光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

原始の風景、その一

2010-01-31 19:44:40 | 散策
  ここへの書き込みは、2006年から始まって、その前に公開されない同じようなもの
紹介されて、ブログのようなは始まったから、ブログはまったくの初めてでない、といえ
る。そこは止めた。今でも紹介してくれた人に申し訳ないと思う。それから、いくらか
時間がたって、結構大きな事件、自分にとって、が起こった。父の救急車での搬送という
もので、生まれて初めて救急車に乗ったことになる。それがその後ブログを書くという
一因になったと思う。相当大きいものがあると思う。思った。
  で、しかし、問題はというと、

  私には、父はそう簡単に病気で動けなくなる、意識が混沌となる、という感じはなかっ
た。すでに認知症は進んでいたが、生命の別条というのは、当分ないと信じていて、結果は
そのときもそうだった。彼は、ゾンビのようによみがえるものであって、最初と、2回目
は連続していて、2回目は、2006年のお正月で、しかし彼はやはりゾンビのようで、また
「うち」に帰って来た。昔から、彼は丈夫というか健康で、まずは他の人に負けない、体
力というものがあったようだ。力自慢ではなく、しかし持久力があって、寝なくても大丈
夫でもある、寝ながら食事をして、それでずいぶんと長く勤めというのもやっていて、まっ
たくしかし人に強く当たるということもなく、ほとんど滅私奉公で、
  それゆえ、彼が意識が混沌となることに驚くのである。しかしそれはしばらくして、
なくなったようだが、その「先」は結果だがさほどは長くなかった。このことも今も信じら
れないような気持ちである。

  2008年に三度目の救急があって、そのときはたしかに容態は昔と違った。彼は救急車
の中で意識を回復することはなく、でも、朝早く病院に着いて、そばにはいなかったが、
「痛い」、というもっとも父らしい声を聞いたのが一番元気そうで、しかしその後に彼は
その声の調子を戻さなかった、と思う。彼の声か、というのも疑問が残るが、それが父の
声だ、というのは子供の私がいうから、半分は当たっていると思う。その後、結局彼は
医師のいう通り亡くなった。しかし、亡くなるまで4ヶ月くらいがんばってくれて、最初は
ゾンビだと思ったが、その時間は短かった。いくつかの儀式というものがあると思う。
死に至るまでの儀式。通過儀礼ともいえるかも知れない。そのことに触れたことはない、
と思う。
  最初になんだか暗い話しを書いたが、原始の風景であり、またブログを始めるという
のも、彼の容態の悪化というものがより強い動機にもなったようなので、少しだけ触れた。
これを書かないとなんとなくだがなぜ今があるかがわからない、と思う。

  やっぱりものごとを説明的に書くというのはむつかしい。もっと短く自分の頭の中
で考えられていて、それを現わすと長くなる。

  原始の風景というのはいい大人になって思い出されるもので、それはというと、まっ
たく自分と重なるものがあるが、ある場所を歩いているお母さんとヨチヨチかあるいは
しっかりと歩くことの出来る、子供さんが主人公で、それでどうしたというと、お母さん
は少しぷりぷりして、何か荷物を持っている。で、歩くことの出来る子供はなぜか泣い
ている。泣きじゃくっているようで、お母さんは冷たい。なぜか、それは持ち物からわ
かったようなで、どうもオムツ、というものらしい。なかなかオムツがはずせない、という
のは小さな子供さんを持つお母さんにとって、かなりのストレスであり心配事のようだ。
それをなぜ気にして、その光景を見て複雑な思いをするかというのは、私がそうゆ立場に
いたからで、早い話しがオネショを長くしていた。それゆえ母は結構心配したらしい。もっ
とも、今は母はこのことを忘れていて他のことで私のことをいろいろいう。

  母の立場と、子供の立場というのも理解できて、どっちだというと親に甘えたい子
供が気の毒か、と思う。泣きじゃくりながら歩く姿が滑稽だが、しかし昔の自分という
のをはっきりとさせてくれて、ときどきこの光景を思い出す。オネショがどうゆう風に
して直ったかというのは、私もよくはわからないが、どうにか小学校にゆくまでに直った、
ということだろう。でも、それ以外でというと概してここに書き表わせることはないか
ら、秘密裏というものは多い。

