地震がひと段落ついたと思ったら、台風7号がやってきました。きのう温帯低気圧に変わったのに、きょうは朝から大雨警報や洪水警報が発令され、お隣の市では避難勧告の地域も。落ち着かいな日々が続きます。
そんなある日、東京在住の知人から大阪北部地震に対するお見舞いのお葉書をいただきました。私よりずいぶん年配のその方は、ワープロを嫌い、便りはいつも万年筆の手書きです。そんなお葉書をいただくと、ほっこり温かい気持ちになります。やはり手書きって良いですね。文字の向こうに書き手の心を感じます。
そう言う私は、手書きが全くダメなのです。元々、左利きだったところを右利きに強制的に変えようとしたためでしょうか、漢字の書き順は滅茶苦茶です。そのうえパソコンを使い始めて以来、筆をもつ機会が激減しています。鉛筆をもつのはカレッジの講義のときのメモ書き程度。メモ書きだから、書いた本人しか読めない。家内からも読解不能と言われてしまいます(-_-;)。だからよけいに手書きの書面をいただくとほっとします。
基本的に字を書くのは右手、投げるのは左手です。キーボードに向かうようになると、まさに両手を使っての動作になります。水彩画教室で、両手で筆や鉛筆を操っていると、先生から「器用ねえ」と感心されますが、さあてどうなんでしょうね(笑)。
雨の日は、いつまでもだらだらと綴ってしまいますが、そろそろ前置きはこのぐらいにします。きのう7月4日は愛犬ゴンタの命日でした。リタイアが目前に迫った2016年7月4日、在職中お世話になった方と一献傾けていた夜、愛犬ゴンタは亡くなりました。16歳と8カ月でした。実は先日、その時のお店とそう遠くないところにある小料理屋で、知人と久しぶりに呑み語らいました。なんとも皮肉なものですが、あっという間に2年が経ってしまいました。(下の写真は、以前ある方からプレゼントいただいた愛犬ゴンタの絵です)
最近、カレッジに向かう京橋駅のコンコースで、里親を募る動物愛護団体のブースの前で立ち止まることがあります。でも、この歳になると、改めて別のワン君との出会いに躊躇してしまいます。それでも、朝、お散歩をしていると、ゴンタに似たワン君に出会うことがあります。「あっ」と思いながらよく見ると、やはり違います。ゴンタではありません。でも、歩く後ろ姿がなんとも愛らしく、いつまでも見つめていることがあります。やはり愛犬ゴンタは、私にとって大きな存在だったことがわかります。
そういえば先日、ソフトバンクのCMで初代の「お父さん」役を演じていたカイくんが亡くなりました。ゴンタと同じ16歳だったとか。ご冥福をお祈りします。CMでカイくんの表情に惹かれ、仕事帰りにソフトバンクのお店でストラップを買って帰ったこともありました(笑)。流石にスマホにつける勇気はありませんので、部屋に飾っているだけですが、クンクンと匂いを確かめ、怪訝な表情で私を見つめるゴンタがいました......。(下のカイくんの写真はソフトバンクのHPから借用したものです)
身近にいるもう一人のワン君は、ビクターのニッパー君です。こちらは置物です。四天王寺の骨董市で見つけました。ほかに、ニッパー君の写真を印刷したLPレコードのジャケットもあり、こちらは額に入れて飾っています。先日、京都のアンティークフェアでは、ニッパー君のキーホルダーまで見つけてしまいました。
こう考えてみると、最近はモノとしてのワン君からいくばくかの癒しをいただいている私に気づきます。これを良しとするかどうか。判断の分かれるところです。いずれにしても、長い人生のひとコマを、ゴロウ、ペロ、ゴンタと3人のワン君と生活を共にできたのは幸せでした。おそらく、お空のどこかで「まだかなあ」と待っていることでしょうよ。
さて、話は変わりますが、去年の秋、海外旅行の直前に愛用のミラーレスデジカメ(LUMIX DMC-GM1K)の電源スイッチが壊れたため、急きょ、CANONのデジカメに切り替えました。その後、LUMIXの方は引き出しの奥にしまい込んだままでしたが、先日、大阪駅前のグランフロント大阪南館にLUMIXを修理してくれる拠点「ルミックスステーション大阪」があるのを発見しました。急ぎ故障機を持ち込んだところ、数日後に部品交換と各種の点検をしていただいたうえで戻ってきました。費用は七千円ほどでした。
このLUMIX、実は4年前のバレンタインデーに、家内からチョコレートの代わりにいただいたもので、相応の思い入れがあります。これからは、2台のデジカメをうまく使い分けていくことになります。といっても、私のカメラはブログを中心とした記録のためのツールですけれど.......(笑)。
新年早々の夜に満月がひときわ大きく見える「スーパームーン」が地球を照らしました。月面の地肌が見えるそんな姿を、わたしのコンパクトデジカメでも収めることができました。それにしても、宇宙って不思議な空間です。何千年、何万年、何十万年にもわたって、人々はいろいろな思いを胸に秘めて月を眺めてきました。気の遠くなるような時空間に浮かぶ我が身の存在を思うと頭が朦朧としてきます。
まん丸い月を見上げながら、ふと愛犬ゴンタのことを思い出しました。わたしがリタイアする2週間前に他界しましたから、もう1年と半年が経過します。
