音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■Boettcher先生の残された「詩編80」、そして若い音楽家の芽生え■

2021-03-07 18:19:22 | ■楽しいやら、悲しいやら色々なお話■

■Boettcher先生の残された「詩編80」、そして若い音楽家の芽生え■
           2021.3.8  中村洋子





 

★故 Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー先生が

60歳の時に「Brandis Quartett ブランディス四重奏団」として

録音された、Mozart モーツァルトの≪木管楽器のための

室内楽作品集:Rothar Koch ローター・コッホ 、Gert Seifert

ゲルト・ザイフェルト、Karl Leister カール・ライスター≫の

リマスタリングCD「TMNI-20002」が、もう到着しました。


★早速、聴きました。

先生の途切れることのない、柔らかなビブラートのかかった響き、

澄み切ったピチカート、全身が暖かく包み込まれるようです。

音楽への愛情、優しさに裏打ちされています。

各管楽器の演奏の素晴らしさ、溜息が出るほどです。

名曲中の名曲を、このようなマエストロの演奏で楽しむことが

できる幸せを、しみじみ感じます。


★Boettcher ベッチャー先生の思い出で、書き残したことが

ありました。

先生はご自分の葬儀について、≪Mozart モーツァルトの

「弦楽五重奏曲」C-Durを演奏するだけで、スピーチはなし≫と、

おっしゃいましたが、 もう一つありました。

≪the Bible 聖書の「Psalms 詩編80」を朗読する≫

詩編の番号をわざわざ手帳に書き、メモとして下さいました。



 


★日本語訳をご紹介いたしますが、何種類もある訳のうち、

私には、1955年版が最も先生の思いが伝わると、思います。


Psalms  詩 編 90 『神の永遠性と人生のはかなさ』

1 主よ、あなたは世々われらのすみかで/いらせられる。
2 山がまだ生れず、あなたがまだ地と世界とを造られなかったとき、
 とこしえからとこしえ まで、あなたは神でいらせられる。
3 あなたは人をちり(塵)に帰らせて言われます、「人の子よ、帰れ」と。
4 あなたの目の前には千年も/過ぎ去ればきのうのごとく、
 夜の間のひと時のようです。
5 あなたは人を大水のように流れ去らせられます。
 彼らはひと夜の夢のごとく、あしたに もえ(萌え)でる青草のようです。
6 あしたに もえ(萌え)でて、栄えるが、夕べには、
  しおれて枯れるのです。
7 われらはあなたの怒りによって消えうせ、あなたの憤りによって
 滅び去るのです。
8 あなたはわれらの不義をみ前におき、われらの隠れた罪を
 み顔の光のなかにおかれました。
9 われらのすべての日は、あなたの怒りによって過ぎ去り、
 われらの年の尽きるのは、 ひと息のようです。
10 われらのよわい(齢)は七十年にすぎません。
 あるいは健やかであっても八十年でしょう。
 しかしその一生はただ、ほねおり(骨折り)と悩みであって、
 その過ぎゆくことは速 く、われらは飛び去るのです。
11 だれがあなたの怒りの力を知るでしょうか。
 だれがあなたをおそれる恐れにしたがって/
 あなたの憤りを知るでしょうか。
12 われらにおのが日を数えることを教えて、
 知恵の心を得させてください。
13 主よ、み心を変えてください。いつまでお怒りになるのですか。
 あなたのしもべをあわれんでください。
14 あしたに、あなたのいつくしみをもって/われらを飽き足らせ、
 世を終るまで喜び楽しませてください。
15 あなたがわれらを苦しめられた多くの日と、われらが災にあった
 多くの年とに比べて、われらを楽しませてください。
16 あなたのみわざを、あなたのしもべらに、あなたの栄光を、
 その子らにあらわしてください。
17 われらの神、主の恵みを、われらの上にくだし、
 われらの手のわざを、われらの上に/栄えさせてください。
 われらの手のわざを栄えさせてください。

 



 

 

★印象深い句を普通の漢字に直してみますと、

  4 あなたの目の前には千年も 過ぎ去れば 昨日の如く、
      夜の間の一時のようです。

  5 あなたは人を大水のように流れ去らせられます。
  彼らは一夜の夢の如く、明日に萌えでる
    青草のようです。

 6 明日に 萌えでて栄えるが、夕べには、
     萎れて枯れるのです。

 10 われらの齢は七十年に過ぎません。
  あるいは健やかであっても八十年でしょう。
  しかしその一生はただ、骨折りと悩みであって、
  その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。

 17 われらの神、主の恵みを、われらの上にくだし、
  われらの手の技を、われらの上に栄えさせてください。
  われらの手の技を栄えさせてください。


★先生の意を、お聴きすることはありませんでしたが、

この詩編のエッセンス≪人生は一夜の夢の如く短い、

明日に萌えでて栄え、夕べには萎れて枯れる、

一生はただ骨折りと悩み、手の技を、われらの上に

栄えさせてください≫に、共感されていたことでしょう。

人生は短い、短いゆえに、手の技を栄えさせたい。

そして、“自分は手の技を栄えさせた”