  ダラッとした話題で、今日は現代で今の今日は、外が暖かかった。つまり「いえ」
の中が寒かったのである。それゆえ結構に寒々しい感じで、やらないと始まらないもの
の手をつけ始めたが、いかにもスローモである。もう一年の半分くらい終わったという
感じのする、1月の終りである。
  もう少し付け加えると、さて今日は暖かいからか、これは外の方がいえの中より
暖かく、また外自体も結構暖かく、珍しくはないが、ネコが小走りになるのを見かけた。
何も持たないで、ただ傘だけは持って歩いていたが、こうなると返って気分は楽で何もし
ないでいい気楽さがものをよく見せたりするようで、普段見えないものも見えたりとい
うのがあるのではないか。目的があるとそれは見えない。そのネコは、
  少し前に見た、これはカメさんに写ったが同じ縞々のトラで、でも大きさが一回り
小さく、またかなり神経質な感じもあったから、この前のトラとは違う。その小さな
トラのほうも少し前にやっぱり走っていた。この点が似ている。走るネコ、それも野良
のは、なんだかかわいそうだが、もっともネコらしいという思いもある。ネコは走る、
というのも原始の風景で本能なのだろう。



  いくつかの風景の追加。



  ハクモクレンと思える、蕾。中央測光で蕾の色も出ている。




  キカラスウリの実が、雪で落ちた。その後、その実を見ていると、あま
  り見よいものでもないと思えたが、また気を取り直して、それを撮った。
  タネがあるのが新鮮かな。




  キカラスウリがぶら下がっていた、ナンテンで今はその実も少ないが
  葉っぱの赤い色がいいかも。




  同じところに、フキ(蕗)も出てくる。フキノトウはさすがになかった。




  竹の色。これも中央重点測光だと色の違いまではっきりと出て、
  ものの色の場合は、中央測光がいいようである。




  ここはお寺でもあって、よく出るが、なぜかこのイチョウを撮っていると
  曇りか雨というときに、わずかに太陽の日が漏れた。だから輝いた。




  雪が降らない時間が約二週間あって、雪を知らないサザンカの色は
  鮮やか。


  画像の一枚が重複していて、もう一枚あるはずだが、他のPCにあって
  後から追加します。

  間違いの訂正です。二重に送信しているだけで、全部で7枚で、正しか
  ったです。申しわけありません。

  

人生のんびり

2010-01-31 15:50:14 | 散策
  突然か、「人生のんびり」という言葉を
  座右の銘にしているのがいるのを思い出した。

  学生のときは、たしか一学年か二学年、下で
  しかしそのときから、堂々としていて
  おっさんというか、オヤジの風格があった。

  その後、年賀状をやり取りするくらいしか付き合いはないが
  その年賀葉書きに毎年、「人生のんびり」の印を押してくる。
  それが恐らく20年以上は続いていて、もっとかも知れない。

  さほどのんびり出来ないと思う。だからそうゆう言葉が出る。
  反対に、のんびりしているのは実のところ自分だったりもする。
  それにしては余裕がなさすぎる。

  今日は「いえ」の中より、外のほうが暖かかった。これも
  人生のんびりを示唆しているようで、よかった。


  大空を眺めるの図。




  ほどほどの空。木はカエデ。




  残り雪。イノシシのようである。これは空はなかった。




  虹。




  西に傾く太陽。




  その二。何だか汚いところがある。そういえば寒いから、窓から
  撮っていた。窓越し。



  三様の明るさ。




  朝の、大木。




  日の出のしばらく後、太陽が雲から出た。




  明るさの違いの、妙。
 
  写真は、人生のんびりとは関係がなかったようだ。



夕日と満月

2010-01-31 06:44:32 | 散策


  春らしいかも知れない。
  石の灯籠。


  朝のお天気は、雲の多い晴れ、か曇り。風が少しあって、シルエットの木の枝が揺れている。きのうが満月だった月もまだ沈まず見えている。十六夜の月、と言っていいか。お天気は、晴れだが長続きはしないようだ。
  アメダスの6時の気温、5.0℃。気圧は1020.0hPa、湿度は63%。室温は、7.7℃。
  気温は上がっていて、きっと南風の影響があり、また雲の多い夜というのもありそう。

