心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

ラジオ深夜便「こころの時代」

2005-09-25 10:40:38 | Weblog
 休日の朝は愛犬ゴンタとお散歩でした。道端に満開のヒガンバナが数株、外気もひんやりとして、季節の移り変わりを感じさせるこの頃です。
 ところで昨夜は、ラジオ深夜便を聞きながら、雑誌「ラジオ深夜便」をぱらぱらめくっていました。奈良・薬師寺管主の安田暎胤さんの「人生、春夏秋冬」と題するお話に目が留まりました。「人間は120年生きられる。春の時期は25歳ぐらいまで、働き盛りの夏は65歳まで、そして90歳ぐらいまでが実りの秋、90歳以降は冬ととらえて、それぞれにふさわしい生き方があるのではないか」。なんと息の長い捉え方なんだろうと。
 ものごとを短絡的に考えてしまいがちな、このご時世。一方では高齢化の波が着実に押し寄せています。”働き盛り”も後半を迎える年代になると、次のことをそろそろ想定しなければならないのだけれど、なんとも味気ない。でも、見方を変えれば、これまた楽しいもの。私には120歳まで生きる自信は毛頭ありませんが、それでも悔いのない生き方はしたい。そんなことを思いながら、深い眠りにつきました。
 ラジオ深夜便の「こころの時代」は、毎日早朝の午前4時過ぎから始まります。とてもとても起きていられる時間ではありません。ときたま、早く目が覚めてしまったときにスイッチを入れる程度で、ふだんはテープ録音して聞きます。でもテープも結構手間です。以前から、最近流行のICレコーダーでAMラジオが録音できる機種を探していました。32MB程度のものはありましたが、本格的なものはありません。FMを録音できる機種はたくさんあるのですが、AMラジオを聞く機会の多い私には物足りません。ところが先週、東京に出張したとき、東京駅の大丸三省堂で時間調整中にトークマスターというものを見つけました。本来は語学学習用のようですが、時間を設定しておけば毎日自動録音してくれます。メモリーカード(SD)で容量を確保できます。必要な録音はパソコンに転送できます。なかなかの優れものです。これで聞き逃すことはなくなりました。
 で、いつ聞くのかって。さすがに、職場に向かう通勤電車のなかでは聞けません。仕事を終えて自宅に帰る通勤電車の中、あるいは眠る前のひとときに、構えることなく、さりげなく聞くのが好きです。これも、”秋”に向けての備えかも....。
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京都散策

2005-09-19 10:11:33 | Weblog
 昨日は、久しぶりに京都に行きました。京都市美術館で開催中のルーブル美術館展に行くためでした。平安神宮を左に眺めながら美術館の入口に向かうと、人の波、波、波。ぇえ?。入館までに1時間30分待ち?。行列をつくって時間待ちをするのが苦手な私は一瞬戸惑いましたが、家内の説得に応じてやむなく人の列に。辛抱して待ったせいか、入館を果たしたあとは、ぞんぶんに絵画を楽しむことができました。今回は19世紀のフランス絵画で新古典主義からロマン主義への流れを追う構成になっていました。日本が幕末にあたるこの時期にフランス人は何を思い何を感じていたのか興味をそそられました。8年ほど前にルーブル美術館近くの由緒あるホテルに泊まり、美術館を見て回ったことを思い出しながら、楽しい時間を過ごしました。
 美術館を後にして、私たちはのんびりと京の街を散策しながら知恩院に向かいました。お彼岸を前に両親のお墓参りです。といっても田舎のお寺の総本山が知恩院ということなのですが、御影堂にあがってお祈りをして、少し静かな気持ちをいただきました。その後、八坂神社から街中に出ました。連休の中日だからでしょうか。なんと人の多かったことか。久しぶりに活気のある京都を体感したものです。そうそう近く閉店するという河原町の丸善。学生時代から利用させていただいたところですが、最後のご訪問をさせていただきました。...少し人に酔った気だるさを感じながら、最後にたどり着いたのは、父が生前よく使っていたお店でした。店の主人も代替わりしながら、それでも京都に行くと必ず立ち寄るお店です。昔のことを思い出しながら京の夜を楽しみました。
 ほろ酔い気分で街中に出て東山を眺めると、お空に真ん丸いお月様。そうです。きのうは「中秋の名月」だったんです。鴨川べりにはお月見もする人たちで賑わっていました。昼も夜も大勢の人々で賑わう京の一日でした。
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夏の終わりに

