心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

年の瀬に寄せて

2017-12-28 20:36:06 | Weblog

 忘年会の席で隣りに座ったご婦人が、「柵(しがらみ)から解放されて、毎日が楽しいなあ」と意味深な言葉。いつも笑顔がたえない彼女は、2年前まで某企業の管理職として頑張ってきたよう。その実感のこもった言葉に、なんとなく納得してしまいました。
 そんなシニアが集う水彩画教室に通い始めて3カ月が経ちました。ことし最後の課題は「野菜・果物と缶・ビン・箱を組み合わせる」でした。下絵のスケッチを描き終えて着色しようとしていると、先生が「う~ん。なにをメインにする?」と心配そうなアドバイス。とっさに「茄子にします」と答えました(笑)。パーツを雑然と並べていくのではなく、描きたいものを意識して描いてほしいということなんでしょう。やっとこさ仕上げると、「茄子のヘタがうまく描けたわね」と先生。シニアの初心者は、こうしておだてられて上達していくんでしょう。きっと(笑)。
 絵画と言えば、今秋ニューヨークのメトロポリタン美術館で買ったグスタフ・クリムト「接吻」のジグソーパズル(1000ピース)が、やっと完成したようです。ウィーンのヴェルヴェデーレ宮殿で原画にお目にかかったのは、ちょうど1年前のことでした。家内の苦心作ですが、日本で販売しているのとサイズが微妙に違っていて、フレームが特注になりました。
 話は変わってクリスマスイブの日、シニア夫婦は賑やかな心斎橋界隈に出かけました。何年ぶりでしょうか。行ってみてびっくり。通りを埋め尽くす人々の大半は外国人観光客で、中国語や韓国語が飛び交い、お店の店員さんまでネイティブとあっては、ここはアジアの国の繁華街?という錯覚さえ覚えるほどでした。その良し悪しは別にして、何年か先に大阪は間違いなく国際都市に様変わりしていることでしょう。でも、何か違うなあ。かつての道頓堀の風情が懐かしい........。
 人混みの中をすり抜けながら辿り着いたのは、新装なったばかりの「なんばグランド花月」でした。吉本興業の創業者・吉本せいをモデルに大阪を舞台に寄席経営に挑んだ人々の姿を描くNHKの朝ドラ「わろてんか」に触発されての、家内お薦めの観劇です。
 この日の出し物は「間寛平 クリスマスコメディ」。不慣れな私は、笑いのタイミングに戸惑いながらも、場内のやたら明るい笑い声に大阪人のおおらかさを思ったものでした。腹の底から笑いあって新しい年を迎える。これもありか。館内には、吉本せいの胸像や吉本興行の歴史資料が展示されていました。
 さて、暮れも押し詰まって、毎朝お散歩に出かける近所のお不動さんでは、巨大な門松が据えられ、御籤売場や警備詰め所の仮設など、お正月を迎える準備が着々と進んでいます。そしてきょうは「終い不動」。納め不動特別祈願大護摩供に続いて、本堂前の広場では柴灯大護摩供が行われました。
 お坊さんのほか山伏姿の方々のお勤めに、おおぜいの信者の方々が集まっていました。初めて見た儀式ですが、勢いよく燃える炎を見ながら、ことし1年を振り返りました。そういえば、わたしの横にいた小学生と思しき児童が、両親の横ですらすらと般若心経を諳んじるのを見て驚きました。一方のわたしは、まだまだ修行が足りません。
 リタイアして無事1年半が経ちました。まさに柵から解放されて、「時間」というものを自在に操ることができるという意味で「自律」した生活を取り戻したように思います。これからは、労働生産性ではなく、人としての生きがい、社会とのかかわりに注力していくことになります。
 さてさて、明日から子供たち孫たちが三々五々やってきます。なので、ブログの更新も、年内は本日が最後になります。リタイアした当時、閉鎖も考えたこのブログ。まだ続いています。なぜ?どうして?なんのために?。このブログの意味ってなんだろうと振り返ってみると、なんにもありゃぁしません。自分の生きざまを淡々と「記録」に残している、それに尽きます。ある日突然、更新が途絶える時まで。それもありか。

