■ゴルトベルク変奏曲Ariaの写譜が、 Annaのためのクラヴィーア小曲集にあり■
~冒頭3小節目の有名なトリルの向きは、ゴ変奏曲とは異なり上昇トリル~
2016.12.19 中村洋子
★12月16日、 KAWAI 金沢で、
第5回「Italienisches Konzert イタリア協奏曲」アナリーゼ講座を
開催しました。
第1楽章を3回にわたり、第2、第3楽章を各1回の計5回にわたる
長丁場でした。
★次回の KAWAI 金沢講座は、1月13日(金)、
「Klavierbüchlein für Anna Magdalena Bach 1725
アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集」から、
皆さまにお馴染のペッツォルトのメヌエットや、ミュゼットなどを
取り上げる予定です。
★「Clavier-Büchlein vor Anna Magdalena Bachin, Anno 1722
アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集 1722」は、
Bachと Anna が結婚式を挙げた1721年12月の翌年から、
Bachが作曲して自分で書いた曲をまとめたものです。
Annaがクラヴィーアなどをより上手に演奏できるようになって欲しい、
と思って作曲した鍵盤楽器曲や、Bachが自分で演奏して
彼女を楽しませるための曲などが収録されており、
Bachから妻 Annaへの“愛の捧げもの”曲集です。
★しかし、この曲集は破損が激しく、70数ページあったうち、
残っているのは25ページ分だけで、全容は詳しく分かりません。
★1725年から書き始められたもう一冊の
「Klavierbüchlein für Anna Magdalena Bach 1725」小曲集は、
1740年代初めまで書き加えられ続きました。
★その中に、1741年ごろ、Annaアンナによって写譜された
「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」のAriaアリアも
含まれています。
★1725年の小曲集では、新婚間もないAnnaの稚拙な写譜と、
後になって夫Bachの楽譜と見紛うような、流麗な筆致となった写譜の
両方を、ファクシミリで、見ることができます。
★現在は「Goldberg-Variationenゴルトベルク変奏曲」として知られる
「Clavierübung クラヴィーアユーブンク」第4部は、
1741~42年にかけて出版されています。
ベーレンライター社の
「Goldberg-Variationenゴルトベルク変奏曲」の楽譜に添付されている、
私の「序文訳」と、序文に対する私の「訳者注」を、お読みください。
そのいきさつを詳しく書いております。
https://www.academia-music.com/academia/search.php?mode=detail&id=1501733634
https://www.academia-music.com/academia/search.php?mode=detail&id=1501733635
★「アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集」に
収録されている「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」の
主題であるAriaに戻しますと、
このクラヴィーア小曲集が、1725年から書かれていることにより、
「Goldberg-Variationen」初版譜よりずっと前に、Annaにより書き写された
「Goldberg-Variationen」の初稿ではないかと、考えられていた時期も
あったようです。
★現在は、この1725年版はfacsimileで全部を見ることができます。
https://www.academia-music.com/academia/search.php?mode=detail&id=0008906063
それによりますと、このAriaは、
≪ Anna Magdalena Bach, later handwriting≫
に分類されていますので、
1)「Goldberg-Variationen」の初稿なのか、
2)「Goldberg-Variationen」の異稿なのか・・・確定できません。
★「Goldberg-Variationen」初版譜と、 Annaの写譜を詳しく見比べますと、
12か所で、相違があります。
なかでも最も興味深いのは、3小節目上声2拍目「g¹」の、
付点四分音符に付けられた装飾音です。
★初版譜では、
3小節目2拍目
11小節目2拍目
17小節目2拍目 は、
すべて≪下降トリル descending trill(英)、Triller von oben(独)≫
となっています。
★3小節目2拍目の奏法は、
トリルのついた「g¹」の2度上の「a¹」から「g¹」に進行し、
その後、2度下の「fis¹」から「g¹」に戻り、「a¹ g¹a¹ g¹・・・」
というトリル音となります。
★「下降トリル」は、英語の「descending trill」を訳した語です。
この装飾音の形通り、「a¹」から下降して、この装飾音が付いた「g¹」に、
たどり着きます。
ドイツ語の「von oben」は、「上から」という意味です。
上から(a¹)装飾音の付いた「g¹」に、たどり着くという意味です。
★同じことを意味するのですが、英語では「下降」、
ドイツ語では「上から」のトリルと言います。
紛らわしいので、お気を付けください。
★さて、「Klavierbüchlein für Anna Magdalena Bach 1725」では、
