ベラルーシの部屋ブログ

東欧の国ベラルーシでボランティアを行っているチロ基金の活動や、現地からの情報を日本語で紹介しています

読売新聞に掲載されました!

2013-07-31 |   新美南吉
 2013年7月31日付読売新聞夕刊に新美南吉生誕100年の記事、そしてベラルーシでも南吉作品が紹介されることが載りました!!!

 読売新聞購読者の皆様、お見逃しなく・・・!

 ネット上でもこの記事を読むことができます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


新美南吉 生誕100年 国内外で相次ぎ新刊


大津の日本画家 美しい「悲しみ」作画

 「ごんぎつね」などで知られる童話作家・新美南吉(1913~43年)が今年、生誕100年を迎え、作品が国内外で相次いで出版されている。いずれも増刷されるなど人気だ。時代や国境を超えて愛される理由を、専門家らは「どこかもの悲しいストーリーの行間からにじみ出る、人間を見つめる視線の優しさが、現代人の心に響く」とみる。

 百姓の兵十ひょうじゅうと心を通い合わせようとしたキツネを描いた「ごんぎつね」、子ギツネが人間の町を訪れ、手袋を買い求める「手ぶくろを買いに」……。南吉は29歳で亡くなるまでに約120編の童話を残した。作品は死後、脚光を浴び、1950年代から小学校の国語の教科書に掲載。絵本は約10種類あり、今年は多くの新刊本が出版されている。

 新樹社(東京)は先月までに、「ごんぎつね」など5作を発刊した。原画を描いたのは、大津市在住の日本画家・鈴木靖将さん(69)。南吉の童話は子どもの頃に読んだ記憶はあったが、同社からの依頼で改めて読み直し、悲しみが美しく描かれた作品に魅了された。5作の原画計76枚を1年余りかけて完成させ、「童話には悲しみこそ人間を成長させるというメッセージが込められていると感じた。登場人物の内面が読者に伝わるように描いた」。

 ほかにも、講談社が1月に「ごんぎつね」などを刊行し、1~2か月ですでに増刷。担当者は「子どもだけでなく、大人の心もつかんでいる」。ポプラ社や岩崎書店なども発刊した。

 海外でも評価が高まっている。新美南吉記念館(愛知県半田市)などによると、フランス、米国などで現地語版がすでに出版され、今年9月にはベラルーシの児童向け雑誌に「ごんぎつね」が登場する。中国では小鳥と木の友情を描いた「去年の木」が教科書に採用されており、今年は作品集の発行が続く。中国語への翻訳を担当してきた周龍梅・佐賀大非常勤講師は「人間の優しさや温かみが感じられる作風なのが支持される理由」とする。

 
 新美南吉 にいみ・なんきち。1913年7月30日、愛知県半田市生まれ。旧制半田中学校(現・愛知県立半田高校)に通う学生時代から執筆を始めた。「ごんぎつね」は18歳の時の作品。その後も愛知県で教員を務めながら創作を続けた。生前はあまり知られていなかったが、今では「東の宮沢賢治、西の新美南吉」と称せられる。

(2013年7月31日 読売新聞)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 電話で取材を受けたのですが、内容はほとんどカットされてしまいましたね。(^^;)
 
 でも気にしませーん。

 ベラルーシでも新美南吉が紹介されている、ということが日本の方に伝わったわけですから。とてもうれしいです!
 
 

新美南吉生誕100年記念朗読会 6

2013-07-30 |   新美南吉
 アンケートに答えてくれた子ども達には全員に折り紙用の紙(日本製)セットをプレゼントしました。
 でもただ紙をあげるだけではつまらないので、きつねの作り方の説明もいっしょに渡しました。
 朗読会の後さっそく作ってくれた子がいましたので、記念撮影です。このきつねの名前はもちろん、ごんです。
 他の子どもたちも家に帰ってからきっと、折り紙でごんを作ってくれていると思います。

 盛況のうちにベラルーシでも新美南吉生誕記念イベントがお開きとなりました。(^^)
 しかし、9月30日世界翻訳の日にも「新美南吉作品ロシア語・ベラルーシ語翻訳記念イベント」を行います。
 新美南吉展は8月2日で一度終了しますが、9月3日からリニューアルして再開します。
 まだまだベラルーシでがんばりますよ。

 今日はベラルーシの人達を相手に
「生きていたら今日100歳になっていたんです。」
と説明しまくっていたので、何だか本当にまだ新美南吉が生きているような錯覚を起こした日でした。

