心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

「涼しい風」を想う。

2024-08-30 21:59:41 | Weblog

  旧暦「天地始粛」(てんちはじめてさむし)。ようやく暑さが鎮まる時季を言いますが、そうかもしれませんね。お不動さんの境内を歩いていて、何となく「涼しさ」を感じました。そしてふと、前夜読んだ坂村真民さんの言葉を思い出しました。「念ずれば花ひらく」第4章「真実の自己を求めて~一遍との出会い」の「涼しい風」です。(写真は東福寺・霊源院)
一遍の涼しさ
芭蕉の軽み
そこには何か共通したものがある。
前者は私の宗教であり、後者は私の文学である。
いつも五体に感ずるのが、この涼しさなのである。わたしに言わせたら、一遍のすべてが、この涼しさなのである。
 真民さんは若い頃、家族を連れて九州から四国に移るとき、豊後の荒れた海を渡って辿り着いた八幡浜で「何とも言えぬ明るい風が吹いていた。おお、これが仏島四国の風だなあと思った」と綴ります。「涼しい風を吸うて育った人たちは、みな鈴のような、仏心を持つようになるのであろうか。移り住んだ静かな港の町、三瓶という処は、わたしたち一家を心から迎えてくれた」とも。以後、この「涼しさ」という言葉が真民さんの詩の大きな柱の一つになっていきます。それは単に感覚的なものではなく、伊予の国に生まれた一遍を通じてひとつの精神性を表わす言葉でもありました。
では、「涼しい」とはどういう意味?手許の広辞苑を調べてみました。

「ほどよく冷やかである。暑苦しくなくすがすがしい。ひんやりして気持よい」
「物のさまがさわやかである。すっきりしている。澄んで清い」
「心がさわやかである。煩いがない。さっぱりしている」
「いさぎよい」
「厳としたさまである。きっぱりしている」
「潔白である。無関係である」

 
 読んだだけで涼しさを感じます。ねっとり汗がまとわりつく肌、ギスギスした人間関係、そんな空間に何となく「涼しい風」が舞う。心が洗われ、素直に世の中を見通すことができる。そんな気分になります。真民さんの考える「涼しい風」が意味するところは、もっと深いところにあるのでしょうが、私の心の書庫にしっかりと納めました。

 話は変わりますが、今週は、NPOでのお仕事を除いて、さあて、何をしたでしょう?家内が退院して以後、洗濯物や洗い物、お買い物と慣れない仕事に汗を流しました。改めて主婦業の大変さを身をもって体験させていただきました。お隣からはお庭で採れたというボール一杯ものブルーベリーをいただき、ジャムづくりにも挑戦しました。
 この夏は近所に暮らす長女一家が災難でした。お盆の頃に家族で九州に旅行を計画していたのですが、なんと出発2日前に旦那がコロナに罹ってしまい、急遽キャンセル。長男君は修学旅行でドイツに行ってきたし、次男君は私らと神奈川に行ってきましたが、楽しみにしていた家族全員の旅行が台無しになってしまいました。というわけで、先日、一家をお寿司屋さんにお招きし憂さ晴らしのおもてなしをしました(笑)。
 こうして私の「夏」は静かに幕を閉じようとしています。今夜半、近畿地方にやってくるという台風10号が大きな被害をもたらさないことを願っています。

コメント

「夏」の終わりに難あり

2024-08-23 23:19:02 | Weblog

 「処暑」。ようやく暑さの峠を越え、少しずつ過ごしやすくなる時季と言われます。でも来週には台風10号がやってきそうです。久しぶりに関西直撃かも。
 
 それはそうと、新潮社のWEBマガジン「考える人」に連載中の黛まどかさんの「私の同行二人~ふたたびの四国遍路」が8月19日、最終回を迎えました。題して「歩き、無になり、仏性を感じる」。13回にわたったこの連載を、私は、数年前に歩いた四国遍路の旅路を懐かしく思い出しながら読んできました。

 「高知の足摺岬にある第38番札所・金剛福寺に到着。ようやく道半ばではありますが、残り半分、愛媛・香川での遍路について加筆して、2025年1月に書籍化の予定です」とあります。「奇跡の四国遍路」(中公新書)に続く第二段、待ちたいと思います。

