■花束も大砲もあるRobert Casadesus ロベール・カサドシュCD集■
~Belnacベルナック、Francescattiフランチェスカッティとの絶品の共演~
2021.4.5 中村洋子
★昨年2020年12月31日の当ブログで、Pierre Barbizet
ピエール・バルビゼ(1922-1990)のCDセット(14枚)の
お話をしました。
近年、本物のマエストロ、マエストラのCDセットが、
どんどん発売されています。
★近い将来、CDは消滅し、パソコン経由の再生装置で聴くこと
になるのかもしれませんが、私は今この時に、これまで入手困難
だった名演が、星が降るように我が家に集まってくることが、
楽しくてなりません。
★きょうは、Robert Casadesus ロベール・カサドシュ
(1899-1972)のCDセット(30枚)
https://www.hmv.co.jp/artist_%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E%E4%BD%9C%E5%93%81%E9%9B%86_000000000017977/item_%E3%83%AD%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%82%B5%E3%83%89%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%81%AE%E8%8A%B8%E8%A1%93%EF%BC%8830CD%EF%BC%89_9347129
についての、お話です。
カサドシュの、音楽家を輩出した一族や、彼自身の詳細な経歴は、
このCD集を紹介する文章に、大変詳しく書かれていますので、
是非お読み下さい。
★私は、学生時代からカサドシュの録音(当時はLP)を聴いて
きましたが、30枚のCDにまとめられていますと、圧巻ですね。
カサドシュは、作曲家でもあり、様々なジャンルの作品を60曲以上、
残しています。
30枚のCDの内、Disk29はカサドシュの作品が収められています。
以前当ブログでご紹介しましたが、 Wilhelm Furtwängler
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)も、指揮者である
と同時に、作曲家でもありました。
本物のマエストロは、ピアニスト、指揮者、ヴァイオリニスト・・・
云々を問わず、作曲家であることが必要十分条件であるように
思えます。
★30枚のうち、実際に聴いたのはまだ数枚ですが、
一枚気に入ってしまいますと、何回も聴いてしまうからです。
例えばDisk28:Gabriel Fauré ガブリエル・フォーレ
(1845-1924)のピアノ四重奏曲第1番Op.15と、
ヴァイオリンソナタ1、2番Op.13、前奏曲集Op.103。
★ヴァイオリンソナタ1番(1876年)とピアノ四重奏(1879年)は、
相前後して作曲され、有名な歌曲「Après un rêve 夢のあとに」
Op.7も、この時期の作品です。
燃え上がる若さと、その若さの高揚の陰に忍び込むメランコリー、
人生の最も輝かしい時かもしれません。
2020.12.31のブログで、このヴァイオリンソナタの
Christian Ferras クリスティアン・フェラス(1933-1982)
による20歳を少し過ぎたばかりの、素晴らしい演奏を
ご紹介いたしました。
★マッターホルンに日の光が当たり、山全体が燃え上がって
いるような演奏でした。
それに対し、こちらのZino Francescatti
ジノ・フランチェスカッティ (1902-1991)の演奏は、
既に別のCDで何枚か持っているのですが、久しぶりに
聴いてみますと、春の鼓動が大地から湧き上がり、
生き物すべてが生命の喜びを歌う、その様が隅々まで
歌い込まれている壮年の名演です。
これこそ音楽を聴く喜びでしょう。
★我が家にテレビはありませんので、ラジオをよく聴くのですが、
番組の途中で、「ここで音楽です」と挟み込まれる音楽の酷さ、
動物の叫びなのかしら、とも思われるほどです。
動物の雄叫びなら、もう少し上品なのでは、とも思います。
https://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/e/7768a802c7f8cd6e52a8ef2ac38729e9
★人間はやはり、「考える葦」でありたいと、思うのです。
昔のFM放送での服部幸三先生のように、クラシック初心者に、
優しく噛んで含めるように、そしてなおかつ、本質をズバッと突いた
解説をなされ、そのうえで、名演でその曲を聴くという経験があり
