ベラルーシの部屋ブログ

東欧の国ベラルーシでボランティアを行っているチロ基金の活動や、現地からの情報を日本語で紹介しています

バイリンガル教育・T家のケース

2015-11-21 | ベラルーシ生活
 以前の投稿にも書きましたが、混血の子どもだからと言って二ヶ国語ができるようになるとは限りません。

 どちらかというとバイリンガル教育を親はしてきたけれど、思っていたほどうまくいかなかったというケースのほうが多いようです。
 以前日本のラジオ局からベラルーシがテーマで取材を受けたときに
「そう言えば、Tさんは国際結婚されていて、お子さんもいますよね? 海外在住ですけれどお子さんは日本語ができますか?」
ときかれて「はい。」と答えると驚かれたようすで
「そうですかー。実は企画でバイリンガル教育をテーマにした番組を作る予定があって、今いろいろな海外在住日本人にこのような御質問をしてデータを集めているところなんです。でもTさんのように『はい。』と即答された方はほとんどいなくて・・・。この番組をつくることが決定しましたら、また改めて取材してもいいですか?」
と言われて、了承したのですが、その後このラジオ局から連絡はありませんでした。

 バイリンガル教育と言っても、実にいろいろなパターンがあります。

 両親は日本人同士なのか、人種がちがうのか、外国人同士か。
 住んでいるところは日本なのか、外国なのか。両親とは無縁の第三国なのか。
 ふだん通学する教育機関は? 日本の公立の学校なのか、外国の公立学校なのか、インターナショナルスクールなのか? 日本人学校に行くのか? 日本語補習校なのか・・・などなど
 両親以外にも外国語でコミュニケーションする相手はいるのか? 兄弟は? 親戚は? 友達は?
 同時に二ヶ国語を教えるのか、それとも一つの言語を母国語として習得させた後、もう一つの言語を教えるのか?
 バイリンガル教育にかけられる予算はどのぐらい?

 バイリンガル教育に成功した、という場合でも、どういうレベルを成功としているのか、基準はいろいろあります。
 二ヶ国語とも、4技能(読む、書く、聞く、話す)が完璧なのかどうか。
 それとも論文がすらすら読めるレベルにまで到達すれば完璧と見なすのか。
 それとも日常生活レベルに支障がないレベルであればよしとするのか。
 会話はできるけど、漢字は苦手という場合も成功例に入れるのかどうか。

 バイリンガル、と言ってもさらに「二重バイリンガル」「平衡バイリンガル」「偏重バイリンガル」・・・などいくつかの種類に分かれます。
 セミリンガル(ダブルリミテッド)という言葉もあって、要するに二ヶ国語を子供のときから勉強していたけど、結局どちらも中途半端になってしまい、「これならちゃんとできる!」という母国語が一つも確立しないケースもあります。(滝沢カレンさんはこのケースに当てはまるのかもしれません。)
 
 さらには子どもを取り巻く、環境や社会もちがってきます。また子どもの心理状態も人それぞれだし、成長するにしたがって変化します。
 反抗期に入って、1ヶ国語しかしゃべらなくなったというケースや、「自分は日本人じゃない。」と言い出して、日本語を拒否するケース。自分が住んでいる国の状況によっては「日本語ができたって就職などに有利にならない。」と勉強を放棄するケースなどが多々あります。

 このような条件を挙げていると本当にさまざまで、しかもその組み合わせの数まで考えると、大変な数のパターンに分かれます。
 バイリンガル教育、と一口に言っても、文字通り千差万別で自分の子どもとぴったり同じ条件の他のお子さん(前例)には出会えないと思ったほうがいいかもしれません。

 つまり他の人のバイリンガル教育の成功例も失敗例もそのまま自分の子どもに当てはまるとは限らないということです。

 ・・・ということを踏まえたうえで、T家のケースをお読みください。

 うちの子を取り巻く環境や条件はこうなっています。
 親の希望は「日本語とロシア語のバイリンガルになってほしい」です。あわよくば「ベラルーシ語もできるトリリンガル」。