 さて、お盆休みに帰ってきた横浜の次男君一家と、先日、大津にある琵琶湖プリンスホテルに行ってきました。連泊したので、ずいぶんゆったりとした時間を親子水入らずで過ごしました。部屋の窓からは湖南の風景が広がり、比叡山を望む、そんな位置にあります。翌日には琵琶湖遊覧船ミシガンに乗って2時間あまり琵琶湖を巡りました。
 今はお手入れもしていない別荘のある湖北・函館山地域とは違い、三井寺や石山寺も近い、そんな湖南域にあたります。この日、比叡山の反対側つまり京都市内は五山の送り火がありました。大津とはそんな位置にあります。
 夕刻には湖畔を散策していて見つけたドイツ料理店Wurzburg -ヴュルツブルク- で楽しい夕食会。美味しいドイツビールを堪能しました。
 帰りに、京都河原町四条界隈に立ち寄りました。次男君が結婚式の二次会を開いたビアレストランで軽く昼食を済ませて帰路につきましたが、ここで一大事。なんと家内が不注意にも道端で転けてしまいました。打ち所悪く、左手首を骨折してしまいました。この歳になると、ちょっとした不注意が大事に至ります。次男君一家が帰った2日後に入院し手術をすることに。明日には退院しますが、その間、久しぶりに独身生活とあいなりました。
 今夏は横浜に行ったり琵琶湖に行ったりで、例年になく飛び回りましたが、最後に難あり。ここ1週間はNPOの繁忙期でもあり、落ち着きのない日々を過ごしました。当分おとなしくしておこうと思います。

コメント (4)

74回目の夏~「念ずれば花ひらく」

2024-08-14 21:48:43 | Weblog

 今夏、74回目の夏を迎えました。50回忌を終えた母より10年も長く生きたことになります。......蝉時雨のなか誰もいない離れの一室で、お昼寝から目覚めて泣く子の様子を見にやってきた母の姿が、ぼんやり浮かんできます。
 先日、京都の下鴨納涼古本祭に行ってきました。立秋を過ぎて心なしか心地よい微風を肌に感じた糺の森は、多くの古本ファンで賑わっていました。
 この日連れて帰ったのは、岡潔著「情緒と創造」、鈴木大拙著「無心ということ」、坂村真民著「念ずれば花ひらく」の3冊でした。同伴の家内は、この歳になってなお料理本とお花の本を何冊か手にしていました。
 「念ずれば花ひらく」。この言葉を刻んだ石碑を、私は八十八カ所歩き遍路の行く先々で目にしました。気にはなっていましたが、その言葉の由来は知りませんでした。
 著者は仏教詩人・坂村真民さん。初めて聞いたお名前です。ウィキペディアによれば「一遍の生き方に共感し、「癒やしの詩人」と言われる」とあります。8歳の頃、父親が急逝したあと、残された5人の子たちは気丈な母のもと、病気ひとつすることなく育ったと言います。「念ずれば花ひらく」は、そんな母にとって自己激励と悲願の念仏でした。

念ずれば
花ひらく
苦しいとき
母がいつも口にしていた
このことばを
わたしもいつのころからか
となえるようになった
そうしてそのたび
わたしの花がふしぎと
ひとつひとつ
ひらいていった

真民さんは言います。この八字十音のありがたさが、本当にわかるようになるまでには、幾多の試練を受けねばならなかった、と。真民さんの詩を愛する人々によって、全国に800基ほどの石碑が建立されていると言います。

 ところで、夜な夜なページをめくりながら気づいたことがあります。この本が活版印刷だったことです。活字の凸凹が微かに見える紙面を懐かしく思いました。
 鉛の活字を拾いながら頁ごとに仕上げていく活版印刷工程を、私は職場の機関紙(広報紙?)の編集を担当していた若い頃、街の印刷屋さんで拝見しました。こちらの身勝手な原稿修正に応えて黙々と活字を拾っていく工員さん、そして部屋に充満するインクの臭い。そんな風景が蘇ってきます。


