食事は、というとこれはまだちゃんと入ってゆく。それから、どんなものが好きか。特に好き嫌いはないが、今はイワシとか、それからアジとか、それから、サバが食べたい。サンマは時期はずれ。イワシは高級魚だが、いつの話しだ、なかなか取れない?。油の値段が上がってイワシだと、商売にならない。ついにイカも取れなくなった。イカ釣りにはお金がかかる。なんとも、こうなると、ニッチもサッチもいかない。自分は大丈夫だ、そう思っているが、いつに大変なことに巻き込まれるか、これはわからない。
眠れますか、そうですね、まー今はおまじないの薬も飲んでいますし、それにある程度多少のことではガタガタしないという、そうゆう風になった気がします。エー、その点は大丈夫です。それ以外に、問題はあるようですが、これは直接自分とは関係ないですから。しょうがないですよね、順番ですし、時代も時代で、そうゆう風になっているんです。
大体お医者さんでは、自分の場合はそうゆうことを話している。話しというものは面白いもので、これに興味があるとなんとなく相槌を打ちたくなるし、さらに一言いいたくもなる、うちの場合はこうなんですよ、エー、何しろ兄弟がみな元気でおられるのです。不思議とか言いようがないですね。なぜか知らないが、皆さんぴんぴんしている。エー、なにかで入院してもすぐにまた帰って来られて。大丈夫なようです。よっぽと長寿の遺伝子をお持ちのようで。
昔のある病院の待合室。これはかなりに昔で、つまり私はその分若かったということになるが、いかにも慎ましやか、というか柔和な顔付きをされていて、しかしある程度年齢を重ねている。同じような方が、またそのとなりに並んで、実にゆったりとしておられる。そうゆう方が、いかような話しをされているのかというと、外に出ることが出来なくなって、というこれまたややこしい話しである。
よくあることで、これは若い方もお歳を召された方も関係なく、外に出られなくて、という悩みを持つ方は多い。ある人は何かの失敗で、これが後を引く。もっとも、大きな地震にあって、となると話しは別でこれによって心身の変調を起こす方は多いはずで、しかし誰もが納得のゆく話しだ。話しは、少し流れが変わるが、こうゆうものも体験してみないとなんともいえないはずで、頭ではわかったつもりだが、実際はかなり違うと思うし・・・。
さて、その外に出られないで、という理由の、わかりやすいのは、お腹の調子だ。これは私も何度も体験して、しかし外に出ない、というところまではいかなかった。この記憶はなかなか消えない。これは時間を待つしかないようだが、本人にとってはかなりにしんどいものだ。さらに、もう少し怖いものもある。そうゆうことを、いかにもニコニコしながら、もう一人の方と話しをされている。聞いていると、自分にも経験があるから、逆にゆうと、そうゆう話しは今は自分は聞かないほうがいいような気もして、しかしこれも一つの経験として、おとなしく、静かにしていた。
なかなか人は達観は出来ないものであって、それが極普通の人であると思う。怖いものは怖い。恐ろしいもは恐ろしい。また、これは直らないのではないか、そうゆう風な感触にもとらわれるが、それは、まだ少し早いのではないか、そうゆう風に心の中で思ったりもした。
これは自分に言い聞かせている。そうゆうつもりで書いているが、ただこれだけを見ても「何のこっちゃ」ということになる。人の悩みは、これはそれぞれで、なかなか共有することはむつかしい。
調子も出ないし、予想外の出来事とで、なんともどうしようもないが、それでも、その正反対の何かで、バランスをとらないといけないと思う。
晴れの日の、アジサイ。ここにあるもの。
ヒメジョオン。ここにあるもので、まだ咲いている。もっとたくさん咲いている、そうゆう空き地もある。
エビの尻尾とか、尾っぽとか書いてきた花。ヒメヒオウギズイセン。漢字で書くと、その意味がわかりそうな、花である。
カメを花の下にして、適当に撮ってみた。まともに写るのは、さすがに少ないッス。
眠れますか、そうですね、まー今はおまじないの薬も飲んでいますし、それにある程度多少のことではガタガタしないという、そうゆう風になった気がします。エー、その点は大丈夫です。それ以外に、問題はあるようですが、これは直接自分とは関係ないですから。しょうがないですよね、順番ですし、時代も時代で、そうゆう風になっているんです。
大体お医者さんでは、自分の場合はそうゆうことを話している。話しというものは面白いもので、これに興味があるとなんとなく相槌を打ちたくなるし、さらに一言いいたくもなる、うちの場合はこうなんですよ、エー、何しろ兄弟がみな元気でおられるのです。不思議とか言いようがないですね。なぜか知らないが、皆さんぴんぴんしている。エー、なにかで入院してもすぐにまた帰って来られて。大丈夫なようです。よっぽと長寿の遺伝子をお持ちのようで。
昔のある病院の待合室。これはかなりに昔で、つまり私はその分若かったということになるが、いかにも慎ましやか、というか柔和な顔付きをされていて、しかしある程度年齢を重ねている。同じような方が、またそのとなりに並んで、実にゆったりとしておられる。そうゆう方が、いかような話しをされているのかというと、外に出ることが出来なくなって、というこれまたややこしい話しである。
よくあることで、これは若い方もお歳を召された方も関係なく、外に出られなくて、という悩みを持つ方は多い。ある人は何かの失敗で、これが後を引く。もっとも、大きな地震にあって、となると話しは別でこれによって心身の変調を起こす方は多いはずで、しかし誰もが納得のゆく話しだ。話しは、少し流れが変わるが、こうゆうものも体験してみないとなんともいえないはずで、頭ではわかったつもりだが、実際はかなり違うと思うし・・・。
さて、その外に出られないで、という理由の、わかりやすいのは、お腹の調子だ。これは私も何度も体験して、しかし外に出ない、というところまではいかなかった。この記憶はなかなか消えない。これは時間を待つしかないようだが、本人にとってはかなりにしんどいものだ。さらに、もう少し怖いものもある。そうゆうことを、いかにもニコニコしながら、もう一人の方と話しをされている。聞いていると、自分にも経験があるから、逆にゆうと、そうゆう話しは今は自分は聞かないほうがいいような気もして、しかしこれも一つの経験として、おとなしく、静かにしていた。
なかなか人は達観は出来ないものであって、それが極普通の人であると思う。怖いものは怖い。恐ろしいもは恐ろしい。また、これは直らないのではないか、そうゆう風な感触にもとらわれるが、それは、まだ少し早いのではないか、そうゆう風に心の中で思ったりもした。
これは自分に言い聞かせている。そうゆうつもりで書いているが、ただこれだけを見ても「何のこっちゃ」ということになる。人の悩みは、これはそれぞれで、なかなか共有することはむつかしい。
調子も出ないし、予想外の出来事とで、なんともどうしようもないが、それでも、その正反対の何かで、バランスをとらないといけないと思う。
晴れの日の、アジサイ。ここにあるもの。
ヒメジョオン。ここにあるもので、まだ咲いている。もっとたくさん咲いている、そうゆう空き地もある。
エビの尻尾とか、尾っぽとか書いてきた花。ヒメヒオウギズイセン。漢字で書くと、その意味がわかりそうな、花である。
カメを花の下にして、適当に撮ってみた。まともに写るのは、さすがに少ないッス。