光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

虫が少ないなー

2008-06-06 18:57:57 | 散策
  今頃から、朝が始まるような、明るさと賑やかさが、空に、照らされた地表にある。
  鳥の声がする。カッコウの鳴き声は、少し滑稽ともいえるが、少し前にその鳴き声を聞いて、実物も見た。たしかに、カッコウである。その鳴き声を聞かなくなって、1週間はたった。それ以上たって、またカッコウの鳴き声がする。このことを気にする人はかなり少ないようだ。カッコウの声がする、そうゆうことを聞くことはまずない。小学生が、「ツバメの巣がありますか」という質問をわざわざすることはあるが。そんなもの見ればわかるし、「見てから聞いてちょいだいね」、とも言えないので、ありませんとこたえる。

  それにしても、虫の姿を見ることが少ない。なんか残念である。今年の虫というと、テントウムシは、まーまーかも知れない。割とよく会うが、珍しいものはない。この虫も、暖かくなるとあちこちにいそうであるが、日が強すぎると葉っぱの裏側とか、もう少し奥まったところへ、移動する。ちょっと黄色い、しかし普通種であろう、テントウをムラサキツユクサの葉っぱの中で見つけた。色が黄色だ、これだけでもなんだかありがたい。しかし、すぐに奥まった、あるいは葉の裏の方へと移動して、最後はそこで脚を折りたたんでいる。お休みというか、昼寝。残念だが、「何がだ」とも思うときもあるが、無論そのままであってそこを立ち去る。
  チョウはどうか。チョウチョはいるが、どうもこれをファイルにするまでにいたっていない。特にそうゆう場に遭遇することがまだないからで、それから、チョウの数も少ない。かなり少ないのではないか。アゲハなどももっと飛んでいていいはずだがいない。いても、すぐにどこかに消える。シジミチョウという小さなチョウも、見かけたような気がするが、どこかに止まっているという場に立ち会っていない。セセリチョウもようやく最近になって、ムシトリナデシコの花にいるところを見るがそれにしても少ない。なんでかな。

  新聞の投書欄に、たしか、チャドクガのことが出ていて、これに注意しましょうとあった。このチャドクガはこれはそのとおり危険といっていい毒の針を持つ蛾で、これに触ると大変なことにもなるようである。そのチャドクガのことくらいは、知っておくべきで、しかしその毒蛾をまだ見ることはない。その幼虫も同じように接近しないのが一番であって、さらにツバキやら、庭の大切な木々の葉を食べてしまうから、しかるべき方法で対処しないといけない、そう思う。
  このチャドクガの幼虫は、もう丸2年前になるがここでも発生して、その幼虫がツバキの葉を齧る音がしたものである。まるで、小雨が降っているそうゆう音が晴れているのにしていて、最後にこの音、なかなかあり得ない音であったが、それがチャドクガの葉を食べる音と断定した。かなりの幼虫がいてそれは、やはりあまりに見たくはない。今年は、そのチャドクガは、まだいないか少なめである。

  虫にもいろいろなものがある。腹の虫。お腹が減っても鳴く。腹をたてても鳴く。腹の虫は、いつもピーピーいっている。
  虫が湧く、これは困ったことだ。しかし、詳しくは書けない。
  虫のような心ね、そんなものがあるのか。
  蓼食う虫。なかなか立派。
  泣き虫、これはなんか自分のことを言われているようだ。しかし、昔は泣き虫といわれるといやであったが、最近はなんとも思わない。大体そういわれなくなった。弱虫、これは変化はない。
  ムシムシする。もう少したたないと、こうはならないようだ。

  少し前に、こげ茶、あるいは朱に近い、カメムシが玄関のそばにいた。これはすでに一回、ここに登場した。その虫と同じというものを、きのうも見かけた。玄関のそばで。その朱色が少し薄くなって、色の鮮やかさもなかった。さらに色は、黒くも見え、あるいは灰色がかってなんだかつかれていそうである。しかし、どうしようもなく、その虫を見てそのことを忘れた。