 話しは変わりますが、今日は梅田の阪神百貨店8階催事場で始まった「夏の阪神中古&廃盤レコード・CDフェス」を覗いてきました。開店早々たくさんのお客さんで賑わっていました。10万枚からお気に入りのレコード5枚を選ぶのにずいぶん時間を要しましたが、お会計には長蛇の列。30分を要しました。古き良き時代を夢見るシニアの方々だけでなく、若者たちの姿が印象的でした。
 このお盆には、横浜の次男君一家がやってきています。つい10日ほど前に三浦海岸で会ったばかりですから、さあてどうしたものか。今日は一日ゆっくりしましたが、明日から二泊三日で琵琶湖のプリンスホテルを予約してクルージング、そして京都水族館を楽しむことにしました。そんなわけで、いつも金曜日に更新するこのブログ、少し早い目に(孫娘が眠ったあとに)更新することにしました。
 そうそう、お嫁さんのお母さんから、私の74歳の誕生を祝してバースデーケーキをいただきました。みんなで美味しくいただきました。
 来週からNPOの仕事が少しバタバタしますが、それまでの間、残り少ない夏をゆったりまったり過ごすことにいたします。

コメント (2)

孫たちと興じた「夏」

2024-08-09 22:08:27 | 旅行

 第37候立秋初候「涼風至」(すずかぜいたる)、見えぬ風にかすかな秋の気配。なんと素晴らしい言葉なんでしょう。まだまだ暑い日が続いているというのに、暦の上では「立秋」を迎え、季節のご挨拶も残暑見舞いに変わりました。

 先週末から3日間、神奈川に出かけてきました。全く雨の降らない日が続いていたので、出がけに庭にたっぷりと散水し、クリスマスローズ等の鉢には、蓋に小さな穴を開けたペットボトルに水を満杯にして土に突き刺すなどの応急処置をしました。
 ところが、天の恵みか、2日目の夕刻に大阪ではゲリラ豪雨があったようでした。3日目には何と、伊丹発の飛行機が激しい雷雨のため、羽田到着が1時間も遅れ、結局1時間半遅れで帰阪することに。家に帰ると庭には草木の元気な姿と対面することができました。やれやれ。

 神奈川旅行の初日は、長男次男一家を交えて総勢11名が三浦海岸のリゾートホテルに集いました。幼稚園児から高1まで5名の孫たちは、海辺に行ったりホテルのプールで遊んだり、元気一杯に走り回っていました。
 お部屋はマンション仕様で、20畳の和室と洋室3室があり、男の孫たちは一室に籠もってゲーム三昧、大人たちは温泉に浸かってひと休みのあと、大宴会でした。
 翌日は、横浜・桜木町まで移動して、まずは駅前からロープウェイに乗って横浜ワールドポーターズ前まで。ショッピングやゲームセンターなどでしばらく時間を潰したあと、大観覧車「コスモクロック21」に乗ってみなとみらい界隈を一望、その後ランドマークタワー界隈を散策し、前回も訪れた鼎泰豐で台湾料理を楽しみました。夕食のあとは、翌日仕事の都合で帰った者を除く7名がホテルにチェックインして一夜を過ごしました。
 最終日は、赤レンガ界隈を散策するなどして、午後には皆と別れましたが、長男を除く家族4名はその日の夕刻にある花火大会を見て帰ることに。なんとも元気なことでした。爺さん婆さんはそこまでお付き合いはできませんので、長女の孫次男君を連れて羽田へ。ドタバタ珍道中は、これにて終了とあいなりました。
 これで、今夏の予定は終了と思いきや、横浜の次男君一家が、お盆にお嫁さんの実家に帰るついでに我が家にやってくることに。暑い夏は、まだまだ続きそうです。かく言う私は、合間をみて恒例の京都・下鴨納涼古本祭を覗いてきます。

コメント

暑い『夏』も何のその!

