電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

「スローガン」のこわさ

2024年02月09日 06時00分15秒 | Weblog
物事が「イケイケドンドン」で順調に進んでいる時は、共通のスローガンを掲げてあまり深く考えずに突き進んでも、一定の成果をあげることができるものです。ところが、状況が変わってしまっても同じスローガンを自らの(自社の、自組織の)強みととらえ、それが独り歩きし、本質を考えることをしなくなってしまったら、怖いことになります。

例えば、バブル期以前にはプロセスの合理的な改善を追求することを「乾いたタオルを絞る」ようにすることととらえ、そうした経営の手法を評価する記事や本が多かったように思います。しかし、よく考えれば、すでに乾いてしまったタオルはいくら絞ってももう水分は出ない。組織が硬直していてそれを認めることが難しい時、ではどうするかと言えば、いかにも水分が出たように装うしかなくなるのではなかろうか。

これは、一企業に限った問題ではないように思えてなりません。「選択と集中」、「民間活力の導入」、「自己責任」などの「スローガン」に表されるような単線的な考え方が自己の(自社の、自組織の)伝統や強みとして定着してしまうと、それは本質を考えないで済ますという別の弊害を生み出しかねない面があるように思います。


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2 コメント

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確かにこわいです (しろまめ)
2024-02-13 11:24:14
「スローガン」というわかりやすい形で提示されると、それが正しいのだと思い込みやすいのでしょうか。
例にひいておられる「乾いたタオル」も、企業などでは、まさになんの疑問もなく受け入れているように思えます。
SNSなどで多少は色々な意見が飛び交う現代にあっても、「自粛」「ステイホーム」などは強い力を持ちましたね……。
(初期段階で、あの対策方法そのものが間違っていたとは思いませんが)

言葉の持つ力の、恐ろしい側面ですね。
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しろまめ さん、 (narkejp)
2024-02-13 16:46:34
コメントありがとうございます。我々はすでに得ている知識や経験を組み合わせ、実際は言葉で考えるわけですが、スローガンや標語は「お約束」として受け入れられ、そこは考えなくてもいい領域となってしまうのかもしれません。組織の硬直化と一緒になると、無敵の思考停止に(^o^)/
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