ベラルーシの部屋ブログ

東欧の国ベラルーシでボランティアを行っているチロ基金の活動や、現地からの情報を日本語で紹介しています

サイトのご紹介「島薗進・宗教学とその周辺」

2012-12-27 | 放射能関連情報
 「島薗進・宗教学とその周辺」というサイトをご紹介します。

http://shimazono.spinavi.net/


 内容がとても濃いので、私自身もまだ全て読めたわけではないのですが、注目してほしいのはチェルノブイリ原発事故のときに、「生涯70年間に35レム(350mSv)までの被曝は許容される」という説を唱えた当時のソ連医学アカデミー副総裁の考えが、福島第一原発事故後の日本にも受け継がれているということです。
 1ミリシーベルトでも危険だ、とする学者もいれば、350倍でも大丈夫、移住しなくても「きれいな」食品さえあげておけば住むことができる、という学者もいるわけです。
 同じ頭のいい人でもこれだけ見解が異なるのです。
 その理由はいろいろあると思うのですが、結局放射能被曝の実態や根拠や標準にするべき数値・・・などはまだまだ未定の部分が多いということです。世界的な見解が一致していません。
 このようなあやふやな状況のまま、原発事故が起きて被曝し、どうしたらいいのかちゃんとした手立ても方針も示されません。時間がばかりが過ぎ、また被曝をしてしまいます。

 とにかくチェルノブイリから日本へこのような系譜がつながってほしくないです。
 
 

日本文化情報センターの活動 書道体験会 第6回 その4

2012-12-25 | 日本文化情報センター
 さて今回は突然ですが墨絵の作品も展示されました。
 剣道体験会のときに知り合った剣士リタさんは、教育大学で美術を学んでいるそうです。
 墨絵はハウツー本を読んだだけで描けるようになったとのこと。
 書き溜めた作品を見せてくれたのですが、竹に桜、松に菊、と上手な作品ばかり。しばらく拝借して展示しました。
 画像はリタさんと作品です。
 急に飾ることになったので、椅子の上に並べただけの展示でごめんなさい。いつかちゃんとした展示会を開きましょう。
 また来年も書道体験会を行いたいと考えています。
 (でもやはり寒すぎるときに実施するのはやめておこう、と今回痛感しました。)(^^;)
 

日本文化情報センターの活動 書道体験会 第6回 その3

2012-12-25 | 日本文化情報センター
 会場では書道の書き方のビデオの上映も行いました。
 またH様によるパッチワークの作品に紫式部と紀友則の和歌を直接手書きされたすばらしい作品を展示しました。
(「何て書いてあるの?」「訳してください。」と頼まれ、あせる私。)(^^;)
 今年は蘭亭序の見本も展示しました。長すぎて全部はお見せできませんでしたが・・・
 このような展示ができると、書道体験会も立派なものに見えますね。

 蘭亭序とは何? と思われた方へ。有名な書道作品でこれをお手本にして書くのだそうです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%98%AD%E4%BA%AD%E5%BA%8F


 上手すぎる字でとても真似できないですけどね・・・(^^;)

 
 

日本文化情報センターの活動 書道体験会 第6回 その2

2012-12-25 | 日本文化情報センター
 書道会参加者のほとんどは、書道は生まれて初めてという人です。しかし去年に引き続き参加した人もいて、さすがに慣れた様子で筆を握っていました。
 俳句や年賀状を書く人もいました。
 何を書いたらいいのか分からない人は会場に用意した「ベラルーシ人に人気のある漢字の見本」を見ながら書いてもらいました。
 自分で長ーい巻紙を持って来て、たくさん書くという強者もいました。
 書き間違えて「がーん!」となる人もいましたが・・・鉛筆ではないので、消しゴムで墨は消せないし・・・(^^;)
 書道をしながら、アニメ談義をしたり文学について語り合ったりもしました。(^^)
 

日本文化情報センターの活動 書道体験会 第6回 その1

2012-12-25 | 日本文化情報センター
 2012年12月23日に「第6回 書道体験会」を行いました。
 毎年11月に行っているこの会ですが、今年は諸事情により、12月にずれこんでしまいました。しかし無事開催できました!

 毎年1回、日本文化情報センターがあるミンスク市立第5児童図書館内で行われるベラルーシ人向けの書道体験会。多くの日本人の方のご協力により、実施することができ、深く感謝申し上げます。
今回は気温がマイナス15度だったため、参加者数は少なくなり、15名でした。しかし「見学させてほしい。」という飛び入りの参加者もいて、楽しい時間を過ごすことができました。

 書道道具のほか、墨汁や紙を寄贈してくださった方々、本当にありがとうございました。しっかりベラルーシで活用しています。

 今までの書道体験会についてはこちらをご覧ください。
 2007年の第1回書道体験会。

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/31e927509d06142fecc1ec906d8a0c11


 2008年の第2回書道体験会。

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/c118e6963703e7e7d64a03945dd4987b


 2009年の第3回書道体験会。

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/9e62081a975c955eac0cb232886bb092


