心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

愛犬ゴンタ12歳

2011-12-25 23:26:54 | 愛犬ゴンタ

 今年も残り6日を残すだけとなりましたが、きょう大阪と広島を往復する新幹線の中で、愛犬ゴンタ君のお誕生日をすっかり忘れていたことに気づきました。彼は今年12歳、人年齢に換算すると84歳です。とっくに後期高齢者の仲間入りです。最近は、傍に寄っても私に気づかないほどに穏やかな表情をみせていますから、歳相応ということなんでしょう。今夜も元気で寒い夜道をお散歩でした。

 考えてみれば、ブログ「心の風景」を立ち上げたのは、2004年12月28日のことです。最初のテーマは「愛犬ゴンタの部屋」。以前のホームページに作っていた「愛犬ゴンタの部屋」をそっくりいただいての再出発でした。
 曰く「ゴンタと、わたしはよく夜のお散歩に出かけます。オーバーのポケットにデジタルオーディオプレイヤーをしのばせて、お気に入りの音楽を楽しみながら、30分ほど夜の街並みを散策します。冬になると、都会地でもけっこう星座を楽しむことができるので、苦にはなりません。むしろ、慌しい昼間とは全く異なる「風景」の中に身を置いて、わたし自身の生き様を冷静に思う貴重な時間になっています」。

 7年前と同じく、今夜も、遠くに都市の明かりが輝き、夜空を見上げればオリオン座がいつもの輝きを見せています。......でも、この12年間、我が家は様変わりしました。ゴンタがやってきた翌年には、長女が大学を卒業して社会人になりました。帰りが深夜近くになるときには、交替で、ゴンタを連れてバス停まで迎えに行ったことが何度かありました。その後、長男君が就職し、次いで次男君が社会人となりました。その間には結婚式が2回。賑やかだった我が家は、いつの間にか家内と二人きりになり、ひっそりとした時間が過ぎて行きました。その静けさを跳ね返すのが、いつも愛犬ゴンタでした。
 
 ......なんて、感傷的になってもしようがありませんね。29日には久しぶりに家族全員勢ぞろいですから、それまでの3日間、私の部屋と、私の「心」を大掃除しなければなりません。それを新しい年の糧にしなければなりません。と粋がってみても、だめですねえ。

 一昨日は日本橋にお出かけでした。ことし最後のLPレコード店巡りをするためです。店内は、私を含めて中年のおじさん連中の溜まり場になっています。手なれた手付きでお目当てのLPを探していく方、1枚のレコードをじっくり眺めている方、視聴している方、みんな楽しそう。よく会う御老人と喫茶店でLPレコード談義に花が咲きます。

 この日手にしたのは、ビル・エヴァンスの「不思議な国のアリス」。定価2千円より千円高い価格設定でした。あとはジャケットのスーラの絵に魅せられてアンセルメ指揮のラベル「ボレロ」「マ・メール・ロア」などなど。これで、今年は、おしまいです。

 日曜日が潰れたので、年内の更新は止めようかと思いましたが、ぽつりぽつりとキーボードを叩いていたら、なんとか文がつながりましたので、アップします。写真の方は、明日、12歳の愛犬ゴンタを撮影して掲載することにいたしましょう。

 全く持って脈絡のない文章で2011年という年を締めくくることに若干の後ろめたさがないではありませんが、着飾ってみてもしようがありません。これが、私という「人間」なのだと思うとお気楽です。年が明けると、このブログも8年目に入ります。でも、大上段に立ってもの申すつもりは毛頭ありません。日々、その時々の思い、その場で浮かんできた事柄を、そのまま文字に落としていく。そんな気楽なブログですが、何かのご縁でお越しいただいた皆様には、改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました。そして、2012年という年が、皆様にとって輝かしい年でありますよう、心から願っております。
 

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年の瀬グラフィティ

2011-12-18 09:23:33 | Weblog
 金曜日の夜、忘年会から帰ってPCのスイッチを入れると「うぬ?」、ネットが繋がりません。階下に降りて、モデム回りの配線をひとつひとつチェックしても問題なし。どうやら無線LANの機器に不具合がありそうでした。その夜は、スマートフォンでメールをチェックして早々と床に着きました。

