心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

68回目の夏

2018-08-15 22:42:20 | 古本フェア

 茹だるような暑さがここ数日影をひそめています。まだまだ油断はできませんが、見えぬ風にかすかな秋の気配。立秋を迎えて涼風至(すずかぜいたる)とはよく言ったものです。
 そんな夏の某日、68歳のお誕生日を迎えました。田舎を出て50年。新しい伴侶を得て圧倒的に都会地での生活が長くなったのに、未だに田舎での夏の風景が浮かんでは消えて行きます。多感な時代を過ごしたからなんでしょう。....母が亡くなって40数年、父が亡くなって30数年。この秋には父の33回忌法要があります。
 紆余曲折を経て「今」があります。さあて、どうなんだろう。職を辞して自由の身となって、さてどうする。日本人男性の平均寿命は81.09歳。ならば残りの十数年をいかに生きていくか.......。
   一方、10年前に比べて生産労働人口(15歳~64歳)は134万人も減っています。それを65歳以上の労働者(315万人増)がカバーしているというデータもあります。のうのうと暮らしていてよいのか.....。
 でもねえ、いつまでも規模の拡大を追求していく時代でもありません。今後の人口動態を考えれば現状維持すら危うい時代が目の前に迫っています。今まさに持続可能性の質が問われ、定常化社会の在り様が問われています。そういう意味でのパラダイムシフトが求められているのではないかと......。
 などと、勝手なことを綴っていますが、私自身はリタイアした後、学びの場に首を突っ込んで2年が経ちました。決して高度なお勉強をしているわけではないけれど、ゆったりとした時間と空間に身を置いて時代を鳥瞰する心の豊かさを噛みしめています。時には呑み語らい、時には読書に没頭する。未消化の真新しい言葉が散りばめられた企画書に翻弄された現役時代とは一線を画す毎日です。
 そうそう、先日、京都古書研究会主催の「下鴨納涼古本まつり」に行ってきました。およそ40店舗、80万冊という大規模な古本まつりで、今夏31回目を数えます。配られた内輪を片手に、下鴨神社の糺の森でのんびり品定めと洒落込みました。
 この日手にしたのは、リチャード・シェルダード著「エマソン魂の探求~自然に学び神を感じる思想」(日本教文社)、河合隼雄著「明恵 夢を生きる」(京都松柏社)、そして真鍋俊照著「曼荼羅の美術」(小学館)の三冊でした。
 その夜、目の前に置いた三冊の本を眺めていると、私がいま関心を寄せている領域が手にとるように分かります。「エマソン魂の探求」は、ちょうどいま読み進んでいる稲本正著「ソローと漱石の森」が面白くて、一時期ソローに強い影響を与えたエマソンの人となりを知りたくなりました。
 「明恵 夢を生きる」は、23歳の頃に俗縁を絶った隠遁僧・明恵上人をテーマにしたものです。臨床心理学者の河合隼雄先生がどんなお話しをされるのか興味津々です。
 そして「曼荼羅の美術」は、まさに今お勉強中のNHK講座「マンダラと生きる」の副読本になります。
 「ソローと漱石の森」は、自然文学者にして市民運動家、東洋の思想にも関心を寄せるヘンリー・D・ソローの生きざまを追って、米国マサチューセッツ州ボストン郊外のコンコードを訪ねた著者の思いが綴られています。それと並行して、人間の対象物としての自然(Nature)ではなく人間自身も入り込んだじねん(自然)という視点から、漱石と関わりの深い場所を訪ね歩きながらその心を読み解いていきます。「解は現場にある」という某経営学者の言葉がありますが、そんな著者の姿勢にある種の心地よさを感じながら頁をめくります。

 健康寿命が平均寿命より9歳ほど短いのだとすれば、元気に自立して過ごせる期間はそんなに長くはありません。それを無駄にしない生き方がしたい。健康なうちは極力外に出て歩こう。都会の雑踏のなかですれ違うごく普通の人たちとの出会い、はたまた「歩き遍路」での一期一会の出会いを通じて、これまでとは異なる人の生きざまに触れる。そんなビビッドな生き方ができれば最高です。

 そうそう、ブログ「心の風景」は明日、開設して5000日を経過します。54歳で始めて13年と数カ月、ただただ漫然と綴ってきたこのブログ。さあてどうなんでしょうね。いずれにしても引き続きお付き合いをいただければ幸いです。

追記
  山口県周防大島町で行方不明になっていた2歳の男の子が今朝、ボランティアとして捜索に関わった大分県の尾畠春夫さん(78)に無事保護されたというニュースが飛び込んできました。尾畠さんの温かい「人間愛」と野性的な「勘」、2歳にもかかわらず3日間一人で生き抜いた男の子の「生命力」。忘れかけていた「生きる力」(じねん)を想起させる出来事でした。記事によれば、尾畠さん曰く「学歴もない何もない人間だが、65歳で鮮魚店を辞めて、残りの人生を社会にお返しさせてもらおうと思ってきた」と。ずしりと迫るものがあります。

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