
■バッハ・インヴェンション第 1番の「 3連符 」がもつ、重い意味■
10.1.15 中村洋子
★本日は、暦では小正月です。
お正月気分も、完全に抜けるころですが、皆さまから頂きました
年賀状のなかに、「先生のアナリーゼ講座の後、その曲が、
とても好きになります」という、一言が添えられていました。
私にとって、最もうれしい言葉です。
★1月26日からの「平均律アナリーゼ講座」の、準備のために、
もう一度、「インヴェンション」を、見直しております。
一般的には「インヴェンション」を、終えてから、
「平均律」に入る方が多いと、思われますが、
バッハは、「平均律」を作曲した後、その「 要約 」として、
「 インヴェンション 」を創作した、と私は感じております。
★それだけに、「 インヴェンション 」の 1曲 1曲は、
重い意味をもっていますが、特に、
「 1番」はその根幹を成す、重要な曲です。
★この有名な、「 ド レ ミ、ファー レ、 ミー ド 」で始まる
テーマの、「 ファー レ 」を「 ファ・ミ・レ 」の 3連符に、
「 ミード 」を、「 ミ・レ・ド 」の 3連符にしている楽譜も、
ご覧になったことがあると、思います。
★どちらで弾くべきか、という疑問が、当然出てくると思います。
バッハの「自筆符」を見ますと、もともとは「 ファーレ、ミード 」と、
大きく力強く書いてあり、後から、小さく 3連符の真ん中の音である
「 ファ・ミ・レ 」の「 ミ 」と、「 ミ・レ・ド 」の「 レ 」が、
小さく、書き足してあります。
★この「 1番」に現れる、すべての「 3連符」は、
後から、書き足されています。
もし、バッハが、必ず「 3連符」で弾かなければいけないと、
思っていたならば、このような書き方ではなく、
「 3連符」の 3つの音を、同格に扱った書き方、
つまり、3つとも、大きく太く書いていたはずです。
★おそらく、バッハは、息子やお弟子さんが、
クラヴィーア(鍵盤楽器)の、練習をする際、
より高度な練習曲として、「 3連符」を書き加えたと思います。
皆さまが、ご自分で弾いたり、お教えになる際、
どちらで弾いても、お好きなほうで弾かれるといいでしょう。
★この「 3連符」を、装飾音の一種と考えることも可能ですが、
装飾音ならば、なぜ、几帳面に自筆符に書き込んだか、
という疑問が、出てきます。
★ 6小節目の上声 3拍目「 レシドレソ 」という旋律の、
「 シド 」が、32分音符になっています。
この「 1番 」で、 32分音符が現れるのは、ここだけです。
私の作曲の師、池内友次郎先生が「大作曲家の作品には、
準備されないで、突然、予想外の新しい要素が、
出現することがあり、バッハやシューマンに、
よくそれが見られます」と、お話されていたことを、思い出します。
★この32分音符が現れた後、「 レシドレソ 」の、
「 ソ 」の音は、下声に対して並達(直行) 5度の関係にあり、
「対位法」の教科書では、禁じられている進行です。
禁止の理由は、とても固い響きがするためです。
皆さまも是非、ここをピアノで確かめてください。
ここは、そこに至るまでの対位法上、調和した響きではなく、
孤立して目立っていますが、心が解放されるような瞬間です。
そこに、バッハは、第 1部である 6小節の頂点をもってきました。
そして、次ぎの 7小節目から、新しい第 2部を始めます。
★バッハは、あえて、不協和な和音を作ったり、
意図的に、対位法の禁則を犯し、その結果として、
たぐい稀な「傑作」を作っていきました。
この「 1番」は、そのいい具体例と、いえましょう。
そのような規則破りをしたバッハは、非難されました。
即ち、自分たちの作った小さな規則の枠内に安住し、
そこからはみ出すことを認めず、それに従わないものを、排除する、
そういうことは、当時もいまも、変わらないでしょう。
★この「 インヴェンション 1番 」6小節目の、
「32分音符」は、唐突に、出現します。