新美南吉生誕100年記念朗読会 5

2013-07-30 |   新美南吉
 朗読の後は、感想を募集しました。
 アンケート用紙を用意して、表に氏名と年齢、気に入った作品の題名に丸をつけてもらいました。
 さらに裏面に感想を書いてもらいましたが、文章で書けない、という小さい子どもには、「気に入った登場人物」や「気に入ったシーン」を絵で書いてください、と頼みました。
 集まった感想の一部を画像でご紹介します。

 絵で見るとだいたい分かりますねえ。
 ちなみに一番上の列の左から2番目は「去年の木」で、その右側は(よく分かりませんが)ごんぎつねだそうです。
 上から3列目の一番右の絵は「倒れているごん」です。
 ぱっと見てすぐに分かるごんや、見ていたかのように上手に書いた「あめ玉」の4人もいますね。

 会場には色鉛筆をたくさん用意していたのですが、なぜか色を使って絵を描く子どもが少なかったのが、少々残念です。

 しかし、ベラルーシの子ども達の感想がもらえてとてもうれしいです。
 ロシア語の部分は日本語に翻訳して後ほど紹介したいと思っています。

 とりいそぎ、気に入った作品の集計の結果なのですが、発表します! (複数回答可)

第1位「ごんぎつね」14人
第2位「あめ玉」8人
第2位「去年の木」8人
第4位「でんでん虫のかなしみ」6人
第5位「狐」5人

 ・・・となりました。ベラルーシ人の間でも「ごんぎつね」が人気ですねえ。
 すごいね、ごん! と思いました。
 
 気に入った理由については文章に書いている場合は翻訳して、新美南吉記念館にお伝えする予定です。
 
 

 

新美南吉生誕100年記念朗読会 4

2013-07-30 |   新美南吉
 口を開けて見入っていますね。
 確かに南吉童話はゲラゲラ笑える話ではないので、(^^;) しかも、日本の話ということで、異文化に対する衝撃が大きかったかもしれません。
 でも小さい子どもも真剣に見ている子が多かったです。

新美南吉生誕100年記念朗読会 3

2013-07-30 |   新美南吉
 朗読会で朗読した作品はこのとおりです。

「でんでん虫のかなしみ」(ロシア語)
「あめ玉」(ロシア語)
「去年の木」(ベラルーシ語)
「ごんぎつね」(ロシア語)
「狐」(ロシア語)

 朗読したのは翻訳も担当したうちの娘です。
 私がしてもよかったんですが、うちの子から「発音がなまってる。」とダメ出しされ、翻訳者ご本人に朗読してもらうことになりました。
 私は画像にあるように、司会進行しながら、パソコン操作をしていました。
 
 朗読会なのですが、ただ読むだけだと特に日本独自の風物を説明するのが難しいので、画像や映像、効果音つきで朗読しました。
 特に「六地蔵」とか「お歯黒」なんてベラルーシの人は全く意味が分かりませんので、画像などを活用しました。

 木魚の音などは半田市教育委員会が制作した「ごんぎつねものしり図鑑」が大変役立ちました!
 このデジタル教材は本当にすばらしいので、ぜひ皆さんもご覧ください。「ごんぎつね」への理解がとても深まりますよ。
 
 このほか、「でんでんむしのかなしみ」の朗読の後に美智子皇后陛下が1998年インドで開催された国際児童図書評議会第26回世界大会で行った講演の中で、「でんでんむしのかなしみ」について述べられている部分のロシア語訳(この講演を翻訳したのは日本文化情報センターではありません。)を、声がきれいな図書館員さんに朗読してもらいました。
 

 

新美南吉生誕100年記念朗読会 2

2013-07-30 |   新美南吉
 日本文化情報センターすぐ隣のミンスク市立第5児童図書館閲覧室に移動して、朗読会を行いました。
 最初に簡単ですが、私のほうから新美南吉の生涯について紹介しました。

 とは言うものの、細かく語るわけにもいかないので、子ども向けの紹介にしました。
 お父さんが畳屋さんで、お母さん(継母)は下駄屋さんでした、と話したときは、畳ではないけれど、イグサで作った敷物と下駄を見せて、実際に手に取ってみてもらいました。(子ども達はイグサの臭いもかいでいました。) 

 この画像は私、イベントの最中はちょっと忙しくて、自分で自分を撮影できないのですが、参加者の1人の方が写真を撮ってくれたものです。

新美南吉生誕100年記念朗読会 1

2013-07-30 |   新美南吉
 2013年7月30日生誕100年を迎えた新美南吉。この日を記念して日本文化情報センターはロシア語とベラルーシ語に訳した作品を朗読しました。
 ミンスク市内にあるそばかす幼稚園の子ども達、そしてSOS子ども村で保養滞在中の子ども達(ゴメリ州モズィリ市から来ました。)、図書館関係者、マスコミ関係者の皆さんが朗読会に来てくれました。
  今日の朗読会は新美南吉生誕100年記念事業実行委員会から正式に後援事業として認められたものなので、それにもかかわらずバカンスシーズンで人が来なかったらどうしよう、と心配していたのです。
 でも実際には約30人の児童を含む約50名が参加しました。こんなにたくさん人が来ると思っていなかったので、驚くやら嬉しいやらです。