  きのうは満月、知らなかった。というか忘れた。よく忘れる。で、その前はというと、日が出ていて、まだ沈んでいなかった。夕方の明るさが戻ってきた。日の入りの時刻は、もう午後5時をすぎているかも知れない。赤い夕日が、竹の葉っぱから、漏れてくる。いいような悪いようなで、竹取物語はない。
  それで、夕日がまだ落ちない。北側に残っていた、雪ももう消えるかなど見ていたから、夕日は沈むまで出ていたのだろう。

  よくTVの天気予報を見て、あー雪だとか雨だとかいって、嘆く人がいる。外は明るく、ときに太陽が出ていて、そうゆうことを言う。一言、晴れているだろー、などどうしても言いたくもなるが、もう止めようかと思ったりもする。大体そのような傾向は、私にもあって、夜は雪か曇り、と決めている。
  だからきのうは、満月とか、月が、火星も、地球に近いという、ことをネットで見てから、それで、外を夜空を眺めるということをやった。
  なるほど、満月が東の空高く、煌煌と輝いていた。満月である。たしかに、まあるい。そのさらに左上に、満月の光でもまだ消えない、火星の明るさがあった。火星も今地球に接近していて、もう遠ざかりつつある。お隣さんとの距離の絶対的なものは大した変化はないが、アッチにいったり、こっちに来たりで、明るさが大いに変わる。その火星が明るいことが満月によって説明された。

  先ほどは、見えなかった、満月をすぎた月が少したって、西の空にあった。今日は1月の31日。まだ2月ではない。十六夜の月も2回あったということになるのか。

高尾山に春の色を探したころ

2010-01-30 18:51:26 | 散策
  関東辺りに住んでいて、それで1月も半ばから梅の匂いなど探していた記憶があるが、
ボケの花があって、これの名前を知ったときはあまりいい感じはしなかった。梅とボケの
どっちが早く咲いたか、わからないものがあった。植物園だと、小石川の植物園が近くて、
それゆえ歩いてよくいったと思うが、何しろ当時の入場料は、100円である。でも正直な
感想を言えば、100円の価値があったか、ということもあるし、大学の付属のものでもあった
ので、いわば税金で成り立っている。そこに入るのに、お金かいという気持ちもあって、
しかし、これはどちらかというと、数少ない感想?で、またそこにいって、人が多くて困っ
た、ということはない。静かで、でも歩きまわるという感じはなかった。あっさりと、
辺りを一周出来た。なんだかなー、当時は、20世紀であったから、若かったというのは
あるが。

  他は、電車でいうと、東武東上線、それから西部池袋線、後は京王線を利用すること
が多く、今思うと小田急を利用して、もう少し遠くを巡るべきだった、と後悔している。
これはたしかである。新宿からだと、さほど時間はかからないで、鎌倉辺りまで足を
伸ばせた。もっとも、京浜急行の沿線も魅力的で、しかしやはりよくわからず、乗車した
ことは少ない。
  東武東上線で、川越を過ぎ坂戸で、越生行きに乗り換えて、越生というところにも
わりとよくいった方で、しかし越生の町は、意外と寒かった。越生は梅が有名で、今も
梅祭りというのが行なわれているのだろう。梅園といえば、越生と答える。その先に
黒山三滝というのがあったはずで、そこから逆に奥武蔵の丘陵というか低山にも登ることは
できて、しかしそこに行くのは、池袋線を使い、飯能で乗り換えた。奥武蔵の丘陵から、
越生の梅の淡いもも色が見えて、それはもう4月ころだったと思う。越生に梅を見に行った
のは、早い時期と、どちらかというと遅めの4月の最初。それで、梅はさすがに早い時期は
なかったと思う。ただ歩くのはよかった。

  春の花の色というと黄色で、思い出深いのはサンシュユである。サンシュユは、この
辺りでは滅多に見かけず、しかしこの木もようやくこの辺りで知られるようになったよう
で、見かけることはある。しかし、大木は少ないようだ。それから、ロウバイもその一つ
で、この花というのも結構早く、早春に花を咲かせて、すでに今年のものが出ているよう
だから羨ましい。ロウバイもなかなかこの辺りでは見つからず、先に書いておくと、春の
黄色は、レンギョウかマンサクかというもので、圧倒的にレンギョウが多く、その潅木は
垣にもなるようで、ここにもあるが小さな芽が出始めたばかり。