ませんと、クラシックの扉を開けるのは容易ではありません。
いまの若い人たちにとって、絶望的な状況かもしれません。
★当ブログは、ピアノや弦、管楽器の先生方もお読みになって
います、どうぞ、現状を嘆くのではなく、若い人やかつて若かった
人に、皆さまの方法で音楽の喜びをお伝えください。
★さて、カサドシュのCDにお話を戻しますと、
Disk18も、大変貴重な録音です。
バリトンのPierre Belnac ピエール・ベルナック(1899-1979)の
Robert Schumann ロベルト・シューマン(1810-1856)
「詩人の恋」Op.48を、カサドシュのピアノで初めて聴いた時、
まるでフランス歌曲(Melodie)のような、あるいは、
カウンターテナーの歌い方のようでもあり、少々面喰いました。
★しかし、聴き進みますと、魅了されました。
何と甘く切なく、そして、とろけるような歌なのでしょうか。
シューマンのショパンを評した「花束の中に隠れた大砲」という
言葉は、このBelnac ベルナックの演奏にもふさわしいでしょう。
花束も大砲も見当たらない、現代の大学「修士論文」のような
乾燥した演奏は、味気ないですね。
思わず何度も何度も、聴いてしまいました。
一度聴きますと、またその陶酔感を味わいたくなるのです。
★表面の花束だけでなく、厳しい大砲をその胸に秘めて
いるための素晴らしさ、綺羅星のごときお弟子さんの存在も
そこに由来します。
名歌手のGérard Souzay ジェラール・スゼー(1918–2004)、
Elly Ameling エリー・アメリンク (1933- )、
Jessye Norman ジェシー・ノーマン(1945-2019)・・・の
先生でもありました。
★ロベール・カサドシュと奥さまのGaby Casadesus(1901-1999)
との「カサドシュ・デュオ」の素晴らしさは、言うまでもありません。
二人は1921年に結婚してから、すぐにデュオを結成しています。
Fauré のドリー、RavelのMa Mère l’Oye マ・メール・ロワ、
Claude Debussy クロード・ドビュッシー(1862-1918)の
小組曲等、いまはなかなか入手困難なCDですので、是非
皆さまも聴いて研究なさって下さい。
カタクリの花
★12月31日の当ブログで書きました、「バルビゼ」のCD集に
収録の、「Ma Mère l’Oye マ・メール・ロワ」は、Samson François
サンソン・フランソワ(1924-1970) と共演ですが、これは全く
違う個性の、譬えて言えば、金と銀との融合のような名演。
それに対し、カサドシュ夫妻のデュオは、融け合ったプラチナの
輝きです。
★Disk7には、たった2分少々の小品ですが、Ravel作曲
「フォーレの名による子守歌」を、Zino Francescatti
ジノ・フランチェスカッティ (1902-1991)とカサドシュの二重奏で
聴けるのも、嬉しいものです。
このような小品の、絶品ともいえる名演が聴ける機会は、
本当に限られています。
★私は以前、数回のシリーズで、Ravelの「ソナティネ」の
アナリーゼ勉強会を開いたことがあります。
その折、複数の海外の校訂版を参加者の皆さまと学んだのですが、
このカサドシュの校訂には圧倒されました。
Edited by ROBERT CASADESUS
RAVEL Sonatine GREAT PERFORMER'S EDITION
G.SHIRMER, Inc.(シャーマー出版)
https://www.academia-music.com/products/detail/38886
★1923年カサドシュは、パリの Viex Colombier で「Gaspard
de la Nuit 夜のギャスパール」を演奏しましたが、
それをRavelが聴き、深く感銘しました。
初めてのこの出会いの後、Ravelとカサドシュは、
モンフォール・ラモリーのRavel自宅や、パリで数多く出会い、
カサドシュのリサイタルの最後の仕上げは、Ravelの貴重な指導に
よるものとなりました。
★翌1924年6月7日、まだ25歳のカサドシュは、パリのSalle Pleyel で
Ravelの作品のみのリサイタルを開き、Ravelも出席しました。
その数日前に、カサドシュに手紙を出してこう書いています。
≪親愛なる友よ。私はあなたの演奏に何の心配もしていませんが、
お役に立つようでしたら、水曜11時半頃あなたの家に立ち寄ること
ができます。・・・≫
ショウジョウバカマの花
★まるで我が子のリサイタルを心配して、ソワソワする父親の
手紙のようですね。