 さて、まずは日本文化情報センター内で現在開催されている新美南吉展を見てもらいました。
 みんな細かいところまで真剣に読んでいたので、うれしかったです。
 センターはそんなに広くないので、子ども達でかなりぎゅう詰めになり、写真を撮影するのも難しかったくらいでした。

 
 

 

ベラルーシの新聞「ゴーラス・ラジムィ」に新美南吉紹介記事が載りました!

2013-07-29 |   新美南吉
 7月25日付のベラルーシの新聞「ゴーラス・ラジムィ」紙に新美南吉の作品がベラルーシ語とロシア語に翻訳されたことがニュースとなり、掲載されました。
 さらに「でんでんむしのかなしみ」のベラルーシ語訳も載りました! とてもうれしいです!!!

 新美南吉の写真が紙面で言うと下のほうですが、第1面に載りましたよ。
 記事自体はけっこう長い記事で、前半が第1面、続きの後半が第3面に掲載されています。
 この画像は第1面の下のほうをスキャンしたものです。 

 この記事は現在ネット上でも読めるようになっています。ベラルーシ語の記事なので、文章のほうは全然読めない、という日本人の方がほとんどだと思いますが、画像など見られますので、ぜひご覧ください。(こちらをクリック。)
 ただし、ネット版のほうは本文記事は読めますが「でんでんむしのかなしみ」のベラルーシ語訳は読むことができません。(残念ですが・・・。)

 それにしても、ベラルーシでは全く無名の日本人の作家について、新聞の1面で生誕100年をニュース記事にしてくれた「ゴーラス・ラジームィ」紙編集部の英断には感謝しています。
 今回の翻訳作品は、やっぱり児童向けの雑誌に掲載してほしかったので、新聞にはあまりPRしていなかったんですが、それでも4紙に打診した結果、「ゴーラス・ラジムィ」紙から掲載了承が出て、運がよかったと思っています。

 そして南吉作品の中ではベラルーシ語に訳されたものが、今回初めて活字になったので、また歴史的(^^;)一歩を記せたと思いました。

 ただ、ちょっと訂正があります。
 記事内で翻訳をした私の娘を紹介する箇所があるのですが「(今年の9月から)7年生(日本で言うと中学1年生)になる」とありますが、正しくは「小学6年生」です。
 ちなみにベラルーシでは新学年は9月1日から始まります。

 それと新美南吉の写真の提供は半田市にある新美南吉記念館であることを明記するよう頼んでいたのですが、載っていません。
 仕方ないので、この記事のネット版のコメント欄に私からこの点についてコメントしておきますね。

 しかしまあ、ベラルーシ語に囲まれた南吉さんの姿(写真だけど)を眺めるのは何だか不思議なような、楽しいような変な気持ちです。(^^)



 


 
 

チロ基金の活動「ビタペクト&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第150回」

2013-07-29 |   ビタペクト配布活動
 7月29日にビタペクト3と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第150回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。

 今回はビタペクト3を5個、そして「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2、ビタペクトT、ビタペクト3の合計は2044個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは1870部となりました。
 今回で通算164回目の配布となりました。
 延べ人数ですが、2044人の子どもにビタペクトを、1870家族に「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


http://blog.goo.ne.jp/nbjc/c/e1e67d76a4796f3c95377bb7bdabd215


(またこの活動報告を読むにあたり、「チロ基金の活動『ビタペクト2無料配布』について追加のご説明」も併せてご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/67c3b73ea2f30e880c3d4eb8bedded13


(ビタペクト2とビタペクトTについてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/5cab63b65562dd2f64a820a7e4298a0b


(ビタペクト3についてはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/922c333857741c5448f66d4fe00b25e1


(チロ基金は以前ビタペクトに代わり、ペクチン入りセルロースを配ったことがあります。セルロースについてはこちらです。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/43f810eddd1efc451f5171ef3cd35a7a



(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html


(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。) 

http://belapakoi.s1.xrea.com/jp/no2/2001/soschild.html


(WBCによる測定、ビタペクトを開発、製造、販売しているベルラド放射能安全研究所の公式サイトはこちらです。)

http://www.belrad-institute.org/


(ベルラド研究所について日本語でご紹介している記事はこちらです。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/c382ef7eca8660531e895c8a646e7f2a