2005-09-11 17:06:52 | Weblog
 まだまだ残暑が続くこの頃ですが、それでも朝夕の涼しさは既に秋の気配を感じさせます。お隣の庭に咲く芙蓉(ふよう)の花、哀調を帯びたヒグラシの鳴き声が、夏の終わりをつげています。そんな風情に浸っている夕暮れ時、選挙カーが街にやってくる。ふと、現実の世界に引き戻されてしまう。これもこの夏の特徴なのでしょう。日本全国、いろいろな意味で暑い夏でした。きょうは家内と息子と愛犬ゴンタと一緒に投票場に行きました。
 前回ご紹介した作曲家・信時潔のこと。なぜか今週も引きずっています。CD「海ゆかば」のメロディーが頭から離れない。政治と音楽、戦争と平和...。わたしが教わってきた近代日本史は、戦争のところで不連続に繋がっています。そこで日本の精神文化が途切れている。国を愛するなんて言えば、なにか政治的傾向の烙印を押されそうです。大学で政治学を学んだ「非政治的人間」にとって何とも悩ましいテーマです。自分たちに都合の悪いこと、思い出したくないことには蓋をして、とにかく前を向いて突っ走ってきた昭和という時代が過ぎて、しかし今、浮き草のような存在に不安を抱く...。
 ネットを散策していて、「信時潔研究ガイド」というサイトに出会いました。信時のお孫さんが管理されています。そこで、『木の葉集~信時潔ピアノ曲全集』(ピアノ:花岡千春)というCDがあるのを知りました。さっそくamazonに注文したら今朝届きました。いま、そのCDを聴きながら綴っています。信時潔の音楽作品に触れることで、彼の心を感じたい。
 と、他愛ない文章を綴っていたら、さきほど松江の叔父さんからお電話をいただきました。90歳を過ぎてなお地域活動に忙しい叔父が、近く本を出版するので送呈したいと。ひ孫ができたとも。元気な出雲弁を懐かしく聞きながら、古き良き時代を思い出したものです。

信時潔研究ガイド http://home.netyou.jp/ff/nobu/index.html
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信時潔という作曲家

2005-09-04 15:25:34 | Weblog
  「音楽は野の花の如く、衣装をまとわずに、自然に、素直に、偽りのないことが中心となり、しかも健康さを保たなければならない。たとえその外形がいかに単純素朴であっても、音楽に心が開いているものであれば、誰の心にもいやみなく触れることができるものである」(新保祐司著「信時潔」)。これは、信時潔が戦後まもなく音楽評論家の富樫康に語った言葉です。
 信時潔は、私が育った学校の校歌を作曲した人物です。それ以外は何も知りませんでした。ところが今夏、構想社から「信時潔」という本が出版されました。それで知ったことは、信時が山田耕作と並ぶ当時日本を代表する国民的作曲家であったこと、戦時中に第二国歌とまでいわれた「海ゆかば」(万葉集・大伴家持言立)を作曲したこと、昭和15年、皇紀2600年を祝して交声曲「海道東征」(作詞:北原白秋)を発表したこと、それに先立つ大正期に国の在外研究員として2年間ドイツに留学し西洋音楽を学んだこと、後期ロマン派の影響を受けながらも安易に流されることなく自らの音楽性を追及した明治生まれの質実剛健の人であったこと...。
 今年は終戦後60年を経過するひとつの節目の年にあたります。戦時中ラジオで毎日のように「海ゆかば」を聞いてきた世代にとっては、思い出したくない曲なのかもしれません。まさにそういう時代環境の中で生きたが故に、彼の音楽は長く「封印」されてきたようです。
 私はさっそく今年発売されたCD「海ゆかば」を手に入れて聴きました。ネット上に公開されている「海道東征」も聴きました。バッハのコラールを思わせる曲想、賛美歌、レクイエム。彼の生きた時代が悪かった。神話、国家、戦争責任、平和、政治と文化、政治と音楽....非常に複雑な思いがいたします。終戦を境に日本人はものの見方を大きく反転させました。その代わり、何か大切なものを失いもしました。「封印」を解く作業が復古主義や戦争を助長するためであってはなりませんが、隘路に陥りつつある日本の精神文化に道筋をつけるために避けて通れない課題でもあると思います。素直に、冷静に、作曲家・信時潔の再評価を試みたいと思います。
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