彼が若い頃は、夜遅くに仕事から帰っても、必ずお散歩に行っていました。街灯の明かりと、そして月明かりが頼りでした。力強く前へ前へと歩いた頃、なんとなく落ち着きを見せ始めた頃、飼い主の歩調に併せて歩いた頃。それが徐々に飼い主の歩調と合わなくなって、歩く速度が遅くなり、時々立ち止まって周囲の様子を伺いだしました。そして、立ち止まって地面に伏せてしまうことが見え始め、自力で立つことも不自由になって、いつの間にかお散歩ができなくなってしまいました.........。
愛犬ゴンタは、彼なりのライフサイクルを必死に生きてきました。16歳と8カ月。これを長いと見るか短いと見るか。宇宙という視点からみれば、ほんの一瞬かもしれないし、いやいや永遠の時空に未だ生きているのかもしれません。
この日(3日)は、東京の孫たちを連れて大阪市内のキッズプラザに出かけたあと、日本で最も長いと言われる天神橋筋商店街を歩いて大阪天満宮に初詣に行きました。20年後、30年後の孫たちの姿は知る由もありませんが、学業の神様に手を合わせてきました。大阪の臭いがぷんぷんする街の風景に、子供たちは興味津々でした。中之島までの長い長い商店街を歩き通しました。
翌日、お家に帰る孫娘に「お正月で何が印象に残った?」と尋ねると、一番はユニバーサル・スタジオ・ジャパン、二番目は大阪天満宮、そして三番目はお婆ちゃんに教わったハーバリウム(ガラス瓶の中にプリザーブドフラワーなどを特殊な液体で浸したもの)でした。.....こうして年末年始の大騒動は無事に終わりました。ここは家内の奮闘ぶりに感謝です。
そして、世の中は仕事始めですが、毎日サンデーの私は1週間後に迫った「歩き遍路」の詰めにとりかかります。今回は前回に次ぐ「へんろころがし」ルート、それも冬季に500m級のお山二つを巡る厳しいものになります。無理は禁物です。天候・気温と体力によって若干のルート変更も想定して企画を練ることになります。そして最終日は、やはり徳島駅前の居酒屋で「独り祝勝会」をして閉める。これもまたお決まりのコースです。ただし、出発の前にふたつの新年会をこなさなければなりません.......(笑)。
かつてホームページにアップしていた「愛犬ゴンタの部屋」を3回に分けて再掲させていただきました。ゼロ歳から2歳までのゴンタの成長記録ですが、子どもたちと一緒にワイワイガヤガヤ過ごした日々が思い出されます。
わたしにとってゴンタは、ゴロウ、ペロに続いて3匹目のワンちゃんでした。みな長生きをしてくれました。一周忌を迎えてこの際、新しくワンちゃんをお迎えすることも考えましたが、ワンちゃんたちも高齢化の時代です。初老の夫婦で最後まで面倒をみることができるかどうか不安な面があります。在りし日の愛犬ゴンタに思いを馳せながら、次の生き仕方を考えていくことにいたしました。でもゴンタは、飼い主の思いも知らず、天国でハナちゃんやまるちゃんたちと遊びまわっていることでしょうよ。きっと。
愛犬ゴンタの部屋(再掲3)
小雪舞う朝のお散歩
暖かくなったかと思うと、急に寒くなったりして、ゴンタも少し戸惑っています。でも、きょうはお父さんが久しぶりの連休とあって、朝早くからお散歩に出かけました。そうしたら、小雪が降ってきました。写真には写っていないのですが、これが結構寒いんです。でも、ゲートボール場公園を通りかかったとき、この寒さのなかで水仙が美しく咲いているのを見つけました。少しほっとした気分になりました。(2002.2.10)
陽だまり
ことしの冬は、生まれて初めてお家の外の小屋で過ごしました。だから、このところの”春”の陽気は、嬉しくてしようがありません。ついついウトウトと、気持ちよいお昼寝です。それなのに、お父さんったら無理やり起して、昨夜テレビで観た「南極物語」のお話しをするんです。あんなに寒い中でよくがんばったんだなぁと思いました。でも、ゴンタには真似できそうもありません。そう答えたら、お父さんに叱られました。(2002.3.17)
病院に行ってきました。
かかりつけの動物病院からゴンタにお葉書が届いたので、お父さんに連れて行ってもらいました。お休みの日とあって、けっこうお客さんが多く、待合室では右にゴールデンレトリバー君、左にはシベリアンハスキーさんに囲まれ、ときたま小さな柴犬まで僕の前にやってきたので、すっごく緊張しました。でも、きちんとお座りをして順番を待ちました。診察室では、お医者さんに肩を撫でてもらっている間に終わりましたが、8種混合接種ワクチンと狂犬病の予防注射だったそうです。緊張のあまり、病院を出るやいなや、電柱に向かって片足をあげてしまいました。お家に帰ったら、どっと疲れが出て、午後は小屋のなかでお休みしました。(2002.5.6)
ゴンタのレインコート
最近、近くにペットショップがオープンしたので、みんなで見物がてらお店を訪ねました。お母さんに、ゴンタの大好きなドッグフードをたくさん買ってもらったので、開店記念の愛犬グッズ(クッション)とレインコートを粗品にもらいました。で、早くレインコートが着たいなぁと思っていましたが、お散歩の時間に限って雨が降らなくて、なかなか着る機会がありません。そんなある日の夜、やっと雨が降ってきて、待ちに待ったレインコートを着ることになりました。みんなが大騒ぎするので、照れくさかったです。暑苦しいので帽子を被るのは遠慮しましたが、どうです。なんとか様になっていませんか。でも、ちょっぴり歩きにくかったです。(2002.6.30)
木漏れ日の下で
