い庭でもないのに、下草刈りと庭木の剪定で数日を費やしました。ビニール袋8個分です。ふぅ~。
 去年、剪定の仕方を間違えたためか今年は柑橘類が全滅で、レモンもどきの樹にやっと1個ついているだけです。と思ったら、スダチの葉っぱの奥に2個見つけました。いつもなら小さなバケツ一杯は収穫できましたから、貴重な2個です。その夜は冷酒に浮かべて美味しくいただきました(笑)。
 こうして1週間は淡々と過ぎていきました。来週の半ばまで特段の予定はありません。ゆったりまったの時間を楽しむことになります。そこで手にしたのは、古本市から持って帰った髙村薫の「空海」でした。本の帯には「劇場型リーダーとして 国土経営のブルドーザーとして生き 死しては衆生の信仰の柱となった 元祖カリスマ・空海」とあります。お国の首相が退陣を表明したからというわけでもありませんが、なんとなく気になったので。帯には「巨人の脳内に映じた風景をカメラを携えて再現する思索ドキュメント」とあります。
 一方、家内は今月に入って放射線治療のため毎日病院通いが続きます。今のところ目立ったダメージもなく安心していますが、老夫婦そろって病院通いをする歳になりました。これもまた自然の成り行きなんだろうと思っています。

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