 いずれにしても、この1年間、拙いブログ「心の風景」に性懲りもなくお越しいただいた皆様方には、この場を借りて厚くお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。皆様にとって、来るべき2018年がより良い年であることを願って筆をおきます。良いお年をお迎えください。

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シニアの仕事納めならぬ「活動納め」

2017-12-22 23:29:03 | Weblog

 ♪恋人よ ぼくは旅立つ 東へと向かう 列車で......♪♪ 

 1975年12月21日に発売された太田裕美のヒット曲「木綿のハンカチーフ」の一節です。先日のトークセッションで広井良典先生(京大こころの未来研究センター)の「創造的定常型社会とケア・コミュニティ・地域」と題するレクチャーのなかで話題になりました。高度成長期(後期)の頃、多くの若者たちが東京へと向かった時代を象徴する曲だったと。その後の日本は、2005年に初めて人口が減少に転じたあと、明治以降急カーブで上昇し続けていた人口がジェットコースターのように減少する動きをみせています。
 この日、広井先生は、人口減少期を迎えて、これまで経済成長に拘り続けてきた社会の在りように警鐘を鳴らします。拡大・成長一辺倒から別の価値観なり社会の在り方が求めれているのだと。あまりにもスケールの大きなテーマなので、私なりの整理は未だきちんとはできていませんが、先日読んだ平田オリザ&藻谷浩介著「経済成長なき幸福国家論」と軌を一にするものでした。
 会場はロームシアター京都でした。耐震工事中の京都南座に代わって師走恒例の「顔見世興行」の会場となっているため、たくさんの観客で賑わっていました。そんなロームシアター京都の自主企画『いまを考えるトークシリーズ』(文化庁文化芸術創造活用プラットフォーム形成事業)の第1回が「定常型・高齢化社会の”創造的”生き方を考える」だったというわけです。
 この日登壇されたもうひと方は、「老人介護の現場に演劇の知恵を、演劇の現場に老人介護の深みを」という理念のもと演劇公演を行う「Oibokkeshi」の主宰者・菅原直樹さんでした。劇作家・平田オリザさん率いる「青年団」の俳優でもある菅原さんと広井先生。まったく違う立ち位置のようで、実は意外と近いところで時代を見つめていらっしゃることに気づきました。
 菅原さんは、首都圏の大学を卒業後、岡山県奈義町に移住した、いわゆる「Iターン」の一人です。介護福祉士として老人ホームに勤めながら、認知症ケアに演劇手法を活かし、そのワークショップを各地で実施している30代の若き青年でした。
 この日の演劇ワークショップでは、若者6名のうち1名を認知症の老人に見立て、老人の脈絡のない言葉に他の5人がどう向き合うべきかを考えるものでした。老人の言葉を「無視」して話を進めるケース、老人の言葉をみんなで受け止めながら話を進めていくケース。介護手順の効率化とは異なる視点で、老人との向き合い方を考えます。やっかいものとしての老人ではなく、一人の人間として受け止める。それを演劇手法を通じて介護現場に活かしていく........。ふと、何年か前に読んだ平田オリザ著「わかりあえないことから~コミュニケーション能力とは何か」を思い出しました。
 さてさて、今週も出かけることの多かった1週間でした。火曜日には「街歩き」企画で京都は国際会館を見学しました。現役の頃何度となくおじゃました会館ですが、建物としての会館に向き合うのは今回が初めてでした。その後、岩倉具視幽棲旧居、實相院を巡りました。この日の参加者は25名。来年の2月には大阪中之島の日銀本店、大阪倶楽部などを歩くコースを企画中です。
 木曜日には師走の風物詩「終い弘法」に出かけました。弘法大師さんの月命日にあたる21日に開かれる縁日には、日用雑貨品から植木、骨董品まで多様な露店が並びますが、1年の締めくくりの「終い弘法」は賑わいが違います。今回は京都の東寺に行きました。平日だというのにたいへんな人出でした。この日の収穫は家内お気に入りの陶器のお皿6枚でした。
 翌22日つまり今日は、ことし最後の仏像鑑賞会に参加してきました。行先は奈良の秋篠寺と西大寺。いずれも8世紀半ばに建立されたお寺です。室町、鎌倉時代に造られた仏像に向き合いながら、それぞれの表情に時空を超えた世界を思う贅沢な時間を過ごしました。
 以上でシニアの仕事納めならぬ「活動納め」です。今年もあと1週間となりましたが、つい一か月前に帰省した長男君と次男君が年末年始も我が家で過ごすとのメールあり。またまた総勢13名が集う賑やかなお正月になりそうです。なので、明日からは大掃除のお手伝いが待っています。併せて、この1年間の振り返りもしておかなくては年を越せません。部屋の掃除をしながら考えましょう。

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シニアにしてなおも「迷えるヒツジ」??