暑い暑い夏も峠を越えつつあるのでしょうか。このところ、朝夕はわずかながら涼しさを感じるようになりました。でも、昼間はまだまだ暑いです。そんな夏の昼下がり、ゴンタは檸檬の木の下に小さな日陰をみつけてお昼ねです。幹から漂う甘酸っぱい檸檬の香を楽しみながら、気分だけでも避暑の気分。ゆったりとした時間を過ごしています。でも、時間と共に、どこからともなく木漏れ日がちらり。そのつど、眠たい眼をすこ~し開いて、上手に身体をずらして陽の光を避ける、そんな特技まで身につけました。これが僕の夏ばて防止策です。(2002.8.20)
食欲とお眠りの”秋”
ことしの夏はたいへん暑かったですね。ゴンタも夏疲れです。でも、このところの涼しさは格別。お隣の小猫ちゃんが遊びに来ない限り、昼も夜もぐっすりと眠ることができます。もちろん食欲も旺盛。器いっぱいでは足りないので、お替りをおねだりする毎日です。そんなある日、お姉さんにお昼ね姿をこっそり撮られてしまいました。あとで文句を言いましたが、どうしようもありません。お父さんまで乗り気になって、とうとうホームページに掲載されることになりました。以来、寝る方向に注意しています。(2002.9.29)
水仙の芽を踏んじゃった”
休日の朝は、お父さんと一緒に朝のお散歩にでかけます。そして、お家に帰ってきたら玄関口でひと休みです。朝の陽差しが眩しくて時々うとうとしてしまいそうになりますが、お父さんの庭掃除が始まるとゴンタもお手伝いをします。ところが、勢いあまって水仙の芽を踏んでしまいました。お父さんに見つかったらどうしよう。鼻先で立てようとしても、すぐに倒れてしまいます。あぁ、どうしよう、どうしようと思っていたら、見つかってしまいました。「もうしません。ワン」というのが精一杯でした。ところで、きのうゴンタも3歳の誕生日を迎えました。いろいろあったけど、今では楽しい毎日を過ごしています。(2002.11.24)
ゴンタの目標
新年あけましておめでとうございます。2003年元旦の朝、清清しい気持ちで4回目のお正月を迎えました。心身ともにすこぶる健康!わずかな陽だまりを見つけては暖をとるのが得意なゴンタであります。ゴンタのことしの目標?そうそう、なんだか最近、お父さんやお母さんの話す言葉が分かってきたような気がするんです。だからついつい僕もおしゃべりをします。まだ、ワウ~ンとかウォ~ンとかバウワウだけしか話せないのですが、それでもお母さんとお話しができるようになりました。だから今年は少しお勉強をしようかと思っています。(2003.1.1)
きょうは先日受けた精密検査の結果を聞きに行きました。「ポリープが確認できるけど、どうする?」と先生。「時間はたっぷりありますから、 手術しても良いですよ」と言うと、ほかの先生と相談され、「もう1年様子をみましょう」と。ということで、通常の3カ月検診に戻ることになりました。ポリープなんて言われると、気持ち悪いですけどねえ。まあ、先生にお任せしましょう。では、引き続き、愛犬ゴンタの部屋第二弾に入ります。
愛犬ゴンタの部屋(再掲2)
お父さんのお気に入りは”スラヴァ”
あけましておめでとうございます。ゴンタも無事2回目のお正月を迎えることができました。ことしもお便りをお待ちしています。
ところで、お父さんって最近、僕と夜の散歩にいくとき、オーバーの胸の奥にCDを忍ばせて音楽を聴いているんですよ。どうやら曲は昨年の暮れにコンサートに行って気に入った「スラヴァ」。Smile、When You Wish Upon A Star、 Over The Rainbow なんかがお気に入りのようで、僕そっちのけです。まっ、いいっか。そのぶん散歩の時間も長くなったことだし。でも、いくら星がきれいだからって、夜10時を過ぎての散歩はやめてほしいなぁ。特に冬場は、寒がりゴンタとしては、たいへん困るのです。(2001.1.14)
”待て”を覚えたのに...。
日に日に暖かくなってきました。縁側に毛布を敷いて、日向ぼっこをしながら、うつらうつらお昼ねです。でも、庭にやってくる小鳥たちが気になって、すぐに目が覚めてしまいます。どうして鳥たちは空が飛べるんだろうなぁ。僕も一度飛んでみたいなぁ。最近、家族の皆に喜んでもらえるかと思って、「待て!」を覚えました。そしたら、みんなで代わる代わる「待て!」「待て!」「待て!」の連発。僕は遊園地のお猿さんではありません。たまには、気持ちよく食事をさせてください。 (2001.3.18)
2年目の予防注射
予防注射は去年で終わりだって聞いていたのに、先日動物病院から僕宛にお葉書が来て、またまた8種混合ワクチンの注射をすることになりました。お母さんが、ついでに狂犬病の注射もお願いしたものだから、同じ日に血液検査をあわせて3回も注射針の苦痛を味わいました。悪いことなんかしないんだから、予防注射なんて必要ないって。おかあさんも、うん万円もかかったって嘆いてたじゃない。誰でも病気になるときは、なる。そういえば、お父さんの風邪って、まだ治っていないのかな。ときどき咳き込んでいるみたい。ぼくより、お父さんこそ病院にいくべきだよ。保険ですむんだから。 (2001.4.15.)
お庭のお手入れ、まだ終わらないの?
このところ雨の日が続いて、お散歩ができない日があります。きょうも、目が覚めたら雨が降っていました。でも、お昼前には雨もあがり、晴れ間がのぞいています。さぁ、おとうさんもお休みだし、きょうはきっと散歩に連れて行ってもらえそう。でも、おとうさん、さっきからお庭のお手入れをしたり、洋ランを眺めたり...。いったい何時になったら僕のことに気がついてくれるのかなぁ。少し待ちくたびれてしまいました。ワン!(2001.5.27.)
