■映画『ニューヨーク ジャクソンハイツへようこそ』の作り方は、作曲と同じ■
2019.2.3 中村洋子
★≪節分やきのふの雨の水たまり≫ 久保田万太郎
今日は節分です。
私の子供時代、あちらこちらの家の二階から、可愛い子供の
“オニワーソト 鬼は外”が聞こえてきましたが、
最近はマンションも多く、街中で、懐かしい声は本当に
珍しくなりました。
★道路の舗装が進み、砂利道や水たまりを見かけることもありません。
「きのふの雨の水たまり」、冷たい春雨が、水たまりとなって、
残っています(暦の上では、春直前ですが)。
雨傘を持って、小学校の帰り道、水たまりに映る空を眺めた
遠い記憶があります。
★≪年寒しうつる空よりうつす水≫ 万太郎
子供は、水に映る空を見ますが、齢を重ねますと、
大人は、空を映す水のほうを、じっと見つめてしまう。
うつる空とは、過去のさまざまな出来事、懐旧。
空模様は、刻々と変わりますが、それを映す水、
つまり自分は、変わらない。
変わらないと言っても、いつかその水も蒸発していくだろう。
万太郎還暦の句です。
★最近見ました映画『葡萄畑に帰ろう』(原題 The Chair)は、
2017年、ジョージア(グルジア)の映画。
その前に見た『ニューヨーク ジャクソンハイツへようこそ』
(原題 In Jackson Heights)は、2015年、米仏合作映画。
★『葡萄畑に帰ろう』は、ジョージアの「国内難民追い出し省」大臣が、
失脚し、母の待つ故郷の葡萄畑に家族と共に帰るというお話。
★ブラックユーモアを狙って、面白おかしく筋立てを作っていますが、
やや不発気味。
俳優も良く、映像も美しいのに残念でした。
脚本が練り込み不足で、監督は「エルダル・シェンゲラヤ
(Eldar Shengelaia1933-)で、撮影当時は84歳です。
★12月1日に、当ブログでご紹介しましたインド映画「ガンジスに還る」、
撮影当時24歳の監督、脚本とは60歳もの年齢差があり、ほんの一瞬、
これは監督が「老年ゆえの散漫」か、とも訝ったのですが、
そうではありませんでした。
★『ニューヨーク ジャクソンハイツへようこそ』の
フレデリック・ワイズマンFrederick Wiseman(Director, Sound,
Editor, Producer)監督は、1930年生まれ、撮影当時85歳。
189分(3時間)のドキュメンタリー映画でしたが、一瞬も飽きさせず、
“アメリカとはどんな国か”を、しなやかに切り取っています。
ニューヨークのジャクソンハイツに“生息”する、
さまざまな階層の人々、特に移民の人々の日常と抱える問題を、
そのままの姿、演技無しで撮っています。
★このジャクソンハイツでは、なんと167か国語が喋られています。
・難民を支援する会の会合:メキシコから砂漠を渡って“不法入国”
してきた女性が経験を語る、彼女の娘は途中で離ればなれになり、
砂漠をさまよい死の恐怖を体験した。
・英語がほとんどできない人を「タクシー運転手」にするための
英語教育のクラス風景:
東西南北のNは鼻のnose、Sは下を向いて靴のshoes、
Eは食べる(eat)時の右手,、Wはお尻を拭く(poo poo wash)
ときの左手・・・と、一回で覚えてしまう見事な譬え。
・コーランを唱えながら、黙々と鳥の頸をナイフで切る肉屋さん。
・大資本によって商店の立ち退きを迫られている弱小経営者と、
それを支援するNGOの若者たち、言葉はスペイン語。
・トランスジェンダーの人たちが集まるバー、その前に毎晩パトカー
を停めて嫌がらせをする警察とそれへの抗議。
・おどろおどろしい極彩色で飾られた仏像が座っている寺院風景、
ラマ教なのでしょうか?
