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心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

フランス旅行から帰って3日

2025-05-27 22:48:21 | 旅行

 フランス旅行から帰って3日経ちました。旅行中、ほどよく雨が降ってくれたので、花壇やプランターの草花や野菜は枯れることもなく元気です。今日はさっそくアスパラガスとスナップエンドウを収穫し、ガボチャは立体栽培仕立てに初挑戦です。そして午後には旅行中に開講された懐徳堂講座「変容する能」のオンライン録画を受講しました。
 そうそう、帰った翌日、時差ボケにもめげず中1の孫次男君のピアノ発表会に行ってきました。曲目はなんと人気急上昇中の角野隼人さん編曲「ピアノ協奏曲第1番”蠍火”」でした。スタインウェイのピアノに向かって意外と上手く弾いていてびっくりしました。孫次男君も気づかないうちに成長しています。その後、みんなでランチをいただきましたが、久しぶりに日本料理を堪能しました。 (下の写真はモネの庭園に立つ樹です。画題のひとつですが、最近老木(巨木)が必死に生きようとしている姿に憧れています(^^♪)
 さて、3日も経つと断片的な場面は消えて頭の中が少しずつ整理されていきます。以下、ぼんやり浮かんだことをランダムに綴ってみます。
 まずは大型バスの走行距離がなんと900kmにも及んだこと。その距離、大阪から仙台に匹敵します。四国八十八カ所の歩き遍路(何回かに分けて独りで歩く繋ぎ遍路)でバスには乗り慣れているので苦にはなりません。車窓に流れる北フランスの風景をぼんやり眺めながら過ごしました。 初日に訪れたジヴェルニーでは、モネの邸宅と庭園の入口付近にあったレストランでの昼食で、(訪仏最初の食事だったからかもしれませんが)前菜で運ばれてきた山羊のチーズとフランスパン、そして白ワインの美味しかったことが印象に残っています。
 モン・サン・ミッシェル修道院も印象深いところでした。ノルマンディーとブルターニュの境、サン・マロ湾にある岩山に築かれた修道院は、満ち潮の時は海に浮かび、引き潮の時には自然に現れる陸橋で陸と繋がっていますが、19世紀になって地続きの道路ができ、現在は立派な橋が架かっています。ホテルのある区域とは無料バスが10分おきに運行されていて、観光客が絶えることはありません。
 島に入ると、まずは土産物店が建ち並びます。サン・ピエール教会前にはジャンヌダルク像が建っていました。修道院の入口から一歩一歩階段を登っていく先には、強固な造りの中に光が差す教会、回廊、食事室、迎賓の間、礼拝堂、修道僧の納骨堂が現れます。
 教会の起源は708年、日本では奈良時代の頃です。平安時代に登場する空海は室戸岬の御厨人窟で修行をしているときに悟りを開いたと伝えられていますが、岩と海そして空、そこに人の心が研ぎ澄まされる何かがあるのでしょう。
 話題はがらりと変わってパリ。ルーブル美術館に行って思い出しました。入口付近にあるHotel Du Louverは30年前(正確には29年前になりますが)、仕事の関係で出かけたとき3泊したホテルです。パリ大学やソルボンヌ大学におじゃました中日にルーブル美術館を見て回りましたが、来年から大規模な改修工事が始まるようです。
 当時、ホテルの前にあった新聞売り場で朝日新聞を買ったところ、一面に渥美清逝去の記事が載っていました。3週間にわたる欧州出張の最終日だったので、夜にはオペラ座近くのビルの一画に赤提灯をみつけ居酒屋さんで日本酒を飲んだこともありました(笑)。
 そういえばパリ在住の女性ガイドさんはソルボンヌ大学を卒業された福島出身の方でした。学生時代に添乗員のアルバイトをした経験があり、その後良き伴侶を得ていつの間にか住み着いてしまったとか。案内も分かりやすくパリ愛に溢れたガイドさんでした。そう言えばシチリアに行ったときもそんなガイドさんがいました。
 今回も経費節減のため海外Wi-Fiレンタルはせず、常時「機内モード」に設定し、もっぱらホテルのフリーWiFiに頼りました。必要な地図は事前にMAPで確認してスクリーンショットで保存し、あとはオフラインでも使えるGoogle翻訳を活用しました。会話には使えませんが資料や看板、メニューなどをレンズカメラ機能を使って翻訳してくれます。また、Wi-FiをONにしておけば、公共施設やお店などでFreeWiFiが使える場合は自動的に知らせてくれます。帰途、カタール航空でパリからドーハに向かう際は機内でFreeWiFiが使えて重宝しました。まだ移行の過渡期のようですが、今後どんどん進化していくような気がします。