  お菓子のような、フルーツのような実を付ける花がある。



  花もきれい。でも、これは少し遅め。トマトと書いたら一番似ているかなー。その植物、去年はもっとたくさんの花、実も付けていた。




  このお菓子のような花に誘われて、ハナアブがやって来ている。大きさに合わせたものが来るようである。おいしそう。




  別の場所で、このきれいな葉っぱを見付けたが、これがもしかしたら上の、お菓子の花と一緒ではないかと、ふと思えた。そういえば、畑のようなところで、この花を作っているのも見かけた気もするが、いずれにしろなかなか楽しい花であることに間違いはない。

ハナショウブかな。

2008-06-06 16:22:24 | 植物・花(夏)
  お天気は、回復してきた。
  風も少し強かったが、それもゆっくりになりつつある。

  ハナショウブのような花が、咲いている。

  アヤメのシーズンは終わったとすると、残りは、
  ハナショウブか、カキツバタか、ということになると思う。
  カキツバタは、水辺に咲くようで、これを除くと、
  残るのは、ハナショウブ。
  本当のところははっきりはしませんが。




  回りに、たくさん蕾があって、これは咲き始めのもののよう。




  花弁は開いたようである。この色も、まだこれ一つだったと思う。




  みな少しずつ違うようである。

  やはり、アヤメ、ハナショウブ、カキツバタ、その他アヤメ科の花の
  見分け方はむつかしい。

憂鬱なお天気

2008-06-06 07:01:20 | 散策
  朝のお天気、曇り。夜中の雨はあまりひどくはなかった。雨の音も聞こえないくらいで、朝になる。風があって少し強い。木々がときに大いにしなる。アメダスの6時の気温、18.1℃。気圧は、1008.8hPa。室温、20℃。この時期の室温はほとんど変化がない。

  もう朝という時間に、少し足らない、そうゆう時間に目が開いてしまうと、少しムッと来る。こんな時間に、ムニャムニャ考え事をしてどうする、静かに眠るか怖い夢でも、見ていたほうがいいではないか、そう半分で考えるが、如何せんこれもなかなかうまくゆかない。でも、半分はやっぱり眠っているのかなー。
  起きる時間、その時間に起きるが少し頭が重い。きのうの雨がかなりひどかった。多分そのせいだ、そうゆうことにしておこう。やっぱり、晴れ間が恋しいし、それに晴れ、というそのことだけで悩みも心底に潜んでいる、悪魔のようなものも影を潜めるのでないか。

  PR誌のもう一つのものを少しだけ読む。わからない言葉が出る。普通の小型の辞書を使う。そこにない、どうも英語ではなさそうで、これはフランス語か、スペイン語かと思うが、次に見るのは大型の辞書。大辞林。これが重たい。しかしやっぱりこの辞書に、その言葉は、カタカナとして出ていた。こうゆう、極日常には使わない、しかしもう日本語ローマ字として普通に使われている言葉の辞書というのも、探せばあるのかも知れないが、小型のものがあれば便利だと思う。
  その元の言葉の辞書というのも必要だろうけど、ここにはフランス語の辞書がない。仏和辞典はない。ドイツ語は1冊だけあるが、カビが生えている。英語のものは、いくらでもある。しかし、やっぱり使うのは、小型のものだ。これはまーよく使うものだが、相変わらずvulgarやtabooの解説が豊富で、これはつまりは、その要求というか、必要性があるからだろう。学校で使うものにも、こうゆう用例をたくさん載せれば、もっと皆さん辞書を引くなど、ちょっと妙なことも考える。

  こうして、雨の短い時間、むつかしい、あるいは知らない言葉を調べたり、それに少し、ムッと来たり、また、この辞書も好きヤネーなど、感慨を持つ。これがもう何年続いているか、そう思えるだけまだましか、憂鬱にもなる時間の多い今日この頃、それで少し救われる。