 両親の人種はちがう。ウクライナ人の父親と日本人の母親。
 両親の母語は父親がロシア語で、母親が日本語。
 父親はロシア語以外にもウクライナ語とベラルーシ語ができます。(ただし書くのは苦手。)日本語は全くできません。
 母親はロシア語ができます。(完璧ではないですが、日常生活が送れて、職場でも問題なく使えるレベル。)

 子どもは父親とは常にロシア語だけで話しています。
 母親とは日本語です。
 しかし親子3人で会話をするときは全員ロシア語です。
 我が家では日本語とロシア語を同時に教え始めました。(生まれてからすぐということです。)

 生まれ育ったところはベラルーシ。ベラルーシの公用語はベラルーシ語とロシア語で、現地の義務教育でこの二ヶ国語は必須科目。

 ベラルーシに日本人学校はありません。日本語補修校もありません。アメリカンスクールはあり、外国人を受け入れていますが、日本語の授業は当然ありません。なのでベラルーシの公立の学校に通学しています。
 私立の小学校で外国語選択科目として日本語を教えている学校が1ヵ所ありますが、この学校が日本語を選択科目に入れたころはうちの子は中学生になっていたので、日本語を勉強する場として選択範囲の中に入っていませんでした。

 ベラルーシに住んでいる日本人の数ははっきり分かりませんが、今50人ぐらい。そのうち小中学校の学齢の子どもはたぶん5人ぐらい。(純血の日本人児童はいません。)
 日本人の同年齢ぐらいの友達もいません。
 兄弟もおらず一人っ子なので、うちの子が日本語を話す相手は、普段母親1人だけ。
 夏になると母方の日本人祖父母(もちろんロシア語はできない)がベラルーシへ遊びに来るので、そのときは日本語での会話が増えます。

 日本語の勉強になるからと子どもを連れて毎年日本に里帰りするということもしていません。
 本人が日本へ行ったのは生まれてこのかた1回だけです。6歳だったので、あまり記憶もありません。
 将来一家で日本に住む予定もありません。父親が日本語ができないのと、生活の基盤がベラルーシにあるためです。

 バイリンガル教育にかけられる予算は・・・あまりないです。というより、あわよくばあまりお金をかけずにバイリンガルになればいいなあ、と甘いことを考えています。(^^;)

 ベラルーシは人種差別が少ない国なので、「日本語なんかできなくていい! それより公用語であるベラルーシ語を習得せよ!」といったことはありません。
 父親も協力的で、二ヶ国語を教えることを肯定しています。
 一方でベラルーシは日本との関係が少ないので、日本語ができてもそれを生かせる就職先がベラルーシ国内にほとんどありません。

 じゃあ、進学や就職に役立たないし、ふだんコミュニケーションをとる相手もほとんどいないのに、なんでまた自分の子どもを苦労してバイリンガルにしょうとするのか? ときかれそうですね。
 その答えはいろいろあるのですが、何といっても「21世紀を生きるこれからの世代の人は2ヶ国語以上できるのが当たり前になってきており、そのためには子どものときから勉強を始めておいたほうがいい。」と思うからです。

 ・・・とまあ親のほうは立派な目標を掲げていますが、子どもが小さいときには「おじいちゃんとおばあちゃんと日本語でお話しできるほうがいいでしょ」レベルのことを言っていました。(^^;)

 反抗期に突入した娘ですが今のところ、日本語の勉強を続けています。
 12歳で日本語能力試験N2レベル(2級)も受かったし、(追記。その後14歳でN1レベル合格しました。)バイリンガル教育はうまくいっているほうだと思います。
 でもやはり漢字を欠くのは同じ年齢の日本人の中学生と比べて苦手なほうだと思います。そしてやはり母語(一番とくいな言語)は何?と聞かれたら、ロシア語と答えています。
 寝言もロシア語が多い(^^;)ので、たぶん母語はロシア語で、日本語は母語ではないと思います。
 