暑さにも弱いゴンタです。
最近は、真ん中のお兄ちゃんが夕方散歩に連れて行ってくれるので、散歩の時間がずいぶん増えました。毎日、お兄ちゃんが学校から帰ってくるのを楽しみにしています。でも、雨の日は中止です。だから早く梅雨明け宣言をしてほしいです。それはそうと、このところの蒸し暑さ、なんとかなりませんか。お母さんに、籐の敷物を敷いてもらったので、寝心地は良いのですが、昼間はぐったりです。クーラーの効いた部屋は、気持ちはいいけど体調が悪くなるので、あんまり (2001.7.1.)
大好きなワンちゃんのぬいぐるみ
さすがにこのところの猛暑には耐えられません。もうぐったりなんです。朝と夜の散歩以外は家の中でごろごろ。つい最近まで、お外の陽だまりでお昼寝をしていたんですが、とてもとても、そんなことをしていたら干からびてしまいます。クーラーの効いた部屋でないと生きた心地がしません。お昼寝のお相手は、子供の頃から可愛がっている”ワンちゃんのぬいぐるみ”です。眠たくなるまで、舐めたり、噛んだり、撫でてみたりして、一緒に遊びます。でも、眠るときは、枕がわり。気持ちいいですよ。 (2001.7.22.)
初めて海を見たよ
先月末、湖北の山小屋につれていってもらいました。お家とは全くの別世界。見るもの、聞くものすべて初めてでした。最初、車酔いしないかと心配しましたが、コツを覚えたので、もう大丈夫。2日目には車で山を越え谷を越えて若狭に行きました。生まれて初めて海を見たよ。潮の香りが食欲を誘う、そんな感じがしました。港に停泊中のイカ釣り船をバックに、お兄さんに記念写真を撮ってもらいました。(2001.10.7.)
ゴンタの”体験入学”
(注)ゴンタがおかあさんの足をガブリ。何針か縫う大怪我をしました。というわけで、訓練所に体験入学した次第です。
先日、縁あって、山城警察犬訓練所に”体験入学”をしてきました。過保護に育ててきたから、少し違った世界の空気も吸ってきたらどう?っていうのが理由でした。何がなんだかよくわからなかったけれど、遠足気分で出かけました。でも、いざ行ってみると、いろんな犬の仲間と一緒の団体生活、ちょっと戸惑いました。訓練所のお姉さんに面倒をみてもらって、何とか頑張り通すことができた、というのが実感です。でもねぇ、お父さんは最近物騒だからというのですが、別に”犬のおまわりさん”になるわけじゃあないんだから、「もう一度行っといで」って言われたら、断るだろうなぁ、きっと。
短期間ながら集団生活をしてきたためか、おうちに帰ってからは「お行儀がよくなった」とみんなから誉めてもらっています。食事もきちんと残さずいただきます。ご褒美に、犬小屋を作ってもらいました。でも、これから寒くなるんだけどなぁ。いつまでお外にいるんだろう.....。(2001.11.18.)
3年目の年末を迎えます。
12月も下旬になると、寒さが厳しくなってきます。でもゴンタは大丈夫。お姉さんに、あったかいオーバーを買ってもらったので、どんなに寒くてもルンルン気分で夜のお散歩にでかけます。ぼくは、もう2歳になったんだから。
先月、お庭にお家を作ってもらったので、この冬はお外で頑張ってみるつもりです。小屋のなかには毛布がたくさん敷いてあって寒くはありません。そうそう、数日前、近所の家に泥ボーさんが現れ、大切なものがたくさんなくなったのだそうです。ぶっそうですね。でも大丈夫!我が家の周囲は、お隣のワン君と一緒に、完璧な警備体制を敷いています。(2001.12.24.)
2週間後に退任の日を迎えるという慌ただしい昨年の7月4日、愛犬ゴンタが亡くなりました。16歳8カ月でした。私のリタイヤが先か、それともゴンタが先かと思っていた矢先のことでした。人生いろいろ、山あり谷ありの仕事人生のなかで、常に傍にいて私を支えてくれていたゴンタの存在は、非常におおきなものでした。早いもので、もう1年が経過します......。昨年7月から始めた四国八十八カ所遍路の旅も、ゴンタと一緒の巡礼の旅でもありました。
そんなゴンタのかつての写真データを、きょう、パソコンの曳き出しから探していたら、昔の個人ホームページ(閉鎖)の『愛犬ゴンタの部屋』に、ゼロ歳から2歳までの成長記録(ひと口メモ)が残っていました。懐かしく眺め終わったあと、ふと、ブログ「心の風景」に再録することを思い立ちました。17年前の記録になります。以下、原文のまま再掲します。
愛犬ゴンタは、1999年11月23日に生まれました。
その年の12月、動物愛護団体を介して我が家にやってきました。
愛犬ゴンタの部屋(再掲1)
新しいお家
引き取られたときは、400グラムしかなかった体重も、いまは2キロ近くに増えました。ときたま、”おもらし”をして、おかあさんに叱られることもありますが、みんなからかわいがってもらっています。きのう、おかあさんの電話をそばで聞いていたら、病院とか予防注射という言葉が聞こえてきました。なんだか怖そうです。一緒に行きたくないなぁ。(2000.1.16)
予防接種
2歳の誕生日(2カ月目)を迎えた翌日、おかあさんとお姉さんにつれられて動物病院にいってきました。な、な、なんと体重が3.2キロ。ちょっと減量しなきゃ。当面、家の中を走り回るトレーニングをすることに。ところで、予防注射の方は、お医者さんに「ぼく元気だね」と肩を撫でられたとたんにブスッと不意打ち。声を出す余裕もありませんでした。8種混合ワクチンとかで、ちゃんと証明書までいただきました。2月、3月と、あと2回あるそうです。(2000.1.30)
はじめてのお風呂
きょう朝、おかあさんに、生まれて初めて身体を洗ってもらいました。シャワーが少し苦手でしたが、石鹸で身体をきれいに洗ってもらって、気持ちよかったなあ。こたつのなかでお昼寝でもしようっと。(2000.1.30)
2階を発見
ぼくのうちに2階というところがありました。階段があって、おかあさんが買い物に出かけたあと、恐る恐る登っていったら、お兄さんやお姉さんの部屋がありました。少し眠くなったので、お兄さんのベッドでお昼寝をしました。ぐっすり眠ってしまって、あとでお兄さんに叱られてしまいました。先日23日で生後3ヶ月。2回目の予防接種時の体重は5.3キロでした。(2000.2.27.)
