音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■弾き初め、聴き初め、シューベルトの Crescendo ■

2010-01-07 00:21:38 | ■私のアナリーゼ講座■
■「弾き初め」、「聴き初め」、シューベルトの「 Crescendo 」■
                  10.1.7 中村洋子


★新年、明けまして、おめでとうございます。

「書初め」のように、新年初めての、お目出たい「弾き初め」や、

「聴き初め」を、皆様は、どの曲でなさいましたか。


★私の CDの 「聴き初め」は、今春に発表いたします、

私の作曲しました 「無伴奏チェロ組曲2番、3番」の、

マスタリング途中のCD-Rを、元旦に、聴くことでした。

2枚目のCDは、エドウィン・フィッシャーのピアノ、

フルトヴェングラー指揮 フィルハーモニア管弦楽団による、

ベートーヴェン作曲 「ピアノ協奏曲第5番 Op.73 皇帝」でした。


★一枚目は、ベッチャー先生の素晴らしい演奏。

二枚目は、本当に人類の宝物のような作品と、演奏です。

清々しい、聴き初めでした。


★「弾き初め」は、当然ですが「平均律クラヴィーア曲集」

第 1巻 1番のプレリュードとフーガを、

心を込めて、元旦に弾きました。


★1月26日に、カワイ表参道「パウゼ」で、開催いたします、

「平均律クラヴィーア曲集・アナリーゼ講座」で、扱う曲です。

既に、たくさんの皆さまから、ご予約いただいていますが、

なかには、「平均律は難しいのでは?」と不安を訴えられる、

お問い合わせも、かなりあるようです。


★「平均律」に関する、出版物や解説本を眺めますと、

私でさえ、逃げ出したくなるような、難解な怖い曲であるかのように、

書かれている、という印象もあります。


★バッハの「マタイ受難曲」の、ドイツ語歌詞は、

多少、古いドイツ語であるようですが、現代でも、

一般のドイツ人なら、誰が聴いていも、本当によく分かり、

力強い言葉で、書かれているそうです。


★ところが、それを、CDなどの解説に付いている、

日本語訳で読みますと、どの時代の日本語なのか不明な、

文語体になっている場合が多く、その結果、

難解で、もったいぶった、不思議な日本語となっています。


★ドイツ語に親しんでいない方でしたら、

バッハの「マタイ受難曲」は、さぞかし難しく書かれていると、

想像されてしまうことでしょう。


★「平均律クラヴィーア曲集」も、これと同じことが言えるようです。

バッハの音楽に素直に、飛び込んでみれば、何も難しいことはありません。

もし、難しいところがあったとしますと、難しいところは、分かりやすく、

分かりやすい部分は、さらに深く理解することを目指したいと、思います。


★弾き初めの2曲目は、シューベルトの「即興曲」

D.935 ( Op.post.142 )Nr.2 でした。

昨年、たまたま聴いていましたラジオの音楽番組で、

この「即興曲集」を「心のおもむくまま、即興的に作曲した曲集」と、

解説していました。

また、日本で出版されている楽譜にも、

そのように書かれている本も、あります。


★シューベルトが残した、この即興曲の「手書き譜」を見ますと、

最初の16小節を、斜線で抹消しています。

その後、あたかも“即興”で、書いたかのように見える

現在の決定稿に、書き直しています。

これにより、さらさらと自然に流れ、“即興”と思わせるような、

旋律の運びを、獲得しています。


★晩年のシューベルトの作曲技法の妙味が、この16小節から、

大変によく、味わえます。


★さらに、重要なことは、7小節目の「 crescendo 」の扱い方です。

現在の実用譜では、1拍目から2拍目にかけて 「 crescendo 」、

3拍目から7小節目の終わりまで「 diminuendo 」に、なっています。


★ところが、シューベルトの「手書き譜」では、

「 crescendo 」が、1拍目から3拍目まで、大きく伸びており、

驚くべきことに、その「 crescendo 」の記号のなかに、

2拍目から3拍目にかけて、「 diminuendo 」記号を、

小さく、押し込むように、書き加えています。


★そして、3拍目から、7小節と8小節を区切る小節線を突き抜け、

8小節目の最初の音まで、新たに「 diminuendo 」を、書いています。

これは、シューベルトを弾くうえで、とても、重要なヒントとなります。


★シューベルトの書いた「 crescendo 」は、聴いている人にとって、

≪「 crescendo 」と聴こえるように≫という、指示なのです。

しかし、3拍子のこの曲の1拍目よりも、2拍目の音を、

強く弾いた場合、「 crescendo 」に聴こえないばかりか、

3拍子そのものを、損なってしまいます。


★このため、弾く場合、≪1拍目より、2拍目を弱くする≫という指示が、

この「押し込められた diminuendo 」の意味です。

そして、3拍目に頂点をもっていき、8小節目の1拍目まで、

「 diminuendo 」します。


★「 crescendo 」の表示は、聴いている人にとって、

「 crescendo 」に聴こえるように、弾くことです。

しかし、演奏する際には、「 crescendo 」記号が付された

部分の音を、≪段々と強くしていくことでは、ないんだよ≫という、

気持ちを込めて、このような変則的な表記を、

シューベルトが、書き残したのでしょう。


★バッハの「平均律アナリーゼ講座」では、

このシューベルトの「crescendo」 のような「効果」を、

出そうとする場合、どのように弾けばよいか、

具体的に、お話していきたいと、思います。


                            (龍の髭の実)
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