 T家のバイリンガル教育ですが、ロシア語のほうは学校で勉強するので、特別なことは家庭ではしていません。
 問題なのは日本語のほうです。

 バイリンガル教育がうまくいかなった例として、父親とは○○語だけをしゃべり、母親とは△△語だけをしゃべるようにしていた場合、父親と母親の間は○○語だと、△△語で会話する2人の人間を見たことがない、ということになるので、△△語は習得しにくくなる、というのがあります。

 我が家の場合だと、○○語がロシア語で、△△語が日本語です。
 おじいちゃんとおばあちゃんが来たときは母親が祖父母と日本語会話しているところを子どもに見せられるのですが、短期間です。
 
 こういう失敗例を聞いていた私は、子どもに「日本人同士が日本語で会話しているようす」を見せるために、日本のテレビを見せることにしました。
 ベラルーシでは日本語衛星放送を見ることができます。詳しくはこちらのHPをご覧ください。
 子供向けの番組もあるので、それを見ると日本の子どもが日本語でおしゃべりしている様子が見られます。
 また日本語の歌も覚えることができました。
 テレビの見すぎは教育上よろしくない、という意見が多いですが、我が家のバイリンガル教育には日本語のテレビは大変役立ちました。
 
 次に日本語教育に役立ったことは、やはり日本文化情報センターの存在です。
 ここでは2007年から無料の日本語教室を週に1回開いています。うちの子も7歳から大人にまじって授業に参加させました。
 自分以外に日本語を勉強しているベラルーシ人の姿を見ていたことが刺激になったと思います。

 また日本文化情報センターには、外国人向け日本語教科書のほか、日本の絵本や児童文学書、日本の音楽CDも所蔵しているのでそれらを利用できたのも勉強になりました。
 センターで行っている活動、茶道や書道、墨絵などにも参加させました。

 (家庭の中でもできる限り日本の年中行事を再現しました。お正月にはおせち料理、節分のときは豆まきに恵方巻き、雛人形も飾って、七夕では短冊を書いて・・・というぐあいです。) 

 言葉だけではなく日本の伝統文化も理解してくれたら、ということです。 
 
 何となく家庭内でおしゃべりして会話ができたらよし、というのでは、自分がどのレベルに達したのか、客観的に見ることができないと思い、日本語の習得度を知るために10歳から日本語能力試験を受験させています。
 勉強するのに目標や基準ができて、やる気の持続のためにはとても効果があると思います。
 ただベラルーシは試験会場に選ばれていませんので、毎回越境して受験しなくてはいけないので、大変です。
 チロ基金が交通費支援しているので、その点は助かっていますけどね。
 交通費を支援してもらうためには絵本を翻訳しなくてはいけませんが、その作業も小学校1年生から毎年始めました。

 次に日本の教科書を在ベラルーシ日本大使館経由で受け取っているのも日本語の勉強に役立っています。
 海外に住んでいる日本人の子ども(義務教育年齢で、日本国籍を持っている場合)は日本国内に住んでいる子どもと同様無償で、教科書をうけとることができます。
 詳しくは文部科学省のサイトあるいは海外子女教育振興財団のサイトをご覧ください。

 日本国民は教育を受ける権利があると憲法にも定められているわけですから、居住している国に関係なく教科書をもらえる、という考えです。
 このことを私は知っていたのですが、なぜか「将来日本に帰国する予定の日本人子女でないと教科書はもらえないんだ。」と勘違いしており、娘が小学校1年生になったときに、申し込みをしなかったのです。
 ところが1年後大使館員から
「そう言えばTさんのお子さんは何年生になるんでしたっけ?」
ときかれ
「来春2年生になります。」
と答えると、
「あ、そうだったんですか。じゃあ、2年生から教科書をもらってください。」
と言われ、手続きもしてくれたらしく、翌年から毎年ちゃんとほぼ全教科の教科書を大使館経由でいただいています。
 (これも義務教育期間だけなので来春中学3年生の教科書をいただくのが最後になります。ちなみに無償であっても教科書が不要と判断した場合、もらうのを断ることもできます。)