 そんなわけで、きのう午前、所用の前にPCショップに立ち寄りました。でも、メカに弱い私には数ある機種の中から選ぶのは至難の業です。効能書(?)を拝見しても、何が違うのかが判らない。性能は少し落ちてもセッティングが簡単なものでないと、後で大変なことになります。若い店員さんにいろいろ教えていただいて購入したのは、BUFFALOのAirStationでした。
 夕刻帰宅すると、さっそく接続作業です。「かんたん接続」画面とマニュアルを確認しながら作業は順調に進み、いとも簡単に「接続完了」です。ところがです。インターネットに接続しても、繋がらない。す~と背中に汗が流れる、そんな心境でした。なぜ、なぜ?。配線を確認する。マニュアルを読みなおす。横で家内が「大丈夫?」「繋がった?」とうるさい。で、ふと気づいたら、恥ずかしながら、なんと電話線を繋いでいなかったのでした。(-_-;)
 やれやれ。これで1週間分の疲れがどっと噴き出しました。でも、うまく繋がったのだから良しとしましょう。これまでよりスピードもずいぶん早くなりました。転がっている他の2台のPCを調整して、ひと息つきました。

 パソコンといえば、今秋からNHKラジオをパソコンで聞くことができるようになりました。週の半分を広島で過ごすようになって8カ月が経過しますが、ラジオの受信状態の悪さは相変わらずなので、ずいぶん助かります。名づけて「NHKネットラジオ らじる★らじる」。スマートフォン用のアプリも登場して、携帯での受信も可能です。職場ではデスクトップPCにバッファロー製の高音質ウッドスピーカーを接続して、時にはデジタルプレーヤーを繋いで音楽を聴きながら仕事をすることもあります。ちょっとした気分転換ができます。

 そうそう、先週は広島から帰阪した翌日、久しぶりに東京に出張でした。午後から予定が入っていたので、少し早い目に家を出ると10時半頃に東京駅到着します。なので、大井町から半蔵門線に乗って神保町へ。ことし最後の古書店めぐりをしました。といってもあまりゆっくりする時間がなかったので、巌松堂図書さんと小宮山書店さんの2店に絞りました。手にしたのは、白洲正子・多田富雄著「花供養」(藤原書店)。2011年の最後に、ことし私に多くの課題を与えていただいた多田先生の著書に触れることになりました。なんとも因縁深いものがあります。それにしても藤原書店さんは、学芸総合誌「環」、鶴見和子曼荼羅など、なかなか興味深い本を出版されています。

 そんな他愛ないことをしているうちに、しかし時間は決して立ち止まってくれません。気がつけば2011年という年もあと2週間を残すばかりになりました。仕事をしているとそれほど感じない年の瀬ですが、自宅にいると家内の動きから、年末の忙しなさが伝わってきます。明日は、庭師の方に庭のお手入れをしていただくのだと。私が広島に行っている間には和室の畳の張り替えもするのだとか。その家内、久しぶりに家族全員が勢揃いとあって落ち着きがありません。3人の孫のために夜遅くまで、お揃いのセーターをせっせと編んでおります。


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音楽に癒されて

2011-12-11 09:54:16 | Weblog
 先週の日曜日は、街の餅つき大会があったので、孫君を呼んで一緒にでかけました。ぜんざい、きなこ餅をいただいた後は、クリスマスグッズやお正月グッズの工作教室です。松ぼっくりにボンドで小さな飾りをつけていく工作ですが、孫君、それはそれは熱心に取り組んでいました。そんな風景を遠くから眺めながら、この子はいったいどんな大人になるんだろうと、私のいない20年後、30年後のことを思ったものです。

 それはともかく、今年も残すところあと3週間。広島と大阪を行ったり来たりの不規則な生活が続いているせいか、ここにきて週末になるとどっと疲れが出てきます。きのうも早く床に入ると、朝までぐっすり寝入ってしまいました。