 2010年の第4回書道体験会。

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/ab8605d0e6e83710ce6b822ac1e1327e


 2011年の第5回書道体験会。

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/536ca40f4a2b76080af44cbf261f6393

ネット上での公開質疑応答

2012-12-24 | 放射能関連情報
 子ども福島世界ネットワークのサイトについてご紹介します。(日本語版もあります。)

http://www.save-children-from-radiation.org/


 このネット上でベルラド研究所所長アレクセイ・ネステレンコさんと福島の方々の公開質疑応答が始まりました。
 ネステレンコ所長のインタビュー記事も日本語訳されて掲載されています。
 早速最初の質問があり、英語版がまずサイトで公表されますが、日本語に訳され次第、また日本の方々から他の質問を募るそうです。
 

http://www.save-children-from-radiation.org/2012/11/30/チェルノブイリと福島-をつなぐ-第一回-ベルラド研究所アレクセイ-ネステレンコ所長への質問/


 他にも回答者の方が登場する予定だそうです。かく言う私も回答者の1人になるかもしれないのですが、まだ未定です。
 私へ質問が来た場合は、日本語から英語に訳されます。

 もしネステレンコ所長さんに質問のある方は、まず子ども福島世界ネットワークのサイトにアクセスしてみてはいかがでしょうか。日本語で質問してもちゃんとスタッフの方が英語に訳してくれるので安心です。
 

ロシア語翻訳家の三浦みどりさんが亡くなりました

2012-12-15 | 日本文化情報センター
 ロシア語通訳で翻訳家の三浦みどりさんが12月13日に亡くなりました。
 三浦さんはベラルーシのドキュメンタリー作家アレクシエーヴィチを日本に紹介し、 『アフガン帰還兵の証言』(日本経済新聞社)『ボタン穴から見た戦争』『戦争は女の顔をしていない』(群像社)を翻訳しました。アレクシエーヴィチ来日の際には通訳をつとめています。

 チェチェン紛争にも早くから関心を寄せて少数民族への共感を示し、プリスターフキン『コーカサスの金色の雲』(群像社)やポリトコフスカヤ『チェチェン やめられない戦争』(NHK出版)の翻訳を出しました。

 また、石井桃子著『ノンちゃん雲に乗る』をロシア語に翻訳、ロシアで出版したほか、新美南吉の「手袋を買いに」も露訳し、日本の優れた児童文学をロシア語圏に紹介しました。
 チロ基金は三浦みどりさんのおかげで、このロシア語版「ノンちゃん雲に乗る」をベラルーシの子どもたちに紹介することができたのです。
 詳しくはHP「ベラルーシの部屋」内「ノンちゃんをベラルーシの子どもたちの手に」運動についてご覧ください。

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/books/non.html


 三浦さんから最後にメールをいただいたのは去年の10月末。ちょうど「自分と子どもを放射能から守るには」の日本語訳が出版され、世界文化社の招きで著者のバベンコさんと出版記念講演会のため来日した後でした。
 三浦さんが講演会の動画をネット上でご覧になったというメールがその後届きました。そのときの私のつたない通訳を

「立派な通訳振り、友好運動からはいるとなかなか プロの通訳というドライな割り切りというか厳しい通訳に育たないことがおおいのに、 辰巳さん立派でしたね。 聴く人を思いやるわかりやすい日本語は事情を良く知っている人であるだけでなくやはり、日本語をたくさん書いたり人に伝えようという活動を重ねていらっしゃる そのおかげですね。 あらためて敬意を表します。」

 とほめてくださっていました。私は「三浦さんにほめられるなんて信じられない。」と思いましたが、この言葉が大変励みになりました。
 またそのときのメールはこのような言葉で終わっていました。

「当方、体調を大きく崩してまだ静養中ですがすこしずつ光がみえてきています。 がんばります」

 三浦さんが体調を崩されていることは知っていたのですが、まさか64歳の若さで亡くなられるとは思っていませんでした。
 まだやり残したお仕事もたくさんあったでしょう・・・

 いただいた著書の『無手勝流ロシア語通訳-ジグザグ道をまっしぐら』(ユーラシア・ブックレット)をこれからも読み返し、私などまだまだ足元にも及びませんが、三浦さんが通訳として伝えようとされていたことを受け止めて進んでいきたいと思っています。

 心より三浦さんのご冥福をお祈り申し上げます。


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 追記です。12月18日より日本文化情報センター内で三浦みどりさんの追悼展を行っています。
 日本文化情報センター所有の三浦さんの翻訳作品を中心に展示しています。(画像は展示のようすです。)
 当館貸し出しコーナーにはスベトラーナ・アレクシエーヴィチの作品が全作そろっているので、そのうち三浦さんが翻訳した作品も展示しました。
 ロシア語原作本と日本語訳本の両方を展示しています。
 日本語訳のほうは全て三浦さんご自身から寄贈していただきました。
 せっかくなので、まとめて「スベトラーナ・アレクシエーヴィチと三浦みどりコーナー」をセンター内に作りましょうか? と提案したことがあります。そのとき三浦さんからは「アレクシエーヴィチのコーナーを作るなんてナンセンスです!」と叱られたので、この提案は消えてしまいました。
 亡くなってからこのコーナーがこのような形で実現することになり、複雑な心境です。
 

