音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ 私の“ 道標 ”ともいえる塗師・山本英明さんが、逝去されました ■

2010-12-05 23:51:06 | ■楽しいやら、悲しいやら色々なお話■

 ■ 私の“ 道標 ”ともいえる塗師・山本英明さんが、逝去されました ■
                      2010.12.6  中村洋子


★福井県鯖江市の塗師 ( ぬし ) ・山本英明さんが、

11月30日に、逝去されました。

1940年生まれ、70歳。

暖かく、やさしく、威張らない英明さんを慕い、

本当にたくさんの方が、通夜、葬儀に駈けつけられたそうです。


★英明さんは、私にとって、

人生の 「 道 標 」 というべき方でした。

悲しく寂しい思いで、一杯です。

心より、ご冥福をお祈りいたします。


★  “   最高の品質で、最も美しい漆器を、安価で提供し、

それを日常の什器として、毎日毎日、使って欲しい ”   。

そういう理念を掲げ、どこまでも愚直に、

いささかの妥協もせずに、一生を貫かれた方です。

 


★山本さんの漆器は、現代の日本で、

工芸品が到達した美しさの極み、といえそうです。

形は、寸毫たりとも変えようがないほど洗練され、

力強く、かつ洒脱。

一見地味ですが、毎日毎日使っても飽きず、

使えば使うほど堅牢になり、美しく光ります。

器に盛ると、食べ物が存在感を主張し、より美味しくなります。


★漆の精製も、古来から伝わる方法を、そのまま、実践。

真夏の炎天下、大盥に入れた生漆に、直射日光を浴びせ、

一日中、木の大きな杓子で、かき回し続けます。

電熱器で、安直に水分を飛ばすより、

汗を流し、手間を掛け、太陽で “ 煮詰める ” ほうが、

扱いやすく、質の高い漆ができる、

という単純な、理由からです。

現在の日本で、この骨の折れる作業をするのは、

山本さんだけです。

 

 


★木地から仕上げまでの何十工程も、一切の妥協、手抜きなし。

「 最高の漆器を、日常の什器として使うべき 」 、

これが、山本さんの哲学です。

そのため、 「 伝統工芸品  」  や  「 人間国宝  」 など、

上から与えられる権威を、否定します。


★これらのレッテルには、官とお役人が介在し、

値段が高くなるだけで、「 なに一つ、いいことがない 」 。

そして、黙々と、超然と、

一般人が購入できる価格で、作り続けました。

毎日、英明さんのお椀を手に取るたび、

その使い心地の良さに感心し、心が豊かになります。


★工房は、雪国・福井県鯖江市から、少し内陸部に入った、

「 河和田 」 という、山里にあります。

森と、川と、海に囲まれて育ち、そこで生き、去りました。

私の知る限りで、俗な言葉ですが、最高のグルメ、

最も鋭敏な、味覚の持ち主でした。


★古代遺跡から、漆の遺物が出土した、と聞くと、

どんな遠くでも、飛んでいき、実物を調べ、

徹底的に、研究された方です。

漆に限らず、木、林、森、山、川、獣、鳥、魚、

自然界の、あらゆる生態について、

彼ほど、現場に行き、実際に、自分の手で触り、

自分の眼で確かめ、見極め、その結果として、

深い知的認識に到達するという、営為を、

日常的になさっていた方は、いないと、思います。

もっと、もっと、お話を聴きたかった、という思いです。


★英明さんは、学者や専門家などと、

一般的に言われる 「 権威 」 を、一切信用されません。

世に言う  “ 専門家、 学者 ”  という方々が、

本当の専門家や権威ではない、ということを、

自らの体験から、知悉されていたからです。

弟子もとらず、徒党を組んだり、群れることもせず、

名誉を求めず、孤高を保ち、

間違ったこと、おかしなことには、

遠慮なく直言し、臆せず堂々と、抗議される方でした。


★そんな英明さんに、出会いましたのは、1998年のことです。

彼と、出会うことが無ければ、

私は、 ≪ 日本の立派な音大の先生は偉い ≫ 、

≪ 分厚い音楽書に書かれている解説は、正しい ≫ と 、

いまでも、思い込んでいたかもしれません。

いつも、心の底では、それらの解説に対し、

“ 何か変である、おかしい ” 、という疑念はありましたが、

“ 自分の理解が、足りないからだろう ” と、

自分を、責めていました。


★しかし、中山悌一先生と出会い、

クラシック音楽が、こんなにも自由で、厳めしくなく、

豊かである、ことを知り、そして、

英明さんと付き合うことにより、とことん、

自分の手で、疑問を追及し、

自分の目で、原典 ( = 現場 ) を調べることを覚えました。

 

★また、 “  権威  ”  が、いったん文章にしたものは、

どんなに間違っていても、後世まで残り、

それが  “  真実 ”  と、されてしまうため、

余計に、疑わなければならない、

ということを、教わりました。  

その結果、日本の権威が、こんなにも、いかさまで、

実は権威ではなかった、ということを知り、

私自身の 「 呪縛 」 を、解いていただきました

 