 今回も往復ともカタール航空でドーハ経由の旅でした。長い長い時間をどう過ごすか。映画を見るか寝るしかありませんが、持って行った能「東北」の謡い(約30分)を何度聞いたことか。
 ところで、リタイア後コロナ期を除いて毎年1回出かけていた海外旅行ですが、パスポートの有効期間があと1年となりました。今回を最後の海外旅行と思って出かけたはずなのに、5年延長するかどうか思案中の老夫婦です(笑)。

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若葉が眩しいフランスを旅する。

2025-05-26 00:03:32 | 旅行

 30年ぶりに北フランスに行ってきました。今回はノルマンディー地方とパリ市内を4泊5日と機内泊を含めて7日間という短い日程でしたが、若葉が萌える5月、印象派の画家たちが描いた風景と重ね合わせながら爽やかな空気感を楽しみました。
 今回のツアー参加者は老若男女18名。大半はシニアの方々でしたが新婚さんや若い方も交じり、みんなで束の間の異国の旅を楽しみました。大型バスに乗って延々と広がる農耕地を眺めながら、機械化が進む農業立国フランスの姿に、ふと農業後継者問題とコメ不足に揺れる日本との違い、明るさのようなものを感じました。
 ドゴール空港到着後まず向かったのは、モネの邸宅と庭園が広がるジヴェルニーでした。昨年、中之島美術館の「モネ展」で聴いた林綾野さんの講演「モネ  ジヴェルニーの庭と食卓」が今回の訪仏のきっかけでもあります。
 邸宅前のお庭では、シャクヤクやアヤメ、フジの花など日本でもよく見かける花を含めて様々な春の花が出迎えてくれました。そして睡蓮の絵で有名な池の周りを散策し、邸宅内の各部屋を見学させていただきました。
 その後、バスはブブロン・オン・オージュ村に立ち寄ったあと、サンマロのホテルへ向かいました。
 二日目は、絵本のような木組みの民家が広がる中世の美しい街と言われるディナンの街を歩いたあと、モン・サン・ミッシェル修道院へ向かいました。708年に司教オベールが岬の先の岩山に聖堂を立てたのが始まりだそうですが、今でも増改築が続いています。英国との百年戦争では不落の強固さを見せつけ軍事建築物ともなり、一時期は監獄として使われた時代もあったとか。今では敬虔な祈りを捧げる聖地になっています。 長い年月をかけて岩山に構築された修道院に向けて長い石階段を登って行きましたが、心配していた右足の具合も支障なく歩き通すことができました。
 三日目は定番のベルサイユ宮殿そしてパリ市内を見学しました。そして四日目はルーブル美術館を見学したあとセーヌ川クルーズを楽しみました。お天気もよくプラタナスの若葉が眩しいパリの街を満喫しました。
 シニアにとっては、要らぬ心配をすることなく現地のガイドさんの説明を聞きながら気楽に観光ができます。適宜自由時間も設定されているので、お店に入ってみたり地下鉄に乗ってみたりとパリ市内をぶらぶら歩きもできました。ほぼ同世代の方々と美味しいワインをいただきながら一期一会の出会いを楽しみもしました。(続きは後日)