2017-12-15 21:17:30 | 西国巡礼

 先日、カレッジの校外学習の一環として、滋賀県の西国第13番札所「石山寺」とMIHO美術館に行ってきました。近畿地方にも寒波が押し寄せた日で、時々みぞれが舞うそんな寒いなか、元気なシニアたちは出かけました。
 石山寺は、聖武天皇の勅願により天平勝宝元年、良辨僧正によって開祖され、歴朝の尊崇あつい由緒ある寺院で、一時期、戦の舞台になったこともあります。ご本尊さまは如意輪観世音菩薩。本堂は縣下木造建築では最古のもので、内陣は平安中期、外陣は淀君の修補になるものだそうです。堂内には紫式部が「源氏物語」を書いたと伝えられる「源氏の間」がありました。硅灰石という奇岩の上に立つお寺ということで「石山寺」と名づけられました。
  ボランティアガイドさんの案内で、石段をのぼって御影堂、毘沙門堂、観音堂、蓮如堂などを見て回り、本堂にお参りしたあと、鎌倉時代に建築された多宝塔とご対面です。長い年月、風雪に耐えた多宝塔、昔の切手のデザインに採用されたこともあるのだそうです。ここ石山寺を舞台に様々な人間模様が繰り広げられたであろうことに思いを馳せながら、御朱印帳に記帳をいただいて帰りました。
 次に向かったのは、「MIHO MUSEUM」でした。とある宗教団体の創始者が収集したという国内外の美術品コレクションが展示されている美術館ですが、私の関心は、仏ルーブル美術館のナポレオン広場あるガラス製のピラミッドを設計した建築家I.M.ペイ氏が手がけたMUSEUMの建築空間でした。
 バスを降りると階段を登ったところに広場があり、その先にMUSEUMに通じる正門があります。門をくぐると、しだれ桜並木が続き、しばらく歩くと美しいトンネルが見えてきます。MUSEUMは、そのトンネルを抜け、橋を渡ったところにありました。ガラスと枠組で構成された近代的な建物が、広大な山の中に佇んでいます。
 ちょうどこの日は、開館20周年記念特別展「桃源郷はここ~I.M.ペイ氏とMIHO MUSEUMの軌跡」が開催されていました。日本の仏像、古美術のほか、エジプト、西アジア、南アジア、中国など世界各地の彫像、装飾品、金細工、彫刻などが配置され、なかには紀元前2千年も前の精緻な金具細工もありました。国や地域によって微妙に異なる古代の人々の感性に見入ってしまいました。
 ところで、今年は南方熊楠生誕150周年の節目の年にあたります。そんなわけで先日、NHKテレビ(Eテレ)で放映された「TVシンポジウム」の録画を見ました。10月22日に和歌山県田辺市の紀南文化会館で開かれた南方熊楠生誕150周年記念シンポジウム「いのちのマンダラに生かされる~今に息づく南方熊楠の思想」です。エコロジー、神社合祀反対、粘菌研究、南方マンダラ。訪米・訪英時代の生きざまを含めて、熊楠の魅力に迫るものでした。