・イスラム教徒の男女別に分けた小学生の教室:
「人間は罪深い、人間は罪深い」などコーランの一節を
何度も何度も復唱したり、アラビア語文字での活用形を暗記する
ブルカを纏った子供たち。(戦前の日本での教育勅語の暗誦は
こうだったのかと類推させられました)。
・オートクチュールを纏ったお金持ちの98歳になる老女への
インタビュー:
老女の身内は全部亡くなっています。「あなたはお金があるの
だから、話し相手になってくれる人に来てもらったらどうか」
という提案を頑として拒否する、「電話を時々してもらうだけ
で結構」、「もう歩くことができなくなった、頭はまだ大丈夫、
頭と交換してもいいが歩きたい」(インタビューアーは、
かなり高齢の女性ですが、 どういう関係かは映画では不明)。
・ゲイの人たちの晴れやかなパレード。
・ベリーダンス教室の練習、なかなかに官能的。
・ジャクソンハイツを地盤とする白人の民主党市会議員の誕生パーティ、
裕福な白人層も一緒に居住している。
・歩道を清掃活動中のボランティア女性たちに、通りがかりの女性が
「私の父はあと数日の命、一緒にお祈りをして」と頼む。快く応じ
輪になって一緒にお祈りを捧げるボランティア女性たち。
★ジャクソンハイツは、クイーンズ区北西にあり、2015年当時、
人口約13.2万人、ヒスパニック系57%、アジア系20%、
白人14%、黒人3.5%と、ヒスパニック系が突出し、黒人は少ない。
住民の約半数が海外で生まれた移民。167か国語が聞かれるという。
最近、NYの中心マンハッタンへ地下鉄で30分の距離にあることから、
人気が高まり中産階級から上位中産階級向けのコンドミニアム建設や、
経済発展特区づくりの再開発が進み、小さな商店などが並ぶ昔の
街並みが消えつつある。
★ワイズマン監督は、マイノリティのさまざまな苦しみに
暖かい眼差しを向け、『ガンジスに還る』と同様、
最後は人間賛歌となります。
★監督「9週間の撮影と、10ヵ月の編集からこの映画が出来た」。
撮影の1、2日前に現場に行き、予備的な聞き込みをするだけ、
取材は、ワイズマンとカメラマン、助手の3人だけ、
目標は「面白いシークエンスsequence)を集めるだけ」。
★編集は、まずシークエンスの価値づけをミシュラン方式で
星一つ、二つ、三つに分けます。
これで、撮影したものの約半分が取り除かれます。
さらに半年から8か月ほどの時間をかけ、残った価値のある
シークエンスをどう組み合わせて構成するか考える。
★その構成作業について、ワイズマンは
「小説を書くこととどこか共通する作業で、
リアリティ・フィクション」と呼ぶ。
★映画に、「音楽」は全く加えない。
あるのは、街の音楽家などを撮影した際に、彼らが演奏している
音楽のみ。
★ナレーションや、監督による登場人物へのインタビューもなし、
「必要な情報は、映画の中に盛り込まれている」。
★ワイズマンの「小説を書くこととどこか共通する作業」は、
実は、この「compose 構成すること」こそ、
「作曲する compose」と、同じ作業です。
小説だけではないのです。
芸術の、根本原理ともいえます。
★ジョージアの映画「葡萄畑に帰ろう」に、戻しますと、
脚本は、エルダル・シェンゲラヤ監督の口述したものを、
作家のギオルギ・ツフヴェディアニ Giorgi Tskhvediani が、
シナリオ化したものだそうです。
口述をシナリオに起こす過程は、ワイズマン監督の徹底した
「compose」と、少し異なるかもしれません。
★この二人の80代半ばの監督を比較しますと、
芸術は年齢(老齢)には関係ないと、言えましょう。
どれだけ練りに練って「compose」するか、それは作曲のみならず、
演奏にも言えることです。
私たちにそれを当てはめると、どれだけ勉強するかどうかでしょう。
★最近は、曲を知るためにパソコンにアップされている、
いい加減な演奏をさっと聴き、それで良しとする風潮が
あるとも聞きます。
私は、原則としてパソコンで音楽は聴きません。
★Bachの勉強をしていて、この曲はどんな曲であろう、と思うとき、
調べる時に役立つCDは、≪Bach The Complete Bach
Edition (TELDEC 153CD)≫です。
153枚のCDで、Bachの全作品をほとんど網羅しています。
珍しい作品や、絶版のCD録音もあり、重宝しています。
★例えば、153枚のうちの127枚目のTrack22-25には、
「Preludes, BWV 846a, 847a, 851a&855a」 の四曲の
Preludeが、収録されています。
これだけで、ピンとくる方は少ないかもしれませんが、
種明かしをしますと、この4曲は、
Clavier-Büchlein von W.F.Bach と、括弧書きがあります。
「ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハの為のクラヴィーア
小曲集より」という意味です。
さあ、この4曲は何の曲でしょう?
★月刊誌「ショパン」2月号48~51ページに、
「大作曲家の自筆譜から見えるもの」を、寄稿しました。
その中で、「Inventio 1」インヴェンション1番の
「BWV772」と「BWV772a」の二つの稿について、論じています。
「BWV772」は、初期稿 Earlier version、
「BWV772a」は、後の稿Later versionです。
「どちらの稿で弾くべきか」、あるいは、
「どちらを弾いても構わないのか」について、書きました。
★「Preludes, BWV 846a, 847a, 851a&855a」の種明かしは、
次回ブログにしたいと、思います。
★https://youtu.be/OnOuhoKvNR0
★https://www.academia-music.com/user_data/analyzation_lecture
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