光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

揺れ続ける小春日和

2007-11-30 18:51:01 | 散策
  気温が上がって、風も穏やかだった。でも、ある花は揺れ続けて、どうにも止まらなかった。ある状態になると、それは揺れたりするときだが、さらにほかの要因も加わるが、揺れ続けると、人の気分はおかしくなってくるものだが、ポカポカとして、しかし、背の高い、茎の細いものの花は揺れ続けた。でも、やはり止まるときがある。でも、それに気づいたときは、もう揺れている。
  必ず、こちらとあちらの揺れが止まる、そうゆう瞬間があるものだという確信を持っていたが、今回はそれがなかった。こっちの反応のが鈍くなった、そう言った方がいい。そうかも知れない。

  小春日和という言葉は今日のために使っても特に異論はないが、そうゆう感じはしなかったのはなぜか。確かに小春日和だという天気はあるが、その記憶があるが、それに一致しなかったようだ。でも、歩いている限り、そよ風が吹くし、気温もほどほどに上がって、したがってその風で冷たく感じることもない。
  きのう、一昨日が寒かったから、ある程度、体が寒さに慣れたこともある。

  揺れている花は、嫌われ者のセイタカアワダチソウだが、いよいよ、その糸のような、紐のような、髭のような、花が白くなって、これは見ごろだと思った。こうゆう機会を逃すと、その翌日になるとその細いまだ大きくないセイタカアワダチソウも、切り倒されてしまう。すでに、そのものが横にある。セイタカアワダチソウが、クリスマスツリーに似るはずで、そのものをもう一度今年もファイルにしておきたいという気持ちが強い。なんだかこだわりが出てきた。
  もう一つ、もういい加減に飽きられた、フジバカマだが、これもよく考えると似たような花を付けている。その花弁は、やはり白い糸、紐、髭であって、これがやがて変色してゆく。もうかなり変色はした。大根でいうと、漬物にするのにもう少し干しておこう、といった程度である。この変化というものもなかなかいいもので、よって、フジバカマは、秋の最後の最後まで目が離せないのである。

  ちょっと話しは変わるが、ラジオで、協会の方が、気象台がイチョウの落葉を確認した、観察した、という話しをされた。葉っぱが、80パーセント落ちると、そうゆうらしい。ちょっと記憶が怪しいが、開花でも、葉っぱが開いたでもなく、葉っぱが落ちた、つまり落葉という事だろう、その落葉を観察したという。でも、協会の方は、まだまだイチョウの葉っぱは木に付いているものが多い、と言うことをいいたそうであった。私は、すでにすっかり落葉したものを、また、ちょうど真黄色の葉を全体に付けているものを、両方を今日見ていて、確かに、どっちとも言えないとも思った。

  朝の感じだと、山々の峰峰は、神々しく雪を頂いている状態のものは見えると思った。しかし、実際は、雲がさっさとかっかってしまい、期待はずれ。

  その朝の感じ、を瓦で再び表わすと?、



  まずは、赤く紅葉した低木があって、それを少しぼかしてみると、瓦は金色に輝いてしまった。それではと、




  朝の浅い角度から入った太陽光に照らされる、赤い低木に合焦してみた。

  やっぱり、赤い葉っぱがはっきりして、瓦も金で、というのがよさそうであるが、それは欲張りか。

ちょい鉄のレール・0602・03

2007-11-30 16:50:49 | 鉄道
  こんにちは、ちょい鉄のレールです。

  ライトレールの0600形車輌を、順番に並べています。

  今回は、0602、0603です。




  0602です。これは7月かな。
  またまた、大きくしてしまいました。
  四隅に、なにか黒い線が入ってしまいました。
  理由があるのですが、それはまーまーと言うことで。