  高尾山の思い出というのはかなり書いて、でも昔のそれを読み返すということも
少なく、また過去ブログを探すのは結構時間がかかる。時間とともに如何に記憶が変わる
か、という興味もない。高尾山を登るという場合は、どちらかというと、その先の縦走
も考えていたというときが多く、また高尾山で終わってまた降りるときもあった。で、黄
色い花というと、私の場合は高尾のいくつかの山道で、あるいはそれよりも先で、というよ
り、裏道というか、高尾山口から、山に向かわず、ちょっと戻るような感じで、北に向か
い、それから小仏峠へと向かう道で、その春の黄色い花を見た、というのが大部分で、
これの数は印象の割りに少ない。それでいいようである。

  そこの道で、また小さな公園もあって、そこに大きなサンシュユの木があって、しかし
すでに梅の花も咲いてということもあったかも知れない。でも、多分ロウバイは見つけ
られなかった。それよりもサンシュユの見事さがあって、圧倒された。この記憶はかなり
はっきりとしている。無論写真も撮って、それにしては出来栄えはよくはなかったよう
だ。それゆえもう一度、あるいはもっとかも知れない。その道を歩いた。その道はたしか
小仏に通じると思うけれど方向をたしか南に変えれば、これまた高尾山への登山道もあっ
て、こちらにも滝があって、あまり人はいなかった。いい道であって、昔が思い出される
が、今はその道も人の多い状態にあるのではないか。
  高尾山に大雪が降ってというときがあった。このとき、高尾の杉は残念なことにたく
さん倒れてこのとき頂上までいって、頂上から今書いた、小さな滝があった、昔の小仏街道
に下りる道を歩いた。杉が倒れていて通せんぼ、ということあった。いろいろ、思い
出すこともある、昔の高尾山辺りである。


  はるかに時間のたった今、探すのはサンシュユでもまたロウバイでもまたマンサク
でもなく、レンギョウでなくて、タンポポ。
  タンポポのいくつか。




  日の当たる時間、枯れアジサイはまだ残って、いろいろである。




  小さなタンポポ。これは西洋のもの?。かなり寄っている。マクロで、
  1cmまで寄れる、というが。




  その二。小さいなー。




  まだまだ、タンポポを撮ろうという意思は弱く、しかし黄色いものは
  タンポポしかなく、という状況。




  これは色がなかった。咲いた後だろう。いったいにいつに咲いたのか。




  もう、辺りに冠毛もあるのがはっきりとして、そのうちの一つ。
  フワフワしている。




  これは大きいかも知れない。またかなり寄ったかも。




  雪の中にいて、ということか、冠毛も白いのはわかるが、ふんわりと
  していなくて、何に近いか。これは、縮小のみで、全体のイメージ。




  拡大してみる。タンポポのタネ、というのがわかっていて見ていると
  不思議でもないが、突然これは何と聞かれると、なんだかわかるかなー。



平凡な緑葉の明るさ

2010-01-30 16:23:57 | 植物・花(冬)
  気温は、最高が10℃くらい。暖かいといいたいところ。
  ただ風が、そよ風より強く、よって体感気温は
  歩くのにはよかった。早足だと汗が出た。

  きのうより、晴れか雨か曇りかというのがはっきりと
  分かれていて、
  幸いか歩く時間は晴れ。

  晴れていて、出来るだけ春らしい、色の濃い、
  野の花などを撮って来た。大体みな
  平凡なもので、しかし今頃にこうゆうものが出て来てくれるのは
  ありがたいもの。
 
  それまでに、先にもっと近いところで。晴れる時間、を利用して
  木々の緑、というのも見ていて、こちらが先である。
  もっとも凡庸であり、いつもそこにあってしみじみ見ること
  もない。何だか、今頃だけそれを見るというのも自分の身勝手さを
  示しているが、しかしそれを気にする方がおかしいか。