しかし、本当に、準備されない予想外な音だったのでしょうか。
1小節目の「ファミレ」「ミレド」の「 3連符」は、
3度の順次進行下行形ですが、これは、6小節目の「 シドレ 」の、
3度の順次進行上行形と、対応した形になっています。
さらに言いますと、主題の頭部「 ドレミ 」は、
3度の順次進行上行形ですから、この「 ドレミ 」から、
「 3連符」や「 32分音符」の、 3度の順次進行 が、
紡ぎだされていったことが、よく分かります。
バッハの周到な、設計図が見て取れます。
★即ち、これは、クラヴィーアの練習曲であると同時に、
作曲の「 モティーフ展開 」の方法を、教授するための
「 3連符 」でもあったのです。
★この 3連符が、唯一、上声と下声の両声で、
同時に、奏されるところは、13小節目の 4拍目です。
これも、第2部の頂点である 14小節の直前に、位置します。
そして、15小節目から、第3部が始まります。
★「シンフォニア1番」にも、実は、同じ 6小節目 4拍目 上声に、
たった 1ヶ所ですが、32分音符が、現れます。
「 ラシ 」という 32分音符が、 7小節目の「 ド 」につながります。
即ち、「 ラシド 」という 3度の順次進行上行形が、
ここでも、形作られるのです。
「シンフォニア 1番」のテーマは、第 1小節上声で、
「 ソラシ 」という、 3度の順次進行上行形で始まりますが、
この主題も、上記のモティーフ展開の一環として、
創作されています。
★さらに、これを「平均律クラヴィーア曲集第 1巻 1番」に、
どうつなげていくか、それを、 26日の第 1回平均律講座で、
お話いたします。
★冒頭のお年賀状の方が、おっしゃいますように、
それを、干からびた知識ではなく、バッハが、
どのように弾いて欲しい、と思って作曲したか、
バッハの音楽を、どのように楽しむか、
というところまで、お伝えできることを願っております。
(蝋梅の蕾)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
10.1.15 中村洋子
★本日は、暦では小正月です。
お正月気分も、完全に抜けるころですが、皆さまから頂きました
年賀状のなかに、「先生のアナリーゼ講座の後、その曲が、
とても好きになります」という、一言が添えられていました。
私にとって、最もうれしい言葉です。
★1月26日からの「平均律アナリーゼ講座」の、準備のために、
もう一度、「インヴェンション」を、見直しております。
一般的には「インヴェンション」を、終えてから、
「平均律」に入る方が多いと、思われますが、
バッハは、「平均律」を作曲した後、その「 要約 」として、
「 インヴェンション 」を創作した、と私は感じております。
★それだけに、「 インヴェンション 」の 1曲 1曲は、
重い意味をもっていますが、特に、
「 1番」はその根幹を成す、重要な曲です。
★この有名な、「 ド レ ミ、ファー レ、 ミー ド 」で始まる
テーマの、「 ファー レ 」を「 ファ・ミ・レ 」の 3連符に、
「 ミード 」を、「 ミ・レ・ド 」の 3連符にしている楽譜も、
ご覧になったことがあると、思います。
★どちらで弾くべきか、という疑問が、当然出てくると思います。
バッハの「自筆符」を見ますと、もともとは「 ファーレ、ミード 」と、
大きく力強く書いてあり、後から、小さく 3連符の真ん中の音である
「 ファ・ミ・レ 」の「 ミ 」と、「 ミ・レ・ド 」の「 レ 」が、
小さく、書き足してあります。
★この「 1番」に現れる、すべての「 3連符」は、
後から、書き足されています。
もし、バッハが、必ず「 3連符」で弾かなければいけないと、
思っていたならば、このような書き方ではなく、
「 3連符」の 3つの音を、同格に扱った書き方、
つまり、3つとも、大きく太く書いていたはずです。
★おそらく、バッハは、息子やお弟子さんが、
クラヴィーア(鍵盤楽器)の、練習をする際、
