9月4日にビタペクト3と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第166回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
今回はビタペクト3を7個、そして「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
これで今までに配布したビタペクト2、ビタペクトT、ビタペクト3の合計は2249個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは2030部となりました。
今回で通算181回目の配布となりました。
延べ人数ですが、2249人の子どもにビタペクトを、2030家族に「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。
(これまでのビタペクト配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)
http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/c/e1e67d76a4796f3c95377bb7bdabd215
(またこの活動報告を読むにあたり、「チロ基金の活動『ビタペクト2無料配布』について追加のご説明」も併せてご覧ください。)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/67c3b73ea2f30e880c3d4eb8bedded13
(ビタペクト2とビタペクトTについてはこちらをご覧ください。)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/5cab63b65562dd2f64a820a7e4298a0b
(ビタペクト3についてはこちらをご覧ください。)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/922c333857741c5448f66d4fe00b25e1
(チロ基金は以前ビタペクトに代わり、ペクチン入りセルロースを配ったことがあります。セルロースについてはこちらです。)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/43f810eddd1efc451f5171ef3cd35a7a
(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)
http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html
(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。)
http://belapakoi.s1.xrea.com/jp/no2/2001/soschild.html
(WBCによる測定、ビタペクトを開発、製造、販売しているベルラド放射能安全研究所の公式サイトはこちらです。)
http://www.belrad-institute.org/
(ベルラド研究所について日本語でご紹介している記事はこちらです。)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/c382ef7eca8660531e895c8a646e7f2a
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%89%E6%94%BE%E5%B0%84%E8%83%BD%E5%AE%89%E5%85%A8%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80
今回はブレスト州から2家族が自分の子どもと親戚の子どもを引率していました。
(家族A)
ピンスク地区(チェルノブイリ原発から約280キロ)にある町、サドヴィから来た家族。お母さんが自分の子ども7人と姪2人を引率していました。
この家族には5個のビタペクト3を渡しました。それぞれの測定結果はこのとおりです。
○印の子どもにビタペクト3を渡しました。
母親(事故発生時14歳)15ベクレル
男子(16歳)25ベクレル ○
女子(13歳)27ベクレル ○
男子(11歳)19ベクレル
男子 (8歳)22ベクレル ○
女子 (7歳)40ベクレル ○
女子 (5歳)18ベクレル
女子 (1歳)23ベクレル
姪 (8歳)19ベクレル
姪 (6歳)28ベクレル ○
この子どもたちは、苗字も全員同じなのですが、実子と養子がいます。この一家は以前から多くの養子を引き取って育てている一家ですが、里子とちがって子どもたちを同じ籍に入れています。
子どもたちの健康状態についてお母さんにお話をうかがいました。
全員がよく風邪をひき、リンパ節が腫れる場合が多いそうです。
それ以外に特に持病はありません。
お母さん自身は甲状腺の中にしこりがいくつもできていますが、投薬治療だけだそうです。
この一家は大きい畑を持っており、そこで育てた野菜を食べているそうです。商店で買う食料品はパンと牛乳、乳製品だけだそうです。
産地を見てできるだけ汚染地域で作られた牛乳を買うようにしていますが、子どもたちはどうして被爆したのか分からないと話していました。
畑で作った野菜を検査したことはありますか、と尋ねると、検査に誰かが来たことはない、という答えでした。
また自分たちが住んでいる町には食品の測定をするところはなく、たぶん大きな町にしかないということでした。検査するには野菜を持って遠くの大きい町まで持って行かないといけないので、検査をしたことはなく、近所の人もしたことがない、という話でした。
この地域は非汚染地域であるせいか、意識が低く、検査体制も整備されていない印象を受けました。
(家族B)
イワノボ地区(チェルノブイリ原発から約320キロ)からお母さんが2人の実子と1人の子どもを引率してきていました。この家族には2個のビタペクト3を渡しました。それぞれの測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト3を渡しました。
母親(事故発生時4歳)24ベクレル
長男 (7歳)19ベクレル
長女 (3歳)23ベクレル ○
女子(12歳)22ベクレル ○
長男は生まれつき心臓に欠陥があり、手術を受けて、現在はよくなったそうです。
子どもたちは比較的健康ですが、お母さんも幼少時に心臓の欠陥が見つかり、治療したことがあるそうです。息子が病気になったのは遺伝のせいかもしれないと話していました。
お母さんはウクライナの出身で、当時の自宅の近くにウラン鉱山があったので、昔から被爆していたかもしれない、と気にしていました。被爆を検査するような機会はなかったそうです。
現在日本文化情報センターでは着物と人形展が開催されています。そこでSOS子ども村からセンターのほうへ見学も兼ねてやってきてくれました。画像はセンター内で記念撮影したようすです。
ビタペクト3の容器の形が2種類ありますが、パッケージが新しいものに変わりました。新旧のビタペクト3があるように見えますが、中身は全く同じです。
次回からは新しいパッケージのビタペクト3のみを配布いたします。
今回も子どもたちに折り紙、折り鶴、折り鶴の作り方(千羽鶴プロジェクト)、日本語で子どもの名前を書いた絵葉書(筆ペンで書くので、テーブルの上に並べてインクを乾かしています。)、着物の端切れから作った巾着袋などをプレゼントしました。
最後になりましたが、ビタペクト3の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙や絵葉書など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった多くの日本人の皆様に深くお礼申し上げます。
ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。
今回はビタペクト3を7個、そして「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
これで今までに配布したビタペクト2、ビタペクトT、ビタペクト3の合計は2249個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは2030部となりました。
今回で通算181回目の配布となりました。
延べ人数ですが、2249人の子どもにビタペクトを、2030家族に「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。
(これまでのビタペクト配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)
http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/c/e1e67d76a4796f3c95377bb7bdabd215
(またこの活動報告を読むにあたり、「チロ基金の活動『ビタペクト2無料配布』について追加のご説明」も併せてご覧ください。)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/67c3b73ea2f30e880c3d4eb8bedded13
(ビタペクト2とビタペクトTについてはこちらをご覧ください。)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/5cab63b65562dd2f64a820a7e4298a0b
(ビタペクト3についてはこちらをご覧ください。)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/922c333857741c5448f66d4fe00b25e1
(チロ基金は以前ビタペクトに代わり、ペクチン入りセルロースを配ったことがあります。セルロースについてはこちらです。)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/43f810eddd1efc451f5171ef3cd35a7a
(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)
http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html
(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。)
http://belapakoi.s1.xrea.com/jp/no2/2001/soschild.html
(WBCによる測定、ビタペクトを開発、製造、販売しているベルラド放射能安全研究所の公式サイトはこちらです。)
http://www.belrad-institute.org/
(ベルラド研究所について日本語でご紹介している記事はこちらです。)
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/c382ef7eca8660531e895c8a646e7f2a
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%89%E6%94%BE%E5%B0%84%E8%83%BD%E5%AE%89%E5%85%A8%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80
今回はブレスト州から2家族が自分の子どもと親戚の子どもを引率していました。
(家族A)
ピンスク地区(チェルノブイリ原発から約280キロ)にある町、サドヴィから来た家族。お母さんが自分の子ども7人と姪2人を引率していました。
この家族には5個のビタペクト3を渡しました。それぞれの測定結果はこのとおりです。
○印の子どもにビタペクト3を渡しました。
母親(事故発生時14歳)15ベクレル
男子(16歳)25ベクレル ○
女子(13歳)27ベクレル ○
男子(11歳)19ベクレル
男子 (8歳)22ベクレル ○
女子 (7歳)40ベクレル ○
女子 (5歳)18ベクレル
女子 (1歳)23ベクレル
姪 (8歳)19ベクレル
姪 (6歳)28ベクレル ○
この子どもたちは、苗字も全員同じなのですが、実子と養子がいます。この一家は以前から多くの養子を引き取って育てている一家ですが、里子とちがって子どもたちを同じ籍に入れています。
子どもたちの健康状態についてお母さんにお話をうかがいました。
全員がよく風邪をひき、リンパ節が腫れる場合が多いそうです。
それ以外に特に持病はありません。
お母さん自身は甲状腺の中にしこりがいくつもできていますが、投薬治療だけだそうです。
この一家は大きい畑を持っており、そこで育てた野菜を食べているそうです。商店で買う食料品はパンと牛乳、乳製品だけだそうです。
産地を見てできるだけ汚染地域で作られた牛乳を買うようにしていますが、子どもたちはどうして被爆したのか分からないと話していました。
畑で作った野菜を検査したことはありますか、と尋ねると、検査に誰かが来たことはない、という答えでした。
また自分たちが住んでいる町には食品の測定をするところはなく、たぶん大きな町にしかないということでした。検査するには野菜を持って遠くの大きい町まで持って行かないといけないので、検査をしたことはなく、近所の人もしたことがない、という話でした。
この地域は非汚染地域であるせいか、意識が低く、検査体制も整備されていない印象を受けました。
(家族B)
イワノボ地区(チェルノブイリ原発から約320キロ)からお母さんが2人の実子と1人の子どもを引率してきていました。この家族には2個のビタペクト3を渡しました。それぞれの測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト3を渡しました。
母親(事故発生時4歳)24ベクレル
長男 (7歳)19ベクレル
長女 (3歳)23ベクレル ○
女子(12歳)22ベクレル ○
長男は生まれつき心臓に欠陥があり、手術を受けて、現在はよくなったそうです。
子どもたちは比較的健康ですが、お母さんも幼少時に心臓の欠陥が見つかり、治療したことがあるそうです。息子が病気になったのは遺伝のせいかもしれないと話していました。
お母さんはウクライナの出身で、当時の自宅の近くにウラン鉱山があったので、昔から被爆していたかもしれない、と気にしていました。被爆を検査するような機会はなかったそうです。
現在日本文化情報センターでは着物と人形展が開催されています。そこでSOS子ども村からセンターのほうへ見学も兼ねてやってきてくれました。画像はセンター内で記念撮影したようすです。
ビタペクト3の容器の形が2種類ありますが、パッケージが新しいものに変わりました。新旧のビタペクト3があるように見えますが、中身は全く同じです。
次回からは新しいパッケージのビタペクト3のみを配布いたします。
今回も子どもたちに折り紙、折り鶴、折り鶴の作り方(千羽鶴プロジェクト)、日本語で子どもの名前を書いた絵葉書(筆ペンで書くので、テーブルの上に並べてインクを乾かしています。)、着物の端切れから作った巾着袋などをプレゼントしました。
最後になりましたが、ビタペクト3の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙や絵葉書など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった多くの日本人の皆様に深くお礼申し上げます。
ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。