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5歳刻みで乗り越えるシニアの健康

2025-05-16 09:13:06 | Weblog

 川越氷川神社の境内に聳えるように立っていた欅の木。その枝ぶりが見事だったのでついカメラに収めました。昨日の絵画教室では、この写真を見ながらアクリル画の3作目にとりかかりました。これから仕上げに入りますが、左利きのため絵筆と絵の具は左側に置いています(笑)。
 さてさて、今週は月曜、火曜と病院通いでした。一つ目は消化器内科で先月半ばにポリープを切除した結果の報告、二つ目は坐骨神経痛に伴う整形外科の診断です。幸い、両方とも問題もなくすんなりと終わりました。あれだけ辛い思いをした右足の痺れと痛みも消え、先生からは「時々薬を飲むのを止めて様子をみてください」というお話しもあり、快癒にむけて着々と進んでいる様子です。
 考えてみると、定期的に病院に通うようになったのは62歳の秋。職場の健康診断で高脂血症の疑いがあるとのことで通い始めたのが私の通院デビューでした。その後、リタイアして71歳になった頃、血圧を抑える薬が加わりました。
 ところが、ボランティアながら運営に深く関わっていたNPOのお仕事を引退した昨年秋の朝、何の予兆もなく全身に痛みを感じて起き上がることができません。慌てて神経内科で診てもらったところ膠原病のひとつリュウマチ性多発筋痛症と診断され、ステロイドの投薬治療が始まりました。薬の威力は凄く翌日には大幅に改善しました。今月初旬の診断時には当初15㎎だった投薬料が7㎎にまで半減しました。
 これで落ち着くかと思いきや、今年2月になって急に右足に痺れと痛みが走り、歩くのが難儀になりました。朝のお散歩も満足にできず初めてステッキのお世話になりました。あれから4カ月、医師の指導でプレガバリンを服用したり腰痛体操に努めたりしました。さらにダメ元でネットで購入した第三類医薬品「七歩之才錠EX」が意外と良く、そうこうするうちに何もなかったかのように痛みが収まりました。つい数カ月前、「わかりやすい能と古典文学」講座の会場に向かうとき最寄駅から200メートルほどの道のりを何度も何度も休みながら歩いたことが嘘のようです。
 レントゲン検査の結果、脊髄の骨が僅かにずれて坐骨神経を刺激し、それが悪さをしているようでした。整形外科の先生曰く「若い頃から少しずつ進捗していたはずですが忙しさにかまけて気づかなったということでしょう。生活環境に何か変化がありましたか」と。そう言えば、昨年の秋、年齢的には相当負荷がかかっていたNPOのお仕事を引退して日々の生活リズムが一転しましたので、言われてみればそうかもと.....。

 先輩諸氏に話しを聴くと、65歳、70歳、75歳、80歳と5歳刻みに身体のどこかが変調をきたし、その都度乗り越えてきたと言います。病気らしい病気をしたことのない私が昨年の秋から急に体調を崩し始めたのは、ひょっとして75歳を前にしての予兆だったのかもしれません。となると、今度は80歳になる頃にどこかが悲鳴を上げるのかも。
 先日、消化器内科の先生から「大腸ポリープができやすい体質のようですから来年もう一度精密検査を受けてはどうですか」と。これに対して私は「毎年癌検診は受けますが、この検査はしたくないので、せめて2年に一回にしてください(^_^;)」と泣き言をいうお爺さんでした(笑)。
 一方、我が奥様は、数次にわたる骨折やら癌摘出やらで入院歴の多い大先輩ですが、長い専業主婦生活もひと段落したので、最近は私と違う大阪のシニア講座に嬉しそうにお出かけしています。最初は嫌がっていたグループLINEにも慣れ、今期は班長さんを引き受けたとか(笑)。老夫婦そろって病院のお世話になりながら、しばらくは楽しいシニアライフを送ることになりそうです。
 お天気も日に日に落ち着き、庭の片隅ではハーブの花が咲き始めました。そろそろハーブティの仕込みをしようと思いますが、ちょっくら旅行にお出かけしますので、しばらくブログの更新も控えます。

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淀川の水の恵みに思いを馳せて

2025-05-12 14:13:36 | Weblog

 1ヶ月後に迫った「いのちの能『水の輪』Noh for SDGs~大阪・関西万博公演」(山本能楽堂&読売新聞社主催)の謡チームの最後のお稽古が5月10日、山本能楽堂でありました。この公演は水の都・大阪から「水の浄化」をテーマに環境問題について考える創作能で、私たちシニア合唱隊200人あまりのほか160人の国内外の子どもたちが水鳥役として参加します。
 この日少し遅れて能楽堂に到着したら超満員で止む無く2階席に座ってのお稽古になりました。観世流能楽師・山本章弘さんのご指導のもと太鼓方のリズムに合わせて本番さながらに練習しましたが、出だしの拍子の取り方がうまく行きません。あとは出たとこ勝負です(笑)。
 会場はEXPOホール「シャインハット」。およそ二千人の観客と一緒に謡いを謳おうという企画で、地謡の方々に混じって我らがコーラス隊が先導しようというものです。6月18日2回公演のうち私は後半(16:30開演)の部に参加します。