 基調講演は生物学者の池田清彦さん、演題は「南方熊楠と生物多様性」でした。続いて、人類学者の中沢新一さんがコーディネーターを務めるパネルディスカッションです。タレントの篠原ともえさん、占星術研究家の鏡リュウジさん、栄福寺住職の白川密成さんという異色のメンバーでした。注目したのは、高野山大学時代に論文「密教と現代生活―南方熊楠・土宜法龍往復書簡を中心にして」をまとめた白川住職でした。その論文は、熊楠と土宜法龍が交わした書簡を通して熊楠の生命観に迫る労作なんだとか。
 中沢さんは「南方マンダラ」についてこう説明します。熊楠は、因果関係の連鎖から法則性を考える西洋の近代科学に限界を感じて、東洋の「縁起」の論理を提起したのだと。ふたつの事柄の因果の関係性だけではなく、「顕在化しているもの」と「潜在化しているもの」が複雑に絡み合って物事は動いているのだと.....。中沢先生には、来年の2月に京都で開かれるシンポジウムで直接お話を伺う予定です。
 パネリストの白川住職、どこかで聞いたことがあるお坊さんです。思い出したのがお遍路で参拝した四国八十八カ所第57番札所・栄福寺。境内にある看板に映画「ボクは坊さん」のポスターが貼ってありました......。すっかり忘れていました。さっそく近所のTSUTAYAで借りてきました。伊藤淳史主演、新米住職の奮闘と成長を描いたドラマ、とあります。もちろん物語の主人公は、白川住職でした。
 ...........石山寺、MIHO MUSEUM、南方熊楠、白川住職。こうして1週間を振り返ってみると、なんとなく人の「生きざま」「生き仕方」、そして「社会の在り様」を考えている私に気づきます。長い仕事人生とは違う何かを考えている。そうなんでしょうね。明日は、広井良典先生ご登場の「いま」を考えるトークシリーズ 「定常型・高齢化社会の“創造的”生き方を考える」に出かけてきます。シニアにしてなおも「迷えるヒツジ」は、先行き不透明な時代に自分の立ち位置を求めて右往左往しています(笑)。
 そうそう、さきほど年明けの1月半ばに出かける「歩き遍路」第三弾の宿と高速バスの予約を済ませました。宿の主人に「冬の時期に歩き遍路する人はいますか」と尋ねると「寒いですからね。少ないです」と。かの家田荘子さんのブログをみると、ちょうどこの週末、私が歩く予定の太龍寺、鶴林寺、平等寺あたりを歩いていらっしゃるご様子です。太龍が岳の下も雪が舞ってキーンとした寒さなんだとか。体調を整えて挑むことにいたしましょう。