より高度な練習曲として、「 3連符」を書き加えたと思います。
皆さまが、ご自分で弾いたり、お教えになる際、
どちらで弾いても、お好きなほうで弾かれるといいでしょう。
★この「 3連符」を、装飾音の一種と考えることも可能ですが、
装飾音ならば、なぜ、几帳面に自筆符に書き込んだか、
という疑問が、出てきます。
★ 6小節目の上声 3拍目「 レシドレソ 」という旋律の、
「 シド 」が、32分音符になっています。
この「 1番 」で、 32分音符が現れるのは、ここだけです。
私の作曲の師、池内友次郎先生が「大作曲家の作品には、
準備されないで、突然、予想外の新しい要素が、
出現することがあり、バッハやシューマンに、
よくそれが見られます」と、お話されていたことを、思い出します。
★この32分音符が現れた後、「 レシドレソ 」の、
「 ソ 」の音は、下声に対して並達(直行) 5度の関係にあり、
「対位法」の教科書では、禁じられている進行です。
禁止の理由は、とても固い響きがするためです。
皆さまも是非、ここをピアノで確かめてください。
ここは、そこに至るまでの対位法上、調和した響きではなく、
孤立して目立っていますが、心が解放されるような瞬間です。
そこに、バッハは、第 1部である 6小節の頂点をもってきました。
そして、次ぎの 7小節目から、新しい第 2部を始めます。
★バッハは、あえて、不協和な和音を作ったり、
意図的に、対位法の禁則を犯し、その結果として、
たぐい稀な「傑作」を作っていきました。
この「 1番」は、そのいい具体例と、いえましょう。
そのような規則破りをしたバッハは、非難されました。
即ち、自分たちの作った小さな規則の枠内に安住し、
そこからはみ出すことを認めず、それに従わないものを、排除する、
そういうことは、当時もいまも、変わらないでしょう。
★この「 インヴェンション 1番 」6小節目の、
「32分音符」は、唐突に、出現します。
しかし、本当に、準備されない予想外な音だったのでしょうか。
1小節目の「ファミレ」「ミレド」の「 3連符」は、
3度の順次進行下行形ですが、これは、6小節目の「 シドレ 」の、
3度の順次進行上行形と、対応した形になっています。
さらに言いますと、主題の頭部「 ドレミ 」は、
3度の順次進行上行形ですから、この「 ドレミ 」から、
「 3連符」や「 32分音符」の、 3度の順次進行 が、
紡ぎだされていったことが、よく分かります。
バッハの周到な、設計図が見て取れます。
★即ち、これは、クラヴィーアの練習曲であると同時に、
作曲の「 モティーフ展開 」の方法を、教授するための
「 3連符 」でもあったのです。
★この 3連符が、唯一、上声と下声の両声で、
同時に、奏されるところは、13小節目の 4拍目です。
これも、第2部の頂点である 14小節の直前に、位置します。
そして、15小節目から、第3部が始まります。
★「シンフォニア1番」にも、実は、同じ 6小節目 4拍目 上声に、
たった 1ヶ所ですが、32分音符が、現れます。
「 ラシ 」という 32分音符が、 7小節目の「 ド 」につながります。
即ち、「 ラシド 」という 3度の順次進行上行形が、
ここでも、形作られるのです。
「シンフォニア 1番」のテーマは、第 1小節上声で、
「 ソラシ 」という、 3度の順次進行上行形で始まりますが、
この主題も、上記のモティーフ展開の一環として、
創作されています。
★さらに、これを「平均律クラヴィーア曲集第 1巻 1番」に、
どうつなげていくか、それを、 26日の第 1回平均律講座で、
お話いたします。
★冒頭のお年賀状の方が、おっしゃいますように、
それを、干からびた知識ではなく、バッハが、
どのように弾いて欲しい、と思って作曲したか、
バッハの音楽を、どのように楽しむか、
というところまで、お伝えできることを願っております。
(蝋梅の蕾)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