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%89%E6%94%BE%E5%B0%84%E8%83%BD%E5%AE%89%E5%85%A8%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80


 今回はゴメリ州モズィリ市糖尿病児童協会の会長さんと副会長さんが13人の子どもたちを引率してきていました。(モズィリ市はチェルノブイリ原発事故から約90キロです。)
チロ基金は2005年からゴメリ州モズィリ市糖尿病児童協会へ支援活動を続けています。モズィリ市糖尿病児童協会への支援活動について詳しくはこちらをご覧ください。


http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/mozyl/index.html


「ゴメリ州モズィリ市糖尿病児童協会への支援活動」第2回については2005年11月過去ログをご覧ください。

http://belapakoi.s1.xrea.com/logs/2005/011.html


「ゴメリ州モズィリ市糖尿病児童協会への支援活動」第3回については2006年6月過去ログをご覧ください。

http://belapakoi.s1.xrea.com/logs/2006/006.html


「ゴメリ州モズィリ市糖尿病児童協会への支援活動」第4回については2006年11月過去ログをご覧ください。

http://belapakoi.s1.xrea.com/logs/2006/011.html


「ゴメリ州モズィリ市糖尿病児童協会への支援活動」第5回についてはこのブログ内過去ログをご覧ください。

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/f415615145caf7b7d8c0690c79bf3248


「ゴメリ州モズィリ市糖尿病児童協会への支援活動」第6回についてはこのブログ内過去ログをご覧ください。

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/376de4f9bd9e54a5a9784e40834bbcfe


「ゴメリ州モズィリ市糖尿病児童協会への支援活動」第7回についてはこのブログ内過去ログをご覧ください。

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/a044392edb86222cfe30d917c76b41b3



 この協会の公式サイトはこちらです。

http://mozur-diabet.narod.ru/

 
 
 またこの協会の以前のSOS子ども村の保養滞在についてはこちらの過去ログをご覧ください。
 2005年の滞在の様子はこちらです。
チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第34回」

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/2005/no34.html


 2006年の滞在の様子はこちらです。
チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第41回」

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/2006/no46.html


 2007年の滞在の様子はこちらです。
チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第64回」

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/94523300e63c7fed625923c400212e2b


 2009年の滞在の様子はこちらです。
チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第94回」

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/f32f99a8ce11959f989f288e46884e41


 2010年の滞在の様子はこちらです。
チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第106回」

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/b3a4233d283718f1244bcf1b4c77a043


 2011年の滞在の様子はこちらです。
チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第126回」

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/2f1ea254e73fafdbe29c79bb6b9fca45


 2012年の滞在の様子はこちらです。
チロ基金の活動「ビタペクト&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第135回」

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/209e788414aa0e2140882d6dfccb4e25


 それぞれの体重1キロあたりの放射能測定結果、過去の測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト3を渡しました。
 
会長(事故発生時16歳)15ベクレル(2007年)→ 8ベクレル(2009年)○ → 8ベクレル(2010年)→ 8ベクレル(2011年) → 12ベクレル(2012年) → (2013年未測定) 
三男 (5歳)27ベクレル(2009年)→ 18ベクレル(2010年)○ → 0ベクレル(2011年) →24ベクレル(2012年)→ 19ベクレル(2013年)○
姪 (16歳)20ベクレル(2007年)→ 0ベクレル(2011年) → 16ベクレル(2012年)→ 23ベクレル(2013年)○

副会長(事故発生時10歳) 19ベクレル(2009年)○ → 16ベクレル(2010年)→ 12ベクレル(2012年)→ 14ベクレル(2013年)○
長男(16歳) 25ベクレル(2007年)○ → 20ベクレル(2010年)→ ○14ベクレル(2013年)
次男(14歳・糖尿病患者)27ベクレル(2009年) ○ → 27ベクレル(2010年)○→ 24ベクレル(2012年)○ → 15ベクレル(2013年)
四男(7歳) 27ベクレル(2009年)→ 16ベクレル(2010年)→31ベクレル(2012年)○ → 19ベクレル(2013年)○

 引率した子ども
女子(12歳・糖尿病患者)16ベクレル(2012年)→ 12ベクレル(2013年)
男子(11歳・糖尿病患者)32ベクレル(2012年)○ 26ベクレル(2013年)○
男子 (9歳) 0ベクレル(2011年)→ 33ベクレル(2012年)○ →14ベクレル(2013年)
男子(14歳・糖尿病患者)13ベクレル(2013年)
女子(13歳・糖尿病患者)10ベクレル(2013年)
女子(13歳)10ベクレル(2013年)
女子(11歳)24ベクレル(2013年)○