大作曲家のRavelから、このような手紙をもらった若きカサドシュは、
どんなにか嬉しかったことでしょう。
★先ごろご紹介しました Edited by Robert Casadesus
ロベール・カサドシュ校訂のRavel「Sonatine ソナティネ」の
楽譜は、()の中に、as recorded by Gaby Casadesus と、
記されています。
そして、copyright は1985年 ロベールの没後です。
妻ギャビーによって≪All the pedal and finger nuances were
from comments which I found in my husband's scores≫と、
記されています。
★おそらく夫ロベールが1972年に73歳で亡くなった後、
ギャビーが、夫の楽譜から発見したペダルやfinger nuances
(フィンガリングも含むのでしょう)の書き込みを、付け加え、
夫の演奏を、楽譜として残そうとしたのでしょう。
★例えば、1楽章冒頭にRavelが書いた
「Moderate Gentle and Expressive」に加えて、
カサドジュがメトロノームによるテンポ 「♩=63-69」 を
書き添えています。
フィンガリングについては一例として、1楽章冒頭の右手の
2、3小節をみてください。
★この1楽章は、旋法の影響を色濃く宿してはいますが、
♯三つの調「fis-Moll(嬰へ短調)」で、分析しますと、
冒頭音「fis²」は主音、次の「cis²」は属音となります。
そうしますと、主音→属音の動きは、次にどこを目指すでしょうか?
主音「fis²」から完全5度上の属音(完全4度下でもあります)
「cis²」の次は、その更に完全5度上の「gis²」ではないでしょうか。
★2小節目から始まる「crescendo」の頂点が、3小節目の「gis²」に
なっています。
そして、2、3小節のフィンガリングを見ますと、2小節目の「h」のみ
フィンガリングがありません。
★フィンガリングが付けられた「cis² d² e² fis² gis²」を更に、
詳しく見ますと、属音「cis²」の16分音符から、音価の長い
8分音符に上行し、その後二個の16分音符「e² fis²」を経て、
音価の長い8分音符「gis²」に、駆け上ります。
5つの音譜「cis² d² e² fis² gis²」が、サラサラと5つ並んでいる
のではなく、「cis² d²」 「e² fis² gis²」と、二つのグループに
明確に、分かれていることが分かります。
★この2分音符の「gis²」の後、3小節目2拍目は、
16分音符の「gis²」が、もう一度「gis²」を確認するように奏され、
この16分音符の「gis²」が、ここまでの旋律の頂点となります。
★精緻なRavelの音楽を鋭く見抜き、それをどう演奏するべきか、
はっきりと示しているフィンガリングです。
これだけ一部の隙も無い音楽の後には何が必要でしょうか。
★実は、このカサドシュ校訂版からは、随所に
“Ravelの肉声”も、聴こえてくるのです。
1楽章3小節目上声「gis²-e²-gis²」の後、
16分休符に続く pp sub.(急にppで)に付けられたマーク「※」の
注釈として、≪Virgule de Respiration-indique par Ravel
歌うときのように息をつぎなさいーこれはラヴェル自身による
マークです≫と、書かれています。
張り詰めた緊張感は、この一瞬のブレスによって、
演奏者を、そして聴く人をも解き放ち、次の豊かな展開へと
つながっていくのです。
★前回のブログ
https://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/m/202103で
お知らせしました、私の作品「無伴奏チェロ組曲1~3番」の
SACDを、お聴きになりました方から、
次のようなうれしいメールが届きました。
≪チェロには、実にいろいろな音色があるのですね。
SACDの音は 確かにくっきりすっきりした感じで、特に
車のスピーカーで聴きますと、音量を上げたわけではありませんが、
車全体が響きます。是非続きのお話も期待します≫
前回のブログで掲載しました私の作品解説をご希望とのことです。
折を見て2~6番までの解説も書いてみたいと思います。
≪先生のチェロ組曲を聴いていました。
音の波動やうねりが皮膚に伝わって来ます!
コンサートになかなか行けませんが、
先生のCDで充分楽しめて満足です≫
コロナでコンサートに行く機会も減っているようです。
ご自宅で、音の豊饒を楽しんでください。
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