おもちゃ箱
3回にわたって接種した8種混合ワクチンも無事終わりました。これで、おとな(?)への仲間入りができそうです。現在の体重は約8キロ。でも、おうちではまだまだ子ども扱いです。先日、おかあさんが、おもちゃ箱をつくってくれました。ボール、紐、ガム、紙、積み木など、ぼくの大切な宝物がいっぱい入っています。ときどき箱から取り出して遊んでいます。でも、まだ元には戻せません。(2000.4.9.)
はしゃぎすぎは禁物
見るものなんでも興味津々。そんな僕だから、ときたまおかあさんの大事なものまで”おもちゃ”にしてしまいます。とうとう、先日の家族会議で、昼間はなが~い紐につながれることになってしまいました。半分はお庭で遊べるから、まぁいっか...。ただし夜寝るときは、廊下の一角が僕のテリトリーだからフリータイムです。(2000.5.7.)
フィラリア検査
予防接種はもうないと思っていたら、動物病院から僕宛にお手紙が来て、「フィラリア検査のためご来院ください」と。いくら予防しても病気になるときはなる、なんて思いながらしぶしぶ。結局フィラリア症予防・消化管内線虫駆除剤なる薬をもらって、ひとくちでゴクン!恐ろしい伝染病もこれで安心。(2000.5.21.)
大好きなスイカ
蒸し暑い夏を迎えて、僕も少しへたばり気味です。そんなとき、おかあさんが大きなスイカを買ってきてくれます。冷えたスイカを家族みんなで楽しみます。そのときは、もちろん僕も仲間入り。甘くおいしい赤い実をきれいに食べるのがぼくの特技。青い皮はきちんと残すことができます。種?種があったんですか?みんな食べちゃいました。(2000.7.9.)
ぼくのお父さん
きょうの朝、お父さんにお風呂にいれてもらいました。シャンプーでごしごし。はじめて湯船のなかで泳いでみました。きもちよかったです。最近、お父さんは、よく僕の目を見つめます。僕の目ってよほど悲しそうな目でもしているのでしょうか。そんなことはないのになぁ。散歩のときも、いろいろ話しかけてくれるけど、僕にはわからないって。(2000.7.23.)
大切な毛布
生まれて9カ月がたちました。そんな僕が大事にしているもののなかに毛布があります。この毛布、赤ちゃん用のものですが、このお家に引っ越すとき、ミルク缶と哺乳瓶と一緒に持ってきたものです。いつも寝るときは、その毛布を敷いて寝ます。それほど大事にしているのに、先日、僕に無断でとりあげるなんて...。と思ったらきれいに洗濯をしてくれました。(2000.8.20.)
生後10ヵ月
生後10カ月、もう十分おとなの仲間入りです。食欲も旺盛で、最近はドッグフードのほかに、家族みんなと同じ食事もいただきます。なかでも大きなな骨が大好物で、いつも美味しくいただいています。それにご飯も大好きです。最近、夜の散歩はお父さんとします。おとといも、お酒を呑んで酔っ払ってかえってきたお父さんと、真夜中の散歩を楽しみました。少し眠たかったです。そこまでしなくてもいいのに....。(2000.9.24.)
大好きなお姉さん
最近、散歩中に必ず立ち寄るところがあります。ガソリンスタンドです。いつも僕が傍をとおるとき、声をかけてくれる素敵なお姉さんがいるからです。やさしく頭をなでてくれます。それがうれしいんです。お客さんがいて、お姉さんも忙しいときがあります。でも、いくらお父さんに引っ張られても動きたくないのです。やはりお話がしたいです。僕も、もう少しで1歳。初恋なのかもしれません。(2000.10.29.)