 週末、久しぶりにLPレコードを聴きました。取り出したのは、シベリウスの「クレルボ交響曲」。フィンランドに千年以上も昔から伝えられてきた叙事詩「カレワラ」の一場面に焦点を当てた交響詩のようなものですが、森を彷徨う青年クレルボが、橇を駆っているとき美しい乙女と出会い一夜を共にするけれども、翌朝、彼女の素生を尋ねると、なんと生き別れになっていた妹であることが判る、なんとも悲しい物語です。最後は自ら命を断ちます。

 男女にまつわる物語は、遠い遠い昔からいろんなお話があります。いや人類にとっては永遠のテーマなのかもしれません。シベリウス、北欧.....舘野泉さんの著書に添えてあったフィンランドの風景を思い出しながら、不思議な時間を過ごしました。ちなみに先日発売された季刊誌「kotoba」2012年冬号の特集記事は「男と女、死ぬまで恋したい」なのだそうです。
 この日聴いたレコードは、パーボ・ベルグルンド指揮、ボーマンス交響楽団の世界初録音盤(1970年)で、第3楽章からコスティア(ソプラノ)、ヴィータネン(バス・バリトン)の独唱とヘルシンキ大学男性合唱団の合唱が入ります。


 現実離れした物語で時間を過ごしたので、少し気分転換をしようと近所のTSUTAYAに行きました。そこで目にとまったのが「由紀さおり&ピンク・マルティーニ 1969」でした。新聞記事で知ったのですが、由紀さおりの歌う、ずいぶん昔に流行った歌が、いま全米で大ブレイクしているのだとか。そんな関心からこのCDを借りることにしました。
 1969年といえば、私が大学に入学した年です。学生番号が1969・・・となっていたと思います。ブルー・ライト・ヨコハマ、真夜中のボサ・ノバ、夜明けのスキャット、などなど。オールナイトニッポンを聞きながら受験勉強していた深夜に、こんな曲が流れていました。なぜ、今頃?それも日本ではなくなぜ欧米で?
 人の感性というものは何とも不思議なものです。行く先が見えない世の中にあって、何の穢れもなく、ソフトで優しい歌の世界が、国を越えて人の心を惹き付けるのでしょうか。私も、CDを聞きながら、ふっと目を閉じてしまうような、そんなまったりとした時の流れを感じたものです。

 先日、仕事の関係で音楽療法を研究されている先生とお話する機会がありました。あまり突っ込んだお話はできませんでしたが、聞けば園芸療法といった分野もあるのだとか。やはり、病んでいる方が多いということなのでしょうか。世知辛い世相のなかで、みんな精一杯生きているのだけれども、見えない重荷を背負って生きている。そうなんでしょうよ。きっと。そんな重荷を優しく肩からおろしてくれる、音楽にはそんな効用があるのかもしれません。この40年間、私が精神的にへこたれることなく、こうして元気でいられるのも、音楽に依るところ大なんだろうと思います。

 でもねぇ、この歳になると、忘年会の席でお互いの体調のことが話題になりがちですが、みなさん何らかの持病をもっていらっしゃる。ところが私は、病院嫌いときているから、薬を常用することもありませんし、いまのところ特定の病名はなし、と自分では思っているのですが、数日前に職場から届いた「特定健診を受診された方へ」によれば、病院に行く目安の数値に合致している項目がふたつ。「あなたはALT(GPT)を軽視していませんか」との脅し文句まで。4月から体重が少し増えましたが、おそらく不規則な生活と食事が影響しているのでしょう。少しは気をつけることにいたします。
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遠い遠い昔の風景

2011-12-04 09:46:28 | Weblog
 晩秋の曇天模様かと思いきや、明るい陽の光で目覚めました。朝食もそこそこに、愛犬ゴンタとお散歩です。先日から気になっていた丘の上のお家の玄関先を彩る紅葉を撮りたくて、デジカメをもってでかけました。ゴンタと散歩をしていると、時々、あっと思う紅葉樹に出くわすことがあります。きょうは、セヴラック作曲の「大地の歌」「ラングドック地方にて」などを舘野泉さんのピアノ演奏で聴きながらのブログ更新です。