 今回会長さんが測定していないのは、保養先に到着してすぐに、お父様が脳卒中で倒れた、という知らせが届き、一度モズィリに帰宅している間に測定をしたからです。その後お父様の病状が持ち直したので、またSOS子ども村へやってきました。
 副会長の長女(9歳)は保養に来ていたのですが、やはり保養先に着いてから病気のため測定していません。私がSOS子ども村に来たときは治っていました。
 12歳の女の子は測定はしたのですが、その後体調が悪くなり(理由は分かりませんが血糖値が上がってしまったそうです。)入院してしまって、会うことができませんでした。

 住んでいるところですが、副会長さんの長男は現在ミンスクの高校に通っており、休みのときだけモズィリの実家に帰るという生活を送っています。
 13歳の女の子と11歳の女の子(どちらも糖尿病患者ではありません。)はモズィリ市から1キロほど離れた町コジンキに住んでいます。
 また13歳の女の子(糖尿病患者)もモズィリ市のすぐ近くの町ボブロニャタで暮らしています。

 コジンキもボブロニャタもモズィリからバスで二駅ほどの近いところにあるので、空間線量など変わらないのに、「モズィリは安全な街。コジンキとボブロニャタは線量が高いが居住はできる町。」と指定されているそうです。
 人口が多い町を危険な地域としてしまうと、その後の社会補償にかかる予算が大きくなるため、安全なことにしてしまう傾向があります。
 
 今回もお話を伺いました。
 会長さんの三男はアレルギー体質。最近甲状腺肥大が認められると言われました。
 副会長さんの次男は糖尿病患者、四男は生まれつき腎臓が一つしかありません。長女は心臓病、胃の病気を持っています。
9歳の男の子は食アレルギーがあります。

 今回は5人の糖尿病患者の子どもが来ていたのですが、そのうち14歳の男の子と13歳の女の子は去年初めて発病したのだそうです。
 思春期の子どもが突然糖尿病患者になるのは、心身ともに辛いことだと思います。

 学校に通っているときは、給食の前後のインスリン注射を他の子どもに見られるのをいやがって、トイレで注射しているそうです。
 その後、その注射針を消毒してまた使う・・・ということを繰り返すため、注射するところの皮膚が腫れてしまうそうです。
 使い捨てにすれば、このように腫れることはないそうです。
 
 モズィリ市糖尿病児童協会の会員は18歳以上になると成人になるので、退会するのですが、常に新しい会員、つまり新しく発症する子どもがおり、現在33名の会員ですが、会員数が減ることがほとんどない、という状態が続いているそうです。

 現在国からはインスリン(毎回分)を支給されていますが、注射針、血糖値測定に使用する簡易検査試験紙は支給されているものの、必要数の5分の1しかもらえないそうです。
 現状は全くよくなっていません。
 チロ基金もまた寄付金を集めて、支援活動をしたいと考えています。 
 
 画像は記念撮影の様子です。入院などの事情のため写っていない子どももいます。(保養とは関係のない子も1人写っています。)
 子どもたちとお母さんには折り紙用の紙、折鶴、招き猫、お財布などをプレゼントしました。
 「日本語を勉強したい!」と今回熱心に言う子どももいて、絵葉書に名前を書いて渡したら、とても喜んでいました。将来の夢はモズィリに寿司レストランをつくることだそうです。

 最後になりましたが、ビタペクト3の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙などプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。
 多くの方々に支えられて、この活動が続いています。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。

ニコニコ動画のごんぎつね

2013-07-25 |   新美南吉
 いろいろな見方ができるのが名作の条件だ、ということを書きましたが、こういう「ごんぎつね」もあります。
 ニコニコ動画のごんぎつね。

 ただし自分の中にある美しいごんぎつねのイメージが崩れるのはいやだ、という人は見ないでください。
 私は純粋に泣けましたけどねー。エンディングも。

 他にも「二匹の蛙」もあります。 ←これは秀逸ですわ。(^^;)
 
(ニコニコ動画の会員にならないとこれらの動画は見られません。私は「二匹の蛙」が見たいばかりに初めて会員になりましたよ。)

新美南吉展(前半)開催中

2013-07-23 |   新美南吉
 いよいよ新美南吉生誕30年が近づいて参りました。
 地元の半田市は多いに盛り上がっているでしょうねえ。
 ベラルーシでは全く知られていない作家ですが、がんばって日本文化情報センターでも広めていこうと思っています。