1歳になりました。
11月23日は僕の1歳の誕生日でした。いろいろあったけど、あれからもう1年が経ちました。小さい頃は、数年前に亡くなったマルチーズのペロちゃんのお家を使っていましたが、さすがに狭くなってきたので、最近は大きなダンボール箱に毛布を敷いて、僕のベッドにしています。最近何をしてるかって?(2000.11.26)
寒がりゴンタ
ここ数日、ずいぶん寒くなってきました。小さい頃を思い出して、ついついコタツのなかに入ってしまいます。朝は、一番の早起きですが、ガスストーブに火がつくと、まん前に座って独り占め。「こんな犬がいますか」とみんなからからかわれますが、僕は寒さにはとにかく弱いんです。夜も毛布のなかにもぐって、じっとしています。(2000.12.24)
迷走中の台風10号の動きが気になりますが、「処暑」を迎えて暑さもひと段落といったところでしょうか。早朝散歩にでかけると、ツクツクボウシが鳴いていました。愛犬ゴンタ爺さんの四十九日も終わり、今年の夏もそろそろ最終章に入ろうとしています。
ところで、現役の頃は電車やバスやタクシーで移動することが多かったのですが、最近、極力「歩く」ことに努めています。最寄り駅へもよほどのことがない限り歩きます。電車もひと駅ぐらいなら歩いています。二本足で歩くことで、心身に爽快感が生まれます。地に足をつけて風景の中に身を置くことで新しい出会い、新しい発想に気づきます。
最近、NHKテレビの番組「歩く旅をしよう~気ままにロングウォーク」(アンコール放送)を観ています。ここでも「歩く」ことの意味を学びます。スマホアプリの地図Google Mapや方位計「コンパス360Pro」をインストールすれば、どこにでも歩いて行けます。秋になったら、少し範囲を広げて歩き旅にでかけることにしましょう。
「歩く」と言えば、須賀敦子さんの「ユルスナールの靴」は、こんな文章で始まります。
『きっちり足にあった靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。そう心のどこかで思いつづけ、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする。行きたいところ、行くべきところぜんぶにじぶんが行っていないのは、あるいは行くのをあきらめたのは、すべて、じぶんの足にぴったりな靴をもたなかったせいなのだ、と。』
5年ほど前、ひょんなことで出会った須賀さんの作品を読み漁ったことがあります。この作品は、20世紀のフランスを代表する作家ユルスナールと自らを重ね合わせたエッセイですが、印象に残るプロローグでした。
ところが私には歩き方に問題がありそうです。どんな靴を履いても1年も経つと踵の一方がすり減ってしまうのです。数ある靴のなかで唯一わたしの足にぴったりあう靴も、ご覧のとおり履き疲れて無残な姿になっています。いったんは処分しようと思いましたが捨てがたく、靴の修理屋さんで直してもらうことにしました。靴を診たお店の主人いわく、「もう少し早く持ってきてくれたらなんとかなったのに」と困り顔。「でも、やってみましょう」と。2時間ほど待って、出来上がったのが下の写真です。
「きっちり足にあった靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていける」。どんどん歩こう。これまでとは違う街の空気と風景、そして人に出会おう。
そんな靴をはいて、先日、10年ぶりに大学時代の親友に会いに行きました。卒業後10年ごとに会っていますが、今回は素敵な奥様とご一緒に食事をしながら語り合いました。お昼から冷たいビールをいただき、4時間も話し込んでしまいました。
親友のK君は、幼い頃に視覚障害を患い視力を失いました。そんなK君と、私は大学の学生食堂で隣り合わせになりました。それ以来の付き合いです。私は法学部、彼は英文科と学部は違いますが、いつもトップクラスの成績だったK君は頭脳明晰。語学堪能、冷徹なまでに確固とした時代認識にブレはなく、学ぶところ大でした。その後の私の人生に大きな影響を与えたのは言うまでもありません。
そんなK君と、私はよく下宿でひと晩中語り明かしました。当時のことですからテーマはいつも政治のことでした。デモにも一緒に参加しました。よく呑みにも行きました。鴨川沿いの小さな居酒屋のカウンターで、学生に優しいお女将さんに並々とお酒を注いでもらいました。常連客だった単身赴任中のフランス人の先生とはカタコトの日本語で大いに議論したこともありました。今となっては良き思い出です。
自分にぴったりあった靴。自分にぴったりあった思惟の世界。今週は、昨年参加した第1回京都こころ会議の講演録「<こころ>はどこから来て、どこへ行くのか」(岩波書店)を読みました。先行き不透明な時代環境の中で改めて課題の大きさを思いました。それを読み終わった頃、今秋の会議開催のご案内をいただきました。今回のテーマは「こころの内と外」なのだそうです。自分にぴったりあった靴を履いてでかけることにいたしましょう。
【番外編】謝罪会見について思ったこと
きのう、息子の逮捕を受けた女優・高畑淳子さんの会見の模様をTVニュースで見ました。一人の母親として、あるいは一人の人間としての真摯な姿勢に感心しました。夫の逮捕を受けた女優・高島礼子さんの会見でも思ったのですが、お二人とも女優という意味で公人の立場にあって、真正面から事の重大さに思いをいたし謝罪の心を表現されていました。
世の中、コンプライアンス違反でトップが部下を従え、あるいは弁護士を従えて頭を下げる場面は日常茶飯事です。個人と組織の違いはあっても「謝る」という根本のところは同じはずですが、組織の場合はどうも釈然としません。記者会見を無難に終えることに注力するきらいがあって、全員で頭を下げる図が形式的に見えてしまいます。
ところが、このおふたりの謝罪会見は、ご自分の言葉でご自分の思いを素直に表現しようとされています。このあたりの真摯さが、これからの時代には求められるのではないか。私には男社会の終焉を象徴する画面に見えてしまいました。