 ところで、先週、四国・高松に向かう途中、新幹線の中で腕時計の金属バンドが外れました。「携帯で時間を確認できるから腕時計は要らないかも」と思ったのですが、いつも左手首にあるものがない。あって当たり前のものがない。なにかしら落ち着きのなさを感じました。そこで、10年ほど前に購入した時計屋さんに立ち寄って、修理をしていただきました。小さなピンを何本か入れ替えて完了、修理代は部品代300円でした。なんだか心が晴れやかになりました。だめですねぇ。モノに振り回されています。でも、時間はモノではありません。人間の英知であり、自然そのものでもあります。時の流れは呼吸と同じ、そんな受けとめ方をしていますが、どうなんでしょうか。
 先週の日曜日は、朝6時起きでお出かけでした。年1回の催しがあったからです。田舎の町の関西の会です。数年前から世話役を仰せつかり、しかし今年は広島兼務となり、準備会もずいぶん欠席をいたしましたので、本番は失礼するわけにはいきません。帰阪した翌朝、朝早くに家を出て、会場のホテルに向かいました。皆さん早々とお集まりで、資料やお土産のセット作業、受付の準備などに追われました。受付開始は10時30分、徐々に同郷の方々がお見えになります。受付担当の私は、名前の確認、会費の徴収、領収書と資料のお渡しと、マニュアルどおりの作業をこなします。無事に総会が終わると、正午からは盛大な懇親会です。今年も神楽のアトラクションやお楽しみ抽選会などで会場は大賑わい。町役場からも多くの方々がやってきて、大阪都心部のホテルの一室が、昔懐かしい出雲弁で充満しました。



 そんな懇親会の席で、美味しい地酒をいただいていると、背後から「・・おちゃん?」の声。振り返ると、年配の見知らぬ女性が笑みを浮かべていました。「思い出せないの?真向かいの○○です」と。でも、思い出せない。失礼にならないように相応のご挨拶をしていったん別れました。でも、気になってしようがありません。隣の方と何杯かお酒を酌み交わしている間も、気になってしようがありませんでした。
 しばらくすると、急に、遠い遠い昔の風景が、ぼんやりと、それも霞みがかかったような淡い風景として浮かんできました。と、次の瞬間、霞みがかった風景の中から、真向かいの家の姿がぼんやりと浮かんでくる。そして、顔の見えないご夫婦の姿、その横に子供の姿.....「あっ、○○のおねえちゃん」。慌てて席を立って、さきほどの女性の姿を追いました。急ぎ足で近づきました。「すみません。○○さん」。彼女は私の姉と同級で、今も姉とは交流があるのだと。だから、私が大阪にいることも、どこに勤めているかもすべて知っているのだと。そして、なんと私の勤務先まで歩いて行ける所に住んでいるのだと。
 私が幼稚園か小学校低学年の頃のことです。よく遊んでいただきました。といっても、姉との間に座って「おままごと」のお手伝いだったような、そんな記憶があります。50数年前。懐かしさ半分、そしてあまりにも古い昔のことなので恐ろしさ半分、そんな不思議な感覚に襲われました。古き良き時代のことを思い出しても、何もすることができない歯痒さ。いくら足掻いてみても、古き良き時代は決して戻ってくることはありません。だから、私は、昔のことを心の奥底に封印して生きてきた。60年の間、連々として「在る」私の歩みを、私は真正面から見つめることができないでいる。どうやら、このあたりに、私の幼稚性の原因が隠されているのかもしれません。そんな気がします。あまりにも早く母を亡くしたからなのでしょうか。

 昨夜、長男君から電話がありました。今年の年末年始は7月生まれの孫も連れて帰省するのだと。久しぶりに家族全員が揃ってのお正月を迎えます。古き良き時代に、大家族のなかで迎えたお正月とは比べようがありませんが、都会の片隅でささやかなお正月を迎えることができそうです。
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