音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■一瞬にして f-Moll を b-Moll に転調する Bach の天才■

2015-07-11 23:52:45 | ■私のアナリーゼ講座■

■一瞬にして f-Moll を b-Moll に転調する Bach の天才■
                      ~平均律第2巻最終アナリーゼ講座 12番 f-Moll ~
                 2015.7.11            中村洋子

 

 


★7月に入り、蝉の声も初めて聞こえてきました。

14日は KAWAI 表参道、22日は KAWAI 金沢で、

アナリーゼ講座を開催いたします。


14日の表参道「Wohltemperirte Clavier Ⅱ

平均律クラヴィーア曲集 第 2巻」  analyze アナリーゼ講座は、

いよいよ、第2巻の最終会となりました。

これまで、Bach の「Manuscript Autograph  自筆譜」が

残っている順に、講座を終え、

その後、 「Manuscript Autograph  自筆譜 」が失われている、

第4番(cis-Moll)、第5番(D-Dur)、第12番(f-Moll) の順に

進めることとし、最後の第12番(f-Moll) となりました。


偶然の一致とはいえ、「 D-Dur 」と「 f-Moll 」は、

主音が「短3度」の関係にあります。

Bach が平均律第1巻で追求した、≪調性を規定する3度≫の関係

もっている二曲(5番と12番)を、最後に扱うことができるのは、

Bach先生の“ご配慮”ともいえます。

 

 


★第5番 D-Dur と 第12番 f-Moll は、互いに好対照の曲です。

イエス生誕の喜びに満ちた明るい5番に対し、

12番は、深い嘆きに沈潜する曲想です。


★特に、12番 には、Bach の典型的な和声 Bach harmony が、

網羅されています

講座では、それらをいくつかの類型に分け、綿密にご説明いたします。


例えば、「ナポリのⅡの和音」は、どの作曲家も使いますが、

Bachが使いますと、なぜかくも美しいのか、

どこが、「Bach的」であるのか・・・ということをご説明します。


★例えば、 12番 Fugaの55小節目2拍目は、

「f-Moll」のⅣから始まりますが、その下声に目を移しますと、

「 B  As  Ges  F 」 の16分音符ですが、

≪f-Moll≫であるならば、この3番目の「Ges」は「G」であるべきはずです。

 

 


★≪f-Moll≫のⅡの和音は、「 G  B  des 」の「減三和音」なのですが、

この根音「G」を半音下げて、「Ges」とすることにより、

「長三和音」となります。


半音下げて「減三和音」を、「長三和音」に変化させることにより、

暗く厳しい「減三和音」が、ほのかに明るく暖かい「長三和音」へと、

性格が一変してしまうのです。

 

 

 


★ここまでは、それほど驚くべき手法でもありませんが、

Bach は次の56小節目で、「 f-Moll ナポリのⅡの和音 」 の

「 Ges  B  des 」 をなんと、 「b-Moll のⅥ」 と読み替えて、

やすやすと、≪b-Moll≫に転調してしまうのです。

 

 

一瞬にして、別世界に運ばれた心地がします。

ここが、 Bach の天才でしょう。


★Bach は、この55小節目の後半の≪f-Moll≫から、

56小節目≪b-Moll≫への転調に、深い思いを込めていたことは、

次のような記譜からも、推察できます。


★ Bachの「Manuscript Autograph  自筆譜 」は残っていませんが、

Bach の意図を色濃く反映して写譜した、と思われる「筆写譜」を

見ますと、ここの転調部分が、視覚的に実に分かりやすく、

レイアウトされています。

 

 


この筆写譜は、1ページ7段で書かれています。

5段目最後に、55小節目を配置し、

55小節の1拍目で、5段目が終わっています。

そして、6段目の冒頭から、この55小節目の後半が始まります。


★もう一度、このページを注意深く眺めますと、

 

 

最上段の1段目冒頭の上声は、

「 g¹ as¹ b¹」 の16分音符で、始まっています。

これは、55小節目2拍目の下声「 B As Ges 」と、

見事に対応しています。


★さらに、視線を4段目冒頭に移しますと、

43小節目1拍目「 b  as  g 」が、同様に対応しているのが

分かります。

この「筆写譜」は、Bachの自筆譜を忠実に写したとみて、

間違いないでしょう。

これだけのレイアウトは、やはり Bach によるものでしょう。

 

 