きょうは朝から雨が降っています。そんな土曜休日、朝のお散歩もなくなり、なんとなく落着きがありません。ゴンタ爺さんが亡くなって6日が経ちました。自力では立ち上がることができなかったけれど、老夫婦の家に一定の存在感をもっていたゴンタが急にいなくなった。ぽっかり穴があいてしまったよう。この空間に慣れるまでには、もう少し時間がかかりそうです。昨夜は、ゴンタの幼少の頃から亡くなる少し前までの写真21点をA4用紙1枚に散りばめた写真集をつくり、3人の子供たちに送りました。
さて、今週は久しぶりに広島に出かけてきました。そして、空き時間をひろしま美術館で過ごしました。広島勤務時代によくおじゃました美術館ですが、決して大きな美術館ではないけれど、ゴッホやミレーやルノワールやモネやマネ、ピカソやマティス、ロートレックやシャガールの素晴らしい作品を身近で楽しむことができること、時間帯によっては入場者が少なく、展示室を独り占めにできること。そこが気に入っています。とはいえ、構造上、絵画に悪戯ができなくなっていて、警備員の方の監視も徹底しています。
今回も、セブラックのピアノ曲を聴きながら、ゴッホの「ドービニーの庭」を前に椅子に座って30分ほど、ぼんやりと眺めていました。ゴッホ終焉の地と言われるオヴェールで、死の数週間前に仕上げたのだそうです。(下図は購入したポスターを撮影したもの。現物はもう少し明るい色調です)
ゴッホが生まれたのは浦賀にペリーが来航した1853年、それより20年ほど後に生まれたのがセヴラックでした。南仏の農村を舞台にしたセブラックと、オランダに生まれフランスで活躍したゴッホ。ほぼ同時代を生きた音楽家であり、画家だったわけです。なにやら私のなかで強引につなげてしまっていますが、何かしら時代の空気を感じます。
年の初めに、島田紀夫著「セーヌで生まれた印象派の名画」、井出洋一郎著「農民画家ミレーの真実」という新書を読みました。絵画にしろ音楽にしろ、作品を点として見つめることはできても、時代の大きな流れの中で見つめることができていません。おいおいお勉強をしていくことにいたしましょう。
さて、今週の四国遍歴のお勉強は、高群逸枝著「娘巡礼記」でした。300頁のうち三分の二まで読み進んだところですが、大正の初期、二十四歳の若い女性が綴った四国遍歴の記録です。巡礼の道々九州日日新聞に送った原稿は、「娘巡礼記」として百五回の連載になったよう。
ウィキペディアによれば、高群逸枝は「若い頃より詩人として活躍し、九州新聞などで短歌や詩を発表する。のち、東京にその活躍場所を求めて移転する。アナーキズムと出会って女性史研究を志し、平塚らいてうと共に女性運動を始める傍ら、女性史研究を進め、『母系制の研究』や『招婿婚の研究』などの業績を残し、女性史研究分野の発展に寄与した」とあります。まだまだ女性の地位が低かった時代、こうした自律した女性の登場が日本と言う国を大きく変えていったということなんでしょう。
こうして、気の向くままに本を読んだり音楽を聴いたり絵画を観たりしていると、ある瞬間にふたつが交差することがあります。人の心の在り様を思います。時代の流れのダイナミズムを感じます。楽しいなあと思う瞬間です。南方熊楠の萃点に近いものがあります。
きょうは夕刻、大槻能楽堂自主公演能 ナイトシアター"ろうそく能”を観に行く予定なので、出かける前にブログを更新させていただきました。聴いたLPレコードは、ラザール・ベルマンの「若き日の肖像」(2枚組)。スクリャービン、ラヴェル、ドビュッシー、リスト、ラフマニノフと盛りだくさんでした。
今夜、ゴンタ爺さんが亡くなりました。数日前から足腰が立たなくなっていましたが、食欲も旺盛で、きのう新しいドッグフードを買ったばかりでした。こんなに早く逝ってしまうとは思いませんでした。16歳8カ月でした。
私のリタイヤが先か、それともゴンタが先かと思っていた矢先、自称「感謝の会」という呑み会の最中に亡くなったようです。急ぎ帰って、背中を撫でてあげましたが、まだ若干の温もりもあって、それがゴンタの私への最後の思いだったのではないかと思います。明日は、お休みをいただいて、お見送りをしたいと思っています。
家を出て100メートルほど歩くとバス停に通じる坂道があります。先日、出勤途上の坂道で2羽のカルガモさんに出会いました。夫婦?それとも子供たち?付近に大きな池があるわけでもなく、どこからやってきたんだろう。ポケットからスマホを取り出してパチリ。数キロ先に行けば大きな池があることを教えてあげたかったけれど、私の姿に驚いたのか、どこかに飛んで行ってしまいました。
ところで、1週間前に刈り取って陰干しにしていたドクダミの葉がうまい具合に乾燥したので、それを刻んで乾燥剤と一緒に瓶にしまいました。これがいわゆる十薬というものです。さっそく煎じて試飲すると、独特の臭いはありますが、お茶です。ものの本によれば、強心作用、利尿作用のほか、毛細血管の強化作用があるので高血圧症の脳出血の予防にもなるとか。とりあえず今の私には不要不急のものですが、庭の草むしりをしながら、時々こんな健康茶を作って遊んでいます。
健康と言えばここ数日、ゴンタ爺さんの調子が芳しくありません。数日前、お散歩に出かけると30メートルほど先にある公園の入り口付近で後ろ足がへなへなとなり、地面に横たわってしまいました。立たせようとしますが、すぐに寝そべってしまいます。仕方なく抱っこして連れて帰りました。リハビリのつもりでお散歩をしてきましたが、どうやら後ろ足に力が入らないようです。
そこで思いついたのが後ろ足の運動機能回復訓練でした。仰向けにして両足首をもって前後左右に動かします。最初は嫌がっていましたが、何度かするうちに自分でも足を動かそうとします。いい雰囲気です。するとどうでしょう。きょうの朝のお散歩は、いつもの道を時間をかけて完歩してくれました。これからは、ゴンタ爺さんのご機嫌を伺いながら、素人理学療法士として老犬介護に努めます。頑張れ、ゴンタ!!