  0603です。車輌番号ははっきり見えませんが。
  11月21日のものです。これは、この一回切り。  

晴れで、冷えている。

2007-11-30 07:10:41 | 散策
  朝の天気、快晴。風は弱く、穏やか。室温8℃。霜が降りている。
  酸っぱい、やけに酸っぱい金柑をほうばったら、それで半分くらい目が覚めた。
  ついでに、外に出てみて、天頂を眺めると、そこに月があった。なかったら困る。まだ少しお腹が出ている。この月は、月より眺めた地球より、少し綺麗な気もするのは不思議だ。空気が、澄んでいるからか。地球に大気がなかったら、どうゆう風に月から地球が見えるか、考えてみることもなかった。
  霜が降りている。久しぶりの霜である。東のアルプスは、薄明のあとの薄明かり、というのも変だが、のときから、なかなく美しかった。きのうより今日の方が、きっと山々は美しく見える。

  小道でも、幹線道路でもない、そうゆう道を歩いていて、まだ残っている柿の実を見る。かなり残っているものがあって、そこに空腹に耐え切れずヒヨドリがちょっと鋭い鳴き声とともに飛んできて、実をつついている。ここにある柿、その他多くの柿の実はすでにないが、残るものもあってその違いは、木にあるようだが、この柿の実も、鳥が食べないと多分地面に落ちるだけだろう。
  ここの柿はなくなった。で、このあとヒヨドリは何を食べるかというと、モチノキの実である。しかし、よくわからないが、今年のモチノキの実はまだ少ない。去年はやたら多かった。柿の実と反対。そのモチノキの実もあっという間になくなったが、今年は、実自体が少なく、ヒヨドリは困惑している。きのう少し赤くなっているのを見たが、すでにヒヨドリが枝の中に入ってごそごそやっていた。赤い実というと、もうナンテンも赤い。それから、ピラカンサ。だが、これらの実は、たぶんヒヨドリは食べない。

   菊の花で、それも小菊が今年もあちこちの畑で咲いていて、それでも、少し妙なことに、うまく咲かずに、花の数が多すぎるのか、半分咲いて、それで枯れてゆくのがあった。これは私だけが気が付いたわけでなく、育てている方も気が付いて、あっさりと刈り取られてしまった。反対側、ちょっと奥のところには見事に咲いているものもある。寒かったりまた暖かかったり、この妙な気候も、この菊にはよくなかったのだろう。
  7時04分くらいに、稜線から日が出てきて、やけにまぶしい。

気合を入れて

2007-11-29 18:53:56 | 散策
  きのうと同じように、ちょっと冷ための北風がいつのまにか吹いている。
  
  早寝して、ほどほどに眠れて、それでも体の調子は、今ひとつぱっとしない。よくあることである。早寝することに何の抵抗もないので、これは早ければ早いほどいいことになるが、そう言われると、そうゆう訳にもいきませんとなる。やはりほどほどの時間がある。そんなことはいいか。
  眠れないときがある。それはしかし少なく、眠れないときは、どうするか、そうゆうこととは、随分と長く関わっていて、これに対して特に問題もない。それでも眠れなければ、起きているしかない。
  長い睡眠というのも、いいようで、そうゆうことは少ない。水分を多めに摂っているし、眠る前といっても平気でお茶などを、もっとも眠気覚ましの成分は入っていない、色だけと言ってもいい、結構飲む。当然体から、水分は排泄される。そのときは起きる。長く眠っていると、返っていざ起きる時にすっといかないことがある気もする。もっとも、これは私のことで、ぐっすり眠れることはすばらしいことである。

  体がだるい、あるいは風邪を引くような感じがする、こうゆうこともよくある。忙しく、また寝てる時間もないとなると、無論体はだるく、風邪のウイルスも侵入する、しやすい。しかし、ほどほどに眠って、今日は体が”しゃきっ”とした、となればいいが、そうはなかなかいかない。そうゆうことも、この事について書いているのだった、やはりある。これもよくあると言ってもよく、これについてお医者さんと相談するもよく、また、大丈夫、いつものこと、そうゆう感じで、過ごしてゆくのも、一つのやり方である。