★NHKの放送でよく、「日本を代表する・・」 とか、

「 ・・の専門家によりますと 」 という表現が、使われますが、

音楽に関しても、他の分野に関しましても、

その日本の基準というものが、実は、

世界の本当のスタンダードからは、かけ離れている、

ということが、英明さんとお付き合いしながら、

実感するように、なりました。


★ 「  バッハ  」 に関しましても、

バッハを心から愛している方が、たくさん、いらっしゃるのに、

偽りの権威により、偏狭な演奏法を押しつけられ、

痛めつけられている方が、多いことに驚かされ、

悲しい思いです。


★私のアナリーゼ講座は、バッハの音楽を演奏し、聴き、

喜びを共有することを目的に、始めたものです。

しかし、私の本分はアナリーゼ講師ではなく、作曲ですので、

中山先生や、英明さんにより、

少しずつ獲得することができました 「 自由 」 、

頚木から解かれた 「 自由 」 により、

出来上がりました作品が、日本以外の国で温かく迎えられ、

評価されていることは、嬉しいことです。


★今朝、ラジオで、ベートーヴェンの ピアノソナタ 「 熱情 」 を、

W・ケンプの演奏で、ハ短調 「 Op 10-1 」 をポリーニの演奏で、

放送していました。

ケンプの熱情を聴きますと、一点の疑念もないほど、

曲の構成がどのように出来ているかが、分かり、

美しい、見事な演奏でした。

本当に価値のある、素晴らしいものは、

「 分かりやすい 」 ということが、いえます。


★難解であったり、煙に巻くような 、

 「 解説 」 や 「 演奏 」 は、本物では、ないでしょう。

誤魔化しているのです。

それが、中山先生や英明さんから得ました、結論です。

ラジオの解説で、ポリーニが弾きました Op10-1 の作品は、

「 若い時の作品で、未熟な点がある 」 と、話されていました。

バッハの 「 平均律クラヴィーア曲集 」 の中の、ある曲を、

“ 若い時の作品で、未熟 ” であると、

フォルケルが、誤った解説を残したことにより、

今に至るまで、それが孫引きされ、流布していますが、

このラジオ解説も、同じ考え方からきているのでしょう。


★たしかに、若い時の作品ですが、

若いから未熟ということは、この大天才たちには、ありません。

ベートーヴェンの残した、膨大な習作群やスケッチ、

つまり、各年代にわたる ( 歳とってからのものも含め )、

作品としては完成しなかった作品 ( 作品番号がない ) の、

ファクシミリを見ますと、確かに、

それらは、熟していない作品です。

それゆえ、公表しなかったものです。


★しかし、作品番号が付され、

自分の作品として、公表されたものは、

その年代の 「 スタイル=様式  」 と見るべきで、

「 未熟 」 という概念からは、かけ離れています。

私はどこが  「 未熟 」 なのか、サッパリ分かりません。

ラジオを、お聴きになった方が、

「 ベートーヴェンの初期の作品は、未熟 」 という、

変な考えに囚われれしまうことを、危惧します。

 

★Opus が付けられている、ということは、

世に問うて恥ずかしくない、立派な作品であると、

作曲家本人が考えたと、みていいでしょう。

日本人作曲家が、自分の作品に、

闇雲に何十個のOpus番号を、付けているのとは、

話が、違うのです。


★写真のお椀は、英明さんの遺作といえる2007年作。

すべての、技術を注ぎ、

最高の檜で、作られた 「 宝物 」 です。


★英明さんは、次のように、このお椀を説明されています。

≪ ぬしや ( 塗師屋 ) の証として、かねてより、

まだ動力をもたなかった先人達が、木の習性に従い、

木に作法を聞きながら作っていたようなお椀を、

手掛けてみたいと思っていました。

木地の材は、日本の木の代表といわれる檜です。

 そしてこの度、裏木曽で長年かかって大きくなった

望みどおりの檜に恵まれ、夢の実現に至りました。

 昔の人であればナタ、チョンナ、ヨキなどを道具に、

横木を割り木にし、木目を傷付けないように順手で

椀木地にしたでしょうが、現代に生きる私は、そのままの

方法を機械に置き換えてやってみました。

 木から学んだ形は無理なく、素直で、美しいと改めて

思っています。やんちゃな英明が作ったお椀です。

楽しんでくだされば幸いです。

     2007            塗師    山 本 英 明  ≫

 ■山本英明さんの漆器の取り扱い: 漆宝堂
〒331-0073
埼玉県さいたま市西区指扇領別所109-93-3-513
TEL 048(622)2725
FAX 048(623)0725
フリーダイヤル 0120-4810-55

               ( 白侘助、紅葉、万両、千両、昼の月 )

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1 コメント

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有難うございます (塚田 伸夫)
2013-06-04 20:50:27
山本英明の従兄弟の塚田伸夫と言います
私の父の弟の長男です
わたしの父は私が生まれて2か月で亡くなったので
英明さんの父 吉郎(山本家へ養子)
子供の頃 よく一緒に遊んでもらいました
今では本当に良い想い出です
中村さんのブログを拝見し 故人になりかわり
暑く御礼致します   
私のフエイスブックでシェアさせて頂きました
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