■Beethoven弦楽四重奏a-Moll Opus 132に見る、真正の対位法 ■
2012.4.6 中村洋子
★新年度が、始まりました。
例年にない寒さで、桜の花も遅れ、鴬やメジロのさえずりも、
心なしか、少ないようです。
4月1日は、福島でかなりの大地震、
3日には、全国で春の大嵐が吹き荒れ、
穏やかな幕開けとは、いきません。
★このところ多忙で、ブログ更新が遅れていました。
最近、Wolfgang Boettcher ベッチャー先生を見習い、
テレビを “ 捨てました ” 。
テレビから、解放されましたお陰で、
伸び伸びと、日々を、過ごせるようになりました。
★近頃は、Barylli Quartet バリリ弦楽四重奏団で、
Beethoven ベートーヴェン (1770~ 1827) の、
Streich quartett a-Moll Opus 132
弦楽四重奏 15番 イ短調 作品132 を、聴きながら、
Beethoven の 「 自筆譜 」 を、読み込むという、
至福の時を、過ごしております。
★この曲は、Beethoven が1824年、54歳で書き始め、
翌年7月に、完成しています。
亡くなる2年前です。
★自筆譜は、72枚の紙の裏表に書かれています。
空白もありますので、全138ページです。
大きさは、B4サイズより、若干小さめで、横長です。
余白が大きく、ゆったりと書かれています。
Frédéric Chopin ショパン (1810~1849) の自筆譜は、
B5サイズに入るほどの 小さいものが、ほとんどです。
対照的です。
★各ページは、2段構成です。
第 1pageを見てみますと、 1 ~ 4小節が 1段目、
5 ~ 9小節が、 2段目となっています。
8小節目までは、 Assai Sostenuto
アッサイ ソステヌートの指示があります。
★しかし、 1page最後の 9小節目は、 「 Allegro 」 に、
テンポが変更されています。
Beethoven が、 1 ~ 8小節目までを 「 序奏 」 と、
位置付けていることが、分かります。
★Beethoven は、 「 序奏 」 の中に、
その曲全体のエッセンスを、凝縮しているのです。
★ 1小節目は、チェロ独奏で、 2分音符 Gis ( ひらがな 嬰と音 )、
A ( ひらがな い音 ) が 流れ、
2小節目は、チェロの f ( かたかな ヘ音 )、e ( かたかな ホ音 ) に、
ヴィオラやヴァイオリンが、かぶさってきます。
★この4つの音 「 ソ♯、ラ、ファ、ミ 」 が、
Opus 132 の、すべてを支配している Motiv です。
チェロは、 3、 4小節では、休止しています。
★この 4つの音に、Beethovenが記入した
「 slur スラー 」 を見てみます。
「Gis 」 の符頭の真上から、始まっていますが、
4番目 「 e音 」 の符頭を、飛び越し、
2小節と 3小節を区切る 「 小節線 」 に向け、
たなびく雲のように、引き延ばされています。
★チェロの音は、打鍵したピアノのように減退しませんから、
当然、 2小節目が終わる部分、つまり小節線まで、
弓で弦を擦って、音を出し続けます。
その際のslur スラー の書き方ですが、通常は、スラーが終わる
フレーズの最後の符頭の上で、スラーの線を明確に止めます。
この曲の自筆譜でも、そのような書き方は、たくさんあります。
★しかし、この 2小節目の slur スラー の終わり方は、
意図的に、雲がたなびくかのように曖昧に、
どこで終わっているのか、はっきり分からないように、
ぼかすように記されています。
★その意図は、3、 4小節で、チェロは音を出してはいないが、
「 音楽は続いているよ!、その音楽を、集中して聴き取り、
5小節目につなげなさい!」
という、Beethoven の声と、受け取るべきでしょう。
★5、 6小節目では、チェロはどのような音楽を奏するのでしょうか?
5小節目は 「 f - e 」 、6小節目は 「 Gis - A 」 です。
そうです、 1、 2小節目の 「 Gis - A 」 「 f -e 」 が、
入れ替わっているのです。
★まとめますと、
1小節目 : Gis - A
2小節目 : f - e
3小節目 : 休止
4小節目 : 休止
5小節目 : f - e
6小節目 : Gis - A
★これは、Johann Sebastian Bach バッハ ( 1685~1750 ) の、
Counter-point 対位法 の世界です。
5小節目のチェロが、「 f - e 」 を奏している時、
violonⅠ 第 1ヴァイオリンは、
「 gis2 - a2 ( 2点嬰ト音 - 2点イ音 ) 」 を、
2分音符で、弾きます。
★これは、 1小節目のチェロの 「 Gis - A 」 を、
3オクターブ上で、模倣しているのです。
これがもし、 6小節目に 「 f3 - e3 」 が続きますと、
violonⅠ 第 1ヴァイオリンの 5、 6小節は、
チェロの 1、 2小節と、 「 Kanon カノン 」 になります。
しかし、Beethoven は、 「 f3 - e3 」 という
2度下行の Motiv を、ここでは、選びません。
★「 gis3 - a3 - h3 - c4 ( 3点嬰ト音-3点イ音-3点ロ音-4点ハ音 )」
( ソ♯、ラ、シ、ド ) と、グイグイ 高いドの音 ( 4点ハ音 ) まで、
pp ピアニッシモ のまま、引っ張っていきます。
★当り前に、 crescendo しながら上行する Motiv より、
pp で極小にしつつ、息を詰めながら集中して、上行するのには、
大変なエネルギーが、必要です。
もし、 「 f3 - e3 」 という、常識的な 「 Kanon カノン 」 にしますと、
「 2度の下行音程 」 も、できてしまいますので、
そのエネルギーが、生まれ出てきません。
★このように、最小単位 ( ここでは、二個の2分音符 ) の配列で、
音楽の構造を、創っていく。
点と点との関係で音楽を作る、つまり Point counter Point 、
これこそが “ 対位法 ” の音楽です。
日本語訳の “ 対位法 ” の 「 法 」 の文字には、
Counter point の意味は、ありません。
「 音対音 」 とでも、訳するのが妥当でしょう。
★Counter point は、決していかめしいものでは、ありません。
生きた Counter point が、Beethoven のこの曲にあり、
その源は、Johann Sebastian Bach バッハ ( 1685~1750 )
であることは、自明の理です。
★この本当の Counter point は、
Frédéric Chopin ショパン (1810~1849)や、
Claude Debussy クロード・ドビュッシー (1862~1918)
にも、息づいています。
冒頭で書きました、雲がたなびくような slur スラー の書き方は、
Chopin の自筆譜でも、度々、目にするものです。
★ Beethoven のこの Opus 132 は、 Bach を源とし、そして、
20世紀の現代音楽にまで、大きな影響を及ぼしています。
一時、流行しました Arvo Pärt
アルヴォ・ペルト( 1935~)の音楽も、
その片鱗をついばんだもの、といえましょう。
★ Chopin と Bach との関係につきましては、
4月27日 ( 金 ) に開催します、表参道カワイでの
「 Bach 平均律アナリーゼ講座 」 でも、お話する予定です。
http://shop.kawai.co.jp/omotesando/news/index.html
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