  そんでもって、結構だるい、眠っているが疲れが取れないと思いつつ、少し気合を入れて、きのうより本格的に寒さ対策をして、北風の吹く、曇りのお天気の中を歩いた。やっぱり寒い。それで、スタイルは、衣服は新しいのと、昔のと、二つを混ぜた。この組み合わせが、あるい程度使えることもわかった。
  気合というのも、わかりにくいことである。病は気からというし、気は病からともいうから。でも、背筋を伸ばし、目の向きを一定にして、前方に注意して早足で歩くことが出来れば、まー気合は七部方入っていると考えていいのではないか。こうして、特に震えることもなく、少し汗をかいていつものように帰って来た。汗は、きのうもかいた。

  この先の方が難しかった。




  きのうの朝は、しばらくして晴、朝日が瓦に当たる。これが、ただ普通にまぶしく思われるが、この輝きもありだと思う。やはり、人の目ではわからない、まばゆい色があった。
  写真は、横に長く撮っていますが、これを時計回りに90度回転させて、表示してあります。大きくしたいのと、もう一つ、違和感もあった方がよさそうで。



  これも、時計回りに90度回転してあります。木々に当たる光の様子。意識的に、露光時間を短くしています。
  どっちにしても、なんだかわからないというのが、本当ですが。  

ちょい鉄のレール・『しらさぎ』入線

2007-11-29 10:10:09 | 鉄道
  まだまだ、ちょい鉄のレールです。

  特急『しらさぎ』が入線してきます。10分くらい前から、アナウンスがあって、しかしもう、メモリは満杯近い。でも、まーほどほどに撮って、
  それで、ファイルも用意していて、出す踏ん切りがつかなかった。

  糸魚川方面から、ようやく、その白い姿が見えてきた。




  かなり遠いところを撮っています。一体どこにいたのかな。




  ちょっと寂しい前面。


  どうでもいい話しですけど、この写真には写ってはいませんが、ちょっと濃い紺色のスーツに身を包んだ女性の方が、確か二人立っていて、その人がこの『しらさぎ』が、目の前に来たとき、ぺこりとお辞儀をしているようなんですね。
  しばらく考えて、乗務員の方かな、と思った。どうも、そのような気がする。
  駅に入るときは、ちゃんと入場券を購入。で、出るときに、改札にいた方も女性。記念にもらって帰りたいのですが、というと、はいどうぞ、と言ってくれました。なんか、記念のスタンプみたいのもありそうでしたが、それがなかったようで。ちょっと残念。 

ちょい鉄のレール・0601

2007-11-29 09:49:27 | 鉄道
  おはようございます。ちょい鉄のレールです。

  ライトレールの0600形の7編成の車輌の写真がギリギリ、揃いました。
  2編成ずつ、まとめて、新しい写真で出してみます。

  最初は、0601。これには、ブルーリボン賞をとったものあるので、2枚。


 

  これは夏ですね、暑かったこと。0601には何度も会っていて、そのファイルの
  量も多いです。




  ただ、ブルーリボン賞をとって、さらに、輸送人員300万人達成の記念号のファ
  イルは、少なく、こうゆう走っているのが5、6枚あるだけ。  

下弦の月を見ながら

2007-11-29 07:15:12 | 散策
  朝の天気、曇り。南の風が吹いている。窓を開けると、その風が冷たい。室温10.5℃、アメダスの外気温5℃台。

  ゴミだしはイヤではないが、寒そうなのでもう一枚はおることにする。昔のもの。下を見て、落葉がさらさら、コソコソ移動するのがわかる。しかし、これは想像である。下を見なければいけないのは、ところどころに、足がごそっと入る穴があるからで、これは長い間放置されている。自分ことは自分で守らないといけない。
  安全なところはない。が、かなり明るくなって、空にある雲は秋のそれで、その切れ間から、下弦に近い月が出ている。まだお腹は少し出っ張っている。それから、私は寒がりかどうか、ゴミ置き場までの短い時間考えたが、どうもそうでもなく、着ているものが薄いからということもある、と思った。冬も近くなるとそれ相応のものを着ていた。そのはずである。今年は、特に、肌に近いものが夏と変わってないことに気がつく。そうゆうことか。