”自分の芸術を作った”という自負が、

おありになったことでしょう。


★先生と、葛飾北斎(1760-1849)の話をしたことがありました。

卒寿(90歳)で亡くなった北斎は、当時としては驚くべき長寿、

それでも「画狂人北斎」と呼ばれるように、

“今日よりは明日、明日よりは明後日、より巧く絵が描ける”

死ぬまで絵筆をとり、終生がひたむきな努力一途の人でした。

その話をしますと、先生は「自分も全く同じである」と、

深く、頷かれました。



 


★「寒い、寒い」と言っているうちに、

野原では、春が頭をもたげていました。

土筆(ツクシ)がもう、すっくりと全身を現していました。

私は土筆の卵とじが、大好きです。

その仄かな苦みに、春が籠っています。


★先生の訃報第1報を、知らせて下さったドイツのチェリスト

Hauke Hackさんから、うれしいお便りが届きました。

今度は、“音楽の“芽生え” のお便りです。 


★お嬢さんの Anouchka(チェロ)さんとKatharina(ピアノ)の

DuoデビューCDが、NYにある「The Violoncello Foundation」の

「9th Listeners'Choice Award」にノミネートされた5つの

CDのうちの、1つになったそうです。
http://www.violoncellofoundation.org/ninthlistenerschoiceaward.html

おめでとうございます。


★リスナーは、5つのCDのうち、気に入ったCDに投票する仕組み。

CDを選択し、メールアドレスを記入し、このチェロ財団からの

情報を希望するかどうか決め、VOTEをクリックしてください。

一般投票は3月15日までです。

「日本のお友達と、この情報を共有して頂けましたら幸いです」。

 

 

 


★デビューCDは、Dmitri Shostakovich ショスタコーヴィチ

(1906-1975)の作品です。 

Duo Anouchka & Katharina Hack, Cello & Piano release
their Debut album on GENUIN classics 
Dmitri Shostakovich (1906-1975)
Sonata for Violoncello and Piano in D minor, Op. 40
Sonata for Viola and Piano, Op. 147
(transcribed for Violoncello and Piano by D. Shafran)
Prelude from Five pieces for two Violins and Piano
(Arr. L. Atowmjan; Version for 2 Violoncelli)


★演奏の抜粋は以下で試聴できます。
https://en.cello-piano.de/cd

・crazy:https://www.youtube.com/watch?v=AF-vv8V354I 
 (チェロ・ソナタ作品40より)
・calm: https://www.youtube.com/watch?v=T84S-TZhn0A 
 (ヴィオラソナタ作品147、チェロ版より)
・romantic: https://www.youtube.com/watch?v=S0755hflJ4w
  (前奏曲作品97、第2チェロのゴーティエ・カプソンとの共演)



 


★ハウケさんの“Op.1”と“Op.2”である Anouchkaさんと

Katharinaさんは、まだ可愛いいお嬢さんとばかり

思っていましたが、もう立派なソリストになられていました。

アノーシュカ&カタリナのCDが受賞し、ソリストとして、

大成されることを、心から願っております。


★ハウケ・ハックさんは、ドルトムントのチェリストで、

楽譜の出版もなさっており、私の楽譜を出版して

くださっています。
https://www.hauke-hack.de/
https://hauke-hack.de/page12.php

実は、その楽譜の表紙の絵は、妹のカタリナさんが描いたものです。

・チェロ三重奏曲集≪Regenbogen-Cellotrios 虹のチェロトリオ集
  7 Trios für 3 junge Cellisten 若いチェリストのための≫

・チェロ四重奏曲集≪Zehn Phantasien für Celloquartett 
 für junge Cellisten チェロ四重奏のための10のファンタジー
                   若いチェリストのための≫
http://hauke-hack.de/data/documents/HH-Edition_21.pdf
http://hauke-hack.de/data/documents/HH-Edition_25.pdf
http://hauke-hack.de/data/documents/HH-Edition_26.pdf


★Boettcher ベッチャー先生が逝去され、悲しみは深いのですが、

私の作品を評価して下さったソプラノ歌手 Hildegard Behrens 

ヒルデガルト・ベーレンス(1937-2009)先生が、来日直後に

急逝された時のことを、思い出しました。

その際、ベッチャー先生が私に下さったお手紙に、

今は励まされています。

 

★ベッチャー先生は、「彼女は、なんと知的で暖かく、

そして偉大な歌手だったことでしょう。

人生は流れていきます。

私たちは、練習し、演奏し、教えなければなりません」。

 

★この「彼女、歌手」を「彼、チェリスト」に置き換えると、

そのまま今の私への手紙になります。

「彼は、なんと知的で暖かく、そして偉大なチェリストだった

ことでしょう。人生は流れていきます。

私たちは、練習(勉強)し、演奏(作曲)し、

教えなければなりません」。






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