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温泉宿で読書に耽るシニア夫婦~夕日ヶ浦温泉

2017-12-09 15:26:31 | 旅行

 週の後半に予定していたスケジュールが急に変更になってしまい3日ほど空白ができてしまいました。さあてどうしよう。すると我が奥様いわく「温泉に行こう。カニを食べに行こう」だって。急にそんな都合の良いプランがあるだろうかと思いきや、ネットでいろいろ調べてみると、ありました、ありました。
 というわけで一泊二日で日本海に面した京丹後市は夕日ヶ浦温泉に行ってきました。この温泉には7年ほど前の年末にも一度おじゃましたことがあります。当時は須賀敦子さんのエッセイに出会った頃で、ポケットに須賀さんの文庫「ユルスナールの靴」を忍ばせて出かけました。今回は、藻谷浩介&NHK広島取材班の角川新書「里山資本主義~日本経済は安心の原理で動く」をリュックの中に忍ばせての旅となりました。
 大阪・梅田から高速バスに乗って舞鶴若狭自動車道を北上し、福知山、綾部、宮津、天橋立を通って京都丹後鉄道の峯山駅前で下車、鈍行列車に乗り換えてふた駅目にある夕日ヶ浦木津温泉駅が最寄り駅でした。その間ざっと3時間半、晩秋の奥丹後の風景を楽しみながら読書三昧です。
 京都丹後鉄道(旧北近畿タンゴ鉄道)は、京都府や福知山市、宮津市などが出資する第三セクター鉄道で、西舞鶴と宮津を結ぶ宮舞線、福知山と宮津を結ぶ宮福線、宮津と豊岡を結ぶ宮豊線からなり、営業運転は全長114キロほどの小さな鉄道です。小さくてもこの地域の方々にとっては大切な交通機関で、過疎化と利用者減少の荒波にもまれながらも経営の刷新を図りながら踏ん張っています。
 今回は峯山駅で乗車して網野駅を経て夕日ヶ浦木津温泉駅下車という短い距離でしたが、運賃は320円と割高です。でも晩秋の奥丹後の風景を楽しめたので負担感はありません。私が乗った日も、地元の方々に混じって数組の温泉旅行客の姿がありました。
 初日は晴れていましたが、翌日は強い雨。そんな厳しい自然環境のなかに広がる田圃が刈入れを終えてひと休みしている風景が車窓に流れていきました。我も我もと先に行こうとする都会の電車と違い、ゆったり感満載の列車の旅も捨てたものではありません。
 今回は急な計画でしたから、宿は少しお高めの佳松苑「はなれ櫂」に決めました。15室ほどのまさに「はなれ」の風情が漂う静かなお宿でした。晩秋の日本海に沈む夕日を眺めながら露天風呂に浸かるも良し。美味しいカニをいただきながら地酒に酔いしれるも良し。ソファーに座って本を読んだり、音楽を聴いたり.....。(下の写真はホームページから借用)
 旅に出ると、ついつい忙しく観光名所を歩きがちですが、今回は少し違います。推理小説に読み耽る家内を横目に、「里山資本主義」を読んでいる私がいます。ときにはこんな旅行があっても良いかもしれません。そんなシニア夫婦を遠くから温かく見守って、さりげなく振る舞っていただいたお宿の若いスタッフさんたちの高いホスピタリティも印象的でした。
 「里山資本主義」は、「21世紀のエネルギー革命は山里から始まる」という衝撃的な見出しから始まります。中四国地域の山間地で、過疎化・高齢化の波を真正面から受け止めながら、地域の再生・復活を実践していく人々の生きざま、国の助成制度が逆に地域の自己決定能力を削いでいる現状が記されています。豊かさとは何か。持続可能な豊かさとは何か.....。
 舞台が中国山地ということもあり、文中には私が生まれ育った奥出雲が登場します。高速バスの車窓に流れる丹後路の自然風景もダブってきます。昨年旅行してきたばかりのオーストリアにも話が及び、林業最先端の事例が紹介されます。経済成長だけを最優先に物事を動かし、グローバリゼーションの流れに押されるように歩んできたこれまでの道のりを振り返って考え直してみる。そんな時間を私に与えてくれています。
 「里山資本主義」には、千葉大学から京都大学のこころ未来研究センターに移籍された広井良典先生も登場します。国際経済のマクロ分析がご専門の浜矩子先生までご登場とは恐れ入りました。ここ数年、問い続けてきた事柄が、この本を通じて有機的に繋がっていくという意味で、嬉しい出会いとなりました。ここにきてぼんやりと鶴見和子先生の内発的発展論にも通じるものを感じています......。
 ここで話題を変えます。先日の日曜日に町内会恒例のお餅つき大会がありました。朝早くから長女の孫君たちがやってきて、お餅つきを体験したり、つき立てのお餅をおいしそうに頬張ったり。楽しいひとときを過ごしました。ふだんはひっそりとしている街ですが、この日ばかりはどこから湧いてきたのかと思うほど子供たちでいっぱいでした。
 今年もあと3週間もすれば年の瀬を迎えます。そのスピード感には驚くばかりです。それはそうと、先日のカレッジでは健康寿命と健康スポーツについてお話しを伺いました。男性の平均寿命は79.55歳と健康寿命70.42歳との間に9.13歳の差があり、大阪に絞ると男性の健康寿命は全国ランキングでワースト5の70.29歳だとか。その差をいかに短くするかが課題になりそうです。私の場合は、まだまだ深刻な話ではありませんが、心身ともに歳相応のトレーニングを心掛けたいと思っています。