  金柑が出てくる季節になった。こうゆうものは、なぜか小さいとか、若い時には興味が無いもの、また食べられないもので、しかしあるときに、大して興味もなかった、この種の食べ物を積極的に食べてみたくなる。でも、まだ、虫とかは、そうゆう気にならない。
  金柑は、感じでゆうと柚子に似ている。でも、柚子はこの辺りでもたくさん植わっているが、またここにもあるが、実について書くとなっていない、しかし、金柑の木というのは見たことがない。
  プラスチックの入れ物に入っている、小粒の回転楕円体をしたものをざらざら取り出し、水に浮かべる。多くのものは、沈んでいるが、一つだけ浮いた。一回目に購入したものは、金柑特有の、何とも表現できない味に加えて、酸っぱさと甘みがあった。これは珍しい。今回のものは、甘みはなかった。複雑怪奇な味、それと酸っぱさは一丁前で、顔も少し苦みばしった。まーたくさん食べられるものではない。

  きのう、もう散っているだろうと書いたカエデの葉っぱは、まだまだ残っていた。薄い朝の光にゆらゆら揺れるがまだまだしっかりとくっ付いている。どうも、予想が狂う。これ、植物のほうも、あまりに早く葉っぱを落として、しかしまだ冬はやって来そうにない。そこで慌てて、切り離すのを止めた。そうゆう風にも考えられるわい、勝手なことまた考えて、寒いゴミだしも終了した。

背筋も凍るような北風

2007-11-28 18:54:14 | 散策
  何ともやりきれないお天気である。北風、北風さんはマントを吹き飛ばすまでにはいかないが、ほどほどに吹いて、しばしその風にさらされると、肩が背筋が一遍に痛くなった。この辺りの天候の読みかたも、年齢その他の要因もあるだろうが、晴れで、快晴に近くて、気温は上がっても、この風には縮み上がる怖さがある。

  すでに夕刻に近いが大きな長い雲が、円弧を描いて南西から、南東の空にかかっている。これが、とてつもなく長く、その先は東側は、高峰の峰峰まで、西側は地平に続く長さで、それを境に、空間が見事に分断された。
  日が沈んでそれからの明るさの変化は、一様に早いものだが、その数分の間に見えるものは、月から”地球の出”を見るのと同じくらい、というのは少し大仰かも知れない、引き付けるものがある。幸い北風で、なにが幸いだかわからない、今もガタガタ窓は風で揺れているが、南の方向を建物のなかで見る限り、風は当たらず、しばし見入っている。
  これを動画で記録するというもの、考え方によってはあるとも思う。
  動画の世界が、静止画に進出しているようでもあって、時代は、この辺りは可逆性がある。静止画を動画にしたり、動画を静止画にしたり。でも、やっぱり自分の目で見ているのが、一回だけのものだが、それが一番である。記憶に残ればいい。ディスクに残される今時の記録は、半ば永久に残るような気もするが、これも、そのうち、必要なければ消されてしまう。消してしまうと言った方がいいかも知れない。また、保存形式の問題もあって、それが再生される保証というのもない。
  どうも、背筋というか背中も冷えて、ちょっと痛い、硬直した感じを味わうと、押しなべて物事を悲観的に見てしまうようである。でも、その一部分は当たっている。ディスクの3Gぐらいなら、それに相当する静止画なり、動画を見ようという気にもなるが、その10倍、さらに100倍となると、もうなんにもないのと同じである。今、私の頭にある、その静止画は、2枚で、そのサイズもせいぜい1Mのものである。
  なんだか調子がおかしくなってきたが、これまた日常である。