さて、今週は石川文洋著「四国八十八カ所~わたしの遍路旅」(岩波新書)を読み終えました。新聞社の報道カメラマンとしてベトナム戦争を従軍取材するなかで、多くの知人の死に直面された鎮魂の旅でもある歩きお遍路の記録ですが、読みながら一緒に旅をしているような錯覚を覚えました。 計画していた四国八十八カ所お遍路の旅バスツアー第1回目の日程が確定して、7月に入ると、まずは第一番札所霊山寺から第6番札所安楽寺までを訪ねます。.....何気なく検索機能を使って「四国巡礼」をキーワードにブログ「心の風景」の過去11年間の記事を探してみました。一瞬にして3つの記事が表示されました。
初出は2007年11月4日付「美しく老いる」です。大学時代のクラブのOB会で、四国巡礼を続けている先輩との出会いがありました。次いで2011年9月23日付「橙色のコスモス」。記事には「新聞広告でときどき目を凝らしてみるものがあります。四国巡礼の旅。かの南方熊楠が、独り熊野の山奥に籠って植物採取に励んだように、日常を拒否して巡礼の旅に憧れる。そんな気持ちになることが、ときどきあります。でも、本当の自分ではないような気がするし、いや本当の自分であるような気もする。そんな不思議な年代になったよう」と。そして三つめは2012年6月3日付「内に秘めたパッション」。ここでは愛媛県今治市に出張したことで「リタイア後の四国巡礼の旅への思いを強くした」とあります。やはり心の片隅で燻っていたテーマだったようです。
先週今週と、在職中お世話になった方々との夕食懇談が続いていますが、来週の月曜日は3カ月ごとの定期健診の日です。守れなかった「休肝日」をどう報告しようかと悩みます(笑)。大腸癌、前立腺癌の「要精検告知」から3年。今のところ兆候はありませんが、2年後に予定している歩き遍路に向けて体調を整えておかなければなりません。
きょうの夕方のニュースでは、近畿地方も梅雨入りになったようです。でも、私の街に雨は降っていません。静かな夜です。窓の外からホトトギスの鳴き声が聞こえてきます......。きょうは、ウィルヘルム・ケンプのピアノで、シューマンの「森の情景」を聴きながらのブログ更新でした。私が社会人になる直前の1973年2月に録音されたLPレコードです。
ゴンタ爺さんとお散歩をしていると、背後から早朝ウォーキングをしていた女性の方が「頑張っているねえ。何歳?」と。「16歳なんです」と答えると「そう、うちのワン君もたいへんだったなあ。目が見えてるの」と。「.......いえ」。
これまでブログではお話ししていなかったのですが、実はゴンタ爺さんは白内障を患い視力が低下しています。動物病院の先生のお話しでは明暗しか判らないのだと。そういえば、昨年の夏あたりから様子が変でした。その後、家の中で生活するようになって、夜に電気を消すと夜鳴きがひどくなりました。真っ暗な環境が不安だったのだろうと思います。だからゴンタ爺さんの部屋は一晩中電気をつけています。
ゴンタ爺さんは、聴覚、触覚、味覚、嗅覚を総動員して環境に馴染もうとしています。一見すると目が見えないなんて思えません。以前は、出勤前にスーツを着てネクタイを締めると、朝のお散歩はないものと諦めていましたが、今でもそうです。ネクタイを締めるとお散歩を諦めています。逆に普段着の恰好だとお散歩を催促します。お水も食事も決まった場所だからでしょうか、自然に振る舞っています。でも、目の前に手をかざしても無反応です。可哀想ですが仕方ありません。ゴンタはゴンタなりに視覚を失った分を全身で取り戻そうとしています。きちんと私の方を向いてくれています。
さてさて、ゴンタ爺さんのことから始まった今日のブログ更新ですが、今週はゴールデンウィーク一色でした。前半は古本祭と部屋の模様替え、後半は長女一家に次男夫婦を交えて楽しい一日を過ごしました。きょうの土曜休日は、家内と宝塚の清荒神清澄寺さんにお参りです。火を扱うかまど(台所)の神さま「三宝荒神」を祀る寺社として知られるお寺です。結婚して40年、義母の勧めもあって毎年お参りをしてきました。
それでは以下、ゴールデンウィークの出来事を写真で振り返ってみましょう。
花壇や夏野菜のお手入れをしているときに、アケビの葉陰に小さな実を3つ見つけました。
京都・岡崎のみやこめっせで開催された「春の古書大即売会」には、京都、大阪、神戸、奈良、岡山から40あまりの古書店が集まりました。京阪三条駅から徒歩15分。琵琶湖疎水界隈に到着するとアオサギさんがお出迎えでした。(疎水の対岸がみやこめっせ)
この日手にしたのは、ドナルド・キーン著「渡辺崋山」、荒俣宏ほか編「南方熊楠の図譜」、フィリップ・フック著「印象派はこうして世界を征服した」の3冊でした。
すぐ近くにある京都国立近代美術館にも立ち寄りました。友の会に入会して初めてのご観覧です。「オーダーメイド:それぞれの展覧会」と「コレクション展」を観て回りました。
後半三連休の中日には、孫君らと一緒に中之島公園に出かけました。中央公会堂界隈は「中之島まつり」で賑わっていました。大川の中州、堂島川と土佐堀川に囲まれた中之島を東に向かって進むと、難波橋を越えたところにバラ園が広がります。さらに進み阪神高速道路をくぐると剣先公園があります。天神橋を越えると八軒家浜船着場です。水都大阪、浪華の八百八橋。なんとなくわかるような気がいたします。