2024-08-02 15:56:31 | Weblog

 あっと言う間に今年も葉月8月、私の誕生月を迎えました。同じ8月生まれの長女は私の誕生日が出産予定日でしたが、数日遅れで産声を上げました。葉子と名づけました。
 それにしても暑い日が続きます。ここ大阪は連日熱中症警戒アラートが発令され、雨は全く降りません。そんな暑さにもめげず、お爺さんは、京都は東福寺塔頭の勝林寺に「坐禅」に出かけました。何年か前にも一度おじゃましたことがあります。久しぶりに自分の心を「空」にする時間をもちました。姿勢を正し、呼吸を整えていると、先ほどまで聞こえていた蝉の鳴き声がどんどん遠くなっていき、いつの間にか聞こえなくなる。そんな贅沢な時間を過ごしました。 この日は30名ほどの方々がお越しになっていました。時々、住職が両肩に打つピシッという警策の音が静かな部屋に響きます。ここで大きく深呼吸。これからの生き仕方を考えます。
 今週は暑いのに二度も京都に出かけました。今秋開く同窓会の打合せです。河原町のビアレストラン「ミュンヘン」で冷たいビールをいただきながら、先輩たちと企画会議でした。会員の高齢化に伴い遠隔地からの参加者が漸減傾向にあるなか、今回からZoomを利用したオンライン参加を考えました。オンライン講座を受講したことはあっても自ら主宰したことのない私です。大学のネット環境を確認のうえ準備に入ることに。何も知らないのに行き当たりばったりで、ついつい関わってしまう私の悪い癖は直りそうにありません(笑)。
 それにしても、京都は暑い。大阪より2度は高そうです。電車を降りて地上に出た途端とんでもない日差しが待っていました。学生の頃はここまで暑くはなかったように思いますが、地球温暖化の影響は着実に私たちの生活を脅かしています。当然のことながら、鴨川べりに座って話し込む人影はありません。
 その翌日は、水彩画教室春季講座の最終回でした。これまでの画題で描き終えていないものを仕上げます。この日は、手つかずになっていたトスカーナのサンジミニャーノに向かう街角の風景画を取り出しました。壁の色が難しく、先生のご指導を得てなんとか仕上げました。私は今期でこの教室を終え、秋からは京都の教室に通います。

 冷房の効いた夏の昼下がり、パソコンに向かってブログを更新しています。今週はお二人の方からメールやコメントをいただきました。
 お1人は、カナダ在住の畑中さんです。このブログでも何度か紹介させていただきましたが、かつて堂島のワルツ堂でアルバイトをされていた方です。今は亡き中岡教夫さんの思いをカナダで実現されようとしています。トロントで中古のクラシカルレコードの販売を手がけられていますが、市内で唯一の本格的なお店のようで滑り出しは順調のご様子。エールを送りました。
  もう1人は、4年前に投稿した記事「グレン・グールドの世界に魅せられて」にコメントをいただきました。文春新書「初めて語られた科学と生命と言語の秘密」(松岡正剛 津田一郎)をご紹介いただきましたので、先日、四条河原町のジュンク堂書店に涼を求めて立ち寄った際に手に取りました。
 店内の椅子に座って本を開くと、複雑系をテーマにした難しい内容でした。むかし組織改革を手がけていた頃、カオスや自己組織化に関心があって少しだけ齧ったことがありますが、なにせエントロピーや非線形など数学の言葉や考え方が出てくると、文系人間にとってはお手上げです。
 それでも気を取り戻してパラパラ捲っていくと興味深いお話しがちらほら。第7章「『見えないもの』の数学」には、「高次の美しさ、非線形的な世界」という見出しが現れます。難しい数学のお話しは横において読み進むと、グレン・グールドの「ゴルトベルク変奏曲」が登場します。朝永振一郎博士の素粒子のお話しのあとには「世阿弥の複式夢幻能」が登場します。.....この夏は、この難解な新書に挑戦することにしました。さあてどうなることやら(笑)。

 明日から3日間、近所にいる長女宅の孫次男君(小6)を連れて、格安JALパックを利用して神奈川に出かけてきます。東京、横浜にいる長男、次男一家と三浦海岸のリゾートホテルで合流して1泊、総勢11名が集います。翌日は、仕事に支障のない者たち7名で横浜みなとみらい界隈を散策してさらに1泊。孫たちと夏休みを過ごしてきます。

コメント