電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

映画『ドリーム』を観る

2017年11月13日 06時02分12秒 | 映画TVドラマ
これはぜひ観たいと思っていた映画『ドリーム』(原題:Hidden Figures)を観ました。数学の才能に恵まれたキャサリン、ドロシー、メアリーの三人の黒人女性が、1960年代のNASAで計算手として雇われています。スプートニクでソ連に先を越され、有人飛行でもガガーリンに敗れたアメリカは、NASAの中でも人種偏見と差別が横行していました。数学の天才的な才能を持つキャサリンは、軌道計算などの分野で本部長ハリソンに着目されるようになりますが、機密の奥には黒人女性用のトイレがないために、一日に何度も800m先にある有色人種用のトイレに行かなければなりません。コーヒーポットさえも白人用と黒人用が分けられるような職場で、キャサリンは正確かつ誠実に職務を果たし、類い希な才能を皆に認められていきます。

一方で、計算力に優れた黒人女性が集まっている西計算室を率いるドロシー・ヴォーンは、導入されたIBMのメインフレーム機を見て、自分たちの職場を確保する必要を感じ、FORTRAN言語の独習を始めます。IBMの技術者たちも、NASAの専門的計算の分野はお手上げで、メインフレーム機の能力を発揮するところまでには至りません。ドロシーの力を知ったIBMの技術者の推薦を受けて、ドロシーはコンピュータ室長を命じられるのですが、自分の仲間と一緒でなければ受けられないと一度は断ります。結局、ドロシーからFORTRANを学んでいた西計算室の30名の仲間たちが全員でプログラマーとしてコンピュータ室に異動することになります。このあたりの先見の明とリーダーシップが、ドロシーの魅力です。

メアリーは、耐熱壁に欠陥があることに気づいていますが、それを技術者として解決するには、大学に進むかまたは大学相当の科目を設けている高校で必要な科目を履修し、技術者として雇われる必要がありました。前例はありませんが、勇気を持って裁判所に申請を出し、判事に認められて高校の夜間課程に学ぶこととなります。他の二人に比較してエンジニアとしての仕事ぶりが描かれることは少なく、いささか物足りないのですが、この三人もまた、アメリカの宇宙開発を支えていたことは間違いないでしょう。そして、グレン中佐が乗り組んだフレンドシップ7号は打ち上げられます。お約束の危機とその解決は、できすぎた話だと思っていたら半ば実話だそうですから、これもまたすごいです。



ここからは、個人的な感想です。

  • トイレ問題で悩んでいたキャサリンの静かな怒りを知った本部長ハリソンが、白人用と有色人種用に分けられたトイレの標識をたたき壊す場面は、思わず涙が出ました。月へ人類を送ろうと考えているハリソンにとって、人種的偏見や差別は、怒り以外の何ものでもなかったのでしょう。
  • IBMのメインフレームのお守り役で付いてきた技術者たちは、実際の業務には何の役にも立たない。それまで計算の実務に携わってきた黒人女性たちがプログラマとなって働くことによって、初めてコンピュータがその力を発揮するようになります。一人ではとてもこなせない、30人の部下(仲間)の協力がなければ遂行できないという判断は、実際に実務を管理監督していたドロシーだからできる判断でした。同時にそれは、キャサリンなど他の部局で働く計算手の仕事を奪うことになっていくのです。
  • 邦題の「ドリーム」は毒にも薬にもならない代物ですが、原題の「Hidden Figures」のほうは、「隠された人たち」を意味するとともに「隠された数値」をも意味するのかもしれません。周回軌道から地球へ帰還するためのパラメータ値、あるいは着水地点を表す緯度経度の値、などでしょうか。
  • 有人宇宙飛行の光の面に貢献したプログラムと計算技術は、同時に軍事技術としても画期的なフィードバックとなったことでしょう。その点では、光が強ければ強いほど影もまた同程度に暗いという宿命をもっているのかもしれません。

映画化にともなう単純化の結果、一部事実と異なった部分もあり、また例えばアウシュヴィッツで家族を失い、今アメリカで働く男の信念など、もう少し掘り下げてほしかった面もありますが、良い映画でした。おもしろかったし、見終えた後の感動も大きいものでした。この原作があれば、ぜひ読んでみたいものです。

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