■続・Mozart KV331の自筆譜見つかる、Henle新版はそ知らぬ顔で訂正■
2015.8.8 中村洋子
★2014年秋ハンガリーで、Mozart モーツァルト(1756-1791)の、Klaviersonate
A-Dur KV331の「Manuscript Autograph 自筆譜」が発見されたお話の
続きです。
★二つの譜例は、日本でも有名なドイツの「Henle出版」の楽譜から採りました。
最初の譜は、「Manuscript Autograph 自筆譜」が発見される前の版から。
後の譜は、自筆譜発見後の2015年出版の最新版からです。
★旧版(誤った譜)では、この部分について脚注で以下のように書いています。
「In den Takten 24 u. 25 fehlt in der Erstausgabe ♮ vor c¹ ;In Takt 26 steht
wohl versehentlich ein ♯ statt ♮ vor c².」
「初版譜(中村注:出版されたのはモーツァルト存命中ですが、
年は確定されていないようです)では24、25小節目の c₁ の前の ♮ が欠けている。
26小節目の c² にも、 ♮ の代わりに♯ がうっかり誤って付けられている」。
(この曲は調号が♯三つの「A-Dur」ですので、臨時記号がない限り「ド」はすべて
自動的に♯の付いた「cis」となります)
★つまり、初版譜はモーツァルトの作曲意図に反して、
調号により24、25小節目の「c¹」 と26小節目の「c²」 に「♯」が付いて、
「A-Dur」になっており、その間違いを直すため、
そこに「♮」を加えた・・・としているのです。
★しかし、今回新たに自筆譜が発見された結果、
初版譜こそがモーツァルトの書いた通りの正しい楽譜であったことが
証明されてしまいました。
Henle旧版の“初版譜の誤りを正した”という主張こそが、
実は誤りであったのです。
★そこで、Henle新版の脚注を見ますと、ちゃっかりと次のように記しています。
「Viele Ausgaben ergänzen ♮ ;in den Quellen jedoch eindeutig A-dur bis
einschließlich T.26.」
「たくさんのエディションは、 ♮ を補っていますが、源泉資料では疑いもなく
明白に26小節目までA-durです」
★結局この脚注は、「Manuscript Autograph= 自筆譜」とは書かずに
「Quellen=源泉資料」という言葉を使って、
旧版の誤りをそ知らぬ顔で訂正しています。
★ “Henle版の楽譜ならば安心!”と思っている方は日本でも多いようですが、
盲信はしないほうがよろしいでしょう。
まして、擦り切れた古い版を使い続けていますと、
このような“訂正”とも無縁となってしまいます。
★繰り返しになりますが、自筆譜の発見で分かった最も大きな相違点は、
第2楽章 Menuetto の24、25、26小節でしょう。
従来は、24小節目下声と、25小節目下声の「cis¹」が「c¹」とされ、
続く26小節目上声1拍目「cis²」も「c²」となっていました。
★従来の「c¹」、「c²」で弾きますと、24、25、26小節、
そして27小節目までは、とても小奇麗でエレガントな 「a-Moll イ短調」です。
しかし、Mozart 自筆譜の「cis¹」、「cis²」にしますと、
24、25、26小節は 「A-Dur イ長調」、そして27小節目冒頭でいきなり、
「A-Dur の同主短調」である「a-Moll イ短調」に激変するのです。
★これにより、Mozart がなぜ24小節目に「p」、25小節目に「cresc.」、
28小節目に「f」を指定したか、その理由が明確に分かるのです。
旧版では「cresc.」の位置も違っています。
26小節目に「cresc.」がありますのは、a-Mollによる
“穏やかな変化”を表現するとすればそれはそれで妥当でしょう。
★27小節目で劇的に変化した後、追い打ちをかけるように、
28小節目を「f」とし、29小節目はドッペルドミナントにしています。
そのドッペルドミナントは5音下行形で、その下行した5音をバスにもち、
30小節目のドミナント(半終止)に着地するのです。
小奇麗でエレガントではなく、まさに、ドラマティックな音楽に変容するのです。
★続く31小節目は、主調「A-Dur」に復調し、再現部が始まります。
心憎いばかりのMozart の設計図を支えているのが、
この「cis¹」と「cis²」なのです。
それが、自筆譜で明らかになりました。
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