 しかしベラルーシでネックになっているのが、ベラルーシでは7月はバカンス真っ只中、と言う点です。
 ベラルーシの学校は夏休みが3ヶ月、社会人は1ヶ月あるので、みんな都会を離れて、田舎や旅行、そして保養に行ってしまいます。都会人口が一番減る時期です。

 かと言って、新美南吉の誕生日である7月30日に何もしないわけにもいきませんので、子ども向けの朗読会をセンター内で行う予定です。
 残念ながら、いろんな関係者に連絡しても、ミンスク市内にいなかったり、保養中だったりで、人が集まらないので、2ヶ月遅れになりますが、9月30日にもう少し大きなイベントをします。
 9月30日は「世界翻訳の日」なんですよ。知ってました? この日は南吉童話ロシア語・ベラルーシ語翻訳記念イベントをします。

 さてそれに先駆けて、日本文化情報センターでは7月17日から「新美南吉展」が始まりました。
 画像は展示のようすです。
 (前半)と変なタイトルがついていますが、この展示は7月31日に一旦終了し、9月3日から再開します。予定は10月中旬までです。
 
 どうしてこんな面倒なことになっているのかと言うと・・・実は日本文化情報センターには今のところ、新美南吉関連の情報(書籍など)が非常に少ないのです。

 日本文化情報センターには日本語の所蔵文献もありますが、ほとんど全て日本人からの寄贈なのです。
 多くの方がさまざまなジャンルの本を寄贈してくださったのですが、その中に新美南吉の童話は2冊しかなかったのです。

 今年初め、新美南吉生誕100年記念に特別展をベラルーシでもするぞ! と立ち上がり、気合を入れて所蔵文献の中から新美南吉関連のものをかき集めたのですが、童話は2冊(日本語)、故三浦みどりさんが翻訳した「手袋を買いに」ロシア語訳が掲載された雑誌1冊、そして美智子皇后陛下の「橋をかける 子ども時代の読書の思い出」ロシア語版・・・の4冊だけ。

 しょうがないのでうちの子から4年生の国語の教科書(「ごんぎつね」が載っている)と5年生の教科書(「あめ玉」が載っている)の2冊を貸してもらいました。
 さらにうちの子が個人的に持っている本の中に「でんでんむし」が載っていたので、それも借りました。

 これで全部です・・・。(書籍でなければビデオ映像とアニメ作品が1点ずつあるけど。)
 特別展を開催するには少なすぎる・・・ 

 数年前、松本清張生誕100年の年だったときは、大して苦労もせずに紹介する展示をしたんですよ。
 なぜなら、松本清張の推理小説はロシア人の間でも人気があり、すでに多くの作品がロシア語に翻訳され、出版もされているからなのです。
 日本語オリジナルのほうも、たくさん日本人から寄贈されていたので、両方並べて展示して、松本清張の写真も展示して、はい完成。と非常に簡単な仕事でした。
 でも「児童」図書館内で、殺人シーンを扱った推理小説の特別展をするのはどうか、と懸念するベラルーシ人もいることはいました。(子ども向きじゃない、ということです。)

 それが今回は日本を代表する児童文学作家の生誕100年記念展なので、力を入れて展示をしないといけないのに、新美南吉の本が少なすぎる・・・特にロシア語訳は1作品しかない・・・

 このような事情があり、「こうなったら自分たちで翻訳しよう!」と今回の翻訳の企画が始まったわけです。
 
 幸い今のところ雑誌「ビブリヤテカ・プラパヌエ」に2作品の翻訳が掲載されましたが、まだ少ないですねえ。
 しかし7月になりましたので、かき集めた資料を展示しました。
 現時点の展示はこれだけです。作品だけではなくて、作者の人柄なども紹介するべく、南吉さんがロシア語で(←少々違和感を感じる・・・)自己紹介しているように展示を工夫してみたり、美智子皇后陛下のお写真やきつねの折り紙で隙間を埋めたり(^^;)していますが、9月3日以降の後半戦は、この展示に展示品が追加されます。

 私の両親が6月に新美南吉記念館に行ってきまして、貴重な日本からの資料を(ごん吉くんマスコットも!)来月ベラルーシまで持って来てくれることになっているのです。

 と言うわけで、新美南吉展は秋にバージョンアップします。
 現時点はこのような展示をしているということで、ご報告いたします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 新美南吉展(後半)の記事はこちらです。  
 

ハートネットTV Our Voices 原発被災者からの手紙

2013-07-22 | 放射能関連情報
 現在「ハートネットTV Our Voices 原発被災者からの手紙」というテレビ番組をネットで視聴することができます。
 2回に分けて放映されています。

 ハートネットTV Our Voices 原発被災者からの手紙(1)はこちらから見ることができます。
 ハートネットTV Our Voices 原発被災者からの手紙(2)はこちらから見ることができます。