宇都宮大学シンポジウムに参加しました

2012-12-14 | 放射能関連情報
 12月11日宇都宮大学生国際連携シンポジウム「ベラルーシから学ぶ私たちの未来 チェルノブイリ原発事故と福島原発事故を振り返る」が開催されました。
 私も招かれて、「ベラルーシの経験を踏まえて日本で応用する力を」という講演を行いました。それだけではなく学生さんたちによるパネルトークも行われました。

 チェルノブイリ原発事故後のベラルーシの話をしてほしいという宇都宮大学側の依頼だったのですが、原発の専門家でも医者でもない私でよければ、ということで参加させていただくことになりました。
 私のほうは今の日本の皆様のお話をうかがって、逆に大変勉強になりました。

 
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 宇都宮大学多文化公共圏センターのHPで講演会の報告を読めるようになりました。ぜひご覧ください。

http://cmps.utsunomiya-u.ac.jp/news/121211udaiseikokusairenkei2012.html
 


 こちらは12月12日付の下野新聞の記事です。

http://www.shimotsuke.co.jp/town/region/central/utsunomiya/news/20121212/939503
 

 こちらは12月15日付の東京新聞の記事です。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/tochigi/20121215/CK2012121502000155.html#print
 

12月22日付読売新聞にも掲載されました。


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 宇都宮での滞在は大変貴重なものでした。どうしてもベラルーシに住んでいると細かい事情が分からないので、直接話ができるのは本当に貴重な体験です。
 一言で言えば、とにかく日本の大学はがんばってもらいたいです。
 大学には知識も人材も集結している学術の場だと思います。
 大学、と一言で言ってもそれぞれ特色がありますが、農学部だったら農学部にできる研究分野があると思います。
 これから日本人は放射能被曝のリスクの中に生きていかないといけませんが、できるだけ最小限になるように、日本人の知恵を集めないといけません。さまざまな分野の研究がこれから待たれるところです。
 そのような研究や調査ができるのはまず日本の大学だと思います。教員、職員の方や学生の方々に大変期待しています。
「なかなか予算がなくて・・・。」
という話も聞きましたが、低予算でもできることはあると思います。

 すでに宇都宮大学では福島乳幼児・妊産婦プロジェクトで、お母さん方の生の声を集めていますが、これもとても貴重なことだと思います。
 行政からのアクションを待っているだけでは遅すぎると思います。
 自分で行動を起こさなくては!

 シンポジウムの翌日には那須塩原の放射能から子どもを守る会の方とお話する機会に恵まれましたが、那須塩原市がWBCを市の予算で購入する計画だったのに、なくなってしまったり・・・といった残念な話などを聞きました。
「行政が動かないと市民も動かない。」つまり被曝を避けることができない、という意見で、署名運動をしたりされているそうですが、たぶんこの方法だとゆっくりしか事態は進まないと感じました。(署名活動が無駄、と言っているわけではありません。)
 そうこうするうちに被曝が進んでしまうのか、と思うと暗い気持ちになりました。
 行政からの指示に従って市民が動き始めるのを待つより、市民のほうから積極的に被爆対策をしてほしいと思います。
 今日もまた新たな被曝をしてしまうのかもしれないですし・・・

 とにかく学術関係者は、調査や研究を進めてほしいですし、学生さんたちもそれに参加してほしいです。
「そんな学はない。」というような方でも、簡単にできる対策方法を行ってほしいです。
 そして国は被曝対策の研究をしている国立大学には特別な予算を組んでほしいんですが・・・。

 でも日本人の知恵を結集して推し進めれば、きっと日本人による日本人のためのすばらしい被曝対策が新しく出てくる可能性も十分あると期待しています。  
 
 

日本にあるゴシケーヴィチの胸像についてベラルーシの新聞で紹介されました

2012-12-08 |   イオシフ・ゴシケーヴィチ
 このブログでもご紹介しましたゴシケーヴィチ。
(詳しくはこちらをご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/4ed105b05be0a81613377a10150b5d7a


 胸像が函館の北方歴史資料館に展示されていることが分かり、ベラルーシ関係者は喜び、そのことが12月6日付のベラルーシの新聞「ゴーラス・ラジームィ」紙に記事となりました。
 現館長様から故高田嘉七さんを知るベラルーシの人々へのメッセージも掲載されています。
 
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 追記です。この記事がサイト上で閲覧できるようになりました。


http://www.golas.by/index.php?subaction=showfull&id=1355992427&archive=1356075309&start_from=&ucat=13&


 全部ベラルーシ語なのですが、ぜひご覧ください。写真もあります。


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 追記です。残念ながら2013年3月北方歴史資料館は閉館しました。ゴシケーヴィチの胸像は函館市役所の管理に置かれるそうです。