 神話の里、斐伊川べりで育った私には、「川」に対してある種の思い入れがあります。人の暮らしに恵みをもたらす川、それは穏やかな表情を見せるときもあれば怒り狂うときもあります......。翌11日には京阪ホールディングスの講座「ぶらり街道めぐり~水の恵み編~」を聴講しました。会場は、大阪と京都のちょうど真ん中、木津川・宇治川・桂川が合流して淀川を形成する背割堤にある「さくらであい館」です。
 自然講座「淀川の攪乱と恵み~近畿の生物多様性ホットスポット~」(大阪公立大学客員研究員で京の川の恵みを活かす会代表・竹門康弘先生)、歴史講座「八幡の水文化~石清水八幡宮を中心に」(京都産業大学教授・鈴木康久先生)の二本立てで、トークセッションを含めて2時間ありました。
 竹門先生からは淀川に棲む天然アユなどの生息が洪水攪乱で形成される土砂の瀬で維持されているという興味深いお話しを、鈴木先生からは江戸期の文献、絵図などをもとに石清水八幡宮と深い関係をもつ八幡の水文化についてお話しをいただきました。
 「さくらであい館」がある淀川三川合流域は背割桜で有名ですが、古来、難波と京の都を繋ぐ交通の要衝で、平安時代には既に乙訓郡大山崎と八幡を結ぶ山崎橋が架けられています。上写真の左側の山の上には石清水八幡宮があり、紀貫之の「土佐日記」にも登場する地域です。
 山本能楽堂の帰りに日本橋のMINTrecordさんで何枚か中古レコードを連れて帰りましたが、今日は、松下真一作曲「交響幻想曲<淀川>」を大阪フィルハーモニー交響楽団(朝比奈隆指揮)の演奏で聴きながらのブログ更新です。
 引き続いて今月末には府立国際会議場で「淀川水系における遊び女と白拍子~淀川が育んだ芸能文化の世界」を聴講する予定です。 
 こうして子どものように淀川が頭から離れない日が続いていますが、今週はお能の週でもあります。明日の「わかりやすい能と古典文学」(講師:観世流能楽師山下あさの先生)は「山姥」がテーマ。明明後日の懐徳堂「能の歴史が動いた「その時」(講師:法政大学教授宮本圭造先生)は「文禄二年禁中能の『松風』」。月2回の謡曲同好会も今週から「小塩」に課題曲が変わります。

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北関東の風景を楽しむ。

2025-05-09 09:46:14 | Weblog

 5月に入って鴨川沿いは納涼床が見える季節になりました。さあて今年はどんな夏になるんでしょう。今日は午後から雨が降りそうなので、雨が降らないうちにブログ更新です。

さて、ゴールデンウイークに孫に会うため上京した「おのぼりさん」は、今回も自由気ままな珍道中となりました。
 東京駅に着くや否や物見遊山で巣鴨地蔵通り商店街に向かいました。おおぜいのお年寄りが行き交い食事処には長蛇の列ができ、ふらり入ったマクドも客の大半は後期高齢者と思しき方々でした。隣に座った見知らぬ客にも気軽に話しかけて来る人懐っこさは東京下町のお年寄りならではでしょうか。
 この日は商店街の中ほどにある高岩寺(とげぬき地蔵尊)をお参りして帰りましたが、近くには
岡倉天心、高村光太郎、二葉亭四迷らが眠る染井霊園があるそうなので、別の機会に雑司ヶ谷霊園を含めて墓参りをしたいと思います。
 今回は急に思い立った旅企画でしたので、子たちの家には泊らず、久しぶりに賑やかな池袋界隈のホテルに連泊して東京の夜を楽しみました。
 二日目は、長男君一家5人を誘って日帰りバスツアーに出かけました。行き先は私には馴染の薄い北関東、群馬と栃木です。名づけて「春の楽園♪世界一美しいふじのはな物語&いちご狩り食べ放題&ベストシーズン!「吹割の滝」&特選牛すき焼きと甘エビ食べ放題!」。
 早朝新宿を出発して、まずは群馬県は沼田市にある農園に向かい、美味しいいちごの食べ放題。「吹割の滝」を散策したあとは特選牛すき焼きと甘エビ食べ放題の昼食です。これには高2、中2、小6の孫たちは満足気でした。その後、栃木県足利市にある「あしかがフラワーパーク」に向かい、広い園内に咲き乱れるフジの花を楽しみました。
 地図の上では理解していたつもりでも、この歳になって埼玉、群馬、栃木の地理感覚が曖昧だった私です。車窓から北関東の風景を眺めていると遠くに残雪輝く山々が見えてきます。山の向こうは信州?それとも新潟?。肥沃な農地が広がり、土地の豊かさを思いました。
 バスツアーは、ゆったり座ったまま効率よく観光スポットを案内してくれるので、「おのぼりさん」にとっては楽な旅のひとつです。でも、この日のツアー客は大半が20代と思しき若者たちだったのには驚きました。それも、大騒ぎするでもなく静かにバス旅を楽しんでいたのは意外でした。
 新宿に戻ったのは夕刻7時を過ぎていました。ビルの谷間から東京都庁のプロジェクトマッピングが垣間見える新宿界隈の食事処で東京の夜景を眺めながら長男君一家と夕食を囲んで楽しい一日は終わりました。

