いまの頭に残っている、天気情報に関する数値、あるいはいえの中での、温度計とか、灯油ファンヒーター
のセンサが示している値を思い出すと、いやそんな寒くはないのだな、ということになる。
ということは、実感は寒い、体感はかなり寒い、ということになる。
朝の、真っ暗なときの雷のピカッで、部屋が一瞬昼間になる。これは格別影響していない。もう雷のことも
忘れている。でなにを思い出したか、というと、水泳のことが一つある。寒中水泳でなく、ふつうの水泳。
学校で、体育という授業はあって、これは格別むつかしさはなかった。もともと、教師、一応最後は教授に
なるが、もリッラックスしてくれる時間であっていい、と考えていたと思う。専攻の違う人間の集団で
ただ、男のみ。ただそれに出ないと卒業出来ないのである。その授業で水泳があって、6月だと思うが
検定で、最初はおぼれそうになって、もう一回。次は、OK。補習がある。泳げるようになるために。
あれ、これじゃ、リラックスは出来ないな。
その後は、千葉県は松戸という街に、住むことになった。ようやく就職が決まって、しかし、この先あまり
書けない。でもこの話も何回も書いている。松戸は好きな街だ。ナシ、というと「二十世紀」だが、ここで
たしか見つかった、そういった方がいいと思う。千代田線でもあり、常磐線でもある、そうゆう鉄道がある。
これで、通勤していた。
これについて「そっち」から来ている学校での友人に聞いていた。実際に乗ってみると、特に問題は
なかった。こまごました想い出もかけるが、それも何度も書いていると思う。
で、温水プールに通う前に、この松戸市の市営プールにもいっている。歩いていけるところに、部屋を
借りていた。もちろん、駅が優先だけど。別にプールに興味はなかったが、夏になると暑いので、特に
日曜は、どうゆうわけか暑いので、探したらあったのが、このプール。
監視員という人はもちろんいた。お金ももちろん払った。屋外で、50mプールである。あー、あの冷たい水。
いまもすぐに思い出せるが、夏なので、あがってしばらくすれば、また入ることは出来た。
人、お客さんは非常に少なかったときもあれば、もちろんその反対もあった、と思う。更衣室は込んだ。
なにか、それは持って入ってはいけない、といわれたこと。それが何だったか。タオルだったか。
荷物でもない。もしかして、ゴーグルではないかと思う。違う、メガネ、この可能性が大だ。これだ。
しかし、近眼で、それをはずすと、はっきりといってなにも見えない。メガネをして泳ぐことはない。
しかし、だめといわれた。なんか、損した感じ。
松戸は関東だから、といっても冬はもちろん寒い。水道管も凍ることは、しょっちゅうあった。
松戸もその当時でも、けっこう広く、知らない場所は多い。知っているのは、線である道、それくらい
である。千代田線は、営団地下鉄だな。もちろん、当時だけど。あとは国鉄。
松戸の先が柏で、そのさきは、取手となるが、真ん中があって、放射状に広がる関東の街は、
あまりに広すぎて、ほとんどいっていない。常磐線も、取手まで。成田線にも乗らず、でも名前は忘れた
ぐるりと回ることの出来る線路も出来ていたから、それで、東京の西側にも短い時間でゆけた。
ほかを使って帰ってくるのは大変だった。
冬らしい季節で、寒中水泳のような、水泳の授業。これを思い出して、ということ。
で、ここで、富山地方気象台のアメダス、気温はとなるが、午後1時で、7.6℃。書く前に見ていたが
それでもいま思うと、これでいいとなる。暖かい日が続き過ぎた。ただ、雪はまだいい。
12月05日、きのうのお昼前。
その一。少しだけ、わくわく感はあるが、すぐに雲が出る。
その二。
その三。少し時間はたって、これは外で。あまりにまぶしいので、おさえ目にしている。
その四。ガクアジサイかヤマアジサイで、今年はだめだった。アジサイは、茎の2cmくらいあれば、雪
の中でも、翌年芽は出るが。
その五。常緑、モチノキ。
その六。画像で見ないとわからなかったが、元気そうである。
その七。逆光になる。でも、日の光は強烈で、肉眼ではわからないものが出てくる。
その八。
その九。明るさがあまりない状態で。これは目で見ているのと同じようだが、元画像を見ていると
露光が長く、ブレていた。そこまではわからない。明暗の差があり過ぎた。
多くの場合いえることはというと、はっきりと合焦しているという、小さいフレームが緑に
変わる前に、ボタンを押している。これがだめ。0.2、あるいは0.3秒、これはかなり長く感じるが
待てないとだめ。自分のせいだった。