  最初から、石に生えている植物だった。名前もあるはずで、あとは苔。




  これは雪の後遺症か。葉っぱが垂れている。これは折れなかったようだ。




  中央少し右に、白めの棒状のものが3本あるが、これはヤツデの
  花が咲いたあとの状態だと思う。




  中央、左上の辺りは、枝に黒い実がたくさん付いていて、これはこの後
  花が咲くはず?。一年たつとみな忘れるなー。




  葉っぱが柔らかく感じられる。




  ツバキと、青空。




  ツツジが去年の秋か冬かに咲いた。これは他のところでもっと咲いて
  いるのを見て、普通だと思った。
  今も、またふとツツジを見ると、花がある。



目覚ましが鳴るまで、眠る

2010-01-30 06:51:52 | 散策


  雨の、朝は暗いのだが。
  煙は出ている。




  朝のお天気は、雨。楽しい雨ではないが、雨もまたいいか。曇りの予報だが、雨。ただ雨は弱い。風が少しあって、それからさほど寒くはない。予報が曇りだから、もしかして晴れ間もあるだろうし、また気温も上がりそう。少し、ゆるく書いてみる。気分を変えて。
  アメダスの6時の気温、4.3℃。ほどほどである。気圧は1019.7hPa、湿度は79%。雪はない。室温は7℃。きのうはあまり気温が上がらず、室温も上がらずで、朝起きたら、7℃。

  疲れているようで、また眠いようでもあるから、さっさと眠った。すると眠れたようである。気が高揚しすぎても眠れないもので、そうでもないようである。途中目が覚めた。あー長く眠るのも大変で、でもこれも必要があるかもね。それから、少し頭が重い。少しだけ。
  二度か三度起きる、すると。もう少しで起きる時間である。もう眠くはない。少し頭の重みがある。若干、不安というものも増大し始める。あれあれ、朝から、不安が先に頭をもたげた。あまりよろしくはない。あと何分かすれば、目覚ましが鳴る。それまで、眠ることにしようと思う。思いながら、考えた。不安か、不安との共存という手があった。共存か、忘れていた言葉。調和は美しいが、共存は見にくいこともある。しかし、今必要なのは、

  なにかを完全に解消するのではなく、なにかといつも共存することではないか。不安があれば、それと一緒。悩みがあればそれと一緒で、少しよくなれば、それでいい。痛みというのも同じで、そればかり考えていると、結局いい方向へとはいかない。
  そう思い至るなにかはあったが、さて目覚ましは鳴った。

  鳴ったから起きた。

  それで、大金持ちになる、あるいはなった、という書き物があって、そうゆうものは他にもあったなど思いながら、お金持ちになってそれを使うのは大変、という話しを流れるように読んだ。これも、気が楽になるものかどうか。しかし共存でゆくと、お金がなさすぎるというのも、やっぱり大変だ。

イライラ病のいろいろ

2010-01-29 18:51:17 | 散策
  ずっと1時間くらいイライラ病のいろいろ、というのを考えている。イライラしている
と思うからで、それでイライラ病についてどうゆうものがあるかなど考えていると、イラ
イラはなくなるのかも知れない、とも思うのだが、ここまで来た以上書かざるを得ない
であろう。ぼやきでもあって、心身の不調というのもあるが、まずは具体的に並べる必要
がある。これにも、少しイライラする。

  目である。人に目があって、耳もあって、簡単に五感と書いて、ここはごまかす。
その目の異変は、若いころは眼鏡で何とかなった。眼鏡が必要になったのは、これはTVの
見過ぎである。大体これは正しい。しかし眼鏡で何とかなったが、最近の不調もずいぶん
と長く、これは老眼で、眼鏡が合わないというのもあれば、いくら眼鏡を新しくしても
またうまく見えないような感じになる。眼鏡を無数用意は出来ず、どのくらいあればいい
か。これは難問で答えはないと思う。で、思うのは眼鏡の問題ではないのではないか、
というもの。別に眼鏡をはめていて、眼鏡を探すというのはない。
  ただ眼鏡をはずして、特に私は近眼だから、また乱視もあって誉められたものでは
ないが、老眼では、眼鏡なしで近いものは見える。しかし近いという距離は15cmくらい
で例えば薄い冊子、PR誌などの、紙に黒インクでという媒体だと都合がよく、このときは
自分の目にイライラはしないで、内容というか、わからない、理解できない、賛成出来
ない、むつかしすぎるなどの場合、つまり内容が私をイライラさせるが、これはしかし
度量の狭さと言うべきだろう。
  