 「自主避難世帯」や「福島残留世帯」のお母さんたちが心のうちを手紙に書いたものを、福島乳幼児妊産婦プロジェクトに参加している学生さんが朗読してくれる番組です。

 当事者ではない、という人にぜひ見てほしい番組です。

 それにしても・・・悩みは根深いですね・・・。
 どうして個人個人がここまで苦悩しないといけないのか・・・
 公的な支援や保護してくれる法律などがあったとしても、個々の細かい問題は救い上げてくれないし、ここまで広範囲の放射能漏れをともなう原発事故が起きると、人数も多すぎて対応しきれない、というのが現実でしょうか。
 
 つまり原発事故の被害については、政府などは全くあてにならないということです。そう思って日本で暮らすしかないです。

 この番組の中で一番印象に残ったのは、ある母親が3.11前の自分に充てて書いた手紙です。
 福島から離れたところに住んでいるから自分は大丈夫、と今思っている人も多いでしょうが、自宅がある地域内に原発がある人、条件によっては離れていても風下に当たるところに家がある人は、この手紙をよく読むほうがいいです。

 
 
 

ベラルーシの保養施設の食事 第3日目 夜食

2013-07-18 | 放射能関連情報
 保養メニュー3日目の夜食です。
 
 りんごとビオヨーグルトです。
 ビオヨーグルトとは、普通のヨーグルトにビフィズス菌など体によい細菌を加えてあるものです。
 画像に写っているのはベラルーシ製ですが、ナシと大麦、ライ麦ぬかも入っています。食物繊維も入っているので、おなかによさそうですね。

 りんごでペクチンも摂れます。画像では丸ごと撮影しましたが、食べるときには皮をむきました。
 ポーランド産のりんごだったので、放射能が表面についているとは思えないのですが、念のためむきました。

 さて、今回の夏休み特別企画はこれで終了したのですが、私なりの感想を書いてみたいと思います。

 1日6回の食事は保養施設で時間も決めてするのなら、いいと思います。
 消化のよい子ども向けのメニューばかりなので、大人は物足りなく思うかもしれませんが、胃腸に負担がかからないところがいいですね。
 回数も多いように思いましたが、1回の食事量を少なくすれば、大丈夫だと思いました。
 食べ盛りのうちの子は「6回もご飯食べられない。」と言っていましたが、この6回の食事の合間に、りんごを食べたり、アイスクリームをなめたりしていたので、どういう食欲かとびっくりしましたが、たぶん10代の子ども、特に男の子だったら、1日6回の食事は全く平気だと思います。
 だらだらとスナック菓子ばかり食べるのはいけませんが、3時間おきの食事は大丈夫だと思いました。

 ただ、私のように個人の家庭や、SOS子ども村のように食事は自炊、というところでは、1日6回お母さんがご飯を作るのは時間的に大変だと思いました。
 外で仕事をしていると無理ですね。保養生活を自宅で実行(おうち保養)とか実行しようと思えばできると思いますが、仕事があったら、難しいです。
 土日だけだったら大丈夫なので、週末おうち保養ならできるかも。
 でも1週間に2日間だけなので、どれぐらい効果があるのか分かりません。

 ちなみに、ここで全てのメニューをご紹介することはできませんでしたが、20日間のメニューのうち、食事の種類別に集計し、代表的メニューをご紹介します。

朝食 飲み物で一番多かったのはミルクココア(20回中7回)でした。
   チーズは8回。お粥は米、そば、オートミールが3回ずつでした。

第2の朝食 オレンジ、りんご、バナナが6回ずつ。

昼食 マッシュポテトが6回。おかずでは「蒸すかゆでて作るお肉料理」が9回で最多。魚料理は4回でした。
   飲み物ではドライフルーツのコンポートが6回。

おやつ 果物のジュースが11回。
    菓子パンが5回でした。

夕食 バターが9回。
   飲み物は砂糖入りの紅茶が19回で、ほとんど毎日です。
   おかずはキャセロールが4回でした。

夜食 ヨーグルト、ケフィアが7回。ビオヨーグルトは4回でした。

 朝食、昼食、夕食には必ず、黒パンと白パンがついていました。 

 
 感じたのは、ベラルーシ人は乳製品が大好きだということ、そしてじゃがいもはもちろんだけど、ビーツを食べることが本当に多い、ということです。

 乳製品は成長期の子どもには欠かせないカルシウムが多く含まれているので、保養メニューには欠かせませんね。
 ビーツも体にいい野菜なので、いいことだと思いました。

 このようにご紹介しましたが、だからと言って、日本人にこのメニューを最適の食事だと言いたいわけではありません。
 日本人はやっぱり和食が一番だと思います。
 でも和食メニューはベラルーシ人には物足りなく感じるでしょう。民族の味というのがそれぞれあるわけですから。