11、17小節は、「下降トリル」なのですが、
3小節目は「上昇トリル ascending trill, Triller von unten」と
なっています。
★初版譜Ariaの3回現れる下降トリルは、一度聴いたら忘れない程、
印象深い装飾音です。
初版譜のこの3回の下降トリルは、Bachが所持していました初版譜
(Bach自身が誤植を訂正したり、書き加えをした初版譜)facsimileを
見ましても、3回とも下降トリルですのでBachの決定稿と言えます。
★ Annaの写譜の3小節目の上昇トリルが、
もし、 Annaの書き誤りではなく、
Bachの「初稿」あるいは「異稿」であったとしますと、
≪Ariaの風景≫は、この≪上昇トリル≫によって、
ドラスティックに一転してしまいます。
実に、驚きです。
★この分析につきましては、1月21日(土)に開催します、
「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」アナリーゼ講座で、
詳しくお話いたします。
https://www.academia-music.com/academia/m.php/20161026-0
★この講座は、「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」
後期講座の第1回です。
第16、17、18変奏を主に解説いたしますが、前期講座の復習を
しながら、進めていきますので、初めて参加されてもご理解頂けます。
今回は、アリアと第1、2、3変奏の復習もいたします。
★後期2回目アナリーゼ講座は、3月18日で、
第19、20、21変奏と、第4、5、6変奏の復習を予定しています。
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★ 次回の「KAWAI 金沢アナリーゼ講座」は、
《アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集》アナリーゼ講座
~Bachを勉強するための第1歩となるこの小曲集に、Bach演奏のエキスが凝縮~
★Bachは1720年、最初の妻Maria Barbaraを亡くします。翌年に迎えた妻Anna Magdalena(1701-1760)は、宮廷歌手でした。Bachは、 Annaアンナのために、1722年と25年に小曲集を二回編纂しました。1722年の曲集については、全容は分かっていませんが、1725年版は手稿譜ファクシミリが出版されていますので、全貌を見ることが出来ます。
★1725年版小曲集には、Bachの作品はわずかで、息子たちの作品やクープラン、ペッツォルト等、Bachが選択したであろう曲を、アンナやBachの家族が書き写した「家庭音楽帳」です。
★この小品集は現在、ピアノのレッスンでBach作品への導入曲として、盛んに演奏されています。講座では、その中で特に有名なペッツォルト Christian Petzolt(1677-1733)の、G-Durとg-Mollのメヌエットや、作者不明のD-Durのミュゼット(BWV Anh.126)等、数曲についてじっくりお話いたします。
★Bachの作品でなくても、Bachの眼識で選ばれた曲ですので、どれも大変優れており、Bachの作品に対するのと同様の勉強方法を要求されます。
★これらの作品を読み解くカギは、Bartók Béla バルトーク(1881-1945)の校訂版にあります。講座では、手稿譜ファクシミリとバルトーク校訂版を元にして解説いたします。
楽譜につきましては、お手持ちの「アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集」で結構ですので、ご持参ください。
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■日 時 : 1月13日(金) 午前10時~12時30分
■会 場 : カワイ金沢ショップ 金沢市南町5-9
(尾山神社前 南町バス停より徒歩3分 有料駐車場をご利用下さい)
■予 約 : Tel.076-262-8236 金沢ショップ
■講師: 作曲家 中村 洋子
東京芸術大学作曲科卒。
・2008~09年、「インヴェンション・アナリーゼ講座」全15回を、東京で開催。
・2010~15年、「平均律クラヴィーア曲集1、2巻アナリーゼ講座」全48回を、東京で開催。
自作品「Suite Nr.1~6 fur Violoncello無伴奏チェロ組曲第1~6番」、「10 Duette fur 2Violoncelli チェロ二重奏のための10の曲集」の楽譜を、ベルリン、リース&エアラー社 (Ries & Erler Berlin) より出版。
・2014年、自作品「Suite Nr. 1~6 fur Violoncello無伴奏チェロ組曲第1~6番」のSACDを、Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー演奏で発表 (disk UNION : GDRL 1001/1002)。
・2016年、ブログ「音楽の大福帳」を書籍化した ≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!≫~バッハ、ショパンの自筆譜をアナリーゼすれば、曲の構造、演奏法までも分かる~(DU BOOKS社)を出版。
・2016年、ドイツのベーレンライター出版社(Bärenreiter-Verlag)が刊行したバッハ「ゴルトベルク変奏曲」 Urtext原典版の「序文」の日本語訳と「訳者による注釈」を担当。
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