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ボケる暇なしの毎日サンデー

2017-12-01 21:04:17 | Weblog

 先週は街歩きの11月企画のため滋賀県近江八幡に出かけ、ヴォーリズ建築を堪能してきました。春先にプライベートで行ったときには入ることができなかったヴォーリズ記念館(ヴォーリズ邸)やハイド記念館(ヴォーリズ学園)にも入れていただき、在りし日のヴォーリズ夫妻の人となりを肌で感じることができました。
 焦香、蘇芳色、琥珀色、蘇芳色、洗朱、金糸雀色、緋色、丹色.....。秋の風景はいろんな色で満ちていますが、例年になく鮮やかな紅葉を楽しんだ今年の紅葉も、そろそろ終わりでしょうか。お不動さんの大イチョウも、昨日あたりから散り始め、境内には黄色い絨毯が敷き詰められました。
 お不動さんといえば先日、長男君と孫を連れて朝のお散歩中に、本堂横の玉垣に「吉本せい」という名前を見つけました。いま放映中のNHKテレビの朝ドラ「わろてんか」の主人公?刻まれた「大阪南区笠屋町」をネットで調べてみると、大正の初めに吉本興業部が設立された所のようです。このお不動さんには「笑魂塚」もありますから、「お笑い」とは深い関係がありそうです。さすが大阪のお不動さんです(笑)。
 そんな秋の一日、大学時代の先輩たちと京都で一献傾けました。延々と呑みつづけ、あとは古くからある喫茶店「築地」でコーヒーをいただく、いつものコースです。この日の話題は、私の歩き遍路に関連して、地方の過疎化と高齢化でした。その際に一人の先輩から勧められたのが、平田オリザ&藻谷浩介著「経済成長なき幸福国家論」(毎日新聞出版)でした。さっそく手にしてみると、表紙には「下山の時代を、より”おもしろく”」「下り坂ニッポンの生き方」という文字が踊っています。
 劇作家の平田さん、エコノミストの藻谷さん。これまでも相応の関心を寄せてきた方ですが、リタイア後は少しご無沙汰していました。確実に人口が減っていくなかで、いつまでも成長率にこだわっていてよいのか。都市への人口集中と過疎化という現実にどう向き合っていくべきか。ただ縮こまるのではなく、新しい発想、新しい文化、新しい価値観、新しい生き方が求められてはいないか。........首都圏の大学規模を抑制して若者の東京集中の流れに歯止めをかけようなどという浅はかな施策にうんざりしていた私には、すごく新鮮に感じました。読み終えて次に手にしたのは、平田オリザ著「下り坂をそろそろと下る」(講談社現代新書)でした。
 こうしたテーマは、京都こころの未来研究センターの広井良典さんの「ポスト資本主義~科学・人間・社会の未来」「定常型社会~新しい”豊かさ”の構想」(岩波新書)にも相通じるものがあります。今月半ばには、ご本人が登壇される「定常化・高齢化社会の”創造的”生き方を考える」トークセッションに参加する予定です。
 ところで、今週のカレッジで「なにわ伝統野菜」の復活に取り組む方のお話しを伺いました。守口大根、田辺大根、天王寺蕪、毛馬胡瓜、勝間南瓜など、昔ながらの歴史ある大阪の野菜を見直そうということで、いま町をあげて取り組んでいらっしゃいました。聞けば、野沢温泉の野沢菜の親は「天王寺蕪」であったとか。講師の方は、なにわの伝統野菜にこだわり、品目の拡大、販路の拡大、消費者との交流と消費拡大、伝統行事と伝統野菜のコラボ拡大をめざしていきたいと熱っぽくお話しになりました。こんなお話しを聞いていると、前段の本に通じる新しい社会の在り方のようなものが垣間見えてきます。平田さんは言います。地域の自立再生には一方的な国の保護政策に依存するのではない「文化の自己決定能力(センス)」が必要だと。納得です。
 話は変わりますが、昨日、水彩画教室の帰りに中之島の府立図書館に寄って、ネットで予約していた井上太郎著「ハイドン~106の交響曲を聴く」を借りてきました。先月、京橋のTWIN21で開催されたGROOVIN’主催の中古レコード・CD即売会で、ドラティ指揮、フィルハーモニア・フンガリカによるハイドンのLP交響曲全集の一部(28枚)を手に入れたのです。ハイドンは106もの交響曲を作曲していますが、初期の曲はこれまで聴いたことがありません。ここはじっくり聴いてみようと順番に聴いていくと、なんとなく虜になってしまいました(笑)。そこで、ハイドンが生きた時代、人となり、そして交響曲全曲を解説した本を探したところ、お手頃価格の本はすでに絶版。地元の図書館にもなく、けっきょく大阪府立図書館のお世話になったというわけです。晩秋の夜長、少し贅沢な時間を楽しむことにいたしましょう。
 さてさて、師走を迎えてなんとなく気ぜわしくなってきました。ついさきほども忘年会開催のお知らせメールが届いたばかりですが、なんともお気楽なものです。こんな調子で、ボケる暇なしの毎日サンデーを過ごした1年になってしまいそうです(笑)。

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