 もしおうちで保養メニューを作りたい、と言う方は、ペクチンとカリウムの摂取を中心にしたオリジナルメニューを考えてみてくださいね。(^^)
   

ベラルーシの保養施設の食事 第3日目 夕食

2013-07-18 | 放射能関連情報
 保養メニュー3日目の夕食です。
 
 スーシキ(ベーグルの1種)
 ヴィネグレットサラダ
 ミルク粥
 黒パン、白パン
 砂糖入りの紅茶 

 スーシキとは、ベーグルの仲間に入るパンです。
 輪のような形をしたパンでこのほかにブーブリク、バランカがあります。大きさによって名称が変わり、一番小さい物がスーシキです。
 スーシキは生地を輪っかにした後、一度ゆでてから、(そのため輪のつなぎ目がない。)焼き上げ、さらに乾燥させた保存食です。
 あまり味はしませんが、これに芥子粒をふりかけたものや、塩味をつけてビールのつまみにしたタイプのものもあります。
 乾燥させてあるので、少々固く、手で握って割って食べます。ベラルーシ人は紅茶にひたして柔らかくふやかしながら食べています。
 
 ヴィネグレットのサラダとは・・・日本ではヴィネグレットというと、フランスのソースの名前ですが、(フランスでもこれはソースの名前。)ベラルーシでは、サラダの名前なのです。
 それはゆでたビーツにゆでたじゃがいも、にんじん、キュウリのピクルス、玉ねぎ(材料は全て角切り)を混ぜ、ヒマワリ油と酢を入れてかき混ぜたサラダのことを指します。
 (フランスで作られているヴィネグレットソースがかかっているわけではないです。)
 これは瓶詰めのマリネになったビーツが残っていたので、それを利用し手作りしました。

 ミルク粥は、ミルクで炊いたお米のお粥で、砂糖とバターが入っています。
 黒いものが点々と混ざっていますが、これは亜麻の種です。ふつうミルク粥に亜麻の種は入れませんが、私が好きなので少し混ぜてみました。
 ベラルーシは亜麻の産地。リネン製品がたくさん売られています。亜麻油も売られていますが、種はスーパーや薬局で買うことができます。体にいいので、サラダやご飯によく混ぜています。

 うちの子は「普通に炊いた白いご飯が食べたい。」と純日本人のようなことを言っていましたが、ベラルーシで食べられているものを紹介する企画なので、お米に牛乳も砂糖もバターも入れましたよ。
 これも子ども向けメニューですね。

 それにしてもこれも日本のお父さんに出したら、怒られそうな夕ご飯ですね。
 個人的な感想としては、炭水化物が多すぎるような気がしました。
  

ベラルーシの保養施設の食事 第3日目 おやつ

2013-07-18 | 放射能関連情報
 保養メニュー3日目のおやつです。

 パンと果物のジュース、とありました。

 パンには名称がわざわざ指定してあって「スィドーブナヤ」パン、というものを食べましょう、と具体的でした。
 ちなみにこのパンの名前の意味は分かりやすく言えば「腹持ちのいい」パン、という意味です。カロリー高そう・・・
 お店に買いに行きましたが、このパンは売られていませんでした。

 仕方ないので、何が売られているのか見ていたら、「芥子粒パン」というのがあったので、それを買いたいと思いました。 ちなみにベラルーシの芥子粒パン、というのは日本のアンパンのようにパンの表面に芥子粒がぱらぱらとのっているのではありません。
 大量の芥子粒に大量の砂糖と少量の水を加え、加熱しながら練り続けると、ペースト状になります。これをパン生地に練りこんで焼くと芥子粒パンになります。
 ベラルーシのスーパーでは芥子粒が袋に入れられ、たくさん売られています。ポーランドへ行ったときは練ってある状態の缶詰(すごく大きい。)が売られていました。

 これが体にいいのではないか、と思って買いたかったのですが、よく見ると売り切れていたので、プレーンなタイプの菓子パンを買いました。残念。

 果物のジュースは果物だったら何でもいいようだったので、ざくろジュースにしてみました。
 アゼルバイジャン産のジュースです。
 ベラルーシではざくろジュースは体にいいと言われているのですが、ざくろが生えないので、全部輸入になってしまいます。そのためジュースの中では一番高いのがざくろジュースです。
 でもときどき安売りしていることがあるので、(安売りしていてもやっぱり他のジュースより高い。)そのとき買ってきます。