 このようなわけで、1年生の教科書だけがなかったのですが、実は日本文化情報センターには小学校や中学校の教科書を若干数所蔵しており、娘が1年生のときは、その教科書を使って国語と社会は勉強していました。
 しかし弊センターの教科書は古いものです。
 2年生からは自分の教科書をもらえて、直接書き込みもできるようになり、とても日本語の勉強になったと思います。それに最近の教科書は印刷もきれいで、写真や図表もカラーで分かりやすいですね。
 こういうものに税金をかけるのは、国の将来のためにも役立つことだと思いますよ。

 一方で教科書があっても、それを開いて勉強しないと意味がありません。
 日本人学校に通っている場合は、教室で先生や同級生といっしょに教科書を使って学んでいるわけですが、ベラルーシには日本人学校がありません。

 仕方ないので、「親子2人だけ日本人学校」状態で勉強していました。
 私が大学で教育社会学を専攻していたので、教えるのはそんなに大変ではありませんでした。
(私は文系頭なので、中学数学を教えるのは、少々心もとなくなっていますが。問題の答え合わせに時間がかかる・・・)(^^;)
 せっかくいただいた教科書なので全教科を勉強しています。
 しかしベラルーシの学校のほうも高学年になると宿題が増えてきて、日本の教科書を勉強する時間がなかなか取れなくなってきます。
 幸いベラルーシの学校は夏休みが3ヶ月あるので、そのときにまとめて日本の教科書を開いて勉強し、何とか学年度末までには日本の学校で勉強している日本人の子どもの学習に追いつくようにページ配分をしてこなしました。

 こうして書くと大変そうに思えますが、数学の公式などは世界共通なので、「これはベラルーシの学校で習った。」という内容は、日本の教科書でもさっと進むことができました。
 理科や社会の教科書は写真などがきれいなので、日本語で読んでいてもよく理解できたようです。

 せっかくなので、いただいた教科書以外にも、日本文化情報センター所蔵の教科書も学年に合わせて全て読み進めました。
 また漢字ドリルも小学校1年生から6年生の分はあったので1ページずつ活用しました。

 もちろん日本文化情報センターには、外国人向けの日本語教科書も多数あります。ロシア語で説明のあるもの、英語で説明のあるもの、日本語で説明のあるものの3種類の教科書を習熟度に合わせて読み進めました。
 
 他にも「手紙の書き方用例集」「ビジネス文書用例集」といった本もセンターにあるので、日本語能力試験対策に活用しました。
 機会があれば、日本語で手紙を書いたり、「未来の」履歴書や「架空の」会議資料を作成しました。

 書籍以外にもインターネットの子ども向け学習サイトなども活用して、クイズ形式で漢字を勉強したりしました。
 今はこのようなサイトがたくさんあるので、自分に合ったものを見つけて活用できますね。

 長くなったのでまとめるとT家のバイリンガル教育(日本語教育)は 
「親が日本語で話しかける」から始まり、
幼児期からは「日本語のテレビ番組を視聴する」
小学生になってからは「日本語教室に参加する」「日本人の小中学生が学校で使っている教科書や教材」「外国人向け日本語教科書」で勉強。
「役立ちそうな本は日本文化情報センター(図書館)で無料で借りる」ことで節約。「インターネットの子供向け学習サイト」もメインの教材ではありませんが、活用しました。

 目標を設定するため「日本語能力試験を受験する」
 そのために「日本の絵本の翻訳作業に参加する」ことをしました。

「日本語を勉強しているベラルーシ人の友達」を年齢に関係なく作ったり、日本文化情報センターのイベントや年中行事などを通じて「日本文化に触れさせる」のもバイリンガル教育に役立っていると思います。

 親としては日本語を教えるためにできるだけ日本に住んでいるような環境を子どもの周りに作ろうと努力していますが、当然完璧にはできません。
 また親が本や学習サイトを見つけてきても、子ども自身が学ぶ気持ちがないと語学ができるようにはなりません。
 正直言って、バイリンガル教育は本当に大変です。この記事を書くだけでも疲れました。(^^;)
 大変なのですが、親子二人三脚のバイリンガル教育はもうしばらく続けようと思っています。