★1段目の24小節目は、「 g¹ as¹ b¹」で、

2回目は「 b  as  g 」というように、

「g¹」であったり「g」であった音が、

3回目の55小節目2拍目では、「♭」が付されて「Ges」に

なっています。


★即ち、同型反復3回目に変化させる、という原則にも

則っています。

いかに55小節目2拍目が、この曲中で重要な位置を占めているか、

よく分かる例です。


★そして、その「ソ ラ シ」の三つの音から成る motif モティーフを、

 Julius Röntgen ユリウス・レントゲン (1855~1932)が、

彼の校訂版でどのように扱っているか、それを見ますと、

Röntgen の着眼点の深さに圧倒されます。

講座で、解説いたします。

 

 

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●中村洋子・平均律第2巻・アナリーゼ講座
       
第24回     第 12 番  f-Moll  BWV881  Prelude & Fuga

■日  時 :  2015年 7月14日(火) 午前 10時 ~ 12時 30分
■会  場 :  カワイ表参道  2F コンサートサロン・パウゼ
■予  約  :    Tel.03-3409-1958

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■講師 :   作曲家  中村 洋子  Yoko Nakamura

     東京芸術大学作曲科卒。作曲を故池内友次郎氏などに師事。
     日本作曲家協議会・会員。ピアノ、チェロ、室内楽など作品多数。

         2003 ~ 05年:アリオン音楽財団 ≪東京の夏音楽祭≫で新作を発表。

         07年:自作品 「 Suite Nr.1 für Violoncello
         無伴奏チェロ組曲 第 1番 」 などをチェロの巨匠
         Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー氏が演奏した
    CD 『 W.Boettcher Plays JAPAN
                         ヴォルフガング・ベッチャー日本を弾く 』 を発表。

         08年: CD 『 龍笛 & ピアノのためのデュオ 』
        CD 『 星の林に月の船 』 ( ソプラノとギター ) を発表。

         08~09年: 「 Open seminar on Bach Inventionen und Sinfonien
                  Analysis  インヴェンション・アナリーゼ講座 」
                    全 15回を、 KAWAI 表参道で開催。

         09年: 「 Suite Nr.1 für Violoncello 無伴奏チェロ組曲 第 1番 」の楽譜を、
    ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」  から出版。
 
         10~12年: 「 Open seminar on Bach Wohltemperirte Clavier Ⅰ
                  Analysis 平均律クラヴィーア曲集 第 1巻 アナリーゼ講座 」
                    全 24回を、 KAWAI 表参道で開催。

         10年: CD 『 Suite Nr.3 & 2 für Violoncello
                  無伴奏チェロ組曲 第 3番、2番 』
                        Wolfgang Boettcher 演奏を発表 。
       「 Regenbogen-Cellotrios  虹のチェロ三重奏曲集 」の楽譜を、
             ドイツ・ドルトムントのハウケハック社
       Musikverlag Hauke Hack Dortmund から出版。

         11年: 「 10 Duette für 2 Violoncelli
                         チェロ二重奏のための 10の曲集 」の楽譜を、
    ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。

         12年: 「 Zehn Phantasien für Celloquartett (Band 1,Nr.1-5)
      チェロ四重奏のための 10のファンタジー (第 1巻、1~5番)」の楽譜を、
      Musikverlag Hauke Hack  Dortmund 社から出版。

         13年: CD 『 Suite Nr.4 & 5 & 6 für Violoncello
                  無伴奏チェロ組曲 第 4、5、6番 』
                        Wolfgang Boettcher 演奏を発表 。
         「 Suite Nr.3 für Violoncello 無伴奏チェロ組曲 第 3番 」の楽譜を、
      ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。

         14年:「 Suite Nr.2、4、5、6 für Violoncello
        無伴奏チェロ組曲 第 2、4、5、6番 」 の楽譜を、
       ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。

          SACD 『 Suite Nr.1、2、3、4、5、6 für Violoncello
                            無伴奏チェロ組曲 第 1, 2, 3, 4, 5, 6番 』 を、
     「disk UNION 」社から、≪GOLDEN RULE≫ レーベルで発表。

           スイス、ドイツ、トルコ、フランス、チリ、イタリアの音楽祭で、
      自作品が演奏される。

        ★上記の 楽譜 & CDは、
「 カワイ・表参道 」 http://shop.kawai.co.jp/omotesando/ 
「アカデミア・ミュージック 」         https://www.academia-music.com/academia/s.php?mode=list&author=Nakamura,Y.&gname=%A5%C1%A5%A7%A5%ED
 https://www.academia-music.com/                           で販売中。

       ★私の作品の  SACD 「 無伴奏チェロ組曲 第 1 ~ 6番 」
   Wolfgang  Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー演奏は、
  disk Union や全国のCDショップ、ネットショップで、購入できます。
http://blog-shinjuku-classic.diskunion.net/Entry/2208/

 

 


※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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