 駆け足で巡った旅行の最終日は、あいにくの雨模様でした。当初横浜の次男君一家とランチをする予定でしたが、孫娘の体調が思わしくなく急遽予定を変更。「おのぼりさん」だけで埼玉県は川越市に向かい、「川越れとろトリップきっぷ」(池袋・川越間および市内の小江戸巡回バス代(乗り放題)+食事代=2400円)をスマホに忍ばせながら、雨の川越観光を楽しみました。
 川越氷川神社をお参りして引いた御御籤は「大吉」。気分を良くしてその足で蔵造りの町並みを散策し、お店や日本の音風景100選「時の鐘」などを見て回り、最後に旅の記念に「夫婦箸」を買って東京駅に向かいました。

 それにしても川越市の観光企画はうまいと思いました。池袋から東武電鉄に乗って30分ほどで川越駅に到着。覗いた観光案内所ではスタッフ4名(うち1名は外人さん)が待ち構えていて、「川越小江戸散策マップ」を元に丁寧に教えてくれました。市内に点在する観光資源を巡回バスで繋いで「面」に仕上げているのもお見事。バス停には要所要所に綺麗なおトイレも設置されていて至れり尽くせりの対応に感心もしました。

 こうして二泊三日の東京旅行はあっと言う間に終わりましたが、元気な爺さん婆さんはこのあと10日後に北フランス旅行に出かけます。なんともお気軽なものです。

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古本祭で連れて帰った5匹目のニッパー君

2025-05-07 10:11:01 | Weblog

 先日、四天王寺の古本祭で書棚の片隅に置いてあった体長6センチほどのニッパー犬を見つけました。1,250円という値札が付いていました。迷わず連れて帰りました。
 ニッパー犬、別名ビクター犬は、企業のトレードマークとして親しまれてきました。以前はレコードのレーベル等でよく見かけましたが、レコードがCDに取って代わられて以後は、見かける機会も少なくなりました。
 そんな9年前、16年間を共に暮らした愛犬ゴンタが亡くなって以降、年齢が年齢ですから最後まで看取る自信もなく4代目のワン君をお連れすることは諦め、その代わりにニッパー犬に思いを寄せるようになりました。街角のアンティークショップや骨董市で見かけるたびに連れて帰るようになり、いま私の部屋には大小5匹のニッパー犬がいます。
 ニッパー犬は映画「His Master's Vice」のモデルになった実在のワン君です。飼い主だったイギリスの風景画家マーク・ヘンリー・バロウドさんが亡くなったあと、引き取った弟の画家フランシス・バロウドさんが、蓄音器に吹き込まれた亡き飼い主マークさんの声を聞かせたところ、不思議そうに蓄音機を覗き込んでいたとか。そんな姿が描かれました。
 ほっとひと息ついたとき、パソコンの横にいるニッパー犬をみながらブログを更新しています(笑)。
 ところで、ブログ「心の風景」をhatenaBlogに引っ越しして以後、gooblogでの投稿ができなかったのですが、とある方から設定変更をすれば投稿が可能とのアドバイスをいただきました。ありがとうございました。残り少ない期間ではありますが、今後はふたつのブログに投稿していきますのので、よろしくお願いします。なお、ブログ「心の風景」は毎週1回、曜日を決めて更新してきましたが、その分テーマが増えると長たらしくなってしまい、ご覧いただく方々に負担を強いているように思います。なので、今後は思いついたときにその都度アップしていくことにします。お気軽に寄り道していただければ幸いです。<m(__)m>
https://ran-coffeebreak.hatenablog.com/

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