  風が吹いた。すぐに、体が冷えてくるのがわかって慌てた。そして、またもや、もう葉っぱがなくなるというイチョウを見にいった。ここまでに、2、3分、いや5分くらいかかるかも。




  わずかに残っている葉っぱが見えるが、まー綺麗に散髪された、別な言い方なら、はげあがった、イチョウが出来上がった。

  それから、これはここにあるカエデであるが、これももう少ない葉っぱが最後の輝きを見せているように思えた。



  どうも、綺麗過ぎる気もする。でも、おそらく明日までには、今かも知れない、この葉っぱもきれいに落ちてしまって、長い冬を耐える生活に入ってゆく。そして、また春になると、若葉が、赤子の手のような、が出てくる。この木は、あと50年は生き続ける、そうゆう気がする。 

消えそうで、消えない

2007-11-28 16:43:30 | 散策
  鏡のマジックと書きたいが、




  怪しげな写真であるが、もちろん一枚の、合成したとかではない、写真です。
  それで、この真ん中の電信柱を何とか消してみたい。




  これまた、一枚の写真であるが、中央のぼんやりした影は消えないが、一応電信柱は、消えた、かな。

  この2枚の写真の左側に鏡があって、鏡像が写っています。右側にあるものが左に見えているわけです。鏡の淵がないと、もう少しこの黒い、もやもやは、なくなるはずですが。
  なんか面白いものが出来ないか考えているのですが、これは失敗作でした。

揺れる扉

2007-11-28 07:13:12 | 散策
  朝の天気、曇り。星の見える曇りで、これはもう晴れてきそう。風は弱く、穏やか。室温11℃。
  雲があるので、さほどひどい冷え込みにはならない。このくらいの温度だといくらでも眠れそうで、これもあまり好ましいものではない。よく眠ったというのと、ダラダラ長く眠った、まだ眠いとは、やっぱり違う。

  これを書いている間に、ルータの緑の小さな明かりがピコピコ点滅し、さらにディスクがガタガタ回っている、よくあるのである、のがわかる。新しい、ソフトを守るソフトを入れて、まだまだエラが出っ放しだが、勝手に外とやり取りをしているということは、古いソフトではなかった。この記録も残っているはずだが、それもはっきりつかめないのが悔しいところ。なんか、向こうからこっちが丸見えになっている感じがする。

  で、最初に考えていたこと。記憶に残っていたこと。ガタガタ、と金属製の扉が揺れた。これは地震かとも思った。朝に、地震があったというのを聴いていて、一度あると、似た様なことはゴロゴロ、ゾロゾロ出てくるご時勢だから、また連鎖的、これは個人的な感想、に地震が起こったと思った。2度目、これもかなりガタガタ揺れた、扉は振動して音を出した。おさまってほっとする。しかし、自分の体が揺れた感じはしない。
  それから時間がたって、そういえば地震みたいのがあったはずだがと、ネットお天気を見ると、どうもきのうの地震は出ている。さらに、午前に小さな地震があったことがわかるが、場所が違う。と言うことは、
  これは、かなり波長の長い空気の振動、振動数の少ない音波で、その音波を出している正体は、これは多分ジェット旅客機であろう。高度を下げつつ能登半島の辺りを回転してくるものもあれば、このあたりの上空で旋回するものもある。ちょうど、その時間に一致している。曇りで、雨も降っていて見えないし、エンジン音も聴こえないが。

  もう一度、今度は板戸がガタガタ揺れた。ある気象条件が揃うと、この波長の長い音波は減衰せず、伝わるようだ。これが、それ以外の原因として何かあるか、考えてみるが、どうも思い付かない。これはこれでいいのだが。
  地震はもう結構であるが。