  イライラの説明もむつかしい。そうゆうことは、考えていてわかってくるのだが、
もっとも目に関してイライラするのは、ものがそこにあってわからない、ということだ
ろう。いろいろなものは必要があってそこにあるので、耳かきだって、さらにルーペだっ
て、それに赤のボールペンだって必要なときがある。だから置いてあって、それが見え
ないのである。どう探しても見つからない。これがものがないから見つからないのか、目
の前にあってわからないのか、自分でもわからない。こうなると、脳の問題となりそう
で、よけいにこんがらがる。そうゆうところまでゆくことは考えずに、もう少しこのもの
が見えない現象について思うと、なぜかそこにある、という瞬間が逆にいうとあるという
ことで、
  これは冷静さの問題かもとも思う。たしかにこれはものを探すということと同じで、
もともと耳でものを探すことはなかった。これは一つのある物体というときのイライラ
でもあって、
  
  それ以外に何があるか。先ほどPR誌のようなものが一番目に負担なく読みやすく、
それゆえ内容に対しての不満があると書いたが、これはそれ以外の、例えばB5判の雑誌と
いうのを見ていると、見えているようでなんにも見えていないような感じ、とそれから
視覚的な不快感があって、それこそB5判の雑誌は多いはずだからこれは困ったことでもあ
る。これを見ているというのは、内容に関係なく、なんだか何が見えているのかわから
ず、また視覚的な不快感、というのがはっきりとして、それゆえ最近は雑誌というのも
買わないことにしている。なんだか残念だが、買わない方が精神的な安心感があるような
で、これは一つは、そうゆう自分の趣味の雑誌など見ていると、どうしても広告も見たり
して、ものが欲しい病というのも出て来るのは必死だから、そうゆうことの予防という
意味もあって、これで雑誌というのは、まったくと言っていいくらい買わないでいる。で、
問題は目のことということ。見え方で、続くが、

  これとは別に、例えばハガキなりを書かないといけない、というのがある。年賀は
がき。これは今のところ問題はないことはないが、なんとか大丈夫で、それ以外だと、
例えばお金をおろすときには、ここは昔のままで、カードを使えなくもないが、紙で書い
て人と対面しつつ、おろすということをやる。これなどはまだいい方で、さて、お金を
振り込まないといけない、というときなどは、書く場所を間違える。これも注意力という
ものもあるが、目力(メヂカラ)がなくなってということも関係しているだろう。ものを
書くというのは、それこそものを読むというときより緊張を強いられるが、そうゆう場合
はまだ限られて、やはり何かを読むというときの不快感、というもの。そのイライラが
甚だしい。どうなってゆくのか、という思いである。

  やっぱり何かを書くというのは大変で、しかしもう書くこともないかも知れないが、
老眼・近眼が進むと、文字のものでなくても、あらゆるものが見えにくく、またどこに
それがある、という問題に到達する。ブログに関係するものだとキーボードの誤打という
のももう当然であって直すのに時間をかなり必要とする。それからカメさんを扱うとどう
してもレンズの汚れ、それから液晶でもそれを感じるが、これは眼鏡をはずさないとわか
らない。つまり裸眼で初めてわかるのだが、さて掃除となると、また眼鏡をはめてはずし
て、はずしてはめてということになる。ブロアとかレンズペンを見る、探すに眼鏡をはめて
レンズを拭いて、もとに掃除道具を戻すときは眼鏡がいる。この野暮ったさ。老眼・近眼
が如何様に不便か。ころっと何かが転がる、それがボールペンのキャップにしろ、転がった
らわからない。手が滑ってコロリンコ。ツルツルの手では引っかかるところなし。あー、
いくら書いても、イライラしてきて、この病は直らない。

 

  単調なものの続く、この鄙の周辺で。
  今日は、空の青色、それからいくらかの緑。こじつけとねじれ。




  ちょうど液晶に三分割の格子線が入るように設定。下側に地平辺りを
  合わせている。




  個人的な思いだとお墓のある方向。この空にしかしあるものはなし。




  空は海のように青く、海は空のように青いかなー。




  学校ですね。




  お地蔵さんの花、その二、を入れて。




  ミステリはないと思う、トラクタの車輪の跡。




  一部水中植物。




  同じ麦畑が続く。でも、ここの田んぼに麦畑は、昔あったという記憶が
  ない。一番新しい画像で、緑に元気なし。




  この雪は、美しいかも知れない。こうゆうものの大きいのが宇宙に
  あって、あるものは太陽の周りを回る。それが「ほうき星」だったり
  もする。



薄春色

2010-01-29 16:10:04 | 散策
  晴れるか、と思うと、もう雨が降る。
  暖かそうで、冷たい風も吹く。
  人工の光の中だと、あまり感じるものもないのだろうが、
  自然光の下でいると、さっと明るくなって、またさっと
  暗くなるというのは、落ち着かないし
  また体にもよくないと思う。
  そのようで、晴れるのか、晴れないのか
  はっきりしろ、と文句の一つも出る。

  気温も3℃と5℃の間で、上がったり下がったり。
  6℃というときもあるようだ。いずれにしても、
  暖かくはなく、また寒いようで、そうでもない。
  落ち着かない、そうゆう一日。

  まったくの春かもと思ったりもする。
  自然も春だが、脳みその方も春だ、
  とかも思いたくもなる。


  夕方の薄い光。青。
  朝方の薄い光、これは灰色。




  その一。




  その二。




  その三。




  その四。ここまでは明るい夕方。

  以下は朝。



  灰色だな。雨は上がったが。




  その二。




  その三。
  お茶のパックを、長く沸騰させていると、つまり最初の、水からパック
  を入れて煮出すと、そのお茶は灰の味がするという、文が「読み物」に
  あって、たしかにその通りだ、と思ったことを思い出す。


また雨

2010-01-29 06:47:57 | 散策


  夜明けがこのくらい暗いとなると、いやだろうな。
  暗くしているので、実際はもっと明るいが。
  日の出の間違いか?。




  朝のお天気は、雨。この雨も先ほどから強くなって、その前は静かな、夜だった。雨は、睡眠障害にはならなかった。でも、今は起きていて、大きな雨の地面をたたく音を聞くと、なんだか気力までなくなってゆくようで、朝からパッとしない。朝からどうゆう天気がいいのか、自分でもわからないが。雨ゆえ、あるいは曇りゆえの暖かさはある。風は弱い。
  アメダスの6時の気温、4.4℃。気圧は1015.2hPa、湿度は94%。室温は、9℃。

  冬型で、雨ということ。朝のTVで、お天気情報を見るが、なるほど太平洋側は晴れ。まったくの好対照。雨がいいか、晴れがいいか。
  少し前、去年くらいだと、雨が降らないとかいって、生き物はかわいそうなど書いた。特に植物、その他小動物、鳥など。それよりも小さい生き物である、微生物となると、雨が多少降らないくらいではどってことないのではないか。植物が一番気の毒で、虫に食われる怖さもある。ところで、その虫というのは雨が好きかどうか。

  ことしは、冬ということもあるが、まずは雪が多い。それゆえ植物は見る影もない。この状態は一体にいつまで続くか。で、もう少し冷静になると、雪、溶けない雪もやがては溶ける。雨がその作用を促すだろう。いいかも知れない。傷付いた植物も雨でその傷を直すかも知れない。そうゆう風に考えると、雨はいいものかも知れず、考えが変わってくる。

  天気情報の前に、NHK-TVでの場合だが、スポーツ情報がある。これがやけに賑やかなので、しばらく見ることにした。スポーツねー、TVでも見ることが少ない。そこを、少し我慢して見てみる。何だかすごいことになっている。それで、NHK-TVのアナウンサも、なんだかキャッキャ、キャッキャ言われるので、なるほどNHKも、変わりつつあるのだな、など思ったりもする。
  しかし、その後のお天気情報への転換は冷静。 

雨のお天気と、忘れ物

2010-01-28 18:45:23 | 植物・花(冬)
  いつのことだったか、傘がないということに気が付いて、記憶をたどると買い物に
いって、そのとき傘立てか?にさして、しかし雨も大したことがなく、それで傘そのものの
記憶も飛んで、それで忘れたのだろう、と思ったことがある。探せば出てくる、と思う
のが普通で、ものはそうは簡単には消えない。雪ではない。雪は消えて、海に戻るが、傘は
そうゆうことはない。
  だから最初は、お店の人にも尋ねた。傘立てになかったからで、しかしその傘立て
はそのころ傘の本数が増えていて、また私の差した傘はなかった。人のものらしい、そう
ゆうものはさすがに気がひけて持ち帰ることも出来ず、それはそのままになったようで、
実は傘は、ここの「うち」の中のほうに仕舞われていて、さすがにそれに気が付いたときは、
誰にもそのことをいえず、黙っていて、ここには書いたかも知れない。あるものはやっぱり
ある。消えないのである。

  それから少し前に、途中で止まってしまって、その続きも書かなかったから、結果から
いうと、同じくなくなった、と思われるメモ、というか、買い物のリストというのは出て来
た。細かくは説明は出来ないが、いろいろな場面があって、しかしそれがなくなる可能性
は極めて薄く、探しに探して、つまりはその原因は自分にあったのだが、マスクをすると
いう可能性があって、でもその必要がなくなって、マスクを元のところに戻したのだが、
同時にそのメモも、そこに置いてあった。
  なんとも奇妙な出来事だが、自分でいうのも何だが、いずれ見つかる可能性があった
にしろ、よく忘れるのが仕事と思える自分の脳が、いくつかの行動を覚えていて、最後に
マスクまでゆくことが出来た、とある意味で感心もしたが、もともと気にする方がおかし
い出来事でもあるから、無駄な時間を使ったともいえる。なんとも複雑で、一方でものは
理由がない限り、なくならないということが証明されて、自分が如何に注意散漫で、また
なぜ、そうゆう紙切れの一枚が惜しいとか思ったのか、これもわからなく、別の言い方を
すると「気に食わない」。何たることという思いである。

  今日は、書いたように午前は結構な雨が降って、それでいていつに止むか気にもして
いたが、特に何か急な、あるいは重要な何かがあるということもなく、しかしバッグの中
に郵便物を詰め込んだのは事実で、これはポストのそばに行けば出せばいいなど、思って
いた。しかし、この郵便物、考えなくても必要だから出すので、出す必要のないものは
出さないのが普通だ。別に懸賞を当てるとかいうものではない。問題は結局はひどい雨で
あって、しかし山勘では今日の雨は止むはずだった。それが止まないから、どうでもいい
か、と思ったのだった。もう結論は出ていて、わざわざ雨の止みそうな感じもあって、歩
いたのだけど、なおかつそうなると、歩く以外に郵便物を出すのが目的の一つにはっきり
となってしまい、そのことも歩きながら、考えていて、しかし、コースを間違えた。高々、
10mくらいゆけばそこにポストがあるが、その方へと行かなかったのである。

  忘れて帰って来た、ということなら、慌てることはなかった。慌てることはないが、
しかし出さないといけない封筒である。この曖昧な考えがいけないか。しかし、どうした
わけか、途中で何と郵便物のことを思い出してしまった。健忘症が歩くことによって
治ってしまったか、血の巡りがよくなったのか、汗の気持ち悪さが、そのことを思い出させ
たのか。いずれにしろ、思い出して忘れ物は気持ちのいいものではない。過去にそうゆう
例が、って書いたばっかし。こうして、しかし問題はなかった、忘れ物で、つまりその
ものはちゃんとバッグにあるのである。
  仕方なしに、もと来た道を戻るような感じで、ポストまでまた歩いた。そうゆうとき
に、何かあるかもと思うのもまた当然だが何もなく、ただ疲れただけであった。でも、
まーそれで、高々5分よけいに歩いたからと言って悪くはない。ポストに封筒を入れると
いうのも結構不安があるものだが、すぐ後からなぜか同じ用の方がいて私はその場所を
譲った。

  なんとも冴えない、話しで、また足もくたびれたが、実際に小指が痛くてよく見ると
赤く腫れているようで、靴ずれかと思う。しょうもない話しを長々と書いたようで、申し
訳なく思っている。





  雪が減ったとわかる図で、面白いのは雪の山の高さがわからない、と
  いうことか。雪より、泥だが。




  座って撮っていて、立ち上がると、もう雪は眼下。




  空を見上げると、なんとも不思議な光景があって、明るいところ
  がようやく、晴れてきたという証拠である。




  灰色の空のイチョウ。




  お地蔵さんの花はいつもきれいだ。




  田んぼに残る雪も少ない。




  雪が溶けて、枯れ草がよみがえる。




  もう生き物でなくなっていて、しかし繊維質のせいか、紙のように
  また重みがなくなると元に戻るようだ。
  ススキの穂とか茎もこの原理で持ち上がるのだろう。




  小さいスイセン、生き物らしさはこれ一つ。