阿奈井文彦さんから<書籍在中>と書かれた封筒が届いた。
「サランヘ 夏の光よ」(文藝春秋社刊)は阿奈井さんの半自伝的小説で、私はその冒頭の10行に目を通しただけで、不覚にも涙をこぼして私は慌てて本を閉じた。
2ページ目から先は女房の外出を待って読むことにする。
いい歳をした爺さんが、小説を読んで涙をこぼしている図など家人に見られてなるものか。
その冒頭の10行には、27歳の母親が5歳と3歳の子どもを残して結核でこの世を去る場面が描写されていた。
たった5歳で母親の死に直面しなければならなかった子どもの不安に思いをはせたのか、また、幼い兄弟を残してこの世を去らねばならない母親の未練に同情したのか自分でも涙の理由は判然としない。
氏とは40年くらい前から、当時のサブカルチャー雑誌として名を馳せていた「面白半分」という雑誌でコンビを組んで連載を持っていた他に、「オール読み物」「産経スポーツ」「諸君!」などで氏のルポに私がイラストを描くと言う形でいろいろな取材を楽しませてもらった。
氏が朝鮮半島からの引揚者であることは聞き及んでいたが、かの地でそんな悲しい母親との別離をしていたことはこの本を読むまで知らなかった。
で、この本の出版をダシにして、久々に昔の仲間でいっぱいやろうではないかと音頭をとってくれた編集者がいて、先日新宿のある居酒屋に集まった。
暗い店内での撮影で状態が良くない写真だが、左から元面白半分社長(現在はフリーライター)のS氏、カメラマンの石山貴美子さん、編集者T氏、阿奈井さん、私。
他にもう一人元編集者(現在こまつ座のスタッフ)W氏も来てくれたが、この写真を撮る前に仕事のために中座した。
当時の面々は、30歳前後の活きのいい若者たちだった。
40年後の現在も少しは活気は衰えたが、全員まだまだ元気に現役で仕事をしている。
思わぬ同窓会気分の飲み会となったが、居酒屋での3時間は瞬く間に過ぎ、それぞれ夜の新宿に散って行った。
「夜の新宿へ散って行った」などと書くと何か意味がありそうだが、そうではなくて住んでいる方向がそれぞれに違うから、地下鉄の駅に向かう者、JRの駅、私鉄の駅にそれぞれが散って行ったと言う意味で、